広布の大河に君ありて tori

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格言に学ぶひと時(SGIグラフより)





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今朝は聖教新聞と共にSGIグラフ7月号が届きました。今月は池田先生の素晴らしい写真に、世界の偉人の言葉が添えられています。それらの言葉を一つ一つ味わいながら、私もしばし思索の時間を過ごしました。

 格言をいくつか拾ってみますと・・・

「汝の心に教えよ、心に学ぶな」   レフ・トルストイ

「私たちが一日一日やっていることが、歴史である」 ホセ・マルティ

「友がいれば、世界は日々生まれ変わります」 ヘレン・ケラー

「嵐のあとにも青空が、もどってくることを、信じつづけなくてはね」 マリー・キューリー

「小さな障害は、笑いの種だと思い、大きな障害は、勝利の前兆だと考えられるようになったの」 L.M.モンゴメリー

「ほんとうの祈りは、あなたがなさっているように、行動しながらする祈りなのです」 ロマン・ロラン

「どの人が特別、偉いなどということはない。自分を一生懸命生きている人は、皆偉いのです」  (感化を受け、私も一つ書いてみました。(笑)



 生きるうえにおいて、確固たる哲学と信念がないことほど、むなしいことはない・・・私も今、そのことを深く思うようになりました。これら偉大な哲人の言葉は私たちの人生を深め高めてくれます。ベートーベンの言葉に「私は格言によって養われた」とあります。こうした精神世界へと自分が入っていけるのも、「妙法」を信受した功徳であり、幸福や人生を考える上で、一つの道しるべになると思います。

 今夜は座談会ですので、地区の皆さんにもSGIグラフを紹介し、みんなで写真と格言の一つも味わいたいと思います。

 選挙前ですので、活動体験や都議選の話もあります。しかし幹部さんが選挙の話だけで座談会をやるような発想ではいけないと思います。心を豊かに高めあい、みんなが「来てよかった」と思える歓喜と感動を分かち合える場にしたい、仏法の会座である以上、ありのままざっくばらんな中にも「蘭室の友」の交わりでありたいと思います。

 仏法は宇宙と人間生命の営みすべてを包含しています。政治も経済もその一つにすぎません。選挙の支援に走る時にも、音楽を聞いたり絵を見たり、読書をしたり、そういうゆとりも大事です。それらは生命の肥やしとなり、人を潤し、向上心や活力となっていくものです。

 集まってくる地域の同志のみなさんが最近は笑顔に包まれることが多くなりました。「なんか地区が変わってきたね」・・・ある婦人部員さんが言っておられました。「あなたが変わったからではないですか?」と私が言うと、「そんなことはないわよー」とうれしそうに照れておられました。
 

 田舎の小さな地区ですが、ここが私の使命の天地です。御本尊様に、また池田先生に見守られながら、日本一元気に、皆さんをお迎えして開催したいと思います。






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反転攻勢の心意気




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今年の桜は雨にたたられることが多かったですが、それでも花の女王らしく、鮮やかに咲いていました。私もゆっくり眺める時間はありませんでしたが、栄光の5.3へと向かい、躍動の季節がやってきたことを実感します。

 信心しているのに、なぜにこんなにも苦しまねばならないのか?そういう思いをもって宿命と戦っておられる人も多いのではと思います。本当に生命の奥深く、謗法の罪、邪宗の害毒というものがしみ込んでいるものと、私も身に染みて感じます。

 その意味で順風満帆な信心などないと言えますが、長い一生、最後まで退転せじと願い、妙法流布に生き抜いていく・・・そして必ず不退転の境涯となって、悩める人々の力になりたいと、そう思います。魔も必死に信者を弱め、信心を捨てさせようとするわけですから、負けるものかと反転攻勢の心意気を絶えず燃やし続けていかねばならないと思います。

 戦う以外に退転を防ぐ手立てはありません。御書を励みに、また池田先生に呼吸を合わせ、谷底から這い上がる思いで信心に励んでいく・・・それが本当の法華経の信者の姿であり、多くの学会の方々の姿ではないかと思います。

