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2018
10.20

幸福は信強き人に・・・

Category: 徒然の記
こんにちは

皆様お元気でお過ごしでしょうか?

 私のほうは元気にやっています。プライベートは詳しく書けませんが、最近、家庭においてまた一つ「変毒為薬」することができ、「一家和楽の家庭」、「幸福な家庭」へと変わりゆく基盤ができたと思います。

 ブログをいったんやめました頃から、長年の陰徳の果報が目に見えて感じられる・・・そんなことが多くなってきました。「学会を批判する人」、「学会でまじめに活動する人」・・・その時には違いはわかりませんが、長年立つと後者は冥益となって人生に花開き薫っていくものです。

 功徳というのも、まずは日々の心、生命に現れるものであり、生きることの喜びとなって現れます。「如是相、如是性、如是体・・・」生命が変われば、姿、振る舞いは必ず生活の中に反映されていきます。その歓喜の生命に諸天も感応して、万里の外から幸を運ばずにはいられないのです。

 そんな心映えになった私ですが、入会して30年ほどは、自分の生命が「海のものとも山のものとも」わからないような状況でした。朝、起きてもどんよりとした気分で、その心に鞭打って聖教配達に挑戦しながら、「自分は一体どうなるのだろう?」と、いぶかしく思ったことも何度もあります。

 どの人もそうでしょうけど「法華経を信じる人は冬のごとし 冬は必ず春となる」(妙一尼御前御消息1253P)・・・この御文を身で読まなければならないことでしょう。その冬の時代こそ、その人を幸福にするために根っこを鍛えている時代であり、魔王の試練の時です。なんとしてもそこを耐え忍び勝ち越えていかねばならない・・・すべてはその人にとって意味のあることであり、無駄はないものです。

 様々に襲い来る「不信の攻撃」を「信力」を奮い起こして強い気持ちで打ち破ったことが、結局、今の自分につながっています。信心は自分の中の「不信」の生命との間断なき闘争ですね。今、私の周りにも信心に行き詰っている人が多くおられます。その人々の幸福を祈りつつ、私は「強く信じよう」「命からの信力を出そう!」と励ましています。それしか無明を打ち破る手立てはないのですから。

 ネットなどで見る学会系のものも、多くは「池田先生と学会を信じる人」、もう一方は「それらに不信をなす人」の二極に大別されるようです。信心が強い人には「不信」というのはよく見えるものです。信心が弱いとやはり「不信」に引き込まれやすいものです。その意味でどこまでも「信」を強くする・・・それ以外に「魔」に打ち勝つ秘策などないはずです。

 学会の組織に不満の一つ二つあっても、根本に池田先生を信じている人は崩れないものです。学会を去っていく人はやはり池田先生に不信を抱く人だと言えないでしょうか?人の信心を見る時もそこが急所だと思います。「この人は師弟に生きておられるな」と、そう思える人はまずは信用できる・・・それが私なりの生命で感じる善き人の基準です。

 その意味で私は池田先生だけは疑わないでやってきました。日々年々、池田先生と自分の関係が濃密になっていく・・・そこに私の「人間革命」があることも知りました。かつての先輩が「池田先生についていくんだよ」と教えてくださった意味が多少なりとも理解できたと思います。

 「仏意仏勅」の学会とともにある「善男子、善女人」の皆様こそ「国宝」であり、「地涌の菩薩」であり、「仏の軍勢」の人たちです。何があろうと負けるわけがありません。強く強く御本尊様と池田先生を信じてやっていくことが一番です。必ずやそこに「自体顕正」、「桜梅桃李」の幸福が開いていくことは、百発百中と言っていいと思います。

 その軌道に乗れば、今はたとえ不幸の身であっても、必ず先々幸福になるのですから、今の不幸を嘆くことはありません。大船に乗った心で、舞を舞うように楽しく生きていけばよいのです。信強き学会員こそ、「絶対的幸福」を大聖人様から約束された大福運大長者の人なのです。

