2015
05.04

「膝詰」の対話

Category: 未分類


 個人の素晴らしさを発掘し、どこまでも一人の人間に光をあてていこうとするのが「人間革命」の世界であり、「人間主義」だと私は思います。一人の人間には幸福に向かっての無限の可能性がある・・そのことを信じ開花させていく。そのことが組織活動においても個人の活動においても常に根本にあるべきだと思います。

 私達も自身の幸福を開くわけですので、それは「やらされる」のではなく「自分からやる」ということが前提であるべきです。その取り組む姿勢によって功徳も歓喜もまったく違いますよね。自分から進んで活動すると理屈抜きに気持ちがいいものです。心も爽やかで、歓喜も倍増していきます。結局、信心は「心」「志」に功徳が開いて行くのだと思います。

 どんな活動であれ、会員の方が喜んで参加しているか、義務的でないか?そのことが成果や数字よりも大事なことだと思います。私は自分がやらされるのが嫌いなものですから、人にもそうならないようにといつも思います。


 よく「膝詰」という言葉が学会には出てきますが、まさに一対一の生命の「対話」によって、人間は触発され、生まれ変わり、蘇生していくものです。

 「人間主義」を実践するということでいえば、まずは人に会って、対話をすることが一番ではないでしょうか?池田先生が冷戦時代のソビエト訪問をされた時、「何故、共産主義の国に行かれるのですか?」との問いに「そこに人間がいるからです」と答えられました。国も地位もイデオロギーも関係ない、お互い、裸の人間としてのお付き合いをしよう・・・それが人間主義の第一歩であるべきです。「対話する」・・・そこからしか友情も理解も育っていかないものです。




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 組織において「人間主義」が浸透し、人々が躍動するために、私は今こそ、より多くの幹部さんが、家庭訪問や、個人間の対話に打って出るべきだと思います。幹部さんの個人訪問、家庭訪問が、だんだんに少なくなっているように感じています。

 上の方の幹部さんも、もっと末端の地区に飛び込んできてほしいですね。そうでないと本当の心の交流にはならない。こちらからお呼びすれば座談会など出てこられますが、それでは受け身です。普段から信頼関係を作っていかないと、いざ戦いの時だけ号令をかけられても士気は上がらないものです。それでは選挙の時だけ訪ねてくる学会員みたいなもので(笑)、やはり普段の信頼の上に協力もしていただけるのだと思います。

 「師弟」という名のもとに、いつでも会員が動くと思ったらそれは間違いです。そういう考えで漫然としていては、やがて組織としてもろくなっていくと思います。組織内の対話こそ、学会の中を流れる血液、血流のようなものであり、それがよどんだり、濁ったりすれば、やがて病気になってしまいます。気さくに何でも言える環境を作ることも大事なことですよ。

 家庭訪問のような人に会う活動が、一番楽しいものですけど、その味を多くの幹部さんが忘れてしまったのでしょうか?それとも2世の幹部さんが多くなり、そういう実践の体験が乏しいのでしょうか?結局、広宣流布への意欲、熱意の問題であるに違いありません。その熱意が人の心を動かす、幹部さんの目に力がないようでは、こちらも力が湧きませんものね。(笑)

 学会がどんなに大きくなっても、営利目的の大企業とは違います。どこまでも一対一の人間です。その双方向の「膝詰」の対話を実践することが、「人間主義」のあふれる、ぬくもりのある組織になる肝要ではないかと思います。

 息の通ったぬくもりのある対話が少なくなるにつれ、「人間主義」も「信心の躍動」もしらず失われていく・・・そのことに、もっと注意すべき時が来ていると私は思います。

 これから一番動ける季節ですね。「たまにはお茶でもしない?」とそんな感じから、一対一の「膝詰」の対話に笑顔で挑戦していきたいですね。




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