広布の大河に君ありて tori

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「宗教は人なり」-あなたは著名な学会員-





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 先日、聖教新聞を購読いただいているご近所の婦人から、思いがけず購読が終わるのを機にお手紙をいただきました。以前、そのお宅の牡丹の花の写真をさしあげたことで交流があり、そのことをとても喜んでくださっておりました。前記事のアマリリスの花も、実はこのお宅に咲いていたものです。

 聖教新聞が活気に満ちていること、希望にあふれ皆さんが輝いておられること、また新聞も文字が大きく、フリガナがふられ、カラー写真も多く、大変理解しやすいことなど書かれていました。「そして私の学会に対する認識もだいぶ変わりました」と・・・

 差し上げた写真を額に入れ、室内に飾っておられるそうで、その様子も写真に納めて同封してありました。

 わざわざ早朝の配達時を待って表に出てこられ、手紙を渡されました。牡丹の花の写真を差し上げた時も翌日、「オロナミンC」の10本入りを携えて、高齢の身で私の家を探し歩いて、お礼に来られました。

 ご友人の啓蒙でできたご縁ですが、私も時間を見つけ、手紙の返事を書きたいと思います。この方にとって、学会を知るきっかけの一人が、私であることは考えてみれば不思議なご縁というものです。

 以前、ある幹部さんの話として紹介しましたが、「外部の方にとって、学会員で知っているのはまず池田大作先生だと思います。その次に知っている人といえば、原田会長ではなく地元の友人の皆さんでしょう。その意味で皆さんは池田先生の次に著名な学会員であり、皆さんによって学会の実像が伝わるのです。」といわれたことがあります。

 私もその通りだと思いますし、この言葉はとても大きな意味を持っていると思います。どんなに立派な理屈を並べても、その人が信用されなければ、その言葉もその信仰も正しいとは伝わらない。我々の振る舞いによって学会がよくも悪くも映るのですから、責任を感じます。「信用」「信頼」を得ること自体が大きな折伏だと言えます。


 今日(30日付)の聖教新聞には「天使大学」の教授の方のお話が載っていました。私も初めて聞く大学で、「天使」という名前もインパクトがありますね。(ちなみに看護学科を中心とした2000年新設の北海道の大学です。)

 その教授は長年、創価学会を研究されているそうで、師事された宗教学者の先生からは「宗教は人なり」との指針をいただかれたそうです。その宗教を判断するとき、「テキストではわからない、信仰に励む人の姿を通してしか理解できない」との意です。

 この教授も多くの学会員と接する中で、学会へのイメージが変わっていったことを明かされています。

 またなぜ迫害があっても学会員は前進できるのか・・・それは「私たちは間違っていない」という信仰への強い確信と「疑似家族」ともいうべき固い団結に支えられていると分析されています。

 「異体」という各々個性を輝かせながら、池田先生と共に広宣流布に励む「同心」の集いが創価家族です。その団結ゆえに、これまでの広布と学会の発展があったのであり、これからもそれはすべてに優先する大事な条件だと思います。そのため「魔」はその団結を分断すべく、うごめいてくるものでしょう。

 そのことは「異体同心なれば万事を成じ同体異心なれば諸事叶う事なしと申す事は外典三千余巻に定りて候」(異体同心事・1463P)との御聖訓にある通りだと思います。特に「異心」であれば「諸事叶う事なし」と御断言なされている・・・学会が一枚岩の団結をもって、前進することの大切さが、ここに示されていると思います。

 仏法は人間のための宗教であり、各人が「人間革命」を果たすことが、一番の仏様の願いであると思います。「宗教は人なり」・・・「あのひどかった○○さんが人間革命したよ。確かに蘇生し、変わったんだ。」そういう一人の人間の姿、生きざまの中に、実証として脈打っていくものが、その人にとっての仏法の実体であるのだと思います。

 最近は私の地区も、みんなが仲良く切磋琢磨する雰囲気が出てきました。うれしい限りです。そういう変革も通り一遍の言葉ではできない・・・長年の地道な祈りや行動の積み重ね、試行錯誤や苦闘というべき戦いの中で、育ってきたのだと思います。

 愛する同志の方を抱きかかえ、ともに幸福へと前進しながら、歓喜の渦の中で、「もっともっと革命するのだ」との一念を燃えたぎらせ、まい進していきたいと思います。






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春はもうそこまで



 昨年、家内と二人で圏で体験発表をさせていただいてから、様々な実証が出てまいりました。仕事の方も5月までの良い仕事が入り、子供の大学進学に合わせて出費が増える折、助かります。病をひとまず乗り越えた家内の方も元気な体となり、信心と仕事に励んでいます。

