広布の大河に君ありて tori

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あなたを照らす太陽光線



 私の地区は山間部にあり、いわゆる過疎の農村部といった地域です。学会員の高齢化も進み、男女青年部の活動家もいない地区ですが、私自身は青年の心で頑張っています。

 部員数は確かに少ないのですが、一人の人間に仏の生命力が湧けば何事か成就するものと、「わが仏界よ、出で給え!」と祈りつつ戦っています。「師と共に戦おう!」そう決意するだけで、みるみる力が漲るのが妙法です。力が出ないのは決意と覚悟が足りない・・・戦う決意で題目をあげて力が出ないなんて、それはどこかおかしい話です。

 私もこれまで落ち込んでは、自分を励まし一人立つ心意気でやってきました。人を頼ろうにも頼る人がいないのですから、自分を励ます以外にありません。昔、会合で意気盛んに「この地域の広宣流布は私がやります!」と宣言したら、婦人部長さんから「それは違う、みんなでやるのよ」とたしなめられた思い出があります。(もちろんその通りですね・・・)(笑)

 そんな地域ですので一人の活動家は金の卵のようなものです。少しくらい何かあっても目をつぶり(笑)・・・ほめて讃えて盛り上げていくしかありません。内気で一言も発言しない人でも、座談会に出てこられるだけでありがたいものです。「あなたがこの地区の主役なんや」私はどの人にもそう言います。

 『あなたが光です』・・・座談会の案内状にこんなキャッチコピーを入れて見ました。座談会などの場にいますと、皆さんから光が発光しているのがわかります。有智無智、貧富やおしゃべりの有無(笑)を問わず、題目を唱える人から出(いず)る光で会場が熱く明るくなるのです。



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               <秋の陽光は川面に踊り、ススキの穂は風にそよぐ・・・>



 あるユニークな婦人部さんは「もう座談会にはきーひんで(行かないわ)」と毎回そういって帰られます。
でも次の座談会が来ると私が電話を入れます。
私・・・「そろそろ座談会やで。今回はええモバイルやるし待ってるから」
婦人部さん・・・「いかへん、おもろないから・・・」
私・・・「みんな、あんたが来るのを楽しみにしてる。そっちが来ると盛り上がるんや。」
婦人部さん・・・「ふん、どうせ私をコケにして、笑うだけやろ」
私・・・「ちゃうよ。あんたはいるだけで人を明るくさせられるすごい人なんや」

そして座談会当日
婦人部さん・・・「地区○○がひつこくいうから来たわ。私何もしゃべらんからな」
私・・・「あれ、来たん?今日はそっちが来ないから、上品な座談会の予定やったのに、こりゃ今日もにぎやかやわ」(爆笑)

 そんなあいさつから鈴を打って勤行が始まります。わが地区の座談会は「参加することに意義あり」です。(笑)

 どの人も太陽の生命とはいえ、時にはどんよりと曇っていることもあります。年中曇っているような人(笑)でも、こちらが太陽の光をあてると輝いていくものです。人の欠点ばかり目につくのは、きっとこちらが輝いていないせいです。太陽のまぶしい光に輝かない人はいない、みんなが素晴らしい。他者を素晴らしいと讃えられる人の生命もきっと輝いているに違いない・・・私はそう思います。

 そんなわけで、老若男女を問わず、私は地区の人々を抱きしめてこれからもやっていきます。自分自身の太陽光線をもっと強烈にして、縁するあの人この人を照らしながら・・・(*^_^*)





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もう一度、一緒に・・・

 

 先日、早朝、聖教新聞を配達していますと、ある路地のところの家の前に、一人の老人の方が立っておられました。

 その老人は、草創の頃、30代で入信されたのち、さまざまな事情で会合等一切出てこない状態となり、いわば退転状態で数十年を過ごされてきた方でした。

 私が数年前に地区の責任者となり、セピアに変色した会員カードを見てそれで家庭訪問したわけですが、まったく話もできず、いわゆる塩をまかれるような状態で帰ってきました。その人は大変な剣幕で「おまえらは学会に入れるだけ入れといて、後は何も世話もしなかったくせに、今頃何の用や。これ以上、家に近づくと警察に通報するぞ。帰れ!」と、狂ったように血相を変えて、私に当たり散らされたのです。

 入会の紹介者は今でも地区におられますが、当時、入会させるだけのような折伏を随分されたようです。ある方など、その人の折伏で、ズボンのお尻のポケットに御本尊をつっこんで、バイクで帰ってきたとの話も聞きました。そんな折伏をしておいて、私は「何十世帯も折伏した」などと自慢げに語るような人でした。


