広布の大河に君ありて tori

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もうすぐ春ですね!

  「心光る人は 必ず幸光る
    心踊る人は 必ず幸踊る」  (池田先生・ハッピーロード)

 昨年の婦人部総会の記念に奥さんがもらってきたカードの言葉です。経机に置いて毎日私も拝読します。自分の心が輝いているか、踊っているか・・・それこそ生きている証です。
お題目を唱えぬけば 必ず心は光りだす。また舞を舞うが如く生命が躍動していきます。

御聖訓には、
 「譬えば闇鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し、只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり 是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし」(一生成仏抄)もちろん日夜朝暮に怠らずに。(これが大変です・・)

また
「迦葉尊者にあらずとも・まいをも・まいぬべし、舎利弗にあらねども・立つてをどりぬべし、上行菩薩の大地よりいで給いしには・をどりてこそいで給いしか」(大悪大善御書)と仰せです。1月度に勉強しましたね。もううれしくて雄叫びをあげながらダンスするぐらいじゃないとほんとうの歓喜ではないのですね。


 どんなにくすんだ生命でも、どんなに汚れた宿業でもお題目で磨けばピッカピカの鏡になる、ダイヤモンドにもなる。まるでテレショップで売っている頑固な油汚れ落としみたいです。「強力業消し・罰スキット」とか「一家に一つ・宿業クリーン」なんてネーミングであるかもですね。「今なら3本セットに特製魔除けをお付けしてお値段、9,800円に送料」(ワアー)なんて・・・(欲しい時があるなあ)


大白蓮華2月号巻頭言から
「動かざる中心をもつ者こそ英雄」(エマソン)
いつの世も哲人はすごいこといいますね。不動の信念、揺るがぬ精神世界・・それこそ妙法の世界です。それをたもった私たちはまさに「人間王者」の人生を生きて行ける。だから王者の剣。(まだ切れ味にぶいですが・・)

同じく巻頭言、
 「価値ある人生は、惰性との戦いだ。「初心」忘るべからず ここに、不退の人生の鉄則がある。」

入会したとき、27歳、それから30年余(きみまろ?)
あまりに後悔、反省すること多し・・・
愚者ゆえに人生はままならぬ、はたまた修行の枝は曲げられるか・・・
師弟一筋の不動の池田先生のすごさ、凡人にできる業ではない。
それに比べ不肖の弟子、でも今からでもきっと間に合う
地涌の菩薩と覚悟して・・・今日も勤しめ、使命の道を!


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 今朝も一時間余、白馬がパッ、パッと駆けるがごとき題目で出発できました。昔はいやいや、しぶしぶあげたこともありましたが、今は本当にお題目がよくあがるようになりました。
調子がいいといつまでもあげていたい。これが私の変毒為薬です。歓喜です。これさえあればもう大丈夫・・・蓮華は蓮華でも古代の蓮か、ようやく太古の眠りから覚めてまいりました。

 これからがわが生命の開花の時。
 長い冬を耐えて私にも春がきました。
 御前8時の太陽が中空に昇って行きます。
 その大地を白馬に乗った中高年の王子様がパッカパッカと駆けて行きます。
 それが私です。いえいえ私はドンキホーテ(笑)

 
 
 先生、奥さま
 私はやります妙法流布を この地域で
 祈りに祈り、動きに動いて広布の金字塔を立ててみせます。
 どうかご覧ください。
 此処にも一人、地涌の菩薩がいることを
 私の行動で証明しますから・・・



私のように30年もあたふたしないで、皆さんはどうかまっすぐに前進してください。



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生命の感応

 寒い日が続いています。こちらも一昨日から雪が積もり、今年一番の冷え込みになりました。幸い、風邪も引かず元気でいられるのは聖教配達のおかげではないかとありがたく思います。今、代配をしてくださる方がいないので、私が休むわけにはいかず、その分、体調維持に気を配るようにしています。

 御書には「わが門家は夜は眠りを断ち・・・」とありますが、配達をされてる多くの方は早めの就寝を心がけておられるようです。私も朝が苦手なので、いい修行をさせてもらっています。朝は1時間の配達、1時間のお題目が目標ですが、冬場は布団からなかなか出られない日もあります。

 昨夜は「王城会」と言って会館警備の任務をさせていただきました。会館の警備をすれば、我が身、我が家が守られる・・・それが法華経の功徳です。自分が勤めたことに対しては必ず陽報となって現れます。そういうことをある時ふっと感じるのです。ここ何年も家族無事故で大きな災いもなく過ごせるのは、王城会や会館の草刈り作業などの陽報なんだと 昨夜も有難く思いました。


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 戸田先生の「佐渡御書」の講義を聞いていましたら、「君たちも運が良ければ牢屋に行けますが、運が悪ければ金持ちになって死ぬだけです」というようなことを語られています。本当に剛毅な方ですね。(笑)お声も寸分のよどみもなくて「まさに声仏事をなす」そのものです。私も勇気100倍、仏になった気分??で調子が上がります。きっと戸田先生の生命が私の生命にも沁みこんでくるのでしょうか?

