2015
12.04

「池田人間大学」正門前

Category: 未分類


 師走に入り寒くなってきました。唱題する時にもつい暖房がほしくなる季節です。本幹同中放映にもありました牧口戸田先生の獄中生活を思えば、なんと恵まれたところで信心できるものか・・・ありがたいことです。

11月29日の日曜版には美しい干し柿の写真とともに先生の詩が掲載されました。

仏法は「心」である。
「心」で決まる。
真剣に真面目にやった分だけ、
必ず得をする。
ごまかしたり要領を使った分は、
あとで必ず苦しんだり、損をする。
その点、仏法は厳しい。
厳しいゆえに、結局、
真面目な人が最後に勝利する。  (光の言葉 幸福の曲)


心に沁みる言葉です。「真面目な人が最後に勝利する」・・・・それで決まると仰せです。「愚直の人に栄光あれ!」そう思わずにいられません。


 仏法を求め行く時、その根幹に据えるべきものは何か?それはやはり「師弟」ということに尽きると思います。仏法における本義の師匠は日蓮大聖人ですが、化儀の広宣流布の総大将である池田先生は正しい日蓮仏法と人としての生き方を教えてくださる最高の師匠であります。その先生の精神と不二となって戦いゆく道におのずと仏法を得ていける・・・そう確信します。

 池田先生はかつて外部の方とのインタビューで「私は宗教、信仰から創価学会に入ったのではなく、戸田先生という人についてこの道に入りました。」(趣意)と述べられました。仏法を求め、のちに池田先生に師事する人もいれば、池田先生から学会に入り、日蓮仏法を実践する人もおられると思います。それは結果として同じであり、「広宣流布」「一生成仏」の世界に入ることだと言えます。





IMG_0581b.jpg
                  川辺の風景も秋の陽に憩う・・・





 その「不二の世界」を信じられない人は、学会を「池田教」と揶揄(やゆ)し、あたかも日蓮大聖人よりも池田を信じさせていると読み間違ったりするのでしょう。先生ほど民衆を大聖人様の元へ案内された方はいません。誰よりも御書を正しく説き、折伏をされ、同志を励ましてこられた人です。その先生を誹謗しゆく人はやはり仏法上、重い罪を得る人だと言えます。

 また先生と創価学会は一体の生命というべきであり、先生の御構想もすべて今の学会に結実していると思います。今日も変わらず学会員を称賛し励ましゆかれる姿、また本幹等への万感こもる暖かなメッセージは、今の学会の在り方を信頼し肯定されている何よりの証です。そうした隙に乗じて同志を迷わしゆく人は、「異体同心」を破壊する「破和合僧」の人と言わざるをえません。

 宗門問題でもそうでしたが、そうした縁により、その人の学会不信、増上慢の悪しき生命があぶりだされ、篩(ふるい)にかけられていく・・・いつの時代も同じ方程式ですね。そうした人の性根を見抜くことが大事だと思います。地元の地域・組織で信頼されているかどうか・・・そこにその人が映し出されます。


 私も入信してから長らく池田先生の存在が、命の中でしっくり納まらない時がありました。ようやく謗法の酔いも少し醒めてきたのか、池田先生をこれまで以上に命のど真ん中に据えて生きていこうと思います。

 「在在諸仏土常与師俱生」・・・30余年かかってそのことがやっと少し身で読めたわけですが、それは「池田人間大学」の正門前にたどり着いたような気持ちであります。それは同時に「法華経本門」の入り口なのでしょうか?高校を卒業して心機一転、大学に入るような晴れがましい心です。これから一生懸命学び鍛え、生命哲学を究めていきたいものです。新入生ですのでどうか皆さんよろしくお願いします。(笑)





にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村
Comment:5  Trackback:0
back-to-top