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2019
05.01

貴辺にまかせたてまつり候ぞ

Category: 徒然の記
 
 平成から令和へと、元号も改まったこのゴールデンウイークを、皆様いかがお過ごしでしょうか?

 法戦の方も一息つきましたが、連休明けからはまた忙しくなりそうです。こちら兵庫も7月の参議院選挙には新人候補が立ちますが、先月はその候補が私の地区に来られ、田舎の拠点に50名を超える支持者の方が集いました。背の低い私と違い、候補は185㎝の痩身の外交官、一緒に並んで二人で写真を撮りましたが、できれば撮りたくなかったほど(笑)、同じ男とは思えない凛々しき好青年です。なんとしても勝たせてあげたい、そんな思いでガッチリと握手を交わしました。



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 今朝は体にも疲れがあって、シャキッとしないなと思いつつ、外で車を洗っていましたら、向こうから我が家を訪問してくる見知らぬ人がいます。二人連れの女性で、一目見て「○○の証人」というキリスト系の信者だと思いましたら、案の定そうでした。

 仕事の時はお断りですが、今日は時間もありますので、「こんにちは、○○の証人さんですね。」と、こちらから話しかけました。実は私の従弟夫婦が熱心にその宗教をやっていますので、向こうの話の内容はだいたいわかっています。

 創価学会の話をしても、その人たちがそこで改心するということはありませんので、ここはしっかりと下種したいと思い、私は日蓮大聖人の「南無妙法蓮華経」の話を、内外相対や三世の因果の上から話をしました。内道ゆえに宿命転換ができること、また生命や宇宙を貫く法を説き、その法に則って生きていくところに、その人本来の幸福が現れてくることなどを話しました。向こうは神がこの世を作り、神が我々を産み広げたという考えであり、神と信者とは別々です。「そのような外道の生命観では、生命力を強くすることもできず、宿命を打開できない、挙句、正しい法に背くために不幸になるのです」と切り返しました。       

 その間、私はいらだちもせず、にこやかに話をしたこともあり、向こうもよく話を聞いておられました。「何か生き生きとされていますね」と、私を見てそう言われました。(本当は調子よくなかったのですが、話しているうちに元気が出たようです。)
 「あなたがたの生命も仏ですよ。過去の因果もあって、今世はその宗教をやっておられますが、いつか法華経に必ず入ってこられます。その時はまた訪ねてきてくださいね。一緒に幸福になりましょう。」と、そう言って別れました。

 朝からだるかった体も、仏法対話でシャキッとしました。私を元気づけるために、この人たちが訪ねてきてくれたような、突然の訪問でした。

 こちらには私の家からそう遠くないところに、日蓮系の仏立宗というのがありますし、真言や念仏はもとより、天理教や新興宗教もあります。いつかそこの人たちとも対話をするべく、私は常日頃、「会わせてください」と祈っています。仏法を人に語った分だけ、生命の妙法が歓喜して勢いづくことは、どなたも体験されていることでしょう。「人を憎まず、邪教を憎みて」・・・人を救うべく対話に励みたいと思います。


 「其の国の仏法は貴辺にまか(任)せたてまつり候ぞ、仏種は縁に従って起る是の故に一乗を説くなるべし」
(御書1467p)

 有名な「高橋殿御返事」の一節です。これほど勇気づけられる御文はありません。その地域の仏法はあなたに任せますと、大聖人様は言われています。「え?私? 何かの間違いではございませんか?ほかにも信者さんが大勢おられますし・・・」などと言ってはいけません。(笑)

 「私に任せられたのだ」「その使命をもってこの世に出現したのだ」「がってん!」と、そう呼応したいものです。姿かたちは凡夫でも、内証は仏との確信を奮い起こし、広宣流布に生きていく・・そう決意すれば、大宇宙の軌道に載って、目先の不幸など小さくなるものです。