 今年もあと残り2か月余ですね。種々に用心しながらも、ギアをもう一段トップに入れて、日々、お題目の音声も高らかに、最終コーナーに向かい疾駆していきたいと思います。そして師走には直線一気に魔軍を射しきって、生命勝利の凱歌を皆様と共に轟かせたいですね。(笑)

 日々、寒くなってきましたので、皆さま体調を崩されませんように!時折、訪問してくださる方々にも感謝しています。私も地域の先頭に立って、元気に使命を果たしてまいりますので、ともに前進してまいりましょう!


(今日は時間もあり、久しぶりに記事を書きたい気持ちになりました。何人かの方からブログを続けてほしいとの要望もいただいており、どなたかの励みになるなら、そのためだけにこのブログの意義はあるように思います。そういうことも一旦やめてみてわかったことです。ただ無理はしませんのであまり期待はしないでください。また時間を取られますので、コメントの対応は今後もしませんが、ご理解をお願いします。)



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2018
07.03

ブログ終了のお知らせ

Category: 徒然の記


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 5年間という長い期間、ブログをやってまいりましたが、今回をもって終了することにいたしました。

 実は半年ほど前にブログ終了をいったん決意したのですが、読んでくださっている方から「励みになっています」「やめないでください」というような言葉をいただき、つい決断が鈍り、今日まで来てしまいました。

 別の方にも「新しい役職を受けるまで」と言っていたのですが、5月に入りこれまでの役職と兼任で新役職も受けたため、ちょうどいい潮時ではないかと思います。

 ブログにも時折、書きましたが、私の住む地域は山奥の田舎で、高齢化はもちろんのこと、そもそも後継の青年がほとんど育っていません。勢い、私のようなものがすべての役をこなさねばならず、無冠の友から会場提供、役職まで、「一人立つ」思いでこの10数年を走ってきました。

 その道すがら、折々に感じたことなどを、写真を添えてブログの記事に書くことは、私の秘かな楽しみでありました。ブログを書くことにより、何より自分を励ましてきたのかもしれません。いろんなことに迷いながらの道でありましたが、ここにきて、いよいよ進むべき道も明らかとなり、私の果たすべき使命が何であるかも自覚するところとなりました。

 これからは地域にあって、後継の人材を私の手で見つけ育てることに専念したいと思います。特に最近、男子部員の青年、また未入会の高校生など、若い人たちと一緒になる機会があり、この人たちを育てたいとの思いに強くかられています。

 また今年の7月を目指し、わが支部では圏でトップの弘教の成果をあげることができ、その戦いに手ごたえをつかんだことが私の自信となりました。戦いの手綱を緩めることなく、さらなる闘争に拍車をかけ、折伏精神を持って地域広布の先陣を切って戦いたい・・・それが私の偽らざる心境です。

 こうした心境に至るために、この5年間はあったのでしょう。またその心境になれたことを私はありがたく思います。かつて組織が大嫌いだった私が、その先頭に立って、同志の方々のために、また地域広布のために、すべてを賭けて戦うようになるとは・・・まさにそこに私の「変毒為薬」と「人間革命」の軌跡があると自負しています。

 ブログを終了するのも、「御仏智」と感じており、そういう時を逃さないということも大事ではないかと思います。自分の為すべき的が定まった以上、いたずらにネットに身を置くことは、かえって信心の足手まといになると判断いたしました。

 皆様にはいろいろと御教示、激励をいただき、ほんとうにありがとうございました。また記事をお読みくださったすべての皆様、ご意見、ご批判をいただきました皆様にも感謝申し上げます。

 一人でも多くの方が池田先生と共に創価の大道を生きぬいていかれますことを願っています。私も今まで以上に、信心に頑張ってまいります。皆様のさらなる成長をお祈り申し上げ、終わりとさせていただきます。