 そして地区の折伏の成果も上がり、地域に波動を起こすことができました。明日は「支部壮年大会」。支部長の依頼で私は折伏の活動報告をさせてもらいます。遠慮せずバリバリでやりたいと思います。

 何より、今、快調に題目があがり、生命に歓喜と勢いが出ます。ブログも忘れるほど(笑)、現場の活動が忙しい状態となり、生命は活気にあふれ、充実し、何があろうと最後はいい方向にすべてが解決していくのです。

 昔、先輩から「信心は毎日、おちょこ一杯の水を一升瓶に入れていくようなものだ。なかなかいっぱいにならないからその間が辛抱だ。満杯になればいらないと思っても功徳があふれだすよ。」と景気のいい話を聞いたことがあります。

 私の場合、「一升瓶」が「一斗樽」だったのか(笑)入れても入れても満杯にならない・・・それはそれは長い30年余でした。




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 今、生命に御前8時の太陽が昇り、未来は明るい。「今日はどんないいことがあるだろう」と思いながら、毎朝、仕事場に向かっています。

 歓喜の生命が幸せを万里の外から招きよせます。そう御書にあるのですから、必ずそうなります。疫病神や鬼神が好んで寄ってきていた命が、「常楽我浄」の幸福を吸い寄せる磁石へと変化していく。そうなればありがたいではありませんか? 難しい理屈はなくてもいい・・・一生懸命、学会と共に広宣流布を願い行動するだけです。喜んで唱題して、折伏に、家庭訪問に汗を流す・・・それで、毎日、不思議が起こり、劇的に変わっていくのです。

 先日もわが地区で友人葬があり、私も儀典部で参加しました。そこに家族の信心に強く反対している、ある婦人が参列しておられました。私も以前、挨拶した時に「私は家族を学会からやめさせたいと思ってます。」とはっきり言われました。私も祈っていたのですが、その友人葬の後、信心している家族に「あなたがやりたいなら、思いっきりやりなさい。もう反対はしません。」と言われたそうです。

 友人葬が、学会への偏見を打ち砕いたのです。導師の朗々たる勤行、唱題。池田先生からの真心の弔辞、名誉称号披露等・・・学会の友人葬の姿に、また間近で見た学会員の真摯な振る舞いに相手は変わったのです。「学会は香典を全部持って帰るそうな」そんなおかしな風評も、合わせて吹き飛ばすことができました。(笑)

 歓喜で活動に励めば、広宣流布の水嵩はどんどん増していきます。不可能を可能にする生命が、そこから起こってきます。戸田先生のあの75万世帯の宣言も、戸田先生の生命の中で、すでに成し遂げる大確信が沸き起こっていたのだと私は思います。

 さあ、寒い冬ももう少し・・・暖かい春が出番近しと待っていますよ。桜も梅も、間もなく開かんと、準備に余念がないことでしょう。我らも信心怠りなく、軽やかに春を迎えに行きましょう!

 私も地域の先頭に立って、生命の扉を大歓喜で開いてまいります。





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雪中座談会




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 日本列島各地は、ここ数日、稀に見る豪雪に見舞われました。私の地域でも山間部ということもあり、30cmを越える積雪となり、隣の地区では最大70cmの雪が積もったそうです。

 その地の配達員さんと連絡を取りましたら、早朝に聖教配達を済ませたそうで、これには恐れ入りました。早朝と言っても真っ暗です。私の方は事故の危険が高いと判断して、朝の配達を3日間、断念。道が通りやすくなった夕方に配達をしたのですが、それでも路地に入りますと雪が凍っており、ヒヤヒヤしました。

 我が家にも雪がまだたくさん残っていたのですが、昨夜は座談会を開催いたしました。雪で中止も考えのですが、なんとしてもやりたいと思い、仕事から早めに帰り、家の周辺の雪かきなどして開催にこぎつけました。

 前回、お話した新入会者の婦人も紹介者の男子部N君とともに参加され、また久しぶりに参加したという方もあって、多くの人(といっても10数人ですが)がお見えになりました。

 「人は灯り」・・・私は座談会のたびにそう思います。一人でも多いほど、会場は明るくにぎやかになります。たとえ暗く沈んだ人でも仏の生命を秘めた「灯り」です。そのこともあり、座談会の前には一人でも多くの方が参加されるように祈らずにいられません。


