広布の大河に君ありて tori

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「私、信心がんばります。」



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 世の中にはふとしたことから知り合いになり、その人の人生に大きく関わるということがままあります。特に信心していますと、仏縁としか言いようのない出会いがあるものです。私とある婦人の親子の方もそんな不思議な御縁のように思います。

 その親子の方の家は古くからの老舗の和菓子屋さんでした。御主人が重い病に倒れられてから家業が傾き、お母さんが和菓子を作り、それを車に積んで行商をしておられました。実は最初の出会いもその和菓子を売りに、少し離れた私の住む地域を訪ねてこられたのがきっかけでした。

 お母さんも80近い高齢で慣れない行商だったのでしょう。最初、きれいだった新車が来るたびにあちこち傷だらけになっていきます。いつか事故でも起こされたら大変や・・・そう思って見ていました。

 何度か来られるうちに、いろいろと悩みを聞くことになり信心の話をしました。我が家の仏間に上がってもらい、すぐに一緒に題目を三唱しました。別の方からも勧められていたこともあり、その後しばらくして、御主人も含め一家で入会されたのです。

  入会してほどなく御主人が亡くなられ、和菓子屋も維持できなくなり、商売を畳んで親子二人で生活保護を受けられました。その娘さんも「不安神経症」(パニック障害系)があり、 ちゃんとした仕事にはつけなかったのです。そのような状況でしたので、信心にもなかなか確信がもてず、親戚兄弟からも見捨てられ、「悪いことが続くのはやっぱ、毘沙門さんを捨てたか らやろか?」などと当初は言っておられました。

 入会前後にはお金を借りていた知人男性から、使い走りや食事の世話までさせられていたそうです。私が出会った頃も、日に日にやつれていかにも薄幸という感じで、「不幸」という二文字がどこまでもどこまでもその親子を追いかけてくるように思いました。

 お母さんはパーキンソン病があり、娘さんもストレスがひどかったのか、入会後に乳がんを発症されました。幸いにも初期だったこともあり、少しの手術ですんだそうです。そして先日、一年たった検査で経過に異常なく、大丈夫ですとの結果をもらわれ、うれしさのあまり歓びの電話をしてこられました。

 ちょうど手元に東北の友へと先生が贈られたエッセーを読んだ後で、「一番苦しんだ人が一番幸せになる」との言葉を彼女に伝えました。電話の向こうで「ほんまですか?うれしいです。」と泣いておられました。

  そのあと、しばらくしてからメールが届き、そこに「私、信心がんばります。」と書いてあったのです。私は彼女の生命に幸福に向かっていこうとする「発心の灯」がともったように思いました。

 こういう人に本当に幸せになってほしい・・・そう思わずにはいられません。 「眷属」という言葉がありますが、私もこの方たちの支え、善知識になって仏法の世界にもっと導いていく使命があることを感じます。婦人部員で,地区も違うため、お会いしに行くこともあまりできませんが、電話でもメールでも励ますことはできます。

 「この発心が、一生成仏の大因となりますように!」そう深く祈りました。いつか暖かな春の陽射しの下、はじけるような笑顔で親子二人生きていってほしい・・・そんな日が来るのを想像しながら、私も寄り添っていきたいと思います。





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