 どうか皆様お元気で、ARIGATO!     王者の剣



※ 尚、今後のコメントにつきましては、公開、返信は基本的にいたしませんので、どうかご了承願います。またブログの撤収は7月中~下旬を予定しています。




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2018
06.23

S君の入会

Category: 徒然の記

 創価学会では6月17日の日曜日に、全国で一斉に教学任用試験が行われました。近年は未入会の方の受験も多くなり、任用試験に挑戦することにより、自然と日蓮仏法や創価学会の信心について学ぶ人も増えました。ふだんの折伏や仏法対話ではここまで教学的な話はしませんので、これは「理」から仏法を知りたいという人には、うってつけの良い機会です。

 私も今回、6名の方の受験をお世話することになり、毎回一時間半の勉強会を6回にわたり担当させていただきました。未入会の方が2名おられ、上は70代から下は10代の高校生まで、我が家の仏間で額を寄せ合っての勉強会となりました。

 そんな中、前の記事で書きました未入会の高校生S君も、最後まで休むことなく勉強会に参加。この勉強会を通じ、私も彼を入会に導きたいと思っていたこともあり、なんとしても彼の仏性を呼び覚ましたい・・・その一念で面倒を見させてもらいました。



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 試験当日、S君ともう一人別の婦人の方を送迎。会館へ向かう車中、あれこれ予想問題をやっていた二人でしたが、S君に「どうや、この機会に学会に入会しようや」と話をしますと「うーん、どうしようかなあ・・・」との返事。

 ちょうどその日は任用試験終了後に別の高校生が入会勤行会を受けると聞いていましたので、私も最後のひと押しと腹を決め、再度、「さあ学会に入ろう!」と言いましたら、「ハイ、いいですよ」と今度は素直な返事・・・・私も「やったあ!」との思いでしたが、そこは冷静を装いつつ(笑)、「そうか、それでいい、良かった良かった。」と応じました。

 会館ではその報告を圏長はじめ男子部のみんなも喜んでくれ、すぐに入会の手続き。任用試験を30分で出てきた高校生二人を中心に、圏長の導師で速攻で入会勤行会となりました。

 本部の正副婦人部長、支部婦人部長などもお祝いに駆けつけ、入会決意から2時間後の入会です。その間、あわただしい我々とは別に、終始、物おじせず涼やかな顔のS君・・・「この子なら大丈夫や」と、私は思いました。

 最後に圏長があいさつに立ち、「君は大学行くんかな?そうか就職か?・・・いずれ君らも経験するからおっちゃん言うけど、社会に出たら、挫折挫折の連続や。これはほんまや。なんでうまいこといかんのやいうことばっかりや。そやけどこの信心してたら、絶対に負けへん。あとになったら苦しかったことがすーと楽になって良かったなあと思えるようになる。みんな頑張らんでええ、遊びたいときは遊んでもええ。その代わり学会から離れたらあかんよ。今日はほんとにおめでとう!」・・・まあうちの圏長は大らかな苦労人。いつもこんな調子で、高校生二人も笑っておりました。

 今回、S君を任用試験に誘いましたが、試験を受けてもいいと彼が言った時から、私はS君が入会への道を歩き始めたことを感じていました。それが本当に入会が現実のものとなり、私もS君の仏縁の深さに改めて感動しています。任用試験で日蓮仏法を学んだことによって、17歳で法華経の門をくぐり入会を果たす・・・これはまことに順縁の入会ですね。

 もちろん私も相手によっては、20年来対話しても、学会を信じようともしない人が何人もいます。先日も誠意も虚しく、辛らつに悪口されて帰ってきました。それも折伏であり、下種に変わりはありません。悲観することなくやっていれば、S君のような子にも出会えます。

 御本尊様との仏縁は人それぞれです。どの人にも深いドラマ、因縁があり、実に不思議なものです。そうした様々な人の人生にかかわって、幸福へのお手伝いをできることは、私の最も喜びとするところです。