 むしろ戦うべき宿業も難も出ずに、安閑とやってるようでは、かえっておかしい。吹き付ける北風に歯を食いしばりながら、宿命と抗い戦う人こそ、真の信者であり、やがて師子王となる人に違いありません。

 「佐渡御書」には、その地域に住んでいて、仮に地頭なりに支払いがたまっていても、そう強く取り立てられることはないけど、そこを出ていくとなると、容赦なく、強く返済を迫られる・・・私たちの法華誹謗の罪障消滅もそういうものだと、わかりやすい譬えで教えておられます。

 私など、今世で真言の家を出て、日蓮大聖人様の仏法に帰依しましたので、さぞかしきつく取り立てられているのだと思います。失業に貧乏、ノイローゼ、激しい神経痛に腎臓癌等々・・・罰も含め次から次へとよく出ました。信心に向かうほど、強い業が出てきます。またそのことを大聖人様は「護法の功徳力」であるとも仰せです。私も今、壮健で意気盛んな信者でいられることにその「功徳力」を感じるものです。

 難が起こった時にありがたいと感じるか、どうして自分だけこんな目に合うのかと思うか・・・一念は微妙ですが、そこが仏になるかならないか、「不信」と「信」の別れ道であり、魔は絶えずそこを狙っているのです。

 宿命と戦い、苦しんでいる人には励ましが必要であり、木が倒れないように支えるがごとく、ともに生きる同志の存在が必要です。私の周りにも、生活、人生のどん底で苦しんでいる人が何人かおられます。ある婦人ですが、乳がんと心臓の病、また神経病を抱えながら、年老いた母親と生活保護を受けながら、細々と生きておられます。かろうじて生きておられる・・・電話越しの声にそんな感じを受けるときもあります。

 私はいつもこの人こそ幸せになってほしい、功徳を人一倍受けさせてあげたいと願い、励ましています。

 またそういう宿命の嵐の中を生きる人を決して、軽んじたり、さげすんだりしてはならないと思うものです。現にこの方も幹部さんの命令的な振る舞いに苦しんだこともあるようです。幹部さんといっても、本当に自分の宿命と泣き泣き戦って乗り越えてきた体験がなければ、私はこうした婦人の本当の苦しい心は理解できないのではないかと思います。

 学会は庶民の集まりであり、決してセレブや社会的な地位の高い人が上位に座する団体ではないはずです。難と戦う健気な信心の人が、中央でなければならない・・・仏様の目的は不幸の人を救い出すことですから、一番苦しんだ人が一番幸福になってこその創価学会です。

 苦難の日々の中にあっても、信心の珠が輝くなら、そこから世界も輝いていくはずです。どんな嵐の中でも黒い雲の奥には太陽が燦々と輝いている。「俺もひどいけどあんたもひどいのか・・・ひどいもの同士一緒に拝もう!」そう声をかけ、我が身だけでなく、友の不幸をも吹き飛ばす勢いで、戦っていきたいと思います。



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題目だけが私の兵法




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 20日には任用試験が全国の会場で行われました。今回、私も内外3名の壮年、一人の婦人部の方のお世話をし、大白蓮華を元に日蓮仏法を研鑽いたしました。夜に2時間の勉強会を2度持ちましたが、皆さん、忙しい中、仕事でお疲れの中を我が家まできてくださいました。

 3名の壮年のうち、お二人の壮年は会友の方です。二人とも同じ村の出身の同級生、中学までは同じだったのですが、その後は別々の人生となり、数十年ぶりに任用試験の学習の場で顔を合わすという不思議なめぐり合わせとなりました。

 どんな地であれ、人に仏法を語れることほど喜びはありません。受験者とは日頃のお付き合いでその境遇を知っていますので、その機根に合わせて、宿命転換の大切さ、妙法の功力なりをお話いたしました。御本尊をたもって生きていかれるよう、これからも粘り強く対話していく決意です。

 当日、会場までの送迎も担当しました。一時間の試験の間、他所の婦人部の方と別室で題目をあげて待ったのですが、みんなの息も揃って、大変、気持ちの良い唱題会となりました。私は黒1点でしたが、婦人部の皆さんと心ゆくまで題目をあげさせてもらいました。

