2014
04.14

山谷曠野

Category: 未分類
 
 私の住んでいます地域は田舎ということもあり、自治会でも200世帯のうち、学会員は2世帯という少ない状況です。寺や神社が信仰の中心で多くの住民の方が、その流れの中で生活しておられます。といっても、形式的なことも多く、先祖伝来の風習を変えたくない、新しい信仰などいらないといった消極的理由がもっぱらその理由ではないかと思います。

 もう少し、広く見ましても2000世帯のエリアに学会世帯数は約60世帯、そのうち活動等に出てこられる世帯は約半分の30世帯程度でしょうか?その上、会員の高齢化は否めず、昭和60年代をピークに会員数も下降気味というのが実態です。

 因習はある意味深いわけですが、こんな話を先日伺いました。

 その方は、大阪から越してきて関西墓園で働かれていたのですが、来た当初、学会宣言をしながら村を挨拶周りされたそうです。そうしましたら、多額の入村権料を請求され、道を通るのに通行料まで出せと言われたそうです。もちろん露骨な学会いじめだったのですが、ゴミだしを拒否されたり、村八分で口もきいてもらえない状態が長い間、続いたそうです。村の入り口には村人が立っていて、よそから選挙の支援に友人の学会員さんが来ても「何しに来たんや、うちの村でそういうことをしてもらったら困るから帰れ」と未開の地の部族のようなことを言われたそうです。墓園は平成二年の開園ですから、少し前のことでなおのこと驚きます。そんな中、少しずつ村の人の手助けをしたり、奉仕作業をしたり、できることを見つけては協力されたそうですが、10年たってその村から出ていくときには「頼むからここにおってほしい」と村の人から言われるまでになったということでした。

 ほんとうにそういう人達の苦労の汗で学会の灯は守られてきたんだと思いました。

 その関西墓園も計画当初は地元の猛反対にあったそうです。それを地元と誠意を尽くして交渉し、神社でさえ新しく作り変えるなど、村に計らって今の墓苑ができたわけですが、今では地元の方にも「学会に来てもらってよかった」と言われていると聞きます。

 どんなことも粘り強く、辛抱しながら地道にやっていくことの大切さを教えられます。


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4月6日 関西池田記念墓地公園

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 こういう田舎で信心していますと、一人の存在というのが限りなく大きいわけです。都会にいた時は私が何をしようが、近所でうわさされることもなかったわけですが、ここでは良きにつけ悪しきにつけ、すぐに人の口にのぼります。
ですから何があっても負けるわけにはいかない、しっかりやろう・・・と自然と学会員の看板を背負っている自分がいます。いつでも多勢に無勢ですが、つらいことも多い分、いただいた功徳も大きいことを実感しています。


「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり此れを道場と云うなり」(御義口伝下)とあります。また乙御前母御書には「道の遠きにこころざしのあらわるるにや」とご教示されています。

 交通も買い物も何かと不便で、会員も少ないこの山間の田舎で信心するからこそ、そこはより寂光土と輝いていくのではと、地区のみんなを励まし、またひそかにありがたく感じる次第です。

 私も謗法の家で生まれ、真言亡家の通り、若くして家を捨て放浪したわけですが、一族でただ一人、妙法を信受し、田舎に帰って一家を背負って生きて行く人生となりました。これからが本当の戦いの本番ですが、ようやく信心の土台だけは完成したように感じています。

「妙とは蘇生の義なり・・・」今、私はこの御文を毎日、唱題と共に身読しています。その歓喜が私の背中をあと押してくれます。この感謝と歓喜の世界に入れていただかなければ、私は今頃、退転していたかも知れない。いつものことですが、御本尊様はもう駄目かというぎりぎりのところで救ってくださいますね。(笑) 

 さてまた今日から使命あるこの地で「ただ今入信」の心で信心に生活に挑戦していきたいと思います。



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