広布の大河に君ありて tori

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あの人に会いに行こう!




 参院選の支援と相まって、私も今、多くの友人知人を訪問しています。そうした中で一番感じているのは、人と会うこと、行動に功徳を実感することです。

 行動すればするほど自分に生命力と歓喜が増します。私自身の中で何かがダイナミックに変わっていく・・・「人間革命」が進んでいく手ごたえがあるのです。「やっぱ、動くことや、これやこれや」と納得します。(笑)

 最近は電話も敬遠され、ラインやメールがいいのか、私がもらう連絡もほとんど「声のない」ものです。そういうこちらもラインやメールを多用します。確かに無駄がなく、自分を見せなくていい・・・楽で便利です。それでも相手の気持ちをちゃんと知りたい時にはやはり、「会う」「話しをする」ということが一番だと思います。

 ネットなどでは、お互いの信頼関係にまで発展させることはことは難しいと思います。ハンドルネームのような匿名性の交信では特にそうです。パソコンの彼方に人は実在すれど、一体、相手の何がわかって交信しているのか?自分でもおかしいと思う時があります。顔もわからない以上、相手の実態さえこちらの想像の産物にすぎません。それで誤解が生じない方が不思議というものです。





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  その点、会って目と目を見つめ、相手の表情、しぐさ、声、発散している気など、五感を通じてこちらに飛び込んでくる情報はものすごく膨大です。それらを総合的に瞬時に受け入れ、相手を見ますから、より実像を把握できます。わかるというより全体で感じるということが大事なように思います。

 池田先生は「人は眼を見ればわかる」と仰っておられます。直接会わないということは、「眼と眼を交わさない・・・」五感で感じるということがないということであり、自分の実在を見せないでコミュニケーションを形成していることになります。その意味でネットやSNSの媒体は人間関係のツールとしては、一番肝心なところが欠けたものです。そこが物足りなく、もどかしいところですね。

 私もブログをやっていますが、実際の私にもいろんな顔があり、個性や魅力、欠点やダーティな部分もたくさんあります。記事は所詮、言葉であり「農作業」ならぬ「脳作業」であって、私など「臭い脳」を見てもらうより、「顔」を見ていただきたい。(冗談です(笑)) 自分を文章で表現するなどという才能はとてもありません。

 結果、「1000の記事を読んでいただくより、一時間、一緒にお茶していただく方が、自分が伝わるだろう」・・・これが私の結論です。(笑) その意味で人に直接会うということは、「相手をより深く知り、また自分を伝え、理解し合う」ということの最高のツールであると思います。

 
 人に会うには勇気がいります。自分をさらけ出すのも勇気、思いを伝えるのも勇気です。しかし、信心の功徳はこの勇気に対して出るものだと私は思います。功徳は「勇気ある行動へのご褒美」です。それが折伏であり、頭で考えるより行動した方がはるかに早く幸福になります。人に会いに行った分、人が怖くなくなる・・・それも実は大きな功徳です。

 私も足りない頭であれこれ考えることはありません。動けばいいだけです。自然と智慧は湧いて大きな悩みもちっぽけなものとなり、生命は躍動する。まして妙法を携えて、学会員としての仏の使いの行動です。楽しくてうれしいに決まっています。

  何人の人にお会いし、何人の人と仏縁を結んでいくか・・・
「あの人に会いに行こう・・・そして妙法を語り抜こう!」
 
 それが自分の仏道修行だと思い、足を惜しまず地域を歩きたいと思います。






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