広布の大河に君ありて tori

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生命力

生命力

 創価学会の信心は心の安穏や、葬式宗教のためにやる信心ではない、宿命転換と一生成仏をかけて戦う信心です。戦いには勢いが必要です。「イケイケドンドン」の気持ちがないと宿命転換の土俵にも上がれません。池田先生はとても威勢がいい、「勝って勝って勝ちまくれ!」です。センチな感傷もあいまいな逡巡もない。広宣流布という大目的に向かって、わき目もふらず、怒涛の前進の人生であると思います。私達もその生き方ができるようになる・・・そして清らかで逞しい生命力に毎日あふれて生きて行ける・・それが法華経の本当の功徳ではないでしょうか?


 私自身も苦しい時もたくさんあり、自身の生命力の弱さを一旦は嘆きましたが、奮起してこの信心に賭けて生きてきました。今では生きることが楽しくなりました。お金もさほどありませんし、体も手術などの影響で疲れやすいこともあります。でも瞬間、瞬間うれしい心がある、ありがたい心が湧いてきます。やってやろうじゃないか!という覇気が、日顕宗だろうとアンチだろうとかかってこいという気概が吹きあがります。私の生命に湧きあがるその強き生命力こそ、仏の生命なのだと確信しています。

 妙法の三義に、「蘇生の義」と説かれます。根も枯れて葉も落ちたような枯れ木の生命に、栄養と水を送り込んで蘇生させ、やがて青々とした葉が茂るようによみがえっていくのです。私の生命も冬から春へと転じる時を迎えたようです。


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 ところでよく学会では決意発表というのをやります。あれはとても大事なことだと思います。決意発表は人前での宣言と同時に、自分の命に命令を出すことです。だから威勢良くやるのです。毎日、「早く死にたい」と呟いている人と、「生きて生きていきぬくぞ」と呟いている人と、やはり体の細胞もその声を聞いています。だから悲観的なことより、楽観的、積極的なことを言う方が、体もうんと健康になっていきます。高いサプリなんかよりずっと効果が出ますよ。(笑)

 私の知り合いの鍼灸師さんの店に入りますと「人は言ったことがその通りになる」と書いた紙が貼ってあります。実はその方は大の学会嫌いなのですが、その言葉はいい言葉だと思います。「私なんか…」とか「とてもできません・・・」とか言ってるとその通りになる、だから「やります」「できます」で命をその気にさせる方がいいのです。

 法華経の世界はもっともポジティブな世界です。「病気も貧乏も治る、治る」「自分の中には不可能はない」「必ず成功する」と希望をもって前へ前へと行けばいいのです。後ろ向きは念仏の心です。「どうせ駄目だろう」になってしまいます。それこそ救いようがないオダブツです。法華経の信心をしながら心で念仏をやっては聖水に糞尿を入れてるようなものです。それでは叶うものも叶わないと思うのですが如何でしょう?

「私の生命は仏です。うれしくてありがたくて世界一の幸福者です」と私は毎日言っています。南無妙法蓮華経と同時に「ありがとうございます」と言っているような感じです。するとどんどん生命力が増していくのです。「仕事もバリバリやるぞ、お金ももうけてご供養もいっぱいしよう、不幸なんか吹き飛ばすぞ、歓喜の折伏に出かけるぞ」となっていきます。

 財布に2千円ぐらいしか入っていなくても「ありがとうございます。世界一の長者にしていただきました。」と感謝します。体調がすぐれなくても「ありがとうございます。世界一の健康長寿です」 悩みがあっても「ありがとうございます。所願は満足しました。私は仏です」と言うのです。因果具時ですから「南無妙法蓮華経」と言った瞬間に結果は出ているのです。それを題目をあげながら「どこかおかしいな」「まだうまくいきそうにないな」「大丈夫かしら」などと首をかしげているから、いつまでもそれが叶っていくのです。

