広布の大河に君ありて tori

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声の力・「沖縄・・二人の対話」から






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 「沖縄について」ということで、うるとらまんさんとポラリスさんには、このカテゴリで対話をしてもらっていました。沖縄の公明党の対応について、お二人の間で見解の相違があり、それを埋めるべく始めた対話です。沖縄・・二人の対話①

 コメント交換ではいささか話がこう着した状態となりましたので、そこでお二人に、「直接電話で話をされては?」と私から勧めました。

 数日たってポラリスさんからお電話をいただき、うるとらまんさんと電話で2時間ほど話をされたとの事。声を交わすことで話が弾み、双方の考えの溝も一気に埋まったと、ポラリスさんの声も弾んでいました。そして8月には二人で沖縄で会うということでした。

 二人は沖縄出身、同じ年ということもあり、「なんか幼馴染のようだな」と、私も前から感じていました。

 それにしても声による対話というのは、あらためて力があるものだと教えられます。ネットでは匿名でのコメントのやりとりが主です。声もなければ、相手の生活の様子、顔も見えません。信頼を感じていく足場が少ない中を、文字だけのやりとりですから、勢い、話が理屈っぽくなっていくように思います。逆に言うと心情や微妙なニュアンスは届きにくい、誤解されやすい媒体かもしれません。

  御書には「言(ことば)と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(三世諸仏総勘文教相廃立563P)とあります。 「「言葉」自体に力があるわけではない。人の胸を打つのは、「言葉」に乗ったその人の「心」である」と指導にあります。文字で書かれた「ありがとう」より、声で届く「ありがとう」の方が、その思いをちゃんと感じれるのだと思います。それが対話に安心を生むのかもしれません。

 ポラリスさんと私も2.3回、ゆっくりと電話でお話いたしました。これまでブログではよくコメントをいただいていたのですが、想像していたイメージとは違って、快活で屈託ないおしゃべりで(失礼)、次々と話が出てくる聡明なお方でした。私は朴訥(ぼくとつ)で寡黙(かもく)、少し頑固なイメージ(またまた失礼)を抱いていましたので、全然違っていましたね。(笑)

 うるとらまんさんはネットで投稿されている通りの、熱血漢とも言えるお方で、そのバイタリティあふれる生命力には圧倒されます。さすがにいろいろと苦労もなされ、障がい者のために頑張ってこられた人の粘り強さがあり、一本気で骨太なお方です。

 お互い、考えの違いはあっても、声と声を交わすことにより、人間的な共感、信頼感が生まれ、それが話の理解を深め、いい方向に向かって行くのだと思いました。さらに実際にお会いしての対話なら、尚の事、いい話になると思います。(泡盛にオリオンビールですか?ふるさとの味に舌鼓を打ち、話が弾む光景が目に浮かびます。(笑))

 池田先生も稀に往復書簡という形がありますが、対談集の大半は、膝を交えての直接対話です。会ってお互いの人格、姿を目で確かめ、その上で心を開き、語りあっていく・・・宗教や主義に違いがあってもまずは相手も自分も「同じ人間」という基盤に立って対話されます。そこに対談の内容もさることながら、お互いの心が融合し、一体に溶け合う世界が生まれていくように思います。

 地域の活動においても、自分で足を運び、相手の眼を見つめ、声を聞き、何かを感じとっていく・・・家庭訪問の大切さ、楽しさを私も感じています。対話はどこかキャッチボールに似ていますね。まずはこちらから出かけて行ってボールを投げてみる。 「体調はどうですか?最近いいことはあった?」といった軽い声掛けから・・・

 友好週間ですが、信心に夏休みはありません。 私も友の「声」を求めて、一人また一人と題目を送りながら、家庭訪問に汗を流したいと思います。






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私にとっての創価学会





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 梅雨も明け、空には久しぶりにさわやかな青空が広がりました。夏には生命がぐんぐんと伸びゆく力、エネルギーを感じます。私は冬の生まれですが、実は暑い夏の方が好きです。日に焼けて、汗をかいて、生きて躍動する感覚が好きなのかもしれません。

