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2020
04.14

難来たるを以て・・・

Category: 信心

 コロナウイルスの問題が、これほど厳しい事態になるとは、当初、多くの人が予想はしなかったかもしれません。その中で戦後にあって未曽有ともいうべき国難に国の政治力が問われています。ウイルスの初期の対策もそうですが、その後の対応や補償についても迅速かつ有効な対応ができているとはとても言えないと私は感じます。

 私は政治は本来、菩薩行だと思っています。身を削ってでも困っている人を助けたい、救済したいというやむにやまれぬ思いが、リーダーや政治家になければならない。またその切実な思いが正しく迅速で有効な施策を生むのだと思います。




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 大阪の吉村知事や北海道の鈴木知事が今、脚光を浴びていますが、それは既成のしがらみにとらわれないで市民感覚でやるべきことを民衆のためにやろうとしている・・・そういう若々しさ、保身や利害とは関係のない一生懸命な姿に新鮮な共感が集まっているのではないでしょうか?
 
 日本の政治は与野党ともに党利党略が強すぎます。また官僚政治の弊害もあります。それは民衆のために私利私欲を捨てて戦うという高潔の士が少ないということでもあります。そういう人が率いる政党が出てくればこれから支持を集めるだろうと思います。公明党も若い方が多く出ていますので、これまでの殻を破り、自由でダイナミックに行動できる党であってほしい。創価学会にかつて若き池田先生が出られたように、30代40代で党を率いていくような、力ある国士というべき代表が出現することを願うものです。今回のコロナの問題を見ても時代・大衆の心に敏感な青年層が新しい時代を拓くべきとの思いを強くもちました。


  いかに科学や医療が進歩しても、それがそのまま人類の安穏になっているかというとそうではありません。近年の大地震、大災害を見ても、生存という意味では、古代の人々とあまり変わらないところに私たちはいます。むしろ温暖化などの問題からして、今後はもっと厳しい環境に人類は生きていかねばならないのかもしれません。

 そうであるなら今後も様々な災害や疫病、大悪が起こってくることが予想されます。種々の御書では、衆生の心が謗法や貪瞋痴の三毒に満ちているゆえに、三災七難が起こると説かれます。末法はそういう悪世ですので、それゆえ一人一人の生命に元品の法性である仏の生命を打ち立てていくことが重要になります。当然、それを阻止しようと元品の無明が第六天の魔王と顕れ激しく妨げてくるでしょう。その強い悪と戦い勝たねばならないのですから、こちらもそれを上回る強い心で臨みたいものです。

 戦うと言っても、槍や鉄砲をもって戦争するわけではありません。各人が御本尊への信を強くして自身の生命に仏界を涌現していくことが勝利への道です。その一波がほかの波を揺り動かし、平和への潮流になるというのが広宣流布の方程式です。より大きな波動を起こせる自分になるために、真剣にやっていきたいと思います。

 信心が進んでいくというのは、その時の悩みが解決していくということもありますが、永遠性という意味では「御本尊しかない」「信心しかない」という境地により深く入っていくとことだと言えないでしょうか。そうなりますと「御本尊、御本尊」と生命が自然と向かっていきますので、人に言われなくとも御本尊の前に座り題目をあげるようになるものです。その人には仏の生命が感応して歓喜と智慧、福運や健康、生命力、威光が増していくに違いありません。

 そこへ行くまでにあれこれと迷い、心が定まらないのも凡夫の常かもしれません。私もそういう一人でしたが、生活面で苦境に立たされ「万事休す」となったことで「信心しかない」という心境に至りました。それはもう駄目かという苦しい崖っぷちですが、本当の信心を教えるために仏様がそこへ連れていってくださったのだと、ある時、悟りました。そういう状況にならないと御本尊だけを純粋に求めるところに私はいかなかったのです。そこを勝ち切れば宿命転換できる、人間革命できる、仏になれるのだと確信し、今日もまた御本尊に向かっています。


 今回のコロナの問題で、私は自分の身にありがたい時間をいただいたと思っています。夜も会合もなく自由時間があります。御本尊の前に座り唱題に励むべしです。今ある煩悩の山をまた一つ乗り越えるべく、大宇宙であるところの御本尊と境智冥合することだけを求めて唱題に励むことが、今の私のなすべき一番の修行です。

 自粛が長期になれば、学会員と言っても中には仕事を失ったり、廃業を迫られたりする人もいるかもしれません。しかし、信心から見ればその崖っぷちこそ、福運を大きく開く最高のチャンスの時です。

「今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(御義口伝705p)・・・まさにこの通りではありませんか!

確信をもってともどもに励まし合い、信心に動揺することなく、この苦難を変毒為薬するために、難を前にして悠々と前進していく決意です。


追記
ある方からのコメントに返信する時に引用しました池田先生のご指導を添付します。詳しくは「新・人間革命」を参照ください。

新・人間革命第2巻練磨の章(157p)

「一夜にして財産を失くされた方も数多くいらっしゃると思いますが、「信心」の二字があれば、これから、その何倍、何十倍という功徳・福運を積んでいくことができます。
御書には、信心をしていて、こうした災害に出会わなくてはならないのは、未来の大苦が、今生の少苦となってあらわれたと仰せです。つまり、罪障消滅の証と言えます。いつかそれを実感できる日が必ず来ます。「法華経を信じる人は冬のごとし冬は必ず春となる」(御書1253p)です。未来の幸せは間違いありません。
人間の真価は、最も大変な苦しい時に、どう生きたかによって決まります。」


私も今、この通りのことを体験しています。難を受けた時は、境涯を開き福運を積み開く時なのです。そのことを確信して前進してまいりましょう!






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