 19の時、私は東京に出ましたが、数年後、田舎の同級生の間では「T(私のことです)の奴、東京で死んだそうやで」とうわさが広まったそうです。それほど影も薄く、魂のぬけたような私が、創価学会に出会い、今ビンビンのルンルンで生きているのですから、まさに「蘇生と申すは蘇える義なり」です。(笑)

 でもまだまだ生命力が足りません。もっともっと強い生命力を持たないと、大きな仕事はできません。今日も題目、明日も題目・・・ガンガンとあげぬいて、大歓喜の折伏戦に打って出たいと思います。


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変わることの歓び

 信心していくことの基本はどこまでも自分と向き合うことだと思います。自分を仏と悟るための信心ですので、自分の生命を掘り下げていく・・・「足下を掘れ、そこに泉あり」との格言を先生が良く用いられるのも、自分の宿命から逃げずにそこで戦いなさいということではないかと思います。

 周りの環境や他者を縁として、私たちの生命からは休むことなく様々な想念が起こってきます。「あいつ、腹立つなあ」とか「あの人といると楽しいなあ」とか、一日中何かしら思い続けている。私も最近こそ感謝や、歓喜が湧くような日常になりましたが、信心してから30年・・・ひどいものがたくさん出続けました。お酒に酔うと自分を見失うように、人のことは結構見えても肝心の自分が見えない、自分を省みるより人の批判に一生懸命な人もたくさんおられます。そういう厚かましい人ほど元気で威張っている(笑)それが世の中の現実ですね。

 私の先輩が良く「命の傾向性」ということを言われていました。臆病な人、増上慢の人、怨嫉の強い人、修羅根性の人、独善の人、裏思い、疑いの強い人、自己中と人間は実に様々です。そうした自分の命の傾向性というものは世間を鏡として映しだされます。

 その自分の傾向性を知ることも大切なことだと思います。悪い傾向性ばかりを並べましたがもちろん優れた傾向性もたくさんありますし、短所が長所として生きることもあると思います。

 その多くは人間関係の中で見えてくることが多いですが、私の場合は、信心してから他者への怨嫉の命が強いということを自分で感じておりました。焼きもちも結構あると思いました。特定の人を嫌ったことも2度ほどあります。あった瞬間からもう駄目だ、あわない、嫌だ・・・(笑)という命が噴出しました。「虫唾が走る」という言葉を肌で感じました。でもそういう人が不倶戴天の敵のように自分の生活で大きな位置を占めている・・・

 一人はとても傲慢な態度で地区部長をやっていた人であり、もう一人は仕事場の女性の方でした。しかも女性の方は私が嫌いだったにも関わらず、私を結婚相手として見ておられるという何とも困った関係でした。(笑)
 仏法には四苦八苦の中に「怨憎会苦」というのがあります。これは嫌いな人と暮らさなければならない苦しみですが、まさに毎日がその言葉通りの生活でした。昼間は仕事場でその女性の方の対応に疲れ、夜は学会でその地区部長と信心しなければならない・・・ストレスがたまったものです。
 



 それ以外に私自身の命の中にどこか「人嫌い」「排他的」な心があり、よく言えば「孤独を愛する」といった傾向が強くありました。休みの日も人との関わりを避けて、一人で深山や廃村に行き、写真撮影をしたり、古い寺の庭を眺めたり・・といったことが好きだったのです。その反面、他人と強調して地域の行事等で活躍するといったことはほとんどしませんでしたし、どこか斜に構えてみていたようなところがありました。

 こうした排他的な命は本当に人生をつまらなくし、また淋しいものにします。笑いの少ない独善的な生活になりがちだったように思います。人間というのは文字通り人の間と書きますので、やはり人を嫌う命が強くては、世の中的にもうまくいかないことが多い・・・それでまた自分の殻の中に閉じこもる・・・そんな繰り返しでした。

 それがここ数年、自分が大いに変革してきたのです。たくさんの地域の役などに関わったこともあり、それが楽しくて陽気で積極的な自分に変身してきました。それまで人に会うのがどこか不安な自分だったのですが、今ではどんな人でもまったく平気で、自分の考えを言えるようになりました。
 
