2014
05.09

お詫びの信心

Category: 未分類
 人にとって自分の過ちを認めて素直に謝るということはとても難しいことなのかもしれません。世の中、いろんな方を見ていても、早く非を認めて謝った方が、よほど人間の値打ちも上がるのに・・・と思うこともしばしばです。

 自分に非がある時にどうして素直に謝れないのか、考えて見ますと、やはりそこには我が身を悪者にしたくない、という名聞名利と保身の心が多分に働いていると思うのです。つまり自分だけはいいい子ちゃんでいたいわけです。利害が絡む場合は欲が働きます。そしてそれを指摘されることに怒りや、増上慢も出てきます。人間は厄介な生き物ですね。

 もちろん世間の目を欺けば、世間ではいい子で通ったり、裁判では無罪にもなりますが、仏法に来ると過ちを犯した上にそれを隠ぺいしたり、嘘をつくと、さらに罪が増えていく。人を殺して、運よく無罪になっても、仏法にきたら見逃してもらえない・・ちゃんと裁かれることになります。

 同生天、同名天というのが両肩にいて、人の善悪すべてを天に報告していると説かれます。「ちょっとここは目をつぶってくれよ」といっても真面目ですから融通はきかない(笑)信心しながらでも悪いこともいっぱいやってしまう私ですから毎日大変です。


 素直に罪を認めて早く謝ればすっきりしますし、人間、徳が増すものです。謝れる人にはどこか器の大きさを感じます。「負けるが勝ち」「間違いをあらたむるにはばかることなし」とのことわざもあります。過ちを認めることができた人の方が、その時は負けても、後々、本当の勝利者になることが多くあります。

 自己への執着が強いと人間は素直に謝れない。政治家などは地位や名誉に執着が強いですから、面の皮を厚くしてなかなか謝らない(笑)人間ができてくると、自分への執着が薄くなっていくと思うのです。

 自分なんか全然だめだ、きたなくて臭いもんだ・・・こんな自分はもういらない、何とか南無妙法蓮華経の命に代えてもらいたい、それも少ないお題目で・・・と私なんかそんな横着なことを思っています。(笑)



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 「懺悔滅罪ざんげめつざい」の言葉の通り、法華誹謗の罪は御本尊様に手をついて詫びるしかない・・・いかなる罪も消えないことはないと断言なされていますので、自分の罪障に気が付いて早く詫びた方がいい。お題目を唱えることがお詫びなんだよということをある先輩から聞いたことがあります。

 そして同志と呼吸を合わせて広宣流布のお手伝いをする。組織や幹部の批判なんかやっても罰がでるだけです。組織は戸田先生、池田先生の命だとおっしゃっているのですから・・・

 かつて戸田先生は苦しむことが償いになると言われました。(池田先生の随筆にあったと思うのですが、うろ覚えですので詳細は違うかもしれません。)

 ある日、学会本部で一人の女子部の方が学会の大事な花瓶を落としてしまい、それが割れてしまったそうです。まわりにいた幹部がその子を叱って「なんてことをしてくれたんだ」「不注意だ」とさんざんなじった。その女子部員は涙を流しながら「申し訳ありません、すいません」と何度も何度も謝った。それでも幹部は叱っていた。そこへ戸田先生が見えられて「もういいじゃないか・・こんなに泣いて謝っている、こんなにこの子は苦しんだのだからもうそれで罪を償ったんだ、許してあげなさい」ということを言われたそうです。 

 境涯というのはすごいものです。この場面を修羅場にするも、さわやかな雨上がりのように結末つけるのも境涯のなせる業だと思いませんか?このお話を読んだとき、私もこういう人間にならねばと思いました。

 昔、「不揃いの林檎たち」というドラマがありましたが、私たちは高い空から見ればどんぐりの背比べのような不揃いの人間です。東大出ても中学しか出ていなくても宇宙から見れば0.1㎜とも違わない・・・そう思えば喧嘩したり、偉そうにしたり、なんだか滑稽なものです。

 御書には、「若し重罪有つて乃至人中に軽く償うと此 れは是れ業が謝せんと欲する故に病むなり」(太田入道殿御返事)と仰せです。悪しき宿業が出ることは「業が謝ろうとして出てくるんだ」と止観の言葉を引いておられます。

 法華誹謗の罪を謝ろうとして、精神病も出てくる。他の病気も出る・・・それでうんと苦しんで償ってきれいな身体にしてもらえる。出た時はつらいですが、自分のしたことです。もう観念するしかない・・(笑)

 「法華経の名号を持つ人は一生乃至過去遠遠劫(おんのんごう)の黒業の漆変じて白業の大善となる、いわうや無始の善根皆変じて金色となり候なり」(妙法尼御前御返事・臨終一大事)というとてもありがたい御文もあります。

 罪を認めて、罪を償って、きれいな命になって、生きていることがうれしくてしょうがない・・・そんな境涯に早くみんなでなろうではありませんか?





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