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2018
09.26

近況報告

Category: 未分類
皆様へ

 記事を更新しないでいますと、広告が入り見苦しいため、時折、広告防止のために(月に一度ですが)近況を記します。

 最近は学会系のネットの方もあまり見なくなり、これも自然の流れのように感じています。またこのブログにも、訪問してくださる方が今もおられ、恐縮いたしております。私のほうは前にもまして元気にやっております。現場での学会活動が何より楽しく、ありがたいことによい同志の方々にも恵まれ、信心に励むことができています。個性や癖の強い方もおられたり、時には内部で問題も起きますが、それらの事も含め、自身の人間革命の肥しとして、前向きに取り組んでいます。壮婦問わず、日ごろも時間を見つけて家庭訪問をさせていただきますが、どの方も信心の軌道に乗って幸福への道を歩んでいただきたい・・・その思いで人と接しています。

 先日も長年(20年ぐらい)、信心を休んでいた壮年が、唱題会の日程を聞きに来ました。私と同年なのですが、体の方も弱ってきて、また生きる上で思うところもあったのか、もう一度信心をしたいという気持ちが起こったようです。地区部長までやった人ですが、これから再び活動家に、また善き同志として戻ってくれるよう善導できたらと思います。信心を離れますと楽なように見えて、本当の生命の充実は得られない・・・日ごろ、彼の表情を見ていて、そういうことを感じているのではないかと思います。

 今は役職上、会合の多い日々ですが、支部や地区の皆さんの顔を見るのが楽しみです。人嫌いの私も本当に人が好きになってきたのでしょう。その中でも幹部さんにお会いするより、会員さんとあっている方が、なぜか心安くて楽しいですね。

 何よりも学会活動が楽しい、地元の同志と集うことが楽しい・・・それが私の近況と言ったところでしょうか。

 どうか皆さんもお元気でお過ごしください。それではまた来月・・・



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2018
08.18

『法華経の智慧』ノート

Category: 未分類

 今年は例年になく猛暑の夏となり、また地震から豪雨と、大変な夏となりました。被害にあわれた方には心よりお見舞い申し上げます。

 学会では夏季友好週間も終わり、いよいよ後半戦の開始です。私は活動を休むより学会活動に明け暮れている方が、調子がいいように思います。それは会社員の方が長期のお休みを持て余し、調子を狂わせるようなものかもしれません。とはいえ、私も家族サービスや地域行事など、有意義にお盆を過ごしました。

 さてブログの方も終了しまして、もう以前のような記事を書く気持ちは起こりませんが、日記であれ、散文であれ、何かを書くことは頭を使う作業であり、人として価値的なのだと思います。私もブログをやめたものの、やはり何かを書いていきたいという思いにかられますし、その方が自分にとって、健康的であると感じます。

  そこで以前から考えていたことですが、人のためとか、誰かに読んでもらうといういうことではなく、自分のために「法華経の智慧」を研鑽しながら、感じたことなどをノートに記録し、まとめていこうと思いました。「法華経の智慧」はいつも自分の傍において拝読していますが、ただ読んでいくより記事にすることでより思索、精読に通じていくだろうと思います。またこの書を学びゆくことは「師弟の道」に添ったものとなることでしょう。

 公開することで自分を律することもでき、またどなたかが楽しみにしてくださることもあるかもしれませんが、ただどこまでも自己の研鑽のためのものであり、読者の方との交流などもできれば遠慮したいと思っています。

 またいくらか教学的なことが主体となりますので、読んで面白いものではないかもしれません。ブログ村などへも参加せずひっそりとやるつもりです。役職もある身の上ですので、月に一つしか記事の書けない時もあるでしょうけど、やる以上はコツコツと最後までやり通したいと思っています。ブログのタイトルは「「『法華経の智慧』ノート」とし、あらためて一巻から順に追って読んでいきたいと思います。

 ブログを終了しながら、また別のブログをやるようで勝手もいいところですが、「広布の大河に君ありて」とはその主旨も違ったものですので、その点はどうかお許しください。

 この夏は私も暑さで寝不足がたたり、体調が崩れそうな時もありましたが、ここにきてこれからの活動に新しいパワーも充電できました。宇宙のリズムに合わせ、昼は太陽と共に行動し、夜は月や星と共に思索する・・・そんな生命のリズムで信心の歩を進めていきたいと思います。

 皆様も有意義な日々をお過ごしください。ともどもに価値創造の日々としてまいりましょう!