 地区の方も先日、座談会を開催し、今年度上半期の戦いを終えました。全員の活動体験のあと、最後に先生のスピーチを視聴しました。 「創価の大道を堂々と進め」・・・先生はそう師子吼されています。

 私にとって、地区の皆さんはかけがえのない同志です。友好期間ですが、今日も一人二人と連絡を入れて、日ごろの感謝を伝えました。ある高齢の壮年の方は、少し離れた地域に越されましたが、組織だけはこちらにおいてほしいと言われ、幹部の了承をえて、今も軽トラックで30分かけて座談会に参加してくださいます。

 選挙の当日にやっとお会いできた壮年の方も、話が弾み、こちらに越して来て以来、10年目にして初めて座談会に出てくださいました。また地区には御本尊を受持されて統監のない壮年さんが2名おられることがわかり、地区に歓喜が広がりました。これで何とか「ブロック5勇士」も揃いそうです。(笑)

 私にとって創価学会とは、決して本部の幹部さん達の動かすものでもなく、むしろ池田先生を師匠として、御本尊様の元に集い合う、この小さな会座(えざ)の中にあります。大きな方針は本部の仕事ですが、後は地元の人間同士の触れ合いの中に本当の学会があり、そこに「人間主義」「人間革命」の実体もあります。

 拠点に集い、ともに勤行をし、御書と先生の指導を学び、膝詰めで悩みを聞いて励まし合う・・・その地道な会合の繰り返しの中に、信心は育っていくのだと思います。そしてそれがいつか「一生成仏」という果実となって結実する・・・かつての組織嫌いだった私も独りよがりの信心から脱却し、多くの同志の中で育ててもらいました。

 先日もある友人とお話した時、その方は学会に対して、いくつかの点で懐疑的である人なのですが、逆に私は学会に対し、まったく疑念を持っていないことに気付かされました。心から学会を信じている自分がいたのです。「私には学会がキラキラ輝いた宮殿のように見えるんです」と言いましたら、その方から「あなたは本当に幸せな人ですね」と言われました。(笑)

 もちろん問題点はあるでしょう。成果主義であったり、官僚主義であったり、幹部さんの人間性であったり・・・
またいつの時代であれ、魔軍の悪人が暗躍するのもやむを得ないことです。

 創価学会といえど仏と魔、善と悪、一念三千の世界であり、魔も悪もうごめく中を仏の生命を強めていくほかありません。仏も強いがゆえに魔も強く競う・・・これが実相だと言えます。しかし、そういう邪悪の徒も、やがて白日の下にさらされ、敗残者となって消え去って行きました。

 仮に大海の中に毒物があったとしても、海そのものは自浄的かつ普遍的であり、その姿が不壊であるように、私は創価学会という団体ももそういう人智で量れない不思議な力があると信じています。

 スピーチの中で先生は「邪悪の魔性がいくら束になろうと創価学会・SGIはびくともしません。今日の学会の栄光は牧口先生が命を賭し、戸田先生が命を賭し、権力の魔性と戦いぬかれた功徳であることを知ってください。」と述べられています。内外の魔性が束になろうとも創価学会はびくともしない・・・これまで空中分解するどころか、難を受けるたびに未曾有の発展を果してきたのが学会です。「大悪おこれば大善来る」との御聖訓を証明してきたのです。

 創価学会がなければ、一体迷える衆生をどこに案内し、守り育てていけるのか?創価三代の師匠が命を賭して作られた組織であるから、会員は安心して信心に励み、正しい軌道で幸福に向かっていけます。

 その方と話がすべて一致したわけではありませんが、見いだせた共通の結論は「一人一人が地域にあって池田先生の人間主義を体現して行こう」ということでした。先生も「あなたがこの地域の山本伸一として広宣流布をしてください」と折々に会員を激励されています。

 今日も、わが地区の皆さんの顔を思い浮かべ、友好週間の間、事故のないようにと祈念しました。また下半期、創価家族の絆を強め、集い合うことを楽しみに、私も鍛えの夏にしたいと思います。



