2014
02.01

小さな勝利から

Category: 徒然の記
 今日は少し寒さも和らいで日中は暖かな陽が降り注いでいました。きっとそこかしこの土の中では虫や植物たちも地上に出でゆく準備をしていたことでしょう。

 春はいいですね。秋もいいけどやっぱり春は希望の匂いがします。 「希望・・・」ほんといい言葉です。希望があれば人は生きて行けます。もちろんお金も健康もいりますが・・・(笑) 猪木さんは「元気があれば何でもできる!」でしたが、私なら「希望があれば・・・」と言いたいところです。 心の栄養はやはり希望ではないでしょうか?もし人にプレゼントできるなら、希望を贈りたい・・・というわけで、お題目に乗せてこのブログを読んでくださる皆様にも希望が届けられるよう頑張ります。

 今、私には毎日、何十回となく呟く言葉があります。それは「自分に負けるな、自分に勝て!」という言葉です。単純ですがこれこそ勝利のキーワードではないかと思います。それは己の胸中を制覇できないものに勝利はないと思うからです。「心の師とはなるとも心を師とせざれ」とのご金言と重なるかもしれませんが、まさに「汝の敵は汝自身の心の中にあり」です。

 人体は免疫細胞が侵入する悪いウイルスなどと始終戦っているということですが、心も一瞬一瞬、己心の魔と戦っているといっても過言ではありません。


 何かあるたび、私も弱い自分がにょきにょき顔を出します。それに打ち勝つことができることもあれば、逃げてしまいたい時もある。寒くて暗い冬の朝、私は配達のために起きだしますが、毎日、目が覚めた時からもう戦いです。今朝も疲れが残っている・・・もう少し休んでいたい・・そこで呟くのです。「自分に負けるな、自分に勝て!」と・・・池田先生のお顔が浮かびます。師はきっと見ておられる。「よし、起きるぞ!今日も戦闘開始だ」そうやって毎朝、その繰り返しで8年間走ってきました。

 そして無事に配達が終わると「先生、行ってまいりました。ありがとうございます」と心でお伝えします。その小さな勝利を毎日報告しながら戦って行くのが私のささやかな日課です。特別な脚光を浴びるような勝利は私にはありません。一時間題目をあげぬいた時、仏法対話から帰った時、「先生また一つ自分に勝ちました」とその小さな勝利を報告していくのです。


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 人間は死ぬ時に「私は戦い抜いた。自分に負けなかったよ」と言えることが結局、勝利の人生ということだと思います。「人でもない、時代でも環境でもない・・・弱い自分に負けないこと」その日々の積み重ねが自分の勝利の軌道になっていくはずです。人が見ていなくても、地味な一日であっても、陰でその戦いをこつこつと勝利していく人は、必ずいつか陽報の花開く時が来ると思います。平凡であってもそういう生き方が、人としてりっぱな人生になるんだと今はつくづく思うようになりました。またそういう生き方をされている方が私は大好きになりました。

 「闘争心のない人に福運はつかない」と先生はご指導されています。私たちは宿命という名の戦場を一人一人が持って生まれてきました。宿命がでたということは、「いよいよそこで戦いなさい、今がその時ですよ」という仏様の合図です。乗り越える力があなたにあるから出たのです。決して焦らず、目の前の小さな目標を一つ一つ勝利していく。魔法も夢のような解決策もありません。私なら朝の配達、一時間の唱題、夜の活動、また唱題・・・と「今日も負けなかった、勝ったよ。」とそうした陰徳の日々の繰り返しに、いつしか宿命の壁は破れゆくものと信じて挑戦しています。

 今、つらき宿命と闘っている人に、「大丈夫ですよ。どうか自分に負けないで、応援していますよ」そんな言葉とともに、「希望の春風よ、届け!」と念じています。

 春は一度にやっては来ません。じわりじわり、寒い日、暖かい日を繰り返しながら、雪解けの水嵩を少しづつ増しながら、それでも必ずあなたの元にやってくるのです。




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