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2018
08.03

非公開様はじめ皆様へ

Category: 未分類


 現在、コメントには公開返信しないことにしていますが、何人かの方からも、その後もブログの終了についてコメントをいただき、重ねてお礼を申し上げます。

>一番辛いとき読んで励まされていました。
何度このブログに励まされたことか‼
(中略)
とても残念です。本当にせめて残してほしいです。

 今朝もある方から上記のようなコメントをいただきました。終了記事をアップしてから、これまで様々な方から、記事の更新を楽しみに待っておられたり、またこのブログが励みになっていたことを知らされ、驚いている次第です。過去記事など見ましても、今となっては削除したいものもたくさんありまして、そのような拙いブログにこうしたコメントをいただきますと、やめたことに対しどこか申し訳ない気持ちも、正直感じています。

 これまで自分の記事がどなたかの励ましや支えになっていると思うことは、自分が傲慢にすぎると思い、「うぬぼれないように」と自戒してきたつもりです。反面、訪問される人の中には苦しい中を何かを求めてこられる方もおられ、そうした目に見えない人の心を感じ、励ましたいと思って書いたことも何度かありました。

 実は私の奥さんはまったくこのブログを読んではいないのですが、ブログをやっていることは知っており、先日、やめたことを言うと「誰かの励ましになっているものをどうしてやめたん?」と言われ、一瞬、言葉に窮してしまいました。

 もちろん何事にも善悪はあります。ネットの功罪も感じながらの5年間でしたが、「功」の部分より「罪」の部分を多く見過ぎてきたかもしれません。今回やめてみて皆さんの言葉に、ネットの中にある善意の心もたくさん感じることができました。ほとんどの方と交流がないために、善意を感じにくい空間ではありますが、訪問してくださる見えない人々の「仏性」を信じ、その方々の心に語りかけていく・・・そういう作業もあながち無意味ではないように思います。

 現場でお会いできないハンドルネームの方を励ましたり、誰ともわからない相手に向かい記事を更新したり・・・確かに雲をつかむようにあやふやで、仮想空間と言われるネット世界ですが、だからと言ってまったく「不毛の空間」かというとそうとも言い切れない・・・皆さんのコメントからも、こんなブログにも多少の価値があることを教えられたのは、何より私自身かもしれません。

 いずれにしましても広宣流布の戦いは多岐にわたります。また総力戦でもあり、言論戦です。「語って語って語りまくる」「書いて書いて書きまくる」・・・そういう闘争心も決して失ってはならないことだと思います。

 「ブログ終了のお知らせ」にも書きましたように、今後、地域の先頭に立って、広布の戦いに挺身する決意はいささかたりとも変わりません。今は友好期間で少し暇がありますが、いずれまた慌ただしい日々が始まります。その時には今まで以上に戦う自分でありたいと満を持しています。今はブログを続ける心境ではありませんが、それでもいつか、自分の中から「何か書きたい、語りたい」とそういうものが出てくれば、それは自然な欲求として、その時の心境にまかせればいいのだろうと思います。

 今はそれ以上のことは言えませんが、読んでくださった皆さんの心を決して忘れることなく、またネットで縁する善意の皆さんとも「異体同心」の思いで、ともどもに「創価の大道」をしっかりと歩んでいきたいと思います。

 日々、アクセスもあるようですので、引き続き、「広布の大河に君ありて」はこのままにしておきます。どうぞよろしくお願いいたします。

 
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2018
07.14

「ブログ終了」後記

Category: 未分類


 前回、ブログの終了をお知らせしたところ、何人かの方から、心温まるコメントをお寄せいただきました。この場を借りて心より御礼申し上げます。

 自分のブログを読まれる方がどんな方なのか、想像もつかないのがネットの世界でもありますが、どなたかにとってこのブログが有益であったなら、それは管理人の望外の喜びというものだと思います。

 私にとっては書くこと自体が楽しい作業であり、公開することによって少しでもちゃんと書こうという気持ちにもなれたと思います。やめてみますとどことなく寂しい気もしますが、それは私にとってもブログが生活の一部として、定着していたということだと思います。

 2.3の読者の方から、「ブログを削除しないでほしい」とのご要望もいただきました。中にはコピーして保存していますという方もおられ、少しびっくりもいたしました。そうしたこともあり、私自身も恥の書きついでではありますけど、特に問題があるわけではありませんので、一定期間、ブログをこのままにしておくことにしました。「にほんブログ村」に登録していますが、こちらは特に必要はありませんので、近日中に退会しようと思います。

 読者の方の中には自身の厳しい宿命と戦っておられる方も多いことと思います。私もまたその一人です。家の近くの低山に登るにはハイキング気分でいいかもしれませんが、「広宣流布」「人間革命」というアルプス・ヒマラヤにも匹敵する大山高峰を目指す人には、それ相応の覚悟がいりますし、また大きな苦難が待ち受けていることは当然です。どんな状況に遭遇しても、勇敢な信心でその壁に向かい、池田先生の弟子として、胸を張り顔をあげて朗らかに登攀しゆく自分でありたいものです。

 そして「太陽の人」となって多くの同志、友人の人生に妙法の光をかざせる人間でありたいと思います。そのためにも今まで以上に私も現場の活動に徹し、「金剛の鋼のごとき信念の人」となるために、さらに精進していきたいと考えています。

 一人でも多くの方が、ともに「創価師弟」の道に命を賭けて、信心を全うされることを願っています。ともどもに前進してまいりましょう!

