広布の大河に君ありて tori

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苦悩のど真ん中を行け!

 
 悩みというものは人間、尽きないものかもしれませんが、この悩みを使って幸福を開いて行こうというのが、法華経の真髄だとも言えます。

 とはいえ凡夫ですからつらい時には、愚痴も出れば、泣きたい気分になるのも無理のないところです。

 しかし、泣いていても何も変わらない、それを「御本尊にぶつかっていきなさい。仏の力を湧現するのです。」と厳しくも暖かいまなざしで、仏様はきっとご覧になっておられるように思います。

 池田先生は悩みや苦難は、「そのど真ん中を抜けて行きなさい」と指導されています。こんなことを教えてくださるのは先生以外ありません。ありがたいことです。

 苦難に直面した時、人には二つの態度があります。一つは正面からぶつかっていき、それと格闘し乗り越えていこうという人。もう一つは逃げだしたりうまくかわしていこうという人です。法華経の教えはもちろん前者であり、後者こそ念仏的な心と言えます。

 念仏は無間地獄の業と説かれます。現世の苦を逃れ、極楽浄土への逃避を促します。それゆえ御聖訓には「善導と申す愚癡の法師がひろめはじめて自害をして候ゆへに・念仏をよくよく申せば自害の心出来し候ぞ」(上野殿御返事1,509 )と喝破なされています。
無間の苦しみを与えて、その上であの世へと自害させようとする…まったく恐ろしい宗教です。




makino1a.jpg


                        


 私にも人生の難問ともいうべき悩みがあったのですが、その悩みと戦っている時に、どことなく念仏臭い心で拝んでいたことがありました。「何とか一日も早く、この苦から逃れさせてほしい。」とすがる思いで祈っているのです。そこには自ら主体者として悩みを受けて戦おうとするのではなく、他力を頼んで何とかしてもらいたいという甘えた気持ちがありました。

 結局、その姿は御本尊様を自分の外において考える、外道の信心だったのです。

 創価学会員が、苦難を避けたり、逃げ出そうなどと、そんな姑息な心でいたなら、それこそ念仏信者にも笑われようかというものですね。宗教界の王者の名が廃(すた)ります。

 それで心を入れ替え、ある日から「苦しみよ、来るなら来い!・・・お前のど真ん中で戦ってやる、今日から俺の心にはビタ一文逃げる心はないぞ。」と、そう腹を決め、宿業に宣言し信心に励んでいきました。

 そしてそれから反転攻勢、状況は変わっていったのです。気が付くと悩みに振り回されていた私に、いつしか悩みを恐れないド根性が坐っています。これで私は勝てると思いました。「仏様はこのことを私に教えようとされていたのか・・・」と、心底、ありがたく思ったものです。

 世の中はある意味、理不尽なことが多く、善人がつらい目にあい、悪人が我が物顔で生きていくこともありますね。「どうして自分が、こんな目に合わなければならないのか?」そういう恨みにも通じる叫びをあげたい時だってあるものです。

 しかし、どんなにつらい状況であっても、信心が強ければ、すべては何の過不足もなく、我が身にあるべきものだとわかります。また苦難が大きいほど勇猛心が湧くものです。そして愚痴をねじ伏せ、「よっしゃあ、勝負や!」という反転攻勢の心が出て行く時、妙法の力はその人の宿命に作用し、不思議な力を現じていくのです。


 このことさえわかれば、どんな苦難が来ようと立ち向かっていく生命力が湧いてきます。悩みから逃げない、鋼のごとき強い心になるまで唱題行でとことん迷いと愚痴の命をぶった切っていかなくてはなりません。

 その強き心を、題目で打ち固めた人こそが、最後の勝利の栄冠を勝ち取ることができる人なのだと確信します。



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Comment

No title
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素晴らしい記事を書いてくださってありがとうございます。
自分のことを言われてるような気がして涙が出てしまいました・・・

微力ですが学会のために頑張って行きます。
2015年04月18日(Sat) 18:45
Re: No title
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りんごさんへ

こんばんは。コメントありがとうございます。

いくら信心していても思うようにいかない。御本尊様ならなんとかしてくれたらいいのに・・・
そんなおねだりするような惰弱な信心を長年していました。
「もっと、本物の師子になりなさい」と御本尊様は私を叱咤したいと思われたのに違いありません。

愚かな私ですがようやく少し気が付くことができました。私も仏前で泣きました。(笑)

りんごさんなら大丈夫ですね。微弱とは言わず、創価学会を代表する心で頑張ってください。
私も地域の山本伸一と言えるような人間を目指していきたいと思います。

共に前進していきましょう!そして勝ちましょう!
2015年04月18日(Sat) 23:51
No title
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創価ブログの中でも私の心にインパクトを与えたものは幾つかありましたが、「広布の大河に君ありて」は私が求めて止まない何かがありそうな気がしました。特に、先生の人間主義と乖離した、ノルマ、成果主義の組織、打ち出しだけの協議会、自分の頭で考えるのを止めた幹部、会員達、一体誰がこの地区、座談会を発展させて行くのか、今、一番大事なのは地区に先生の人間主義を展開する事だと思います。地区が無縁社会て゛あってはならないのです。世間には悩み苦しんでいる人々が数多くおられます。そして地区から社会へ先生の人間主義を広めて行くのが広宣流布だと思います。宜しくお願いします。
2015年04月19日(Sun) 17:01
Re: No title
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ポラリス様

