広布の大河に君ありて tori

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ある夜の唱題会

 
 週に一度、私の所属するある部では夜の唱題会をやっています。会場を変えながら3年ぐらい続いています。主に地区や支部の幹部さんの参加ですが、皆さん熱心で、「継続は力なり」であることを教えられます。唱題は3~40分と短いのですが、それが長く続いている秘訣かもしれません。(笑)

 昨夜は部長宅であったのですが、自宅は山間にあり、家の前を蛇行しつつ川が流れています。そして今の季節、唱題会が終わるころには、蛍が舞い飛ぶのを眺めて帰るという素晴らしい自然環境にあります。昨夜もちらほら舞っており、虫取り網を持ったおじいさんと女の子が川辺で蛍捕りをされていました。(昭和の風景やわ)きっと部長も幼き頃はこの川で水遊びや魚とりをしたんだと思います。

 部長は二世ですが、山奥の過疎の村で草創期に両親が入会され、信心をがんばってこられました。今や部長の二人の息子さんも創価大学などを出られ、教師になっておられます。信心の功徳は子孫七代と言いますが、代を経るごとに家庭革命されていく姿は、信心の大きな福徳そのものだと感心させられます。

 昨夜は部長が会館警備のため不在で、また参加者も少なく、私のほかに壮年が2名だけでした。部長の奥さんも入られましたが、私が導師に押されました。私は導師はあまり好きではないのですが、昨夜は後方から、力強く、白馬がぱっ、ぱっと駆けていくようなお題目で背中を押してくださったので、よく声もそろいました。

 部長の奥さんは、今年から別の部の婦人部長もされているのですが、非常におとなしい感じの腰の低い方です。何を言われるにも最初に「ありがとうございます・・・」とはにかんで遠慮がちに話はじめられます。決して人のことを悪く言われることもありません。「上から目線」という言葉がありますが、それで言えばいつも「下から目線」なのです。(笑)私なんかあまり丁寧に来られますと、とまどうこともあるのですが・・・どこかの幹部さんにも少し分けてあげたい謙虚さですよ。(笑)

 で、その奥さんが、導師の私のすぐ右後ろに座られたのですが、いざ始まってみると、私はその方のお題目に圧倒されたのです。普段は奥さんは一番後ろの方なので、意識してその声を聴いたことがなかったのですが、声といい、リズムといい、女子部からたたき上げたという張りのある題目でした。いつも寡黙で控え目な奥さんの姿からは想像できない迫力ある声だったので、よけいに感動したのかもしれません。導師の私の声を飛び越して、御本尊にひたぶるに向かっていくような強さがありました。



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 それで唱題中、私はその声に包まれて、そのリズムにのって軽快に唱題していたのです。こうなるとどちらが導師かわかりませんね。(笑)

 部長は明るく、どちらかというとおおらかなタイプですが、その奥さんの題目を聞いて「あ、この家はこの奥さんの信心が一家の柱になっている」と感じたのです。(もちろん部長もいい信心をされています。)

 「言(ことば)と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(総勘文抄563P)とあります。奥さんの唱題の音声に、普段、表では見せない人としての芯の強さ、負けじ魂の強さを垣間見た思いがしました。
奥さんも二世(近くの出身です)だと思いますが、こういう草創から継承された一家の信心が、過疎の村の学会の灯を守り続けてきたのだと思います。


 部長も50代後半ですが、この奥さんのことを今もって「ちゃん付け」で呼ばれています。それが非常にほほえましく、奥さんをとてもかわいがっておられる感じがします。

 人は見かけによらぬもの・・・とはこの奥さんのことかも知れません。おとなしいけれどこの人が本気になるとすごい・・そうも思いました。そういえば、前に聖教新聞の切り抜きを出してお話されたことがありましたが、人が残さないような非常に小さな記事まできちっとスクラップしてあり、びっくりしたことがあります。

 こういう方にいつも信心を教えられる気がするのはなぜでしょうか?
 目立たなくても地道に真剣に、御本尊様と池田先生を求めて生きておられる、幹部になっても決して偉ぶることもなく、人を讃え、陰の人、支えの役に徹しておられる、その信心根本の生活が、やがてじわじわと確かな幸福の現証として花開き、平凡であっても輝いた人生となっていく・・・その粘り強さ、清らかさのようなものを奥さんから感じるのです。まさに「陰徳の人」だと思います。部長が奥さんを大事にする理由も本当はそういうところにあるのかもしれません。


 唱題会を終えて外に出ると、暗闇にゆるやかに川の流れる音が聞こえています。蛍の舞うのを見ながら、私は心地よい気分でした。帰りの車中、山間を一人走りながら、「俺もこれからや、また明日からがんばろう」そんな気持ちがみなぎってくるのでした。




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