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2018
05.24

S君の任用試験

Category: 徒然の記
 
 
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 学会では任用試験の受け付けも終わり、日曜日の夜には支部で勉強会を開始しました。3地区の支部ですが、受験者も11名と当初の目標を大きく超えました。私も壮婦の皆さんと共に、受験者の方のお世話をさせていただきます。

 今回、私が受験を勧めた中に高校生のS君がいます。3人兄弟ですが、両親が離婚し、事情があってどちらの親とも離れ、今は兄弟一緒におばあさんの家で生活しています。

 おばあさんは学会員ですが、御本尊様を安置し聖教新聞をひく以外、活動はされません。S君は未入会ですが、いつも家で寝転んでゲームばかりをしています。そこで、「ゲームもいいけど信心はもっとええよ。任用試験いうのがあるんやけど受けようや」と声掛けしたら、思いがけず「受けてみようかな」と返事をくれたのです。仏縁と言うのはどこに落ちているかわからないものです。

 先日の勉強会も迎えに行きますと、「ハーイ」と言って元気に出てきてくれました。勉強会を始めてみると、さすがに現役の高校生・・・ものの飲み込みも早く、態度も素直ではありませんか?おまけに隣の壮年に親切に教えたり・・・「思った以上にいい子やな」と思えるのでした。

 家庭環境だって決していいとは言えないのですが、「この子が信心に目覚めれば面白いなあ・・・この子の命を妙法で磨けばどうなるやろ?」などと、私の心にむらむらとした思いが起こってきます。(笑)「また今日から祈る人が一人増えた」・・・そう思いながら、勉強を進めておりました。教学の勉強会即折伏の場となるなんてすごいことです。その意味で会友さんの参加はとてもいいことですね。

 初日は、壮婦各1名とS君の3人と少なかったのですが、日曜の夜、田んぼでゲコゲコと鳴くカエルの合唱を聞きながら、ともどもに日蓮仏法を学びゆく・・・・(笑)思えば不思議な光景です。しかし決してこれは偶然ではない、約束された光景なのだと私には思えます。S君はこの勉強会できっとしっかりと幸福の種を、下種される運命をもって生まれてきたのでしょう。

 ありがたいことに私は信心が楽しくてうれしい境地になりました。言われなくても自然と広宣流布の活動へと命が向かいます。ほとんど毎晩、学会活動がありますが、お題目を根本とした集いは、世の中で一番輝かしい集いだと思えるようになりました。

 学会活動が楽しくて充実している・・・「信心即生活」ですのでそれは生活にも反映します。仕事に生活に躍動的でハリのある世界が広がっていくのです。歓喜と感謝の命で生きていけるから、いろんなことがうまくいきます。自分が清らかで楽しい命へと変わっていける、題目はまさに「変毒為薬」の力に満ちているのです。

 聖教新聞22日付の「池田先生と共に新時代を進む」(29)には「信仰の世界に入るのではない。信仰の世界に出るんだよ」(牧口先生)すなわち正しい信心とは、狭く堅苦しい形式に閉ざされることではない。苦しみの流転を断ち切って、心も広々と、歓喜と福徳の世界へ自由自在に羽ばたいていくことなのである」との素晴らしい一文が記されています。

 「今日も地域の先頭に立って、広布の大道をみんなと楽しく歩いていこう!」それが私の生きる原動力です。

 心は広々と自由であり、信心が強ければ、自分を遮るものもない。自在に夢に向かって、翼を広げることができる・・・そんな豊かな心になって、私も使命の大空を舞いゆきたいと思います。




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2018
05.12

Tさんの生還

Category: 徒然の記

 Tさん(婦人部員)と初めて出会ったのは、私が東京にいた今から30数年前、私が27歳で創価学会に入会したころのことです。ある日、八王子であった学会の会合に、創価大学の学生の人たちが数名参加しており、その中にTさんがいました。彼らは創大のある同好会の仲間でしたが、その会合の中で、それぞれ自己紹介となり、Tさんが実は私の高校の後輩だとわかったのです。

 広い東京である日、出会った人が、地方の小さな田舎町の同窓で、しかも宗教のささやかな会合の場というのも奇遇であり、私はとても驚きました。彼女は明るく聡明で、その頃の私は病み上がりのような薄暗い顔をしていましたので、Tさんのことがひときわまぶしく見えたものです。

 その後、創価大学を卒業したTさんは故郷に帰り、数年後、私も父が亡くなったため故郷へと帰りました。Tさんと同じ地域ということもあり、彼女の自宅を訪ねていったこともあります。Tさんは女子部のリーダーとして、多くの部員さんからも慕われていました。私にとっても彼女の存在は、男女という意味でなく、何か特別な因縁を感じさせる人であったと思います。



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 それから2.3年のうちに縁あって、Tさんは他県へと嫁いでいかれました。結婚されたので、私も今までのようなお付き合いは遠慮しましたが、彼女なら創価のリーダーとして、あちらでもりっぱに活躍されるだろうと信じていました。

 ところがある頃から、年賀状もこなくなり、電話をかけても出る気配もなく、実家のお母さんに尋ねましたが、口ごもって話をしてくださらないという状況になったのです。

 こちらも心配するだけでいたずらに月日が流れたのですが、そのTさんが先日、突然、私の事務所にやってこられました。それは20数年ぶりのあまりにも唐突といえる訪問でした。

 「やっと会いに来れましたあ!」そう元気に扉を開けて入ってきたTさん・・・その顔は明るく、私は60代、彼女も50代と年は重ねましたが、20数年の空白が瞬時に消えたかのように、昔と変わらないTさんがそこにいました。