 


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組織闘争の人

 





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 長い期間の法戦でしたが、全国で見事な勝利を納めることができました。池田先生も創価の団結の戦いをさぞかし喜んでくださっていることと思います。いただいたメッセージには「勝って兜の緒を締めて」とありました。勝利に油断することなく、また新たな心で出発したいと思います。また兵庫の大勝利・・・皆様、ありがとうございました。2位での当選、兵庫は大歓喜に包まれました。

 私の地域の会員の方で安保法制以来、公明党に対する不信感が出たようで、それがきっかけで活動から遠ざかった人がおられます。また創価学会や公明党のある部分に不信を抱き、あげくそのまま創価学会を離れゆく人がいます。学会だって悪人の一人二人はいるでしょうし、公明党にしても完璧な政策などはありません。その一部が悪いからと言って、すべてを捨てたのでは、肝心の「師弟不二」「異体同心」といった信心の軌道から外れることになります。「木を見て森を見ず」・・・学会はおかしいと思わせて、その人と学会の血脈を分断する、それが魔性の狙いです。

 組織にしっかりとついて、大勢の同志と交わりながら信心していくことは、苦労も多いですが、結局、仏に守られることになります。「汝蘭室の友に交りて麻畝(まほ)の性と成る」(立正安国論P31)であり、池田先生が「創価学会は生命の安全地帯だ」と言われる所以です。

 私も組織が苦手で、以前記事にも書きましたが、怨嫉や増上慢が出て、会合に行くと頭がひどく痛かったものです。組織に溶け込むか、組織を去るか・・・悩んだ時もありましたが、自分を直すしかないと結論しました。

 創価学会が「仏意仏勅」の団体であるなら、学会の組織は仏様の広宣流布の組織です。現実にそこから池田先生を総大将として広宣流布は開けてきました。「組織を批判することは仏に敵対することであり、謗法の罪を作る。自分を革(あらた)めるしかない・・・」そして時間はかかりましたが、組織になじみ闘争できる自分へと変革できました。

 STBモバイル「創価の道を堂々と」の中で先生は・・・

「広宣流布の第一線で組織闘争している人、この人が一番偉大なんです。一番大変なんです。これは大聖人が見通しだ。」「折伏している人、学会活動、組織活動している人をもっとも尊き同志とし、最も尊敬し、最も感謝し、最も大切にしていきなさい。というのが戸田先生の遺言なんです。」とスピーチされています。

 池田先生を師匠と仰ぎながら、組織に参加しないとなると、やはりこれらの指導に反することは明らかです。その人なりの理由はあっても、その人に問題があるのも事実です。時には破和合僧、怨嫉となってしまいます。地区に集って、協議会や唱題会、座談会などの活動に協調的に参加している人は、地味であっても人として守られ福運が増していく。公明支援の戦いを真面目にやれば功徳は厳然と出る・・これは真実であり、仏意に適った活動であるのです。

 理屈を言ってやらない人が学会や公明党を批判し、やがて信心がおかしくなっていくのをよく見ます。一方、真面目に愚直に戦った人は功徳を受けて、歓喜に溢れ生命も燃え、体も丈夫になります。「戸田の生命より大事な学会の組織」と言われた戸田先生の師子吼は絶対である・・・それが私の偽らざる実感です。

 創価の組織で真剣に戦った人が、やがて大きな功徳に浴する・・・それは数多(あまた)の体験談が証明する所ではないでしょうか?そしてその道に就かせない煩悩と生命の活動が魔の働きであり、その一点を喝破すれば、仏と魔の峻別は案外、容易だと言えます。





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心を変える力



 梅雨のさなかの法戦が続いています。池田先生の連日の兵庫への大激励を受けながら、兵庫同志はかつてない戦いに挑んでいます。また全国の多くの同志が「兵庫が危ない!」ということで、創価完勝を果たすべく、友人知人にアタックしていただいており、その活動を聞くたびに感謝の思いが湧いてきます。