 ここにきて、題目だけが私の兵法となりました。題目一つですべてを切り開いていこうと決意しています。自身の幸福はもちろんの事、後継の人材を呼び出だすのも、地区の人々の幸せを祈るのも、すべては題目しかないとの思いです。
その心境で難事に挑みゆく人こそが、不可能を可能にし、一滴の露の姿のままで、法華の大海へと入ることを許されるのだと思います。

 昔は頭が重くて、題目をあげること自体が、とても苦しかった私ですが、それを思えば「六根清浄」の功徳を感じます。題目が30分、1時間と軽快に上がること自体、私にとっては素晴らしい「変毒為薬」であり、「人間革命」なのです。

 世の中で創価を批判する人はガンジスの砂の数ほどいるやもしれません。それに比べ、大功徳を得る人は爪上の土なのでしょう。学会員として功徳もつかめず退転していった人は功徳を知らないがゆえに、不信と批判とに終始するほかないのです。「知らないこと」と「無いこと」は決して同義ではありません。真面目に励む陰徳に功徳は厳然と出ます。

 学会で信心に励み、その功徳に浴す人はなんと幸福者でしょうか。苦難に耐えて、やがて妙法の軌道とがっちりギアが合えばどなたでも大功徳が待っています。多くの方をその幸福の軌道に導くために、私自身、題目を唱え、生命を磨き、その偉大さを体現したいものだと思います。

 題目一つでどんな未来が開けるか、いよいよ勝負と心得、暗き生命にも御前8時の太陽を昇らせながら、大歓喜で前進していきたいと思います。






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体験発表






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 先日はわが地域で圏の記念総会があり、圏長から指名を受け、私と家内二人で体験発表をいたしました。

 圏長に「他にもいい人がおられるのにどうして私達に?」と聞きましたら、「今、圏でもっとも輝いているからですよ。」との事。「確かにあちこち輝いていますが・・・(笑)では家内がOKすればやりましょう。」とその場でお受けすることにしました。

 後は家内をどう口説くか・・・作戦を練りつつ帰ってその話をしましたら、「私やるよ!」との返事。拍子抜けしましたが、本来、私とは違って物おじしない奥さんです。

 当日も体験発表が成功するように一緒に題目をあげるつもりが、「私はうまくやる自信があるから」と言って、娘と買い物に出かけてしまいました。(笑)題目をあげないで堂々、学会活動できる珍しいタイプの人です。(決して真似はしないように願います。(笑))

 たいていの人が大勢の前での体験発表と言いますと、尻込みされるようですが、長年信心しているなら体験談を堂々、語れるようでありたいですね。

 どんな小さな体験でも良い・・・機会がめぐって来れば「やります!」と手をあげる方がいいと思います。体験発表をやることが、実は素晴らしい活動であり、勇気を出す体験そのものです。「声、仏事を為す」との言葉通り、多くの人に信心の功徳を語る・・・それは仏を讃嘆することであり、同志を勇気づけることとなり、広宣流布の波動を広げる歓喜と感謝の立派な「化他行」です。

 家内は病によって信心に目覚めていく自己の体験を、私は34年の信心で自分の内面がどう変わったか自身の人間革命を中心にお話しました。そして、最後に地域の広宣流布のために一生懸命戦っていくことを、皆さんにお誓いいたしました。

 「お金が儲かった」「病気が治った」という体験は目にもわかりやすいですが、生命の功徳というものは言葉では説明しにくいものです。しかし、本当の人間革命は「心の財」ですので、あとは自分の「十如是」を見て感じてもらうしかありません。

 その意味で私は当日、内容もさることながら、声の力が大事だと思っていました。「確信ある堂々とした声」、「歓喜あふれる声」、「張りのある健康な声」によって、私の「蘇生した生命」を感じてもらおうと思ったのです。