 入会させる時だけ大事にして、あとは面倒も見ない、信心もちゃんと教えない・・・こんな折伏なら、退転者を作るだけというものです。ある意味、入会した人も成果主義の犠牲者だといってもいいのかもしれません。

 その朝、怒鳴り散らされるのを覚悟の上で、私は微笑みながらその人に近づきました。すると案に相違して、その方も微笑んでおられるではないですか?(かつて私に怒鳴り散らしたことなど忘れておられたのかもしれませんが・・・)




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                        <京都府京丹後市網野町>


 会話は弾み、学会のことや、そのあと信仰、生活といろいろあった来し方など話してくださいました。今は地元の邪宗と付き合いがあり、御本尊もどなたか(それが学会幹部ではないようです。)に返したということでした。数十年もの間、誰も会いに行くことがなかったのか、信心が空き家で手入れされることのない庭のように、雑草で覆い尽くされてしまっていたのです。

 もちろん、根本は本人の宿縁、信心の問題といえますが、その上で、地区にも大いに責任があると私は思います。
「鉄は熱いうちに打て」との格言通り、入会後、数年が入会者にとってはとても大事です。その時に宗教の正邪、信行学の実践をしっかり打ち込んでおかないと、やがて難が来たときに、一人で耐えきれない・・・信心を捨て、邪宗にまで戻るというのは、肝心要(かんじんかなめ)が教え込まれていない証拠のように思います。

 話を終えて、配達に戻った車中で、私は御本尊様に「どうか、この人の退転の罪を許して、もう一度、信心できる機会を与えてください。」と祈らずにはいられませんでした。

 何故、その人にこういう形で会えたのか?・・・やはりその方に御本尊様を求める生命が、残り火のように燃えていたのではないかと思いました。仏法には偶然はない・・・すべてに意味があるのなら、この日の出会いも、人を救いゆく広宣流布の大事な出会いであるはずです。

 これから時折、訪問しては、その方の生命の雑草取りをしたいと思います。(笑)その方はもう80歳ですのでどこまでやれるかわかりませんが、少しずつ距離を縮めて、いつかもう一度、笑顔で座談会にお招きしたい・・・今の地区の人達で真心の再折伏をしたいと思います。

 かつて学会員だったという方にも意外と出会うことが多いものです。退転者を再び、仏界へと導いていく手助けも、これまた自分に与えられた使命であり、そのためには私がそうした人々の味方となり、信頼を勝ち取ることから始めていこう・・・「きっと仏様はどの人も見捨てたりはしないはずだ」そう思うと、心もどこか軽やかに、自然と感謝の思いが湧いてくるのでした。





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親不孝者の信心


 私の友人は大変、お母さん思いなのですが、長年、彼を見て、私も親孝行ということを考えさせられてきました。彼も還暦を超えており、結婚の縁に恵まれず、20年ほど前に父親を亡くしてから、ずっとお母さんと二人暮らしです。

 50才になったころ、彼は私の縁で入会したのですが、いきなりお母さんの病気や、弟さんの病気が出たもので、信心に不信が起こり、組織につかず離れずで今日まで来てしまいました。

 それでも時折、お母さんと二人で、同中や座談会に仲良く参加もしていました。2年ほど前からB長職を彼にお願いしていたのですが、先日、ようやく受けてもらうことができ、これからなんとしても信心の確信をつかませてあげたい・・・そう願うばかりです。

 そんな彼のお母さんは86歳ですが、この夏ごろから痴呆が出て、彼が自宅で世話をしています。「ヘルパーさんに来てもらわんのか?」と聞いたら、母親が絶対にいやだというそうで、それで下(しも)の世話まで彼一人でやっているということでした。

 痴呆が出てからは夜も一緒の部屋で寝てあげているようで、どこまでも親を大事にするなあと感心させられます。母子(ははこ)一体の生命を生きていると、私には思えてなりません。

 仏法では四恩が説かれますね。その一つに「父母の恩」があげられます。父母の恩を報じることは、人として生きる上で、最も基本のことなのでしょう。またそれが報じがたいのも人の世の習いです。





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                            <瀬戸内海の夕陽>





 池田先生も未来部に向かって「お父さんお母さんを大事に、親孝行するのだよ」といつも指導されます。親不孝の人間はやはり仏にも諸天にも嫌われるに違いない・・・親を大事にできるかどうか?単純ですが、案外、そこにその人の人間性も見えるような気がします。