 昔、高倉健さんの任侠映画を見た後、男の人はみんな健さんになって肩で風を切って出てきたという話をよく聞きました。生命というのは良きに付け悪しきに付け感応していきます。

 かつて信心のすごい方とご一緒させていただいた時、しばらくするとこちらの雑念も飛んで、やがていい湯につかっているような何とも言えない気持ちになったことがあります。何もしゃべらなくても、何も考えなくてもいい・・・お湯の中でほのぼのとするような安心した気分になったのですが、その方もその状態を「感応」と仰っておられました。


 人を批判したり怨嫉したり、そういう境涯を革命して、人を尊敬する、長所をほめていく、仲よくしていく、よかったことを一緒に喜んであげる、そしてつらい時は一緒に戦っていく・・・そういう人間へと変わっていくことが人間革命の証だと思います。

 その変革した生命に幸福が陽報となってついてくるのだと思います。幸福は決して追いかけるものではなく、後からついてくるもの・・・幸福も不幸も自分の生命の姿です。だからどうしても先に人間革命、信心が大事になってきます。それができる御本尊様をいただいているのですから、あとはこちらがやるだけです。

 私達は往々にして不幸や罰の姿を顕しますが、それはまさに仏の偉大な力を証明するためです。最初から幸福では仏の力を証明しようがありません。とはいえ、私もなぜ自分だけがこんなにひどいのかと実に30年間も、恨めしく思いながらやってきました。(笑)今では最低のひどい人間でも幸福になれることを実証するためなんだと心から納得できるようになりました。

 「寝床につくときに翌朝起きることを楽しみにしている人は幸福である」とはヒルティという人の言葉です。私達も信心を深め、安心立命の境涯で、使命に向かって喜び出発できる朝を迎える、その日々の繰り返しに生命の仏界もいや増して輝き、「須弥山に近づく鳥はやがて金色になる」との御金言をこの身で読めるものと深く確信しています。

 提婆達多や日顕に感応する人も世の中にはいます・・・それに比べ日蓮大聖人様と創価三代の師匠の精神に呼応、感応して生きて行ける私たちは本当に幸せ者です。この福運を大事に育て、生命王者の大樹へと伸びゆかんことを決意して、今日からまた日々の唱題行に精進していきたいと思います。



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種まく人に

 今は末法ですので時でいえば折伏の時です。創価学会が誕生して、すごい折伏をやってきたので、もうそろそろ一休みして摂受でもいいじゃないかといえば、これは大間違いですね。どこまで行っても折伏しか仏様のお使いの道はないというのが末法御本仏日蓮大聖人様の教えです。創価学会が75万所帯を目指して折伏の大行進を始めた時に比べれば、時代は随分と様変わりしました。

 貧乏人と病人が多い時代に比べれば、今は長寿社会であり、隣の家に味噌や醤油を借りに行く人などもありません。私も若い時、50円の豆腐を1丁買ってきて、飢えをしのいだこともありますが、今はそんな人はそういるものではありません。むしろたくさんの食料を捨てている時代です。子供に物を大切にしろ・・といってもそんな世の中でないのだからこれは言うこと聞きませんね。(笑)

 医療も発達して平均寿命はどんどん延びているのに、子供はたくさん生まない・・・貧しかった時はあんなに生んだのに、今は一人にお金がかかりすぎる時代です。3人も生めば子だくさんのほうです。子供なんかとてもいい服をきて大事に育てられる、鼻水を垂らしたり、ツギハギのあたった服を着ている小学生なんかもいない・・

 そういう時代ですから折伏はある意味とても難しい・・・病気と貧乏ほど悩みとしてわかりやすいものはないですが、今はみんな心の奥に悩みを持っている。だから見えにくいですね。学会員よりお金持ちの人はいっぱいおりますし、病にしても宿命転換の戦いをしている学会員の方が重病に喘いでいることもあります。

「あの人はいい生活ぶりで、体も健康だから、折伏に行っても信心はしないだろう・・・だからやめといて、もっと別の人を探そう」なんて言うのは良くない考えですね。そういう人を折伏していかないとこちらの宿命転換ができない。戸田先生は折伏に行って「おまえが金持ちになれば信心してやるよ」なんて言われたら、それでこちらの貧乏の宿業の償いができるのですと仰せです。入会にこだわるのではなく、相手から悪口を言われる折伏こそ、凡夫の真骨頂であり、末法の折伏なのです。