 そこで初めて、これまでの事を聞かせてもらったのです。Tさんの体験ですので私が詳しく書くことはしませんが、3人の子供を産んで、その子たちが成長するにつれ、本人にも子供にもそれぞれある病が顕現し、一家で壮絶な戦いを10数年にわたり余儀なくされたのです。

 私は彼女が病と闘い宿命の坂を超えたこと、最後まで自分に負けなかったことを知りました。主人と子供を抱えての闘病生活は、一家にとってどんなに大変だったか・・・それでもこうして、明るい笑顔の人となってここに戻ってこられた。それはまさに「生還」という言葉がふさわしいと言えるものでした。

 彼女に出た宿命の意味を私がどうこう言うことはできませんが、Tさんが「一生成仏」するために越えねばならない魔の試練であったことは確かだと思います。そしてその試練を乗り越えることにより、今まで以上に芯の強い人になられたと感じました。

 彼女と初めて会った若き日のことを、私は今でも鮮明に覚えています。それから30年以上経ち、お互いそれぞれの道を歩きましたが、今、苦しみを乗り越えた彼女と出会ってみると、何も変わっていない・・・「彼女の生命はいつも仏なのだ」・・・ 私にはそう思えるのです。

 妙法を信じ、菩薩の心で愛する人々に題目を送る・・・それは肉眼には見えない世界です。しかし、命の奥深くで結ばれた人と人が、時空を超えた世界で交流する清らかな仏の世界でもあります。汚れた私の生命にもその世界があります。そうした深い仏縁、出会いは、いつの世にも妙法で結ばれた「眷属」となって、自分の人生に現れるものでしょう。

 「会いに来てくれてうれしかった。Tさんが元気になって良かった!」・・・その事を御本尊様に感謝申し上げながら、「一番苦しんだ人が一番幸福になる仏法なんだよ」・・・そう笑顔で彼女に語りかけている私です。




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2018
05.04

折伏応援記

Category: 信心

 先週の日曜日は、わが支部の男子部N君に同行し、彼が今折伏している友人を一緒に訪ねました。男子部長のK君も加わり、N君の軽自動車に乗り合わせで、片道1時間半の折伏行となりました。

 二人とも実直な青年です。私など彼らの年のころは創価学会も知らず、どこか暗い青春でしたが、それに比べ20代で信心一途に生きている二人は素晴らしいの一言です。

 K君は大阪、N君は横浜の出身。N君は就職で神戸だと思って来たら、それが私の住む町で、とんでもない山奥だったのでびっくりしたそうです。こちらに来て、ある日、車で大事故をやり奇跡的にも一命をとりとめ、なおかつ軽傷だった体験に確信をつかみ、それから熱心な活動家となりました。

 道中、K君が「生まれも育ちも違う3人が、同じ組織で、同じ車に乗り合わせ折伏に向かっている・・・不思議ですね。」というので、「仏法に偶然はないから、ここで3人会う約束をもって生まれてきたんや。」と、私は答えました。



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 事前にK君が相手の住む市の学会会館と連絡を取り、折座に使わせてもらう手筈を整えていました。途中で相手の方を乗せて会館へと向かいました。私は学会の会館に案内することもりっぱな折伏であると思います。

 折伏の相手Hさんは40歳の青年で、いろいろと悩み不幸を抱えています。ところが今一つ入会に踏み切れないようです。N君K君がHさんより若いので、年上の相手に強く言えないところもあり、それで今日は私に応援の声がかかったようでした。

 その日は年長の私に話をしてほしいということで、車座になって、私は自分の入会のこと、その後の体験、この信心の大事な点など、確信をもって話しました。話す内容もさることながら、声に確信があることが何より大事です。こちらの迷いのない強い心が、相手の迷妄を打ち破ります。

 途中からHさんの話を聞きながら、質問にも様々答えました。今の家の宗教を変えるのに抵抗があるとのこと・・・それなら家の宗教はそのままに、あなただけが自分のためにまず信心を始めてはどうかと勧めました。

 緊張気味のHさんの気持ちも次第にほぐれ、笑顔も出るようになったので、「一緒にお題目を唱えましょう」と言って御本尊を拝し、数分お題目をあげました。三唱を終えて振り向き、彼の顔を見ますと様子が変わっています。「あれ?顔が明るくなりました。」と言うと、「そうですか?」と驚いたようでした。

 悩み深い心に一条の光が射したのか・・・それとも体内の仏様がにっこり微笑まれたのか?暗かった顔が確かに明るくなっています。その時、私はこの人は近いうちにきっと入会するだろうと思いました。

 慎重なHさんはもう少し学会を見たいというので、5月の同中、座談会に出てもらうこととし、その日の入決とはなりませんでしたが、紹介者のN君と連絡を取りながら、毎日題目をあげていくことになりました。

 その後、二階の大広間なども案内し、Hさんも学会の素晴らしさを実感されたようです。「今日はお疲れさんでした。次は座談会で会いましょう。」と、私は用意していた数珠と経本、先生の本をHさんに差し上げました。

 Hさんを送った後、帰りは3人でこれからHさんの入会までのことを語り合いました。折伏行は楽しいものです。何と言っても仏様のお使いです。私もその日は男子部員になった気分で行動させてもらいました。60を超えても心は20代です。(笑)

 ともあれ、これから残りの人生で後継の青年を育てなければならない・・・元気なうちに、わが支部に10人の若き精鋭を輩出したい。それが私の願望であり、日ごろの祈りです。そのためにもみんなの力を結集したいと思います。

 まずは一人であり自分が立たねばなりませんが、地域広布を阻む強い魔、一人一人の心に巣くう魔を破るには、どうしても同志の団結が必要です。魔は何かと同志間の分断を狙い、人を臆病にさせるものです。

 5月3日・・・今日の創立記念日から、心新たに信心の波動を起こしながら、広宣流布の長征に「今、再び」の出発をしていきたいと思います。


 

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