 今回は恥ずかしがり屋のうちの娘が未来部代表で、「へっこきよめさん」という紙芝居をやってくれました。(恥ずかしがりのわりにはすごいのをやります。)その中で何度も嫁が屁をする場面があるのですが、婦人部の方がうしろを向いて「プ~」と大きな声でやってくださり、大笑いの一幕もありました。

 男子部N君には今回の折伏の体験ということで発表してもらいました。

 彼は関東のある大都市の出身で、たまたま介護関係の職種の募集で、神戸だと思って来てみたら、ここが大変な田舎だったのでショックだったそうです。一昨年はトラックと正面衝突をしたものの、奇跡的に助かったという経験もあり、死んでいてもおかしくない事故だったようで、「死ななかったのは使命がある。大功徳や」と、私も励ましています。

 彼も今時の青年ですが、折伏を目標に毎日、一時間の唱題を欠かさない強さもあり、2世らしい福運を感じます。何かあると連絡をくれることもあり、私は彼を自分以上の人材にと秘かに企み、ともに折伏戦に歩きたいと思っています。なんといっても25歳・・・その年がまぶしい!(笑)

 新入会の婦人も少し落ち着いてこられ、周りの婦人部の方とも少しづつ、うちとけていかれるようです。長年ごたごたともめていた土地の権利の問題が、入会後すんなり解決がつき、「初心の功徳やなあ」と喜んでいたら、娘が訪ねてきた際にその話を聞き、「私も拝む」と言って題目を唱えたそうです。その娘さんも当初は親戚と一緒になって、お母さんの入会に反対していたのですから、何がどうなるやら、面白い展開です。

 座談会の中で、参加者の方に一文字づつ、漢字で今年にかける思いを書いてもらいました。「挑」、「革」、「信」、など・・・中には「陰」と書いた人もいました。「陰徳に徹するのか?」と聞きましたら「いや、表には出ない」と言って笑わせてくれました。確かにめったに出てきてくれない壮年さんです。(笑)

 私は「動」と書きました。家庭訪問、折伏と行動によって道を開いていきたいと思っています。

さて、皆様はどんな一文字でしょうか?
誰しもいろんな悩みを抱えていますが、それを忘れるぐらいの強情な信心で、悩みを吹き飛ばしながら、走り抜きたいものです。


 雪の中を帰る皆さんを見送りながら、「みんな功徳を受けて幸せになろうな」・・・善知識の集いに私自身もほっこり心が温もった雪の一夜となりました。





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2017開幕です。





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皆様、新年あけましておめでとうございます。

本年もどうぞよろしくお願いいたします。




 今年は新年勤行会とともに、創価大学箱根駅伝出場で開幕いたしました。駅伝では順位が落ちたかと思うと、また順位をあげてと、ハラハラしどうしの、まさに学会員の人生のような、(笑) レースとなりました。最後は12位という素晴らしい結果でしたね。

 1日の勤行会では、地区で新入会者が2名誕生し、私も前後、家庭訪問、御本尊ご安置とお世話に走りました。一人は高齢の婦人の方でしたが、徐々に親戚からの強い反対が起こり、本人も当日まで入会に苦悩されるという状況で、そのたび激励に伺いました。ある時など朝、6時ごろにお電話をいたいたこともありました。

 紹介者、組織とも連携して、最後は無事に御本尊を受けられたわけですが、まわりの反対もさることながら、結局は本人の意志、決意ですべては動いていくものです。地区一同、必ず入会していただこうとの一念で、年末は唱題にも励みました。本人には「まわりではなく自分ですよ。」と折あるごとにお話ししました。

 これに弾みをつけて、今年は大いに折伏弘教に力を入れるべく、地区の皆さんと団結してやっていこうと思います。

 昨日の聖教新聞『池田先生と共に新時代を進む』には「共々に若々しく張り切って「一生成仏」「人間革命」という自転と、「広宣流布」「立正安国」という公転を、たゆまず進めてまいりたい。」と指導されています。

 自転と公転が絶妙のリズムで動いているのがこの宇宙ですね。我らもそのリズム・軌道に載れば、歓喜に包まれ、自分らしく幸福を開いていくことができます。

 普段の生活や姿にさほど立派さがなくても、心の奥底は池田先生と一緒に広宣流布に向かっていく・・・その心、活動に福徳が集まらないわけはありません。池田先生という師匠も、自分を自転に見立てれば公転の力だとも言えます。池田先生の大きな境涯のギアに、自分という小さなギアを噛ませていけば、その瞬間から師匠の大境涯に連なり、自身も大きく成長することができる・・・そこに「師弟不二」の偉大で不思議な力が顕現するのだと思います。私もさらに今年は「師弟」の道を求めていきたいと思います。