 7.17を目指し、支部ではブロック2の弘教をすでに突破、本部ではあと4世帯で目標を達成です。私もさらなる折伏の戦いをもって、地域の先頭を走ってまいります。





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2018
06.14

メダカと衆生所遊楽

Category: 徒然の記

 我が家では長年、古い火鉢や丹波焼の甕などに白メダカや赤メダカを飼って楽しんでいます。メダカがのんびりと泳いでいるのを眺めていると、どこか心も涼やかに癒され、目の保養にもなります。世話とお金がかからないことも、私の家庭向きです。

 先日もしばし眺めていますと 「メダカだってこの世に遊びに来ているんだ」と、そんな思いが心に浮かびました。それと同時に「遊ぶ」と言う感覚が、最近の自分には少し欠けていると思えたのです。何かと目まぐるしい日々を過ごしていると、どこか追い立てられて生きる癖がついている・・・「もっとゆっくり楽しもうよ」と、珍しくその瞬間、思ったものです。

 仏法にはどなたもご存知のように「衆生所遊楽」との言葉があります。 法華経寿量品の自我(じがげ)には、皆さん毎日読誦されている、「園林諸堂閣(おんりんしょどうかく) 種種宝荘厳(しゅじゅほうしょうごん) 宝樹多花菓(ほうじゅたけか) 衆生所遊楽(しゅじょうしょゆうらく)」と何ともリズミカルで楽しい言葉が連なって出てきます。


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 戸田先生はこの経文について、「人間は楽しむためにこの世に生まれてきたのです。苦しむため に生まれてきたのではないのです。これが法華経の人生観の根 本です。 (中略)なんだかんだ、嫌なことがあっても、お汁粉に少々、塩が入ってかえ っておいしくなるみたいに、面白く感じる。 人生に愉快を感じる。 こういう大生命力になりますよ、という経文です」と。

 「法華経の人生観の根本」が「楽しむ」とはうれしいではありませんか。これが「苦行」なんて説かれたら、私など撃沈です。(笑)おまけに日本人はどこか苦しみに耐えることがいいことであるような精神風土で、笑って楽しむことを軽薄に思う風潮が強いですね。
 
 いつも文句や愚痴が先に立って、人を批判したくなるようでは、その人自体、魅力がないと思います。人を素晴らしいと思えるようになれば、自然と楽しいし、相手を生かしてあげることができる。そうなることが「人間革命」だと思います。人間革命することが本当の「楽」であり、日々の学会活動こそが私にとってその源泉です。

 私も数年前まで、「組織は面白くない」とか「あの人はダメだ」・・・とか、偉そうにそんなことばかり思っていました。そんなことをやっていれば、「還著於本人」でそのうち自分が腐ってくる・・・(笑)それでは法華経の心に反します。そんな自分は生命があたかも塩でできた饅頭のようで、きっと人からも好かれない。

 それが信心に励むにつれ、ある時から程よい甘さの饅頭に変じていく・・・人が見て「うまそうだな、どれ一つ食べてみよう」となれば、それが福運でしょう。商売をやっても勤め人でも人に愛されなければ、繁盛も出世もできません。そして自分が愉快で楽しければ誰しも生き生きとしてくる。私などまだまだしょっぱい方なので、いよいよこれから信心に励もうと思います。

 法華経の信心は大いにその人の個性を伸ばし、朗らかに伸び伸びとした方向に向かわせるものではないでしょうか?その中で人は輝き成長していくに違いありません。「自分を信じてやりたいようにやってごらんよ」と言ってあげれば、人は思いもかけない力を発揮し、未知なる世界の扉を開けることができます。そこに個性の花開く「衆生所遊楽」への道があると私は信じます。