 だから折伏に行くときは「さあ、今日も悪口の一つや二つ言われに行くぞ」と忍辱の鎧をはおり、ニコニコして出かければいいのです。うまく話してあわよくば入会を・・・なんて考えていくとまるっきり変なことになってしまう。(笑)


 ともかくどの人であれ、折伏するというのが本当です。自分らしく仏法を語り、種をまいていけばいい。勇気があれば折伏はできます。縁があれば、それを大事にしてその人の心田に種を植えていく。無視されても怒られても種を植えてあげればいつか芽が出てくることになっています。



 仏法のことがもう少しわかってから・・・教学を勉強してから・・・なんていってたら人生、あっという間に終わってしまいます。理屈も大事かもしれませんが、勇気を持って当たって砕けろの心意気の方が私は人間として好きですね。



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 この記事を書きながら私はミレーの「種まく人」の絵を思い起こしています。はるか昔、たしか上野の美術館で本物を見ました。黄昏時の畑でしょうか?帽子を深くかぶった農夫が麦かトウモロコシかの種を勢いよくまいている。その姿からは力強き希望の匂いが感じられたものです。種を持って、人々を訪ねては仏種を下していく・・・私も今一度、、相手の心田を耕しながら、一粒、二粒と仏種を植えていきたいものです。

 まだまだ信心の話をしなければならない人が私の周りにはいっぱいいます。自分の勇気のなさと怠慢を反省しないといけません。 


 「寒風何するものぞと胸を張り、仏法対話に勇み挑戦!」(なんか聖教歌壇みたいになりました。(笑)ともに精進していきましょう!)


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お題目の信者

 今年は久しぶりにお正月ゆっくりとした時間がとれました。テレビもさほど見たいものはなし・・・行き詰っている悩みもあり、また地域の広布後継の道を開きたい思いなど、様々あって、じっくり題目をあげたいと思っていました。男子部の子と二人で唱題会を計画しましたが、友人来訪ということで、結局一人になりました。元日、新年勤行会が終わって、午後から始めたのですが、3時間ほどの予定が調子が出て5時間になりました。

 2日目は早朝からあげましたが、この日はどうにも調子が上がらず、頭もすっきりしないので、結局夕方5時間で止まってしまいました。あげてもあげてもすっきりしないこともあります。そんな時は無理をしないのがいいですね。一人でコタツで熱燗を一杯いただいて早めに休みました。(笑)

 3日目はまた調子が戻り、4時間ほどでしたが、心がすっきりと一山超えたような気分で軽やかに上がりました。

 こんな按配で5日間で20時間超あげたのですが、本当にお題目の信者になれたことに感謝しています。もちろんあげるのがつらい時もありますが、それでも以前の私に比べれば、よくお題目が上がりますので感謝というほかありません。

 この唱題行を水の流れる如く、来る日も来る日も続けていけばいいのだとの思いです。それが「何の兵法より法華経の兵法」でしょうか?

 私にも入信したての頃、大変尊敬する信心の先輩がおられ、私はその方に信心を教えていただきました。その方は自営業ということもあって、何年間も毎日、3時間、4時間のお題目をあげたと言われていました。
「30分の唱題なんか一息であがった」とか、「折伏から帰って来たらお仏壇の扉があいてないのに御本尊様が浮かんで長いこと唱題をしていた」とか「何かあれば蝋燭1本拝んだものだ」など面白いお話をいくつも聞きました。私も中ぐらいの蝋燭で唱題してみましたが、とても蝋燭1本はできないものです。(笑)

 もうお亡くなりになられて20数年にもなりますが、昨日のことのように思い出します。私にも「お題目をよくあげるんだよ」「君が自分に勝てるようになったらすごい人になれるよ」と呵呵大笑されておられました。



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 入信して30年ほどはどちらかというと苦しいと思う唱題行が多かったですが、ここにきてようやく、下り坂を駈けていくような軽やかで力強いお題目に変わってきました。まさに「是好良薬・・・ 色香美味」です。(長行もしばらくやらないと忘れてしまいますね)

 御書には「夫れ人身をうくる事はまれなるなり、已にまれなる人身をうけたり又あひがたきは仏法・是も又あへり、 同じ仏法の中にも法華経の題目にあひたてまつる結句題目の行者となれり」(寂日坊御書)とあります。
行者とはまだ行きませんので、お題目の信者です。

 「自分には力強く上がる唱題行がある」こう思えるだけで、どんな苦難も乗り越えて行けるとの思いです。

 御本尊様を抱きしめて唱題行に励み、広宣流布に生きて行く姿はそれ自体が仏の生命の顕現です。いつまでも悲観的だったり、ピーピーしているはずはありません。(笑)
年を重ねながらも、颯爽と希望にあふれ生きて行く青年へと逆にUターンしていくのです。