 会合の後、普段、お話しない会員の方からも「すごく良かった」とたくさん声をかけていただきました。ある婦人部の方からも「初めて聞く体験で感動しました。」「こんないい体験をお持ちの方だとは思っていませんでした。」男子部からも「僕も負けずに頑張ります。」等の声をいただきました。本当に同志はありがたいものです。

 婦人部、女子部の方はストレートにありのまま感想を言ってくださいますね。また壮年の方からも今回は多くの感想をいただきました。私も以前、名前も知らない方の体験談の後、階段を追いかけていって、「良かったです。感動しました。」と言いに行ったことがあります。やる方からすれば勇気を出して発表するのですから、一言でも声掛けしてもらうと嬉しいものです。

 総会の模様は婦人部がアルバムにして先生奥様に届けるそうです。「先生、ありがとうございます。あんなにもひどかった私ですが、こんなにも蘇生して、元気に学会の先頭に立って頑張っていますよ。」そんな歓喜の心をお届けしたいと思います。






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先生のメッセージから



 少し前ですが、7月30日付の聖教新聞に、池田先生の全国最高協議会へのメッセージが紹介されました。

 一部を抜粋しますと・・・


 「釈尊、そして御本仏の広大なる慈悲を体し、荒れ狂う娑婆世界で大法を弘通しているのは、学会しかない。戸田先生が「創価学会仏」と言い切られた所以である。」

 「学会が勝ち栄えなければ、広宣流布は断絶してしまう。学会を守ることが妙法を守ることだ。学会を永遠ならしめることこそ、慈折広布を永遠ならしめることなのである」

 「学会の永遠性を確立するのはまさに「今この時」なのであり、この「地涌の本懐」を宿縁深き同志と一緒に、断固と成し遂げていきたい」


そして最後に「原田会長を中心に、油断を排し、一切の魔を打ち破る祈りと「水魚の思い」の団結で、常勝の大前進を」と念願されています。





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 先生が終始、原田会長以下の現学会を信頼し、その前進を見守っておられることがメッセージからもよくわかると思います。
一切の魔を打ち破る祈りと「水魚の思い」の団結で、魔を見破って学会を守っていきなさいとの仰せです。


 近年の一連の改革(広布大誓堂建設、会則改正、新勤行要典)などは私もすべて池田先生のお考えであったと思います。そしてもう一歩深くそれを考えるなら、池田先生が御本仏日蓮大聖人の御仏意を受けて、具体化されていったものだと思います。


 日蓮大聖人の願いは広宣流布であり、一切衆生の幸福です。一人でも多くの民衆が信心を遂げて「一生成仏」していくために、「創価学会」と「創価三代の会長」を呼び出だされ、平成になっての宗門からの独立、そして今日の改正等の流れと、すべては御仏意、御仏智として創価学会の中に具現化されていった・・私はそう確信するようになりました。

 「後顧に憂いなき」という言葉がありますが、後のものが安心して信心に励めるように、どこまでも手を打ってくださる師匠に「先見の明」を感じるとともに感謝の思いは尽きません。

 インドやアフリカを始め、世界広布は今、歴史的画期を迎え、旭日の昇るがごとき勢いです。その時に長行の五座三座の勤行では世界広布の足かせになります。忙しい現代人にとって、「方便自我偈」を一回にして、お題目をできるだけ唱えるという、現実的、価値的なスタイルも時代にふさわしいものであり、会員に喜ばれ定着しました。

 また宗門の権威に会員を縛り付けるのではなく、伸び伸びと民衆が広宣流布に向かえるようにしてくださったことも、すべては民衆のため、広宣流布のためという発想の賜物だと思います。

 創価学会がなければ世界広布など夢のまた夢です。おそらく他の誰も成し遂げることはできないでしょう。創価三代という御本仏直結の師匠が指揮をとられたがゆえに可能になったことは歴史の事実であり、仏意仏勅の団体として「仏力法力」が流れ通わなければできるものではないことを確信します。

 素晴らしい師匠に連なっていける地涌の菩薩の誉れも高く、皆さんと共に「人間革命」の坂を登っていきたい・・・昇りくる朝の太陽に誓いながら、今日もまた前進したいと思います。





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