2016
07.13

組織闘争の人

Category: 信心
 





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 長い期間の法戦でしたが、全国で見事な勝利を納めることができました。池田先生も創価の団結の戦いをさぞかし喜んでくださっていることと思います。いただいたメッセージには「勝って兜の緒を締めて」とありました。勝利に油断することなく、また新たな心で出発したいと思います。また兵庫の大勝利・・・皆様、ありがとうございました。2位での当選、兵庫は大歓喜に包まれました。

 私の地域の会員の方で安保法制以来、公明党に対する不信感が出たようで、それがきっかけで活動から遠ざかった人がおられます。また創価学会や公明党のある部分に不信を抱き、あげくそのまま創価学会を離れゆく人がいます。学会だって悪人の一人二人はいるでしょうし、公明党にしても完璧な政策などはありません。その一部が悪いからと言って、すべてを捨てたのでは、肝心の「師弟不二」「異体同心」といった信心の軌道から外れることになります。「木を見て森を見ず」・・・学会はおかしいと思わせて、その人と学会の血脈を分断する、それが魔性の狙いです。

 組織にしっかりとついて、大勢の同志と交わりながら信心していくことは、苦労も多いですが、結局、仏に守られることになります。「汝蘭室の友に交りて麻畝(まほ)の性と成る」(立正安国論P31)であり、池田先生が「創価学会は生命の安全地帯だ」と言われる所以です。

 私も組織が苦手で、以前記事にも書きましたが、怨嫉や増上慢が出て、会合に行くと頭がひどく痛かったものです。組織に溶け込むか、組織を去るか・・・悩んだ時もありましたが、自分を直すしかないと結論しました。

 創価学会が「仏意仏勅」の団体であるなら、学会の組織は仏様の広宣流布の組織です。現実にそこから池田先生を総大将として広宣流布は開けてきました。「組織を批判することは仏に敵対することであり、謗法の罪を作る。自分を革(あらた)めるしかない・・・」そして時間はかかりましたが、組織になじみ闘争できる自分へと変革できました。

 STBモバイル「創価の道を堂々と」の中で先生は・・・

「広宣流布の第一線で組織闘争している人、この人が一番偉大なんです。一番大変なんです。これは大聖人が見通しだ。」「折伏している人、学会活動、組織活動している人をもっとも尊き同志とし、最も尊敬し、最も感謝し、最も大切にしていきなさい。というのが戸田先生の遺言なんです。」とスピーチされています。

 池田先生を師匠と仰ぎながら、組織に参加しないとなると、やはりこれらの指導に反することは明らかです。その人なりの理由はあっても、その人に問題があるのも事実です。時には破和合僧、怨嫉となってしまいます。地区に集って、協議会や唱題会、座談会などの活動に協調的に参加している人は、地味であっても人として守られ福運が増していく。公明支援の戦いを真面目にやれば功徳は厳然と出る・・これは真実であり、仏意に適った活動であるのです。

 理屈を言ってやらない人が学会や公明党を批判し、やがて信心がおかしくなっていくのをよく見ます。一方、真面目に愚直に戦った人は功徳を受けて、歓喜に溢れ生命も燃え、体も丈夫になります。「戸田の生命より大事な学会の組織」と言われた戸田先生の師子吼は絶対である・・・それが私の偽らざる実感です。

 創価の組織で真剣に戦った人が、やがて大きな功徳に浴する・・・それは数多(あまた)の体験談が証明する所ではないでしょうか?そしてその道に就かせない煩悩と生命の活動が魔の働きであり、その一点を喝破すれば、仏と魔の峻別は案外、容易だと言えます。





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