 今、私は大きな悩みを抱えていますが、題目だけで(もちろん活動はしますが)乗り切る決意です。どんな結果が出るか仏にまかせてやってみようと思っています。私なりの実験証明です。

 広布大誓堂が完成し、広布新時代が開幕したこの年に、自分がお題目をあげぬこうと思っていることに、私なりの「時」を感じています。

 地区でも支部でも題目、一人になってもお題目と、あれこれ言わず(笑)今年はこれ一本でやっていきます。

心ある同志の皆様とスクラムを組んで、学会正義の声も高らかに前進してまいります。


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新時代開幕ですね!

新年あけましておめでとうございます

いよいよ広布新時代の新しい年が明けました。
すでに新時代建設に立ち上がり行動を開始された方も多いことと思います。

 私も元日より決意も新たに5時間の一人唱題会(笑)からスタートを切りました。
2日の日は家内が子供を連れて実家へと行きましたので、一人になってまた5時間・・・
唱題以外に自分の道はないとの思いになったことをありがたく思いつつ、今年の正月を過ごしています。

 今年はわが支部、地区とも題目をスローガンに掲げています。その目的は新時代を担う地涌の菩薩を呼び出だすためです。男女青年部の活動家がいない我が地区にとって新しき人材を折伏戦で呼び出だすほかに後継を作る道はありません。仏力、法力が現れないと折伏は叶いません。先生の御指導にあったように「梵天帝釈我が身に入り給え!」「この地より私たちの眷属を呼び出だしたまえ!」との思いで題目をあげぬいていきます。

 暮れの28日付けの聖教新聞、「御書とともにⅡ」には「ねふかければはかれず・いずみに玉あれば水たえずと申すように・御信心のねふかく・いさぎよき玉の心のうちに・わたらせ給うか」(窪尼御前御返事1479P)とありました。生命という泉に玉なる信心が強盛であればどの人にも仏の生命が輝いていくとの御指導です。

 私もある時から、創価学会の信心にすべて賭けてみようという心境になりました。それは苦境に立たされ、ほかに何の手立てもなくなってしまったからでした。(仏様のお計らいは本当にすごいものです。)

 聖教新聞の配達員を志願し、毎朝5時半から1時間の配達を8年続けてきました。また拠点に我が家を使ってもらえるよう、家の前の田んぼをつぶし、10台ほど車が止まれるようにし、仏間の床下を補強、新しい仏壇も購入いたしました。決して形ではなくそういう志が御本尊様に通じて行くことを実感しています。



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唱題、折伏、ご供養とどんな活動であれ、「志」、「心」で決まっていきます。まさに「心こそ大切なれ」です。数でも額でもない、いさぎよき玉の心が、妙の照覧に照らされ、大聖人様からの功徳となって我が身に輝いていくと思います。仏様は私達衆生のその清らかな心、けなげな心を喜び讃嘆されるのではないでしょうか?少なくとも私はそう思っています。

 人生、一寸先は見えないけれど、どの人にも行くべき道があります。それは一人一人違う・・・ある人は迷い道かもしれない、ある人は自信にあふれたまっすぐな道かもしれない・・世の中の多くの人を見るに大半の人は確たる目的観もなく惰性で生きて行く人が多いのでは・・・と思います。

 私達は一生成仏の道を歩けるのですからそれこそ無上道を生きて行ける。姿は賤しくとも「人中第一」と言われるのは法華経の無上道を生きるからにほかなりません。

 何の取り柄もないぐうたらな私ですが、この人生で妙法という一筋の道をいただくことができました。この度こそ、この道を違えずに不退の位へと駆け上る決意です。吉川英治氏の苦徹成珠ではありませんが、徹してこそ珠も輝く、また珠と成るというのはどの世界にも通じることですよね。

 人生、何も特にほしいものはありませんし、わき目もふらずに信心に生きて行くにはちょうど都合がいい(笑)
御本尊様だけあればもうそれで十分だという心意気です。

 そのことに深く感謝してこの1年も駆け抜けて行きたいと思います。

 疾風の如く魔群を粉砕する力強き題目の渦を我が生命に巻き起こし、青年の心意気で本年を大勝利して行きたいと思います。

最後になりましたが、ブログをご覧いただく皆様のご多幸を心よりお祈り申し上げます。


※昨年末より、公私とも多忙になり、ブログの更新がままなりません。正直、先がわかりません(笑)本門の戦いの場所はあくまで自分が生きるこの地域であり、地元です。リアルであるこの地域での活動を最優先して戦って行きたいと思います。ブログがあとになり、不定期になりますことをご理解願います。

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