2015
12.30

皆様、よいお年を!

Category: 未分類



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困難にあっても、自分こそが人生の「主役」である、
「主人公」である、
「英雄」であると決めて、前へ前へ進むことである。
妙法の人生を生き抜いていくかぎり、すべてが開ける。
すべてが乗り越えられる。
そして、すべての悩める人々を救っていける。
信心強き皆様こそ、真の英雄である。
<聖教新聞12月27日付・光の言葉幸福の曲

 
 27日の日曜日の朝も配達を終え、コンビニでドーナッツとコーヒーを買い、暖房をかけた車中で先生の詩を一言一言味わいながら「そうです、そうです、その通りですね」と読んでおりました。おりしも寒い外気の向こうに、冬の太陽が一瞬、顔を見せ、その光をフロントガラス越しに浴び、「自分は幸せ者だ」と思えた次第です。

 家に戻り、早朝、一人勤行をしました。経机の先生、奥様のお写真も私は微笑まれているものを置いています。そのお顔を拝しますと私も笑顔になれるからです。(笑)

 いよいよ本年もあとわずかとなりましたね。今年一年も妙法とともに、学会と共に、先生と共に生き抜くことができました。「先生ありがとうございます。」そう言いながら一年を終えることができます。

 ブログの記事も読み返しますと、赤面しそう、発狂しそうなものもありますが、(笑)これも未熟な自分ゆえに仕方ないこと・・・思えば仏法のことを書くこと自体、身の程知らずとも言えますが、大聖人様から見れば、赤子が水際でチャプチャプ仏法の真似事をしているようなものでしょうね。早く本当の法華の大海に出てきなさい・・・・そう思われていることでしょう。「発迹顕本」とは赤ちゃんが少年に、少年が青年、大人へと雄々しく自立していくことだとも言えるでしょうか?

 記事をお読みいただいた皆様には心から感謝申し上げます。未熟なことは承知の上ですが、これからもよろしくお願いします。
今年は今年・・・風呂に入ってさっぱりとするように、きれいに洗い流して、明年に旅立ちたいと思います。

「前へ前へと進みなさい」と先生は言われています。
現当二世ですね・・・来年に向かい、私もすでにスタートを切りました。元旦も地区の高齢の方を乗せ、新年勤行会から出発したいと思います。

 皆様も無事故の年末年始を・・・そして明年は最高に良い一年にすると決めて、出発しましょう。

 同じ27日の5面に佐賀の方の体験の最後に戸田先生の指導が一言出ていました。短いですがその一言に勇気をいただきながら、今年のブログを終えたいと思います。

「今年こそは、と決心した時、われわれはその証拠を、その年の自分の生活に必ず出すことができる」・・・この確信で行きましょう。

皆様良いお年を・・・一年間、本当にありがとうございました。



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2015
12.25

創価学会「発迹顕本」

Category: 信心
 

 年の瀬を迎え、皆様慌ただしい日々をお過ごしのことと思います。この一年、皆様にとってはどんな一年だったでしょうか?今年は私にとっては入信以来、一番良い一年となりました。それは生命の革新を大いに感じることができたことによります。
 「変毒為薬」「煩悩即菩提」と言っていいと思いますが、生命の根本的な苦悩そのものが歓喜、感謝へと転じるといった大変革を体験することができました。明年をめざし、さらなる新しい決意でスタートを切っていきたいと思います。

 また創価学会においても今年は大躍進ができた一年ではなかったかと思います。遠くは宗門問題に端を発したわけですが、それによって日蓮正宗との決別を果たし、広布大誓堂の完成、昨年の「会則の改正」、そして本年の新・「勤行要典の制定」と、次々と民衆仏法の宗教団体としての姿を確立してきました。

 その歴史は日蓮大聖人直結の宗教団体としての独立を勝ち取った歴史でもあり、大聖人様の仏法を大衆、民衆の掌中にした宗門との人権闘争の歴史だと言っても過言ではないように思います。

 私自身も宗門問題以降、これらの改革によって自身の中にある迷妄を打ち破ることができました。一つは法主・宗門絶対論ともいうべき権能に対する迷妄、一つは弘安二年の御本尊という特定の御本尊に対する本尊観の迷妄・・・少なくともこうしたことが明らかになったことは私にとって大変ありがたいことだと思っています。