 村祭りのカラオケ大会で踊りながら歌ったり、先日も人権学習会の幹事として、コンサートの企画、司会進行と大勢の住民の方と楽しい催しをすることができました。数年前の自分には考えられなかった地域とのお付き合いです。「あなたがこんな人だとは思わなかった」などと言われましたが、これもすべて学会の信心のおかげです。要は自分に自信がついてきたのです。どこに出ても、誰と会っても大丈夫、私は私で堂々としていられる・・・とそんな風になってきたのです。



 いよいよ広宣流布をする生命に代えていただいているのだと思います。人嫌いだった自分が「人間大好き」に変革し、相手を尊重できるようにもなりました。
「あなたのことが好きですよ」という思いは、口に出さなくても必ず相手に通じていくものです。そしてそれがまた自分に返ってくる・・・自然と人間関係が楽しくなってくるのです。人間関係が楽しければ、生きている苦しみの半分ぐらいは減ったも同然です。そして自分には無敵の信仰がある・・・もう鬼に金棒状態です。
 
 他者ほどありがたいものはない・・・信心に反対する人がいて私たちの仏道修行も成り立つ、そのおかげで幸福になることができます。その人たちは反対者の役を背負って私たちの信心を励まし、鍛えてくださっているのです。実にありがたい人々ではありませんか?だからその人達を愛し、今度は救っていくのが恩返しになるのです。

 この信心はまさに人間革命の信心です。不幸が幸福になるのですから、大いに自分が変わらなければならない・・
怨嫉の命を信心の火で燃やし、その悪い命が真逆の「人間大好き」に変わっていく・・・それを私は身で読ませていただきました。まさに変わることの歓びを知ったのです。

 この信心は良く無駄がないと言われます。その通り、自分の一番悪い宿命や三毒を利用して、幸福へと転じていくのです。だから煩悩の強い私などそれが転じた時にはさぞかし幸福も大きいだろうと頼もしく思っています。

 これからは大いに内外の人々と関わって、同じ時代を生きる仲間として、幸福と楽しみの方向に、共に上昇していける善知識の人でありたいと思います。



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私の入信

 私は27歳の時に創価学会に入りました。19の時に田舎を出て東京に出ましたが、入会前には生命力も枯れ尽き、これから人生どう生きたものかと、当てのない生き方に内心途方にくれておりました。馬鹿なこともいっぱいやりましたし、親不孝者でもありました。何をやってもうまくいかず、最後は生きる目的も見失って、どこか投げやりな、そして虚無的な心で毎日を暮らすようになっていました。

 そんな折、今から31年前の11月の初め(ちょうど今時分でしょうか?それにしても昔だなあ)夜遅く、友人のU君が私の部屋を訪ねてきました、U君はミュージシャンを目指して広島から上京していましたが、彼も思うようにいかず、私に先立つこと2か月前に御本尊を受けていたのです。

 何故か二人はウマが合い、よく遊びもしましたが、その日は夜遅く私の部屋を訪ねてきました。ところが来るやいなや膝詰めで「君の生き方では幸せにはなれない・・それでいいのか?」と唐突に切り出したのです。私は一瞬、とまどいました。何か自分の一番嫌なところに踏み込んできたという感じだったのです。彼は私より年下でしたが、いつも陽気な彼が思いつめたように、またその時はなぜか有無を言わせないという雰囲気だったように思います。

 折伏といっても仏法の話は多くありませんでした。彼も入会して間もない時でしたので、教学の話もなく、私の記憶では「今のままでは駄目になる」と言ってくれたことを覚えています。やがてしばらく沈黙がありました。一瞬、いろんな思いが交錯したかもしれませんが、「いいよ、わかった、やるよ・・・」と答えたのです。

