2016
02.17

「公転」と「自転」

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 広宣流布に進む学会の軌道は、ある意味で「法」です。この法に則って進むことによって、自分の成仏、人間革命がある。「公転」と「自転」の関係です。
自分中心は自転だけあって、公転がないようなものだ。いいように見えて、宇宙の軌道から外れ、淋しき生命の孤児になってしまう。自分中心でなく、法が中心でなければならない。 (法華経の智慧第6巻159P)



 先生は学会と個人の関係を「公転」「自転」の関係にたとえ、わかりやすく指導されています。

 創価学会の組織に集い、それぞれが地元に根を張って信心を磨いていく・・・師弟の道、また学会の流れに心を合わせ活動する。そのことが独りよがりの信心を打ち破り、功徳を受け、自分を大きく「人間革命」する正道にほかなりません。

 我々は一往自分のために信心しています。それは「自転」です。しかし、創価の広宣流布の軌道に我が身心を合わせ行くことにより、「世界の平和」「一切衆生の幸福」への仏意の戦いに参加していくことになります。それが「公転」であり、勤行の最後の御観念文でもそれを念じています。

 「公転」である学会の歯車に自分のギアをしっかりかみ合わせていく・・・それができれば祈りは叶っていきます。それができないうちは、「空転」になってしまう・・・私も随分そんなことをやってきました。そこに信心の大事なホシがあるように思います。

 その「公転」に則れば、創価学会が受けゆく功徳がすべて私達にも流れ通います。師匠の功徳が即弟子の功徳へとつながっていきます。それで自分の所願満足も可能となっていく。そのことを先生は自分中心ではなく法(学会の軌道)を中心でいきなさいと仰せなのだと思います。

 その根本の道場が地区であり、支部です。そこに所属して、地域の同志と呼吸を合わせて信心に励むことがどれほど大切か・・・そこを離れればやはり「自転」で終わってしまいます。

 ネットをやっていても、実際の活動は組織中心でというのが私の考えです。いろいろ個人の事情もあると思いますが、やはり「公転」に則ることの大切さ、学会活動に幸福の軌道が敷かれていることを実感します。唱題会一つだって勉強です。人と呼吸を合わせる難しさもそこで学びます。家庭訪問の大変さもネットやメールではわかりません。膝を突き合わせ、相手の顔、目を見て理解し語れることがたくさんあります。信心は現実、現場、そこで生身を出してつかむものが大事なのだと思います。

 当然、組織や幹部にも善悪があります。善だけの人などこの世にはいません。いたら人間ではなく妖怪ですね。(笑)善悪、苦楽合わせて自身の成長の肥しにしていく・・・またその闘争でもあります。そうなると一見、大変で地味で面白みのない(笑)地元の組織こそ、「人間革命」の舞台であり、苦難の時には生命の安全地帯になっていきます。

 「戸田の命より大事な学会の組織」(戸田先生)です。ならば組織で活動することは戸田先生、池田先生の生命に飛び込むことであり、それゆえに「師弟不二」の直道です。

 創価学会の組織には日蓮大聖人様の大功徳、血脈が、大河の本流のごとく滔々と流れている、同じやるなら支流や傍流ではなく本流でやる方がいい、功徳も絶大です。私はそう信じ、小我を捨てて、「創価大道」に生きていきたいと思うものです。

(2月18日に少し加筆しました。)





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