 さて、連休は鋭気を養い、栄光の5.3から7月、後半の折伏戦へと、弾みをつけていきたいものです。どうか皆様も有意義な連休をお過ごしください。

 


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2019
04.02

我ら命の青年桜

Category: 徒然の記


 当地でも桜の花が開花の時を迎えました。私もおじさんですが心が春めいて気持ちも華やぎます。(笑)信心や生活も毎日が平凡なことの繰り返しですが、その中でも季節が変わるように節目というのはどなたにも訪れるものですね。

 年を重ねても生命は若返ることができる・・・それが信心する者の強みです。先日、私も20年ぶりにある友人に電話をしましたが、「声にハリがあって、元気ですね」と言われました。「信心してると元気になるんですよ。生きる力が湧いてきますよ。」と私も素直に答えました。




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 入会して長年、芽も出ず、日も当たらず、もがき苦しんできた私ですが、近年になり、新芽が土をけ破って地上に出てきたように、心にも明るい光が降り注ぎます。「御本尊は私を見捨てなかった。これからは妙法だけで生きるのだ。ほかの智慧はなくて大丈夫。」と、心中、安心できるのです。

 入会してから30数年も経つわけですが、その間、陽の当たらない土の中深く、枯れ尽きた生命の根に題目を沁みこませ、陰徳を根気よく積んできたゆえに、ようやく春がやってきたのでしょうか?長い冬の間、あまりいいことがなくても、なんとか耐え忍び、信心から逃げなかった・・・派手さはなくても一生成仏のためにはそういうことが大事ですね。

 世間で言う金儲けには縁がありませんでしたが、信心の財宝をいくらかでも得ることができたと思います。これは来世はもちろん三世永遠に持っていくことができる・・・今世の貧乏や病気など、それに比すれば物の数ではありません。

 根っこが蘇生すれば、必ず地上に芽が出て若木となり、いつしか大樹にもなることでしょう。凡夫ですから、すぐに花も実もほしいのですが、やはり物事には順序と道理があります。「途中はいろんなことがあっても、最後に勝利しなさい」との先生の指導はまことに意味のある深いお言葉です。

 三世永遠から見れば今世は一瞬です。信心を頑張れば仏の生命となって生々世々生きていけます。それゆえ魔王もここぞとばかりに襲ってくるのでしょう。強い信心に立てばなおさらですね。信心する人に苦難や宿業が強く出るのも、これまた道理であり、深い意味があるものです。

 学会に不信をなす人、退転しゆく人は、そこの辛抱が足らず、信心を投げ出してしまう人ではありませんか?その時に退転の言い訳けを決まって人のせいにする。決して自分の不信のせいだとは言わないものです。不信の命に誑(たぶら)かされた自分がわからないのですから、誰かのせいにしないと立場がないのでしょう。

「須弥山に近づく鳥は金色となるなり」(御書1536p)
「諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし」(同236p)
「法華経を信じる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(同1253p)・・・私たちが幸福になることは大聖人様が随所に御断言です。確信弱き同志の方には、常に御書を通して励ましを送っていきたいものです。

 昨夜もまた婦人部の方数名と唱題に励みました。唱題の後にある方が「もうどこそこの桜は咲いたかな?」と言われたので、私は、「眼の前にもたくさん桜が咲いていますが」と言いましたら、「いやあ、姥桜と葉桜ばっかりやわ」と笑われました。
 
 姿は老いても、心は青年で生きていく・・・「年は、わかうなり福はかさなり候べし」(御書1135p)といきたいものですね。

 「姥桜 いいえあなたは 妙法の 青年桜と 見えて候 」(剣)

 さあ、大宇宙の法味に浴しながら、時には生命の歓喜を謳う春の花々と語り合いながら、張り切って前進していきたいと思います。





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2019
02.25

我が苦しみを良き友として・・・

Category: 徒然の記
 
 寒さも少しづつ和らいできたのか、あちらこちらで梅の花も咲き始めました。それに合わせて生命も躍動してきます。花粉症の人にはいささか憂鬱な季節かもしれませんね。

 信心に行き詰った時、また惰性を感じる時・・・そんな時に時間を見つけて学会の出版物を手に取ることはとても大事なことではないかと思います。私の先輩も池田先生の指導や書物を読みたくない時は、信心の黄色信号だと言われていました。私もそれはその通りだと思います。

