2014
12.06

「人間革命」光あれ

Category: 徒然の記
 2日付の聖教新聞は小説「人間革命」の執筆50周年の特集でした。この50年、多くの方がこの小説によって奮起され、また正しき信仰の何たるかを学び、おのおの「人間革命」の道を歩いてこられたものと思います。

 一人一人が「人間革命」のドラマを生きている・・・これが創価学会の実相であり、日蓮仏法を体現していく誉れの求道者こそ、まじめな学会員の方々だと言えます。私も広布に生き抜かれた同志の方々に頭を下げる思いで、この日の記事を読ませていただきました。

 「偉大なる ペンの聖業 五十年 『人間革命』 世界を照らして」 


 お恥ずかしい話ですが、実は私も熱心に読まない時期が長くありました。求道心のない時は聖教も大白蓮華も開かないものです。私の尊敬する先輩は題目をあげては、御書や大白蓮華を拝し、また再び、題目をあげる戦いを毎日、3時間、何年もやったと仰っていました。その戦いがどれほど大変か、やってみた人でないとわかりません。
 
 ある時、その先輩は池田先生にお会いされたそうで、「教学が良くわからないのですが?」と尋ねられたら、先生は「人間革命に全部書いてあります。」とお答えになったということでした。私ももう一度、「人間革命」を襟を正して読み直したいと思います。

 
 挿絵を担当されています内田画伯から、50周年を祝して、素晴らしい先生の肖像画が贈られたと記事にありました。ぜひ機会があれば、実物を拝見してみたいものと思います。氏ほど、先生のお顔、お姿を描かれた方はいないのではないでしょうか?それもまことに不思議な使命だと言えます。
 挿絵からは常に先生に対する尊敬の心がにじみ出ているように思います。肖像画は戸田先生に勝利を報告する先生のお姿だそうですが、それこそ創価の象徴である「師弟」の誉れの瞬間ではないかと思いました。


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                冬空に 厳と立ちたる 古木かな 王者の風格 君も持(たも)てと (剣)


 またその日4面の「論苑」では、「生命変革の法理」と題して森永教学部長の論文も掲載されています。特に私の印象に残ったのは、「業生」から「願生」へという宿業の捉え直しのお話です。「願兼於業」が、とてもダイナミックに真実味を帯びて感じることができました。(詳しくは新聞をお読み願います。)

「自分の不幸や労苦は、仏法を証明するために、願って生まれてきたのだ」 そう強く確信したいと思います。

 そう言えば、小説「人間革命」は「悪しき宿命を使命に変えて、勝利しゆく」というテーマに一貫して貫かれています。「一番苦しんだ人、地域が一番幸せになるのだ、幸せにせずにおくものか!」という強い先生の心が、戦争に対する冒頭の言葉から今日まで、小説の背景に鋼の如く裏打ちされています。それこそが小説「人間革命」の要であり、骨髄ではないかと思います。

 多くの内外の方が池田先生を敬愛して、小説「人間革命」を生きる滋養としながら、日々、闘っておられます。
有名な方から無名の庶民の方まで、幾百、幾千万の人がまるで、池田先生から放たれる放射状の糸を、一人一人手繰(たぐ)り寄せるように握りしめている・・・

 それはあたかも創価学会=広宣流布という仏の大樹が、地中深く、幾千万もの衆生の信心の根から養分を吸い上げて発展しゆくように、私たちは誉れの根っこ一本一本であるとも思うのです。大樹(仏)と根(衆生)は不二である・・・根が枯れれば大樹も枯れます。日蓮大聖人と私達、池田先生と私達・・・その目に見えない強い信心の結びつき以外に仏法の血脈の道はないと確信します。

 決して華やかな人生ではないかもしれない、物質的に多く満たされることもないかもしれない・・・しかし心は人間王者として、世法や世俗を悠々と見下ろして、仏界に入っていくことができる、それが法華経の心髄です。私たちが目指すべき「真実・永遠の都」にほかならないと信じます。


 さて「師走」ですので先生はきっと走っておられますね。(笑) 100年後、200年後を見据えて、仏界と娑婆世界を往還されつつ、次々と手を打っておられるに違いありません。私達も「人間革命」の糸をしっかりと握りしめて、「地域の勇」として師弟共戦の道をさらに強く生きて行こうではありませんか?

 事故などありませんよう、また風邪などひかれませんよう、皆様の無事安穏をお祈り申し上げます。



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