2015
12.10

午前8時の太陽

Category: 未分類
 

 世界広布の旭日が今、インドにも明々と昇っています。過日、12月5日付の聖教新聞には、1979年の先生の訪印の時のお写真と共に、メッセージが掲載されました。メッセージからは仏法西還の未来記を実現しゆく先生の熱いお心が伝わってきます。

 11万人もの地涌の菩薩がインドに出現しました。本当に先生のご一念は素晴らしい・・・当然というか、すごいというか世界広布がいよいよ現実のものとなっています。ワンダフルです。(笑)

 池田先生はその中で「私も、原田会長と共に、尊き求道の皆さん一人一人と握手を交わす思いで、すべてを見守っております。」と冒頭にエールを贈られています。池田先生と原田会長の師弟の道もこれまた確かであり、先生の信頼が厚いものと推察できます。

 池田先生以下、幹部、会員は役職を越えて一枚岩でありたいと思います。それが先生のお心であり異体同心です。「魔は分断を好む」との言葉通り、内部を分断しゆくものは魔と喝破し、それらの侵入を許さず、団結と同志愛に満ちた学会組織を目指したいと思います。

  
 御聖訓には「但し聖人の唱えさせ給う題目の功徳と我れ等が唱へ申す題目の功徳と何程の多少候べきやと云云、更に勝劣あるべからず候、其の故は愚者の持ちたる金も智者の持ちたる金も・愚者の然せる火も智者の然せる火も其の差別なきなり(松野殿御返事1382P)と仰せです。



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 ありがたい御文ですね。妙法について難しいことを知らなくても、素直に信じていけば功徳は聖人と同じですよと仰せです。逆に少しばかりの智慧で御本尊を疑う人は、仏法では不信という謗法を犯すことになります。ちょうどこの御文の後が有名な十四誹謗のところになりますね。そこでは同志への怨嫉を戒められます。広げて言えば仏子の和合団体である創価学会への不信、怨嫉も謗法となるのは当然です。
 
 余談ですが、この文の前は「御文に云く此の経を持ち申して後退転なく十如是・自我偈を読み奉り題目を唱へ申し候なり」とあります。松野殿が法華経の方便品第二と寿量品第十六の自我偈を読み、題目を唱えておられたことがわかります。まさに今の学会員の方便自我偈の勤行と同じですね。これは大聖人様の御指南でそうされていたのでしょう。宗門は学会が長行をやめただけで、大聖人様に背いていると騒いだものです。(笑)


 実は私も今年は大きな功徳をいただきました。大きな功徳なのですが説明ができません。お金や健康の功徳なら目に見えるのですが、命にいただいた功徳だからです。一言でいえば、生命がワンダフルになりました。(笑)

 歓喜が漲り、題目がいくらでもあがるようになりました。南無妙法蓮華経はありがたい、うれしい・・・大聖人様、池田先生と一つになって行ききってしまおう!(どこへやねん?) ヤッホー、イエイーと、言葉でいうとああ、陳腐ですねえ。(笑)

 それは長い間、闇の中をさまよい歩いていたのが、突然晴れやかな五月の陽光の下にぱっと出たような気分です。こつこつと鑿(のみ)で岩盤を砕いていたのが、突然、ぽっかり穴が開いて光がサーと射し込んできたようでもあります。確かに私の生命に大きな「変毒為薬」が起こりました。長い冬が終わりとうとう春がやってきたように感じます。

 「午前8時の太陽」が生命に顔を出したのでしょうか?我が身の現証をもって、「創価学会は正しい」、「信心はすごい、裏切らない」「冥の照覧確かなり」・・・と宣言したいと思います。

 この軌道を来年は100倍パワフルにしてさらなる飛躍の年にしたい・・・今年は入信以来、30余年にして希望と歓喜に包まれた最高の年の瀬です。





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