広布の大河に君ありて tori

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信心は毛穴から入る

 
 今週はわが地区で座談会がありました。ブロック座談会ですが、会員数の少ない地区ですので、地区一体でやっています。

 私も外の壮年の方を一人お誘いしました。同中にも時々一緒しますが、その方は糖尿病があり、眼があまり良くないようで、どんな会合も目を閉じて、会合の雰囲気を味わっておられます。

 「一言お願いします。」と言いますと「ここに来るといつもファミリーみたいな雰囲気で、ほっとするんです。」と言っておられました。こちらこそありがたい「会友」ともいうべき仲間の方です。

 私は無冠の友として、毎朝、一時間ほど配達をしています。もう一人、婦人の方にもお世話になっていたのですが、最近、高齢ということでやめさせてほしいと話があり、私の配達範囲がさらに広くなるところでした。

 そこで座談会の場を借りて、「配達希望の方がおられましたら歓迎します」と言いましたら、別の婦人の方が「私、やるで」と言われたのです。

 その方は、普段、私にも憎まれ口を平気でやる方で、「○○さんに言いたいこと言うたらすっとするねん。それでストレス解消できるわ」というような、あけっぴろげな方です。



IMG_4460.jpg




 その方が配達すると言ったので、周りの人も一瞬「え?」という感じでした。一番しそうにない人でしたから(笑)離婚して今は一人で、生活保護も受けておられます。言葉など荒れたところもありますが、根はいい人です。2.3年前にこの地区に移ってこられた時は、もっとすさんだ感じだったのに、「いつの間にか信心が沁みてきてるやん」と思いました。

 また別の婦人部の方は、御書の一節を紙に書いて短冊にし、家に余っている石鹸や、乾電池、インスタントラーメンなどに、それを貼りつけてみんなに配ってくださいました。

 各自、いただいた真心のこもった手書きの御文を読み合いました。ちなみに私がいただいた御書は「大地はささばはづ(外) るるとも虚空(おおぞら) をつなぐ者はありとも・潮のみ(満) ちひ(干) ぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのかな(叶) はぬ事はあるべからず」(御書1351-18祈祷抄)」有名な祈祷抄の一節でした。

 今月の座談会御書は「阿仏房御書」でしたが、目の前にいる会員の方々が、「ああ、この人達こそ宝塔なんだ。今日はそう見えるなあ」と思いながら、拙い講義をさせてもらいました。

 みんなの信心の思いが集い合うのが座談会です。そこにいるだけで一つになれる仏の会座です。熱心な人も、久しぶりに出てこられた人も、すぐに一つに溶け合えます。きっと仏様の空気が部屋中に、また集まった人の生命に、花の香りのように沁みこんでいくのだと思います。

 そういえば、「信心は毛穴から入る」と言われます。信心が嫌いでも、知らないうちに毛穴から仏様の空気が沁みこんでいきます。それはきっと、その人の仏性を眠りからさまし、幸福の方向へと立ち向かわせていく、希望の光となります。

 正しい仏法は人々を結びつけ、和合の世界に変えていきます。反対に魔は争いを好み、和を破壊し、心をかたくなにさせていきます。目の前で起こる出来事も、それを基準に見れば、仏の所作か、魔の所為か、一目瞭然です。いくら仏法を語っても、人々を暖かく包む明るくさわやかな心がなければ、最後は賢明な民衆に見放されていきます。

 「みんな、喜んで帰ってくださったかな?」「温もっていただけたかな?」
 そんなことを思いながら、また明日から善なるこの人達を守っていこう…そう思う夜となりました。



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