 煩悩は多いけれどやっぱりメダカに生まれるよりは人界に生まれ出て、この仏法に出会う方が数万倍いいに違いありません。我が家のメダカの命もいつの日か人界に出て、仏法をたもつ日が来るでしょうか?「メダカさん、この世を楽しむんだよ」とそんな思いで私は今日もメダカを眺めています。




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※「所遊楽」の文字が一部で「所有楽」になっており、訂正いたしました。(6.14)
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2018
05.24

S君の任用試験

Category: 徒然の記
 
 
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 学会では任用試験の受け付けも終わり、日曜日の夜には支部で勉強会を開始しました。3地区の支部ですが、受験者も11名と当初の目標を大きく超えました。私も壮婦の皆さんと共に、受験者の方のお世話をさせていただきます。

 今回、私が受験を勧めた中に高校生のS君がいます。3人兄弟ですが、両親が離婚し、事情があってどちらの親とも離れ、今は兄弟一緒におばあさんの家で生活しています。

 おばあさんは学会員ですが、御本尊様を安置し聖教新聞をひく以外、活動はされません。S君は未入会ですが、いつも家で寝転んでゲームばかりをしています。そこで、「ゲームもいいけど信心はもっとええよ。任用試験いうのがあるんやけど受けようや」と声掛けしたら、思いがけず「受けてみようかな」と返事をくれたのです。仏縁と言うのはどこに落ちているかわからないものです。

 先日の勉強会も迎えに行きますと、「ハーイ」と言って元気に出てきてくれました。勉強会を始めてみると、さすがに現役の高校生・・・ものの飲み込みも早く、態度も素直ではありませんか?おまけに隣の壮年に親切に教えたり・・・「思った以上にいい子やな」と思えるのでした。

 家庭環境だって決していいとは言えないのですが、「この子が信心に目覚めれば面白いなあ・・・この子の命を妙法で磨けばどうなるやろ?」などと、私の心にむらむらとした思いが起こってきます。(笑)「また今日から祈る人が一人増えた」・・・そう思いながら、勉強を進めておりました。教学の勉強会即折伏の場となるなんてすごいことです。その意味で会友さんの参加はとてもいいことですね。

 初日は、壮婦各1名とS君の3人と少なかったのですが、日曜の夜、田んぼでゲコゲコと鳴くカエルの合唱を聞きながら、ともどもに日蓮仏法を学びゆく・・・・(笑)思えば不思議な光景です。しかし決してこれは偶然ではない、約束された光景なのだと私には思えます。S君はこの勉強会できっとしっかりと幸福の種を、下種される運命をもって生まれてきたのでしょう。

 ありがたいことに私は信心が楽しくてうれしい境地になりました。言われなくても自然と広宣流布の活動へと命が向かいます。ほとんど毎晩、学会活動がありますが、お題目を根本とした集いは、世の中で一番輝かしい集いだと思えるようになりました。

 学会活動が楽しくて充実している・・・「信心即生活」ですのでそれは生活にも反映します。仕事に生活に躍動的でハリのある世界が広がっていくのです。歓喜と感謝の命で生きていけるから、いろんなことがうまくいきます。自分が清らかで楽しい命へと変わっていける、題目はまさに「変毒為薬」の力に満ちているのです。

 聖教新聞22日付の「池田先生と共に新時代を進む」(29)には「信仰の世界に入るのではない。信仰の世界に出るんだよ」(牧口先生)すなわち正しい信心とは、狭く堅苦しい形式に閉ざされることではない。苦しみの流転を断ち切って、心も広々と、歓喜と福徳の世界へ自由自在に羽ばたいていくことなのである」との素晴らしい一文が記されています。

 「今日も地域の先頭に立って、広布の大道をみんなと楽しく歩いていこう!」それが私の生きる原動力です。

 心は広々と自由であり、信心が強ければ、自分を遮るものもない。自在に夢に向かって、翼を広げることができる・・・そんな豊かな心になって、私も使命の大空を舞いゆきたいと思います。




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