 読者の皆様のご多幸、ご健勝を心よりお祈り申し上げます。ありがとうございました。     王者の剣


※前記事より、コメントにつきましては公開と返信はいたしておりませんが、すべて読ませていただいています。ありがとうございます。




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2017
09.04

紙に書いた一本の線

Category: 未分類
 
 学会員が熱心に池田先生との師弟に生きている姿を見て、「あなた方は御本尊信仰ではなく池田教だ」と揶揄する人がいる。私も池田先生との師弟を根本に信心を学び、実践しており、そのことを記事にすることも多いので、そう思われることもあるかと思う。

 しかし、実際の自分の生活を見てみれば、決してそうでないことは明らかである。朝夕、一番に端座して拝するのは御本尊である。池田先生を慕う熱心な学会員の方ほど、題目第一を心掛けているのであり、さらに折伏、家庭訪問、会合など仏の使いである活動が、信仰の主軸になっている。

 その合間に御書の学習や「人間革命」の研さんなど、教学にも時間が割かれる。昔、私の先輩が池田先生にお会いした時、「教学が苦手でよくわからないのですが?」と質問したところ、「小説「人間革命」の中に、全部入れておいたよ。」とお答えになられたそうだ。聖教新聞にしても、「人間革命」の学習であっても、それらは仏法の研さんに通じており、体験談も仏法の偉大さを知る、生きた教学だと思う。

 これら学会員の生活を見ても、決して、「御本尊」や「御書」を軽んじているとは言えないのであり、「池田教」などという言葉は的外れである。大半の学会員は生活を抱えて仕事に励み、子育て、主婦業に励まねばならない。みんな忙しい中を空いた時間を工夫して、少しでもの思いで「行学」に励んでおられる。本当に尊い姿だと思う。一遍の題目に、けなげな心に功徳があると言われる。決して時間や量だけで、また教学の浅深で、信心を測ってはいけないと思う。

 私自身、池田先生を「信行学」においてこの世で一番の人であり、誰よりも尊敬申し上げている。そして先生との共戦の一念をもって、御本尊様に向かえば向かうほど、信心は良くなり、功徳が出ることを知っている。

 ネットなどでの信仰上の意見の対立を見ても、結局は池田先生との「師弟」を根本にできるかできないか、その違いだと思うことが多い。それは一念のわずかの違いのようであるが、いつか天地雲泥の差となって現れるだろうと、私は見ている。

 自分だけの修行や智慧ではタガが知れている。頭のいい人と悪い人とどれだけの差があるかと聞かれ、戸田先生は「紙に書いた一本の線の上と下」と言われたそうである。それならば頭の悪い私であるが、卑下することはない。(笑)

 「広宣流布」という仏の一大歯車に、また池田先生という人格の偉大な歯車に、自分の小さなギアをかみ合わせれば、宇宙大の大きな軌道に乗ることができる。駿馬にとりつく青バエは、千里、万里を悠々駆ける。何の立派さもないコバエのような私が幸せになるには、これしか方法がないと、その点は素直に認めよう。(笑)

 池田先生も、入会時、日蓮仏法のことはよくわからなかったが、戸田先生という人を信じてこの世界に入ったと言われた。戸田先生の一番弟子である池田先生が、戸田先生直伝で信心を学び、仏法を悟られたことは当然の結果であり、それゆえに「仏力」「法力」を得て、未曽有の広宣流布を果たされた。その現証により「仏意仏勅」の団体といえるのだと思う。

 戦中の牢獄で死身弘法の振る舞いを貫かれたのも、創価の師弟である。そこに御本仏の信頼と血脈が流れていることは、火を見るより明らかではないだろうか。軍部の圧力に屈し、神札を受け、御書を削除したのは宗門である。大御本尊という宝を持っていても、振る舞いが謗法では血脈も途絶えるに違いない。

 いよいよ世界宗教、民衆仏法にふさわしい体制となるために本部も前進している。我らも学会員であることを無上の誉とし、常に青年の息吹をもって、日々の戦いに、精進していきたいと思う。




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