2016
01.19

わが地区の宝の人

Category: 徒然の記


 私の地区の婦人部員さんで、他所から引っ越しでこちらにこられた方がおられます。入会してまだ数年ですが、どちらかというと言いたい放題、遠慮なしのタイプ。時に毒舌ときつい冗談の好きな50代後半のおばちゃんで、風貌もなかなかの迫力です。(あれ?どこかにもいそうな・・・(笑))
 
 一応、バツイチ独り身の婦人部員さんなので、私もお住まいの中まではお邪魔しませんが、病気がちなので電話などでよく励まします。座談会や協議会に見えられると、主に私をターゲットに毒舌が炸裂することがあります。そして帰る時には「ああ、今日もすっとした。○○部長はいじめがいがあるわー。」と言って「ガハハ」と笑って帰られます。その笑いには見栄や嫌味が微塵もない・・・カラッとしたものです。

 私とはウマが合うのか、私はその毒舌が決して嫌いではなく、むしろ秘かに期待し楽しみにしています。いつか座談会で二人で漫才をやろうとさえ思っています。

 ところがここ数回の座談会などでは非常につまらなさそうにしておられました。ある時などは見ると、寝ておられました。(笑)




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                <冬の日本海の暗さ、荒々しさもいいものです・・・>





 先日、彼女と話をする時があり、4月に、片側の卵巣を腫瘍で摘出するというので、「それで最近元気がないのんか?」と聞きましたら、「そやないねん。私の○○部長への話し方をある婦人部から「度が過ぎてる」と言われてからおもろなくなった」とのことでした。

 「それ以来、言いたいことが言えへん・・・前はそれでストレスが発散できていたのにそれができんからおもろない」と言われるのです。注意されたことを気にして、急に自分が委縮し、不器用なこともあって今までのようにものが言えなくなってしまったのです。

 もちろん会合はストレス発散の場所ではありませんが、周りに気を使いながらの参加は心苦しいものです。

 実は婦人部の方も彼女との対応がしんどいのか、日ごろ、こまめな訪問がなく、「心を許して話しできる人が今はいない」とのこと。そんな孤独感もあったようです。

 創価学会は様々な人の集まりで、信心の経験、強弱、機根、境涯もまちまちです。私も相手を見て、信心の真面目な話をする人もいれば、冗談ばかりの人もいます。難しい話を背伸びしてする必要もないし、無理に人に合わせなくていい・・・ありのままの姿で信心が進んで行けばいいのだと思います。

 彼女は私が何を言っても怒らないのをわかっていて、自分を毒舌で表現して「我」を拡大している・・・それで伸び伸びとした心になって信心を吸収している所でした。
その姿はある人から見ると「非常識」に見えたのかもしれません。しかし、人を委縮させることはやはり伸びるものも伸びなくなってしまうように思います。

 多少、ハメを外しても歓喜と笑いで「楽しい会合やった・・また来るで」となっていくぐらいでいいのではと思います。彼女の笑い声が消えて、その屈託のない笑いが、わが地区にとって大事な宝物だと私も気づかされました。

 せっかく信心したのに、つまらないことで会合への出席が途絶えてしまう、その人の個性が出せなくなる・・・それは「桜梅桃李」を掲げ、どの人をも幸福へと導く学会の組織としては、ちょっと逆の方向のように思います。

 私は彼女に本当に信心の功徳をつかんでほしいとの思いですし、人の言葉に左右されないで、喜んで信心してもらいたいといつも見守っています。そして彼女もまた私の地区の本当に大事な「宝の人」です。

 これまで薄幸な人生を歩いてきて来られた方ですので、せめてこの地区では遠慮なく温もってもらいたい・・・この地区に入ってよかったなと思っていただきたい・・・またいつか彼女の豪快な笑いが地区に戻ってくるように私は祈っています。






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