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 弘安二年の御本尊もそれ以外の御本尊もすべて「法華経の肝心、南無妙法蓮華経」の御本尊であり等しい。弘安二年の御本尊は創価学会とは無関係となった邪宗門にあるがゆえに、身延の御真筆同様、受持はしない。こうしたことが明文化されたことは私は霧が晴れたように大変すっきりとしたことだと思います。

 思えば今後入会してくる人は、宗門も弘安二年の御本尊も知らないのですから、世界広布を前にして非常にいい改正であったと思います。

 「創価学会の発迹顕本」ということを時折、耳に目にします。私はまさにこれらの一連の改革の姿こそが「発迹顕本」にほかならないと思います。その内実は池田先生の思想の根本にある「宗教のための人間」から「人間のための宗教」への変革そのものです。

 法主や宗門の権威の前にひれ伏して信仰しなければならないという縛りを取り払い、また特定の御本尊から離れれば功徳、血脈はないという迷妄を打ち破ったことは、まさに「人間のための宗教」への大きな変換点となりました。宗門に隷属した「迹」の姿を払い、民衆宗教としての「本」来の姿を顕す・・・まさに「発迹顕本」そのものが起こったと言えます。

 その創価学会の「発迹顕本」というべき戦いを、先生は日顕宗という大魔をあぶり出し、魔軍からの大難を受けながら、後世の会員のためにうち砕いてくださいました。「すべては人間のために、民衆のために」との思いで・・・本当に強くありがたい師匠であります。

 これらの改革、改正によって創価学会は本来の独自の勇姿を顕すことができました。そして学会は威風堂々、世界広布の大海原へと自由に出帆できる身となりました。外部の方や反創価の人に何を言われようと「彼等は野干のほうるなり日蓮が一門は師子の吼るなり」(聖人御難事1190P)です。会員の私達も師子王の心をとりいだし、おおらかに伸び伸びとやっていきたいものです。

 その「世界広布創価丸」に私も皆さんと和気藹々(わきあいあい)乗りこんで、山本伸一船長の元、明年もまた無冠の乗組員として「人間革命」の航海を、楽しく朗らかに船出したいと思っています。






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2015
12.16

蒼蠅(そうよう)の信心

Category: 信心

 来年の法戦に向かい、はやスタートは切られました。かつては選挙と聞きますと気の重い私でしたが、多少、人間革命ができてきたのか「待ってました、戦うぞ」という学会員らしい生命になりました。日曜には早速、候補者のポスターの掲示に地区内を走りました。今回は地区目標も早々にいただいて、私もやる気になっております。

 信心の状態がいい時には、生きることすべてに命が充実し燃えているということがあると思います。私はそうなるまであれこれ時間がかかりましたので、30年ほどはどこか湿ったようで燃えっぷりが悪かったですね。それが陰から陽、鬱から歓喜、受動から能動、愚痴から感謝へと近年、すべてが明るく変化し開けてきました。

 やはり我が身で現証をつかむことほど嬉しいことはないと思います。理屈も大事ですが、変わるための信心です。トンネルを一つ脱したのか、これからはすごい勢いで変われるように思います。またそこに創価学会の信心の正しさも証明されていきます。

 実は年々私は信心が良くなり、また強くなってきています。よく部や役職が変わって信心がトーンダウンする人がいますが、私にはそれがありません。今が一番信心がいいと思います。題目も強くあがりますし、折伏精神、学会精神も以前に比べはるかに旺盛です。



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 その自分の生命状態を観察しますと、前の記事でも書きましたが、一念が「師弟」に定まってきたということがいえると思います。先生とより一つになって信心できるようになり、当然、創価学会とも一つになって生きていけるようになりました。先生と創価学会、そして自分自身とこの三つが一つになって御本尊に向かう時、功徳は無量に出ていくものと思います。

 信心が良くなるにつれ題目が良くあがります。それもリズムよく、力強く、元気にあがります。題目があがるので当然、人間革命が進みます。おかずがおいしいとごはんが進むようなものですね。(笑) 信力がぐんぐん増していきます。生活全般に張りと活気が出て、悩みや苦しみ以上に歓喜と情熱が迸(ほとばし)ります。

 顔が笑顔になり、柔和になり、清々しい、うれしい、ありがたい…といい心がいっぱい出てきます。あたかも黒く濁った生命が信心の力で清らかに澄んできたのか・・・そうなると人にも愛され、福運も顕われ、商売やっても恋愛しても好かれてうまくいくように思います。(さすがに恋愛はもうNGですが。(笑))

