広布の大河に君ありて tori

TOP ≫ ARCHIVE ≫ 2017年02月
ARCHIVE ≫ 2017年02月
      

≪ 前月 |  2017年02月  | 翌月 ≫

春はもうそこまで



 昨年、家内と二人で圏で体験発表をさせていただいてから、様々な実証が出てまいりました。仕事の方も5月までの良い仕事が入り、子供の大学進学に合わせて出費が増える折、助かります。病をひとまず乗り越えた家内の方も元気な体となり、信心と仕事に励んでいます。

 そして地区の折伏の成果も上がり、地域に波動を起こすことができました。明日は「支部壮年大会」。支部長の依頼で私は折伏の活動報告をさせてもらいます。遠慮せずバリバリでやりたいと思います。

 何より、今、快調に題目があがり、生命に歓喜と勢いが出ます。ブログも忘れるほど(笑)、現場の活動が忙しい状態となり、生命は活気にあふれ、充実し、何があろうと最後はいい方向にすべてが解決していくのです。

 昔、先輩から「信心は毎日、おちょこ一杯の水を一升瓶に入れていくようなものだ。なかなかいっぱいにならないからその間が辛抱だ。満杯になればいらないと思っても功徳があふれだすよ。」と景気のいい話を聞いたことがあります。

 私の場合、「一升瓶」が「一斗樽」だったのか(笑)入れても入れても満杯にならない・・・それはそれは長い30年余でした。




IMG_9396a.jpg





 今、生命に御前8時の太陽が昇り、未来は明るい。「今日はどんないいことがあるだろう」と思いながら、毎朝、仕事場に向かっています。

 歓喜の生命が幸せを万里の外から招きよせます。そう御書にあるのですから、必ずそうなります。疫病神や鬼神が好んで寄ってきていた命が、「常楽我浄」の幸福を吸い寄せる磁石へと変化していく。そうなればありがたいではありませんか? 難しい理屈はなくてもいい・・・一生懸命、学会と共に広宣流布を願い行動するだけです。喜んで唱題して、折伏に、家庭訪問に汗を流す・・・それで、毎日、不思議が起こり、劇的に変わっていくのです。

 先日もわが地区で友人葬があり、私も儀典部で参加しました。そこに家族の信心に強く反対している、ある婦人が参列しておられました。私も以前、挨拶した時に「私は家族を学会からやめさせたいと思ってます。」とはっきり言われました。私も祈っていたのですが、その友人葬の後、信心している家族に「あなたがやりたいなら、思いっきりやりなさい。もう反対はしません。」と言われたそうです。

 友人葬が、学会への偏見を打ち砕いたのです。導師の朗々たる勤行、唱題。池田先生からの真心の弔辞、名誉称号披露等・・・学会の友人葬の姿に、また間近で見た学会員の真摯な振る舞いに相手は変わったのです。「学会は香典を全部持って帰るそうな」そんなおかしな風評も、合わせて吹き飛ばすことができました。(笑)

 歓喜で活動に励めば、広宣流布の水嵩はどんどん増していきます。不可能を可能にする生命が、そこから起こってきます。戸田先生のあの75万世帯の宣言も、戸田先生の生命の中で、すでに成し遂げる大確信が沸き起こっていたのだと私は思います。

 さあ、寒い冬ももう少し・・・暖かい春が出番近しと待っていますよ。桜も梅も、間もなく開かんと、準備に余念がないことでしょう。我らも信心怠りなく、軽やかに春を迎えに行きましょう!

 私も地域の先頭に立って、生命の扉を大歓喜で開いてまいります。





にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村


02
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28