広布の大河に君ありて tori

TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2015年03月
ARCHIVE ≫ 2015年03月
      

≪ 前月 |  2015年03月  | 翌月 ≫

何のためかを見つめながら



 法戦もあと1ヶ月を切り、関西方面も大阪をはじめ、兵庫、京都、滋賀と今回は厳しい戦いを余儀なくされています。

 そんな中、先日、緊急の会合があり、その中で話された幹部の方のお話が印象的でした。幹部さんのお話の受け売りですし、走り書きでメモしながら聞いておりましたので、正確ではない部分もあると思いますが、話の要旨はお伝えできると思います。(月刊「潮」あたりに出ていたお話のように思うのですが、間違いがありましたらご指摘ください。)

 公明党(1966年発足)の前身は公明政治連盟(1961年発足)ということは皆さんご存知だと思います。しかし、その前は実は「創価学会文化部」という形でスタートしました。(1955年当時)初陣を前に、戸田先生の愛弟子である54名の方が議員候補として集められました。そこで激励の言葉があるかと思いきや、先生はこの方たちに向かって「将来ここにいるほとんど全員が退転するだろう」と申されたのです。そして愛弟子を千尋の谷に突き落とさざるを得ない、師子の親の思いから涙されたそうです。

 先生は権力と野望の渦巻く政治の世界を知悉しておられました。そこに手塩にかけて育てた弟子を送り出す心境はいかほどのものであったか。策謀と欲望が渦巻く第六天の魔王の所領で、どこまで自分の弟子が立正安国のために戦えるのか、その力量、信心も見抜いておられたに違いありません。

 また昭和36年12月、池田先生の選挙違反容疑の口頭弁論が大阪地方裁判所で行われました。池田先生は最終陳述で裁判長を見据え、「宗教をたもったものが政治活動を行うことがどうしていけないのか」と毅然と訴えられたそうです。さらに結審した時、先生の発言を苦々しく聞いていた検察に向かって、「民主主義がある限り選挙はやります。そして勝ちます。」と言われたのです。


141.jpg




 私はこの二つのお話を聞いて、立正安国、王仏冥合の戦いに師子である戸田、池田両先生がどれほどの決意と覚悟で、政治の世界に踏みだされていかれたのか、その御心境の一端を垣間見る思いがいたしました。

 今の公明党はある意味、成熟したかも知れません。そして議員の数も3000名を超える陣容となりました。しかし物事の原点というのは変わらないはずでありますし、変わってはいけない。その時の先生の覚悟と決意は未来永劫、創価の組織の中に流れていくことを信じたいと思います。幹部や政治家が野心や権力の濁流に呑まれ、悪に堕することのないように、会員はやはり注視していかねばならないとも思います。

 私達が常に立ち返る原点は立正安国であり、広宣流布の戦いです。そのために全員が力を合わせ、我見を捨てて戦いゆくことが、創価学会に対する報恩であり、御本尊を受けたもったものの栄えある宿命であると思います。

 創価の同志はあらゆる差異を乗り越えて、御本尊と師匠の下に心ひとつになれると信じます。それ以外の団結などないはずです。何のための組織か、何のための仏道修行なのか、そして何のための法戦か・・その何のためを見失った時点から、人は惰性やマンネリ、悪道に堕ちていくようにも感じます。

 その意味で、個人的な感情にとらわれているうちは本当の信心ではない。そうしたことは、深き信心があれば乗り越えて行けますし、違う考えの者でも同じ目的に向かって心を一つにできるからこそ、異体同心なのだと思います。その根本さえ踏み外さなければ相手の自由、個性を尊重しつつ、団結できるはずです。

 私にとっては心のギアを一段入れ替える、いい会合となりました。また会合が終わった時、多くの方と心が通い合ったように思いました。やはり原点、源流に会員を一旦、戻してくださったその話の内容が良かったのではと思い、帰り際、その幹部さんに謝辞を述べさせていただきました。

 自分が何をすべきか、師弟の道に殉じる思いで思索を重ねながら、また新たな前進を開始していきたいと思います。



 にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


03
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30
31