 それはまさに長い間、謗法で錆びついて動かなかった機械に、題目の油がしみこみ、モーターが回転を始めたかのようです。これがやがて唸りをあげて高速回転し始めたら、もう誰にも止められません。山本リンダです。(笑)すごいパワーで何でもできてしまいます。

 私には必ずそれで勝利できる確信があります。必ず勝つと決まっているのですから明るく楽しいとなります。その間、お金やらなんやらほんの少しの間の辛抱です。

 「蒼蝿驥尾(そうようきび)に附(ふ)して万里を渡り」と立正安国論にあります。全速力で疾駆する馬が池田先生です。ぶるぶる震えている我ら蒼蠅(そうよう)と言えど、その馬の尾っぽに飛びつき振り落とされないでいたいと思えば、それこそ「人馬一体」ならぬ「蠅馬(ようば)一体」で呼吸を合わせないといけません。

 そして我らもいつか蒼蠅(そうよう)から駿馬(しゅんめ)に生まれ変わって、一騎当千の勇者となり、広宣流布の大草原を疾駆したいですね。師匠の名代として、一人一人があの地この地で・・・

 誰もがそうなれる信心であり、必ずそうならねばなりません。「一念と題目で必ず変わるのだ」との心意気で魔軍を見下ろし、悠々「創価大道」を前進して行きたいと思います。





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2015
12.10

午前8時の太陽

Category: 未分類
 

 世界広布の旭日が今、インドにも明々と昇っています。過日、12月5日付の聖教新聞には、1979年の先生の訪印の時のお写真と共に、メッセージが掲載されました。メッセージからは仏法西還の未来記を実現しゆく先生の熱いお心が伝わってきます。

 11万人もの地涌の菩薩がインドに出現しました。本当に先生のご一念は素晴らしい・・・当然というか、すごいというか世界広布がいよいよ現実のものとなっています。ワンダフルです。(笑)

 池田先生はその中で「私も、原田会長と共に、尊き求道の皆さん一人一人と握手を交わす思いで、すべてを見守っております。」と冒頭にエールを贈られています。池田先生と原田会長の師弟の道もこれまた確かであり、先生の信頼が厚いものと推察できます。

 池田先生以下、幹部、会員は役職を越えて一枚岩でありたいと思います。それが先生のお心であり異体同心です。「魔は分断を好む」との言葉通り、内部を分断しゆくものは魔と喝破し、それらの侵入を許さず、団結と同志愛に満ちた学会組織を目指したいと思います。

  
 御聖訓には「但し聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきやと云云、更に勝劣あるべからず候、其の故は愚者の持ちたる金も智者の持ちたる金も・愚者の然せる火も智者の然せる火も其の差別なきなり(松野殿御返事1382P)と仰せです。



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 ありがたい御文ですね。妙法について難しいことを知らなくても、素直に信じていけば功徳は聖人と同じですよと仰せです。逆に少しばかりの智慧で御本尊を疑う人は、仏法では不信という謗法を犯すことになります。ちょうどこの御文の後が有名な十四誹謗のところになりますね。そこでは同志への怨嫉を戒められます。広げて言えば仏子の和合団体である創価学会への不信、怨嫉も謗法となるのは当然です。
 
 余談ですが、この文の前は「御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり」とあります。松野殿が法華経の方便品第二と寿量品第十六の自我偈を読み、題目を唱えておられたことがわかります。まさに今の学会員の方便自我偈の勤行と同じですね。これは大聖人様の御指南でそうされていたのでしょう。宗門は学会が長行をやめただけで、大聖人様に背いていると騒いだものです。(笑)


 実は私も今年は大きな功徳をいただきました。大きな功徳なのですが説明ができません。お金や健康の功徳なら目に見えるのですが、命にいただいた功徳だからです。一言でいえば、生命がワンダフルになりました。(笑)

 歓喜が漲り、題目がいくらでもあがるようになりました。南無妙法蓮華経はありがたい、うれしい・・・大聖人様、池田先生と一つになって行ききってしまおう!(どこへやねん?) ヤッホー、イエイーと、言葉でいうとああ、陳腐ですねえ。(笑)

