2014
10.18

「善悪不二」ということ

Category: 信心
 
 今、支部総会が各地域で行われています。わが支部でも様々、内容を考え、工夫をこらし、支部一丸で取り組んでいます。私も裏方で会場設営に当たる他、このカテゴリでおなじみの「土星人さん」の寸劇を拝借してお芝居も演じます。「もう一つの5月3日」と題して、先生、奥様のなれ初めのお話です。(笑)

 今朝も新聞配達の途中で、荘厳な朝日を眺めることができました。それに合わせて、我が心にも太陽を昇らせることができる・・・それが日蓮仏法です。太陽は遍く世の中を照らします。たとえそれが極悪人、犯罪者であろうと、一寸の虫けらであろうと平等に照らします。

 大地はすべての人畜草木を乗せ、雨風は人を潤します。そうした働きに宇宙の広大無辺なる慈愛を感じるものです。地は体の肉に、水は血液や水分に、火は熱に、風は呼吸の流れに、そして空は心にと、大宇宙の地水火風空は生命と一体となって、休むことなく成住壊空(じょうじゅうえくう)を展開している・・・その根本の法こそ妙法と説かれます。

 その妙法を受持し、一切の苦悩を歓喜に転換しながら生きていける・・・それこそ私たちが宇宙からいただいた最高のプレゼントだと思います。

  大聖人様は、自らを大難にあわせた平左衛門尉や北条時頼を一番先に救ってあげたいと申されました。我々でいえば、日顕を一番先に救ってやりたいと・・・(そんなこと嫌だという声も聞こえそうですが(笑)) しかし、これが仏様の不可思議な境地なのかもしれません。


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 大聖人様が出世の本懐を遂げられるためには、平左衛門尉や東条景信、極楽寺良観らは欠かすことのできない登場人物でした。御書には「日蓮が仏にならん第一のかたうどは景信法師には良観道隆道阿弥陀仏と平左衛門尉守殿ましまさずんば争か法華経の行者とはなるべきと悦ぶ」(種種御振舞御書)とあります。いつの時代も法華経の行者、信者を迫害するものがいて、正法正義を顕すことができる。善と悪はまさに表裏一体であると言えます。

 日顕が極悪を現し、悪鬼入其身の姿を演じて、学会を迫害してくれたから、私たちはその呪縛から解かれ、宗教団体として自由を勝ち取ることができました。また不純な学会員はふるいにかけられ去っていきました。 善悪を峻別し、悪を責めることにより、善や正義もより確かな形で浮き彫りになる・・・日顕という大悪によって学会の正義はより一層、鮮明になったと言えます。

 極悪の人間がいつどのように救われるものか、どれほどの無間地獄に住むものか、それとも永遠に地獄なのか、それは凡夫にはわかりません。 しかし、提婆達多の成仏を説く法華経ですので、いつかは必ず仏になるということが示されます。順逆ともに救う法華経の偉大さ、スケールの大きさに驚くほかありませんが、それは万人に仏性があるということにほかなりません。大悪、極悪さえも、法華経は見捨てることはない・・・そこに私は仏の大慈大悲を思うものです。それと同時に学会の後世を思い、この大悪を呼び起こされた、池田先生の深き一念というものがどれほどすごいものであったか、私はあらためて強く感じます。

 提婆達多は過去世の釈尊の姿だという話が法華経には出てきます。これは非常に意味の深い、不思議なお話です。そこに法華経の善悪不二ともいうべき深い法理があると思います。(このことについては、これからもよく考えてみたいと思います。)

 
 ともあれ、太陽のように一切衆生を愛しゆく大きな人間になりたいものですね。この人は仲間として認めるけど、この人は許さない・・・これでは偏狭な自己中心主義であり、いわば小乗教に近い考えかたです。大乗経は十界の衆生、すべてを乗せて成仏へと向かう大船であり、法の下では皆が平等です。

 アンチであろうと、外部であろうと、その人達の反対のおかげで、仏になれると感謝しつつ、今度はその人たちを、真っ先に救っていこうとする・・・その心こそ、折伏精神であり、内も外も、仏の眼から見れば、愛すべき衆生に変わりないと思います。

 学会をかく乱させる、師子身中の虫が、これから出てくることも考えられます。しかし、それがまた法華経の宿命でもあります。魔が競うゆえに正法であり、それによって大善も来るのです。その時こそ、我ら、信心あるものが仏になるチャンスととらえ、仏敵を責めて行かねばと思います。

 戸田先生は佐渡御書講義で「運が良ければもう一遍、牢屋に入れますが、運が悪ければ、このまま幸福になって死ぬだけです・・・それでは困る」と言われました。本当にすごい境涯ですね。

 私たちも師子身中の虫を冥伏させていてはならない・・・あぶりださねばなりません。創価学会が新たに発迹顕本し、学会員が大きく境涯を開くためにも、大悪を呼び顕し、打ち破っていく気迫をもちたいと思います。難が来るかと思えば、心踊るのが日蓮門下です。私もその心で新時代の先駆けとなって、やらんかなの決意に今、あふれております。

、皆さん、時が来れば共々に戦おうではありませんか!(どこかの幹部さんみたいですが(笑))



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