 実はその時、不思議なことにまったく信心に反対する気が起きなかったのです。それまで創価学会に対して、また信仰というものに対していいイメージがなかったのに・・・変な感覚でした。むしろ何かとてもいい話を聞いたような新鮮な感情が起こりました。南無妙法蓮華経という言葉に、これかも知れないといった、懐かしい響きを感じたのです。

 もちろんそれは一瞬の出来事でした。あとで聞くと「それはすごい順縁やなあ」と言われましたが、ほかの人の折伏であれば、反対していたかもしれません。それほど私は彼が好きだったのです。(あっちの方の愛情ではありませんよ、念のため)

 彼は私の親友でした。ですから彼の話を好意的に、また素直に受け入れたのかもしれません。それまで折伏を受けたこともなく、入会して見たら周りに学会員はいたのですが、「お前だけは信心しないだろう」とみんな思っていたそうです。

 折伏を受けたその晩、彼が帰った後、私はノートに鉛筆で「南無妙法蓮華経」と何度か書きました。そして新しい紙を一枚切り取り、もう一度「南無妙法蓮華経」と大きく書いて部屋の壁の柱に貼りました。そしてその紙に向かい正座をして題目を唱えたのです。もちろん、御本尊様を見たことはありませんし、唱題も知らなかったわけですが、なぜそんなことをしたのか・・折伏を受けたその夜に、南無妙法蓮華経と自分でしたため、拝むような人は余りいないと思いますが、それほど私自身は自分も知らない生命の奥で御本尊様を求めていたのかもしれません。


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 御書には『過去の宿縁追い来たって今度日蓮が弟子となり給うか」(生死一大事血脈抄)とあります。それからすると私は入るべくしてこの信心に入ったと言えるかも知れませんが、自分の力だけではどうにもできない運命というものがあることを痛感しました。

 自分の入信を振り返っても、決して理屈で入ったわけではない・・・拝みたい、拝まずにはいられない・・・そういう時に来ていたのです。まるで水に飢えて砂漠を旅する者のような心境だったのかもしれません。

 世田谷のアパートで受けたあの折伏の夜を、私は忘れることはありません。特に入信記念日が近づく今頃になると、懐かしく思い出します。感謝の思いが湧きますし、あの時、御本尊様を渇仰した自分の心がいささかも変わりなく、今日も「南無妙法蓮華経」と唱えゆく自分であることをありがたく思います。

 なぜ、創価学会だったのか、なぜあの状況だったのか?理屈では説明のつかない不思議なことが人生にはあるものです。

 家出するように田舎から都会に出て、人生の落伍者となり果てドツボにはまったのも、すべて御本尊様に出会うためだったのです。夢は破れましたが、御本尊様を首にぶら下げてもらうことができました。そして故郷に帰していただきました。仏様は私のことをよく御存知で、私の東京に出たい心を利用して、信心を持たせようとされたのだと今ではよくわかります。仏様の方便というのは本当にすごいものです。信心に出会うために東京に向かって旅に出たも同然になりました。(笑)

 2世3世の方で入会の動機がないと言われる方もおられます。私などはそういう福運に恵まれた生命が時にうらやましくも思いますが、ドツボに堕ちてから這い上がるように入会に至ったことは、それはそれでありがたいことだと思っています。

 折伏から数日後には彼に「早くその御本尊様というのをくれよ」とせがんでおりました。(笑)
そしてめでたく昭和57年12月14日、風変わりな創価学会員が世の中に一人誕生したという次第です。

 みなさんの入会はいかがですか?時々思い出すことによって初信の気持ちに帰ってみるのも意味があります。

 今朝の新聞には、大法弘通慈折広宣流布の学会常住の御本尊様が総本部にご安置されたとありました。私もその御本尊様を心に思い浮かべ、「池田先生、おめでとうございます。またありがとうございます」と感謝を述べながら、あの夜折伏してくれたU君の幸福も合わせてご祈念して、お題目をあげさせていただきました。(今でも上京するたびにU君に会いに行きます)

 皆さんと一緒に、総本部完成を祝い、さらに精進を重ね、地域の広布のために前進してまいります。



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