 それは長い間、闇の中をさまよい歩いていたのが、突然晴れやかな五月の陽光の下にぱっと出たような気分です。こつこつと鑿(のみ)で岩盤を砕いていたのが、突然、ぽっかり穴が開いて光がサーと射し込んできたようでもあります。確かに私の生命に大きな「変毒為薬」が起こりました。長い冬が終わりとうとう春がやってきたように感じます。

 「午前8時の太陽」が生命に顔を出したのでしょうか?我が身の現証をもって、「創価学会は正しい」、「信心はすごい、裏切らない」「冥の照覧確かなり」・・・と宣言したいと思います。

 この軌道を来年は100倍パワフルにしてさらなる飛躍の年にしたい・・・今年は入信以来、30余年にして希望と歓喜に包まれた最高の年の瀬です。





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2015
12.04

「池田人間大学」正門前

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 師走に入り寒くなってきました。唱題する時にもつい暖房がほしくなる季節です。本幹同中放映にもありました牧口戸田先生の獄中生活を思えば、なんと恵まれたところで信心できるものか・・・ありがたいことです。

11月29日の日曜版には美しい干し柿の写真とともに先生の詩が掲載されました。

仏法は「心」である。
「心」で決まる。
真剣に真面目にやった分だけ、
必ず得をする。
ごまかしたり要領を使った分は、
あとで必ず苦しんだり、損をする。
その点、仏法は厳しい。
厳しいゆえに、結局、
真面目な人が最後に勝利する。  (光の言葉 幸福の曲)


心に沁みる言葉です。「真面目な人が最後に勝利する」・・・・それで決まると仰せです。「愚直の人に栄光あれ!」そう思わずにいられません。


 仏法を求め行く時、その根幹に据えるべきものは何か?それはやはり「師弟」ということに尽きると思います。仏法における本義の師匠は日蓮大聖人ですが、化儀の広宣流布の総大将である池田先生は正しい日蓮仏法と人としての生き方を教えてくださる最高の師匠であります。その先生の精神と不二となって戦いゆく道におのずと仏法を得ていける・・・そう確信します。

 池田先生はかつて外部の方とのインタビューで「私は宗教、信仰から創価学会に入ったのではなく、戸田先生という人についてこの道に入りました。」(趣意)と述べられました。仏法を求め、のちに池田先生に師事する人もいれば、池田先生から学会に入り、日蓮仏法を実践する人もおられると思います。それは結果として同じであり、「広宣流布」「一生成仏」の世界に入ることだと言えます。





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                  川辺の風景も秋の陽に憩う・・・





 その「不二の世界」を信じられない人は、学会を「池田教」と揶揄(やゆ)し、あたかも日蓮大聖人よりも池田を信じさせていると読み間違ったりするのでしょう。先生ほど民衆を大聖人様の元へ案内された方はいません。誰よりも御書を正しく説き、折伏をされ、同志を励ましてこられた人です。その先生を誹謗しゆく人はやはり仏法上、重い罪を得る人だと言えます。

 また先生と創価学会は一体の生命というべきであり、先生の御構想もすべて今の学会に結実していると思います。今日も変わらず学会員を称賛し励ましゆかれる姿、また本幹等への万感こもる暖かなメッセージは、今の学会の在り方を信頼し肯定されている何よりの証です。そうした隙に乗じて同志を迷わしゆく人は、「異体同心」を破壊する「破和合僧」の人と言わざるをえません。

 宗門問題でもそうでしたが、そうした縁により、その人の学会不信、増上慢の悪しき生命があぶりだされ、篩(ふるい)にかけられていく・・・いつの時代も同じ方程式ですね。そうした人の性根を見抜くことが大事だと思います。地元の地域・組織で信頼されているかどうか・・・そこにその人が映し出されます。


 私も入信してから長らく池田先生の存在が、命の中でしっくり納まらない時がありました。ようやく謗法の酔いも少し醒めてきたのか、池田先生をこれまで以上に命のど真ん中に据えて生きていこうと思います。

 「在在諸仏土常与師俱生」・・・30余年かかってそのことがやっと少し身で読めたわけですが、それは「池田人間大学」の正門前にたどり着いたような気持ちであります。それは同時に「法華経本門」の入り口なのでしょうか?高校を卒業して心機一転、大学に入るような晴れがましい心です。これから一生懸命学び鍛え、生命哲学を究めていきたいものです。新入生ですのでどうか皆さんよろしくお願いします。(笑)





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