 特に近年は大白蓮華がとても充実しているように思い、私も手元においてよく読みます。今朝は早くも3月号が届きました。池田先生の巻頭言、御書講義、信心指導と私にとっては一番頼もしい味方です。人それぞれ感じ方は違うでしょうけど、池田先生の言葉は命の底にずどんと響くような、時には先生の生命に直に触れるがごとき思いさえします。生きた言葉とはまさにこのことでしょう。

 疲れた旅人があたかも砂漠の中のオアシスに出会うように、先生の生命から発せられる言葉は真金の言葉となって、正しく衆生を導くものと思います。指導を黄金水のごとく日々研鑽しながら前進できる・・・それが一生かかっても読み切れないほどの著作を残されているのですから学会員は幸せです。こんな師匠は世界中どこを探してもいない・・・どのページをめくっても、生命の深い真実がある。求道の人にとっては、常に手元において開くべきものと思います。

 2月号の大白蓮華の「仏法哲理の泉」では、「願兼於業」について書かれています。
「願兼於業」を身で読む人は法華経の軌道に載って信心をしていく人です。それは悪しき宿命を自ら願って生まれ、その宿命を歓喜の使命へと転じ、その姿で同じ境遇の人を救っていくというのですから、並大抵の決意でやれることではありません。

 「こんなひどい業を私は願った覚えはない」・・・誰しもそう思うでしょう。身体も健康で、お金も不自由なく、スタイルも性格も頭もよく・・・そんな自分を願うならわかりますが、貧乏に病気、家庭不和に失業と、「そんなこと願った覚えがないのだが」・・・私など何度そう思ったことかわかりません。

 凡夫の眼はそう見ますが、仏の眼はそうではない。

池田先生: 「いかに進退きわまった、業にしばられたような境遇にいる人であっても、その本質を見れば、願兼於業の人生であることを示されているのです。(中略)すなわち宿命を使命に変えた場合、その宿命は、悪から善へと役割を大きく変えていくことになる。宿命を使命に変える人は、だれ人も「願兼於業」の人であると言えるでしょう。だからすべてが、自分の使命であると受け止めて、前進しぬく人が、宿命転換のゴールへと向かっていくことができるのです。」

 「人の苦しみをわかるために、私も娑婆の苦労を引き受けよう!」「悩んで苦しんでもがいて、私も生命の本質に到達するのだ。」私もある時からそんな思いでやってきました。悩みや苦しみにはその時にはわからない実に深い意味があるものです。

 濡れたタオルを軽くしぼれば、しょぼしょぼと水が落ちる。しかし全身全霊でしぼれば、奥に染みついていた悪汁までどっと出てきます。それを転じて仏になるなら、悪業が出るのも耐えねばならない・・きっと深い意味がある・・・むしろ私を幸福にしたい仏様の慈悲と心得ていこうと思います。

 「願兼於業」の本質について、先生は最後にこう記されています。

     一番苦しんでいる人の中に、生まれてくるのです。
 
     一番苦しんでいる人の中に仏はいるのです。
 
     一番苦しんでいる人を、一番幸福にするために仏法はあるのです。


 
 この言葉を深く心に刻みながら、苦しみを決して厭(いと)わず我が良き友として、今日も朗らかに人生ドラマの主役の座を張って、前進していきたいと思います。





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2019
01.04

新年明けましておめでとうございます

Category: 徒然の記



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 「創価勝利の年」、新年あけましておめでとうございます。
皆様も新しい年を清々しい心でお迎えになられたことと思います。

