2016
07.29

声の力・「沖縄・・二人の対話」から






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 「沖縄について」ということで、うるとらまんさんとポラリスさんには、このカテゴリで対話をしてもらっていました。沖縄の公明党の対応について、お二人の間で見解の相違があり、それを埋めるべく始めた対話です。沖縄・・二人の対話①

 コメント交換ではいささか話がこう着した状態となりましたので、そこでお二人に、「直接電話で話をされては?」と私から勧めました。

 数日たってポラリスさんからお電話をいただき、うるとらまんさんと電話で2時間ほど話をされたとの事。声を交わすことで話が弾み、双方の考えの溝も一気に埋まったと、ポラリスさんの声も弾んでいました。そして8月には二人で沖縄で会うということでした。

 二人は沖縄出身、同じ年ということもあり、「なんか幼馴染のようだな」と、私も前から感じていました。

 それにしても声による対話というのは、あらためて力があるものだと教えられます。ネットでは匿名でのコメントのやりとりが主です。声もなければ、相手の生活の様子、顔も見えません。信頼を感じていく足場が少ない中を、文字だけのやりとりですから、勢い、話が理屈っぽくなっていくように思います。逆に言うと心情や微妙なニュアンスは届きにくい、誤解されやすい媒体かもしれません。

  御書には「言(ことば)と云うは心の思いを響かして声を顕すを云うなり」(三世諸仏総勘文教相廃立563P)とあります。 「「言葉」自体に力があるわけではない。人の胸を打つのは、「言葉」に乗ったその人の「心」である」と指導にあります。文字で書かれた「ありがとう」より、声で届く「ありがとう」の方が、その思いをちゃんと感じれるのだと思います。それが対話に安心を生むのかもしれません。

 ポラリスさんと私も2.3回、ゆっくりと電話でお話いたしました。これまでブログではよくコメントをいただいていたのですが、想像していたイメージとは違って、快活で屈託ないおしゃべりで(失礼)、次々と話が出てくる聡明なお方でした。私は朴訥(ぼくとつ)で寡黙(かもく)、少し頑固なイメージ(またまた失礼)を抱いていましたので、全然違っていましたね。(笑)

 うるとらまんさんはネットで投稿されている通りの、熱血漢とも言えるお方で、そのバイタリティあふれる生命力には圧倒されます。さすがにいろいろと苦労もなされ、障がい者のために頑張ってこられた人の粘り強さがあり、一本気で骨太なお方です。

 お互い、考えの違いはあっても、声と声を交わすことにより、人間的な共感、信頼感が生まれ、それが話の理解を深め、いい方向に向かって行くのだと思いました。さらに実際にお会いしての対話なら、尚の事、いい話になると思います。(泡盛にオリオンビールですか?ふるさとの味に舌鼓を打ち、話が弾む光景が目に浮かびます。(笑))

 池田先生も稀に往復書簡という形がありますが、対談集の大半は、膝を交えての直接対話です。会ってお互いの人格、姿を目で確かめ、その上で心を開き、語りあっていく・・・宗教や主義に違いがあってもまずは相手も自分も「同じ人間」という基盤に立って対話されます。そこに対談の内容もさることながら、お互いの心が融合し、一体に溶け合う世界が生まれていくように思います。

 地域の活動においても、自分で足を運び、相手の眼を見つめ、声を聞き、何かを感じとっていく・・・家庭訪問の大切さ、楽しさを私も感じています。対話はどこかキャッチボールに似ていますね。まずはこちらから出かけて行ってボールを投げてみる。 「体調はどうですか?最近いいことはあった?」といった軽い声掛けから・・・

 友好週間ですが、信心に夏休みはありません。 私も友の「声」を求めて、一人また一人と題目を送りながら、家庭訪問に汗を流したいと思います。






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