 また先生は四条金吾殿への御書の一節から「法華経を持たれる人は、一切衆生の主であると、仏はご覧になっているでしょう。また、梵天帝釈も、この人を尊敬されるであろうと思えば、うれしさは言いようもありません。」(1134通解)の御文を引かれ、広宣流布に励みゆく学会員こそ、人類の中でもっとも気高き使命を担うリーダーであると述べられています。

 「自分は仏である」「気高きリーダーである」との、自負と確信を持って信心に励むことこそ、歓喜の源であり、自分を大きく育てる柱となる確信だと思います。「私なんかとても・・・」とか「それは無理」とか、「池田先生は雲の上の人」とか、そういう弱気などこか卑屈な根性はきれいさっぱりと捨て去って、胸を張って、「私こそ王者、王女」の気概でいこうではありませんか?

 自分から進んで広宣流布の戦いを起こしていこう・・・その決意で今年もより一層「能動の信心」で前進したいと思います。他者の幸福のため、自身の幸福のため、「人間革命」を満喫し、苦楽ともに思いあわせて題目に励みながら、大勝利に向かって歩む一年でありたいと思います。






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闘志満々

 


 来年に向かい、折伏、広宣流布に一念を定めて祈っておりましたら、12月に入り、地区に入会希望の連絡が2件入りました。こちらは山深い過疎の村ですので、突然の入会事件(笑)に驚くやら、うれしいやら、自分でも何か不思議な力を感じています。

 長年、祈り抜いてきた山が動き始め、大きく開きそうな「時」が来たことを感じます。

 「一心」、「一念」というものは波動を起こしていくものです。まして妙法流布を念ずる「一念」です。仏様に通じないわけがない・・・そのことが顕現してきたのだと思います。
いずれも私の個人折伏ではありませんが、地区を運営する立場の者として、新入会ほど嬉しいニュースはありませんね。





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 最初に連絡があったのは、隣の地区の男子部員N君の折伏です。その折伏の相手が私の地区にお住いの婦人ということで、圏男子部長から連絡があり、我が地区で座談会を開き、N君と共に参加していただきました。一人暮らしでやや高齢のかたですが、N君の日頃の振舞に信頼を寄せられ、、今の悩みや今後の事も含め、しっかりとした信仰を持ちたいとのことでした。

 先日、支部婦人部長、N君と共に家庭訪問、その方の話をさらに詳しくお聞きし、また学会の信心について説明もいたしました。そして昨日ですが、「謗法払い」も無事に行うことができました。

 もう一件は地区の婦人部員のTさんから電話が入り、「うちの娘が入会したいゆうてんねん、○○部長、一回会ってやって。」とのこと。それで翌日、訪問して娘さんと面会いたしました。

 こちらは波乱の青春というか、長年、母親に行方すら知らせていなかったようです。その間、同棲した男性との間に男の子二人ができましたが、男性が遊び人で、今も施設に子供を預けたままだそうです。その男性とも最近、不仲になり別れ、それでようやく母親の元へ帰ってきました。

 信心に励むお母さんの姿、生き方が昔と違っていることに気づき、自分も変わりたいとの思いで、入会を希望されています。

 私の方からはこの信心の功徳について話をしました。「まずは子供たちを引き取って、一緒に生活していけるよう、そこを目標にやりましょう!」と励ましました。

 お二人ともおめでたいことに新年勤行会での入会の予定です。これから婦人部と連携をとりながら、魔に隙を与えぬよう、しっかりとお世話したいと思います。

 私の一念は「広宣流布」に定めています。来年の同志への年賀状にも「折伏弘教」と認(したた)めました。地域に革命を起こすぐらいに怒涛の大前進をしていこうと「闘志満々」です。

 今回のお二人の入会はこの地区が発展していく瑞相だと私は捉えています。「これに勢いをつけて、どんどん折伏しなさい」との、御本尊様からの激励だと感じています。竹の節が一つ割れれば余の節が次々割れるように、この「時」を逃してはならない・・・いよいよ一心不乱に「広宣流布」の戦いをしたいと思います。

 折伏戦ほど楽しい活動はありません。それでこそ信心が面白い・・・入会に結び付いたことで地区全体にも歓喜の波動が広がりました。私一人という考えではなく、地区全体で一致団結しての折伏戦にしたいと思います。

  そんなわけで私の2017年はすでにスタートしてしまいました。(笑)
  こうなった以上、年の瀬も正月も返上して、歓喜の闘争です。





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