 恩を知る自分になること・・・それが「人間革命」しゆく人の姿だと思います。その人はきっと「怨嫉」や「修羅」の世界から引っ越して、「ありがとうの世界」「報恩の世界」に生命の住所を持つことでしょう。それこそ「心の財」に違いありません。そういえば四恩には「一切衆生の恩」も含まれます。善人、悪人問わず「一切衆生」に恩を感じる・・・その人が、不軽菩薩のあとを継ぐ人と言えるのでしょう。

 かくいう私も若い時から親に反抗し、親を泣かせてきた人間です。まさに人間の皮をかぶった畜生だったかもしれません。
御書にもあるように、酔って、父母を打ったような者が、今、ようやく法華経で目が覚めたのか、親を慈しみ、少しでも大事にしたいと思う自分になりました。

 世間では「親孝行したい時に親はなし」などと言いますが、仏法は死んだ親にも、瞬時に題目を送ることができます。それこそ「最高の孝養」です。私のような親不孝者にも最高の孝養の道を与えてくださり、その上、親不孝の宿命まで転換してくださるのですから、仏様はまさに「一切衆生の親」ともいうべき人ですね。

 信心することなく早逝した父も、私の生命で生きており、日々対話することができる、日夜朝暮に親不孝を償うことができるのですから、親不孝者にとっては法華経の信心ほど、ありがたいものはないとつくづく感じています。






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善きことはカタツムリの速度で


  私の足(車)はスズキのワゴンRなのですが、走行28万キロ(13年)を越えまして、9月の車検を機にいよいよ手放すことにしました。

  長年の聖教配達、同志の送迎、学会活動、仕事、遊びにと傷ついた体で、愚痴一つこぼさず(笑)よく走ってくれました。私の下手な運転で凹んでもいますが、せめてもの感謝の気持ちで、昨日は車内をきれいに清掃しました。物とはいえ、伴侶のような存在でしたので、別れの日が来るのがいささかつらい気がします。

 その車で今朝も爽やかに聖教配達、そのあと勤行、私の好きな「緑の栄冠」の歌を口ずさみながら、一日を元気に出発しました。

 清らかな歌はこちらの生命を浄化してくれます。それと同じように仏様の言葉、師匠の言葉はこちらの生命を豊かに、勇猛に、奮い立たせる力があります。それら、大善の生命から発せられる波動に、こちらも感応できる生命へと、自身を開かねばなりません。

 私とて、曇天の空のように落ち込む日もありますが、一昔前に比べたら、歓びに溢れる日も多くなりました。冥益と言われますが、表だった功徳よりも、生命内奥が輝いていく功徳・・・まさに「悪が滅して善が生じる」との言葉を我が身で味わいつつ、それゆえ歓喜と感謝が増しゆくという、幸福への軌道こそが妙法なのだと思います。




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 「30年もこの御本尊を拝して、生命が変わらないなどと、そんなバカな話はないよ。」と私の大先輩は言っておられました。 顕益は家が建った、お金が儲かった、等々、見た目も華々しい。それに比べ冥益は表には見えません。基底部からゆっくりと変革していき、穢れ多き我が身がいつしか宝塔のごとき輝く生命となる。まさに「善きことはカタツムリの速度で動く」とのインドの哲人の箴言を、私はいつも心に刻みつけて歩いています。

 何があろうと八風におかされず、水の如くの信心を持続していくことがいかに大切か、年数がたつほどそう思います。いかに強信であっても、途中で退転すれば、すべてが水の泡です。いかなる境遇であっても、退転だけはしてはいけない・・・それが負けないことであり、勝利への道になります。

 
 秋といえばさまざま、果物のおいしい季節ですね・・・私などたとえれば渋柿で、人にかじられては顔をしかめて「ペッ」と捨てられていたようなものです。それが妙法の功力によって、いくらか甘柿へと変化してきたでしょうか?まだまだ渋も多い。(笑)完熟した甘柿ともなれば、多くの人がこぞって寄ってくるに違いありません。それこそが人に愛され、幸せを呼び寄せる福運ですね。

 生命が渋柿では生きていくことがつらいのも道理ですが、その時代を辛抱して、決して腐らず焦らず、未来を見つめていきたいと思います。唱題に励み、化他行に励むことによって、我が身の渋もとれ、やがて実りの秋を迎えることもできる・・・秋の訪れを生命に感じながら、御本尊一筋に歩んでいきたいと思う、後半戦9月の開始です。





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