 私も元日は午前中に家族と勤行をし、午後、学会会館での新年勤行会に参加いたしました。
新しい年を迎え、気持ちのほうも引き締まり、決意も新たに出発することができました。

 一つには自分自身の「人間革命」、そして一つは地域の「広宣流布」の主体者、責任者としての決意をもって、この一年に臨みたいと思います。

 新しい年ですので、心も新しく、目標も新しく、体の全細胞も新しく入れ替える思いで出発です。あらゆる面で自分自身がまた一つ脱皮し、生まれ変わろうという決心でいきたいと思います。

 3日には部員さんのお宅へ、新年のあいさつに回りました。主に一人暮らしの壮年の方のお宅を訪問したのですが、今は老後を一人で暮らしておられる方も多く、少しでも励ましに歩きたいとの思いにかられます。

 ある壮年の方からは「今年の先生の和歌は自分にピッタリで、うれしかったです」と言われました。

それは「見るもよし 見ざるもよしと 我は立つ
       不二の誓いを 貫く誉れよ」とのお歌です。

 秀麗な機上からの富士の写真とともに、私もこの歌が一番好きだと感じました。その方も独り身で、コツコツと信心に励んでいる自分の姿を、この歌に重ねられたのかもしれません。

 大白蓮華1月号には池田先生が「本因妙」について指導をされています。「本因妙」「本果妙」「本国土妙」と三妙合論ということについてお話されています。その結論として、「久遠の時をこの末法に移して生きていく」ことが私達にとっての本因妙になると教えてくださっています。常に今から、常にここから・・・毎朝が久遠元初の元朝との思いに立てば、心はさわやかに、新春の陽光のごとく輝きわたる思いがするのは私だけではないと思います。

 過去に引きずられるのではなく、新しい自分を自在に創造し生きていく・・・毎日が「オニュー」な自分です。(笑) そこから「人間革命」への挑戦をすることが、本因妙の精神ではないでしょうか?

 未来に向かう時、「さあ、題目で御本尊と一体になりきるまで今年はやり抜こう!」「不可能を可能にする戦いをやってみせるのだ!」とそんな熱い心が湧いてきます。

 そういう決意で毎日を生きていくことは、生命が若いと言える証拠です。年齢と精神は必ずしも一致しないですね。年をとっても青年の心で生きることは十分可能ですし、私など60歳を超えてから男子部の丈夫の気概が蘇りました。(笑)

 昔の若いころの方が、もっと冷めていて、しらけていました。「いいことなんかそうないよ」「どうせ変わらないだろう?」「暗い世界にこの世の真実があるんだよ」と、そんな虚無的な青春でしたから・・・

 それだけ生命が蘇生してきたということでしょう。それが学会に身を投じて長年やってきた陰徳の果報というものだと思います。私の信心など半人前ですので、これで人の二倍やったらどれほどすごいことか・・・今年はそんな信心に挑戦です。

 さあ、まっさらでピカピカの「信」を御本尊に入れたてまつって、朗らかに今年も「出発進行!!」





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2018
10.20

幸福は信強き人に・・・

Category: 徒然の記
こんにちは

皆様お元気でお過ごしでしょうか?

 私のほうは元気にやっています。プライベートは詳しく書けませんが、最近、家庭においてまた一つ「変毒為薬」することができ、「一家和楽の家庭」、「幸福な家庭」へと変わりゆく基盤ができたと思います。

 ブログをいったんやめました頃から、長年の陰徳の果報が目に見えて感じられる・・・そんなことが多くなってきました。「学会を批判する人」、「学会でまじめに活動する人」・・・その時には違いはわかりませんが、長年立つと後者は冥益となって人生に花開き薫っていくものです。

 功徳というのも、まずは日々の心、生命に現れるものであり、生きることの喜びとなって現れます。「如是相、如是性、如是体・・・」生命が変われば、姿、振る舞いは必ず生活の中に反映されていきます。その歓喜の生命に諸天も感応して、万里の外から幸を運ばずにはいられないのです。