 池田先生に心を密着させ、「師弟不二」で御本尊に向かい題目を唱える・・・その題目こそ勝利の源泉です。我ら学会員が先生と不二となることによって、おのずと日蓮大聖人様と不二なる生命となる。先生の受けられる大功徳が、我ら凡夫の身にそのまま流れ来たり、不可能を可能にしゆく力が昏々と湧いていきます。「蒼蝿驥尾に附して万里を渡り・・・」(立正安国論26P )の御聖訓通りの師弟の姿です。


 人は目の前に大きな壁が立ちはだかると、たいていは「越えられない」と思うものです。「自分」にはその力がないと思ってしまいます。ところが仏法はその自分が「仏の生命」なのだと説き、「師弟不二」「異体同心」で学会活動に励むなら、「仏力・法力」が身に湧現し、どんな苦難にも勝てることを教えます。





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 「人生は強気で行け!」これは池田先生が常々指導される言葉ですね。「自分は幸せになるに決まっている」「この題目で不可能を可能にするのだ」「断じて勝つのだ」そういう強い心をいつも自分から出すことが大事です。その強き心が題目にも仏法対話にも反映する。強き心を出さなければ魔に生命を食い破られます。

 心一つで未来を開いて行く・・・それが現当二世の信心だと言えます。

 「心と言うものはそれ自体独自の世界なのだ。地獄を天国に変え、天国を地獄に変えうるものなのだ」(ジョン=ミルトン)
その言葉から先生は「その生命の在り方そのものが、外界の世界の見え方、感じ方を決めていく」のだと仰せです。(幸福と平和を創る智慧・第一部(上)P45)

 ならば、この生命をよくよく鍛える以外に幸福はありません。環境や条件、相手ではない・・・自身の生命の在り方で幸不幸が決まっていくと仰せです。心さえ強ければ「娑婆即寂光」となる。幸せはどこかにあって、いつかやってくるのではない・・・今我が身にもっているのに現わせていない、感じられない、見えないだけだとなります。

 題目で生命を磨き、魔王の試練を乗り越え、何ものにも崩されぬ金剛不壊の生命へと「仏」を現わしていく・・・生命の基底部を仏界となして、自他共の幸福に生きる闘将として世間に打って出て戦う・・・それが我ら「地涌の菩薩」の本来の生き方であり、幸福であると思います。


 さあ、私も自分自身が太陽となって、晴れやかな梅雨明けの青空を呼び出だします。創価同志の皆様と共に「師弟大勝利の7月」に、強き心で挑戦していきたいと思います。






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「沖縄・・二人の対話」①



 少し前になりますが、私の記事へのコメントで、ポラリスさんから沖縄の辺野古移設問題の公明党の対応などについて、お話がありました。沖縄の状況を詳しく知らない私には、答える術がなかったわけですが、その記事をご覧になったうるとらまんさんがコメントをくださいました。(コメントのやりとりはこちら

 お二人とも沖縄出身者で、沖縄についてはそれぞれの思いをお持ちなわけですが、コメントの上では二人の現状に対する認識や考えの違いもあり、うるとらまんさんからもう少し、ポラリスさんとお話したいという要望がありました。そこでこのブログ内に別カテゴリを作り、そのコメント欄で意見を交換していただくことにしました。

 このような場を提供するのは、私も初めてのことですが、対話から少しでも沖縄の現状なりを学べればと思います。意見が真逆のことものあるでしょうけど、批判ではなく、未来を見据えて建設的な対話をしていただければと思っています。

 第三者が入り、話がずれてもいけませんので、ここはお二人だけの対話コーナーいうことでお願いします。(感想、ご意見などコメントはお受けしますが、原則公開はしません。お二人には私信でお伝えするように努めます。)

 また管理上、一定期間にて対話に区切りをつけさせていただくこともありますが、どうか了承願います。

 お二人にはあくまで沖縄の問題を中心にということで対話してください。できれば最初に出身や年齢、信心歴など、簡単な自己紹介をしていただければありがたく思います。                
                                                   王者の剣





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