 そんな心映えになった私ですが、入会して30年ほどは、自分の生命が「海のものとも山のものとも」わからないような状況でした。朝、起きてもどんよりとした気分で、その心に鞭打って聖教配達に挑戦しながら、「自分は一体どうなるのだろう?」と、いぶかしく思ったことも何度もあります。

 どの人もそうでしょうけど「法華経を信じる人は冬のごとし 冬は必ず春となる」(妙一尼御前御消息1253P)・・・この御文を身で読まなければならないことでしょう。その冬の時代こそ、その人を幸福にするために根っこを鍛えている時代であり、魔王の試練の時です。なんとしてもそこを耐え忍び勝ち越えていかねばならない・・・すべてはその人にとって意味のあることであり、無駄はないものです。

 様々に襲い来る「不信の攻撃」を「信力」を奮い起こして強い気持ちで打ち破ったことが、結局、今の自分につながっています。信心は自分の中の「不信」の生命との間断なき闘争ですね。今、私の周りにも信心に行き詰っている人が多くおられます。その人々の幸福を祈りつつ、私は「強く信じよう」「命からの信力を出そう!」と励ましています。それしか無明を打ち破る手立てはないのですから。

 ネットなどで見る学会系のものも、多くは「池田先生と学会を信じる人」、もう一方は「それらに不信をなす人」の二極に大別されるようです。信心が強い人には「不信」というのはよく見えるものです。信心が弱いとやはり「不信」に引き込まれやすいものです。その意味でどこまでも「信」を強くする・・・それ以外に「魔」に打ち勝つ秘策などないはずです。

 学会の組織に不満の一つ二つあっても、根本に池田先生を信じている人は崩れないものです。学会を去っていく人はやはり池田先生に不信を抱く人だと言えないでしょうか?人の信心を見る時もそこが急所だと思います。「この人は師弟に生きておられるな」と、そう思える人はまずは信用できる・・・それが私なりの生命で感じる善き人の基準です。

 その意味で私は池田先生だけは疑わないでやってきました。日々年々、池田先生と自分の関係が濃密になっていく・・・そこに私の「人間革命」があることも知りました。かつての先輩が「池田先生についていくんだよ」と教えてくださった意味が多少なりとも理解できたと思います。

 「仏意仏勅」の学会とともにある「善男子、善女人」の皆様こそ「国宝」であり、「地涌の菩薩」であり、「仏の軍勢」の人たちです。何があろうと負けるわけがありません。強く強く御本尊様と池田先生を信じてやっていくことが一番です。必ずやそこに「自体顕正」、「桜梅桃李」の幸福が開いていくことは、百発百中と言っていいと思います。

 その軌道に乗れば、今はたとえ不幸の身であっても、必ず先々幸福になるのですから、今の不幸を嘆くことはありません。大船に乗った心で、舞を舞うように楽しく生きていけばよいのです。信強き学会員こそ、「絶対的幸福」を大聖人様から約束された大福運大長者の人なのです。

 今年もあと残り2か月余ですね。種々に用心しながらも、ギアをもう一段トップに入れて、日々、お題目の音声も高らかに、最終コーナーに向かい疾駆していきたいと思います。そして師走には直線一気に魔軍を射しきって、生命勝利の凱歌を皆様と共に轟かせたいですね。(笑)

 日々、寒くなってきましたので、皆さま体調を崩されませんように!時折、訪問してくださる方々にも感謝しています。私も地域の先頭に立って、元気に使命を果たしてまいりますので、ともに前進してまいりましょう!


(今日は時間もあり、久しぶりに記事を書きたい気持ちになりました。何人かの方からブログを続けてほしいとの要望もいただいており、どなたかの励みになるなら、そのためだけにこのブログの意義はあるように思います。そういうことも一旦やめてみてわかったことです。ただ無理はしませんのであまり期待はしないでください。また時間を取られますので、コメントの対応は今後もしませんが、ご理解をお願いします。)



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