はじめまして・・・でしょうか?
コメントありがとうございます。

ポラリスさんが憂えておられるようにいろいろと問題はありますね。
また広宣流布のために悩み、思索していくことはとても尊いことです。
それ自体、地涌の菩薩の悩みと言えます。

>私が求めて止まない何か・・・・
ポラリスさんが求めてやまないもの、それは究極「仏の生命」ではないでしょうか?
結局、一人の人間の生命に仏界を開く以外に、幸福も平和も広宣流布もないのです。

池田先生の「一人の人間における偉大な人間革命は、やがて一国の宿命の転換をも成し遂げ、さらに全人類の宿命の転換をも可能にする。」との哲理から出発しそこに帰着する・・・それが創価学会の本来の姿であり、信心の根本でなければなりません。

組織の中に常態化している「惰性」や「求道心の低下」を私もどかしく感じることがあります。しかし、それを組織や幹部の責任にすることは簡単ですが、それで組織が良くなるとは思いません。

より大事なことは仏法を体得した魅力ある人間が一人でも多く踊り出ることだと思います。仏の生命です。太陽の如く輝いて、多くの人に光を送り、ともに生き、励まし、安心と希望を与えあう・・・そういう人材が増えていく以外に、活気ある組織も学会の発展もないと思います。池田先生の願いも、また人間主義もそこにあると思います。

その使命を担える一人になると決意して、自身が精進し、内外に波動を広げていく以外に道はありません。
私も地域にあってその戦いをやっていく覚悟です。

共に頑張って行きましょう!
2015年04月19日(Sun) 22:26
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王者の剣様

お返事有り難うございます。やっと私の人間主義を理解し共有出来る方にお会い出来た事をとても嬉しく思います。ここ数年選挙が多いせいか、地区の様相が変わってきました。端的に言うと活動家が減り、座談会参加者か゛激減したのです。なぜでしょうか、それは人は楽しい居心地の良い場所へ集うものです。
新聞啓蒙、選挙だけの組織にはそれが功徳になると思う人しか行かないでしょう。最近では協議会ならいざ知らず、座談会の中にも成果主義を持ち込んできます。
ブロックの壮年部勇士で昨年の4月号から始まった「幸福と平和を創る智慧」を勉強して座談会で発表しています。3月号のSGI提言は2時間かけて読み合い発表しました。座談会は学会の生命線です。必ず先生のビデオは観賞するようにしています。私が座談会推進長のときは随時30名以上の参加者がありましたが、今では半分になってしまい、役職も降ろされましたが、師弟とは、とこまでも自分と先生なので、自分の周りに先生の人間主義を広めて参ります。これからも宜しくお願いします。
2015年04月20日(Mon) 22:24
No title
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ポラリスさん
今の組織にもどかしさあります。
私はポラリスさんと同じ悩みありました。
適当に活動しょうと思っていた事あります。
そんな私でしたが、俺がやると腹を決めたときから
体がウキウキして題目上げました。
幹部批判するより自分が力をつけようと思いました。
根気よく家庭訪問して一人の男子部が
立ち上がりました。私は力の限り御書を教えました。
先週の座談会では彼が御書講義しました。
彼は幼い頃、おばあちゃんに連れられて座談会に参加していましたが
成人したら活動しなくなりました。
そんな彼が講義したので泣きじゃくっる婦人部がいました。
歓喜あふれる最高の座談会でした。
毎週壮年男子部懇談会していることに批判的だった壮年部幹部は
圧倒的歓喜の婦人部と未活動の彼の見事な講義に言葉を失っていました。
一人の男子部の人間革命は組織を座談会を活性化しました。
おかげで功徳頂きました。それは今まで努力してきたことが粉々になったことです。以前の私なら、信心頑張っているのにどうしてと信心を疑いました。
これを乗り越えれば必ず境涯が開けると確信できたことに功徳を感じました。
自分で考え祈り行動すると、こんなにも楽しいのかと思いました。
信心は楽しくやるのが価値的と思いました。
2015年04月21日(Tue) 00:06
Re: No title
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ポラリス様

重ねてのコメントありがとうございます。

「仏の生命が躍動する世界」それこそが、今学会に求められていますね。またポラリスさんも求めておられることと思います。

組織の論理や都合はあるでしょう。選挙もその一つです。しかし、それに負けない一人、それを受け身や批判ではなく歓喜で打ち返していける人間主義の師子にならねばなりません。「宗教のために人間があるのではない、人間のために宗教はあるのだ」という先生の教えを我が心として、常に戦いに打って出る一人でありたいと思います。

>役職も降ろされましたが、師弟とは、とこまでも自分と先生なので、自分の周りに先生の人間主義を広めて参ります。

師弟・・・なかんずく池田先生との師弟・・・これほど素晴らしい世界はありませんね。私も先生が大好きです。男の中の男・・・思うだけで熱いものがこみあがります。(笑)それだけあればいいのではないのでしょうか?池田先生も戸田先生だけに生きられた師弟の道です。そこから外れると結局、創価の世界は悪道に堕ちていく、これは峻厳な真実であると思います。

 師匠が受けられた迫害、中傷、裏切りに比すれば、私達の難など物の数ではありません。役職とか幹部とかも全く関係ありませんね。法華経には「不自惜身命」との言葉があります。その一分の実践もおぼつかない私ですが、心ある人達と共に、これからの学会を護り、発展させるために精進していき、力をつけていきたいと思います。
2015年04月21日(Tue) 10:03
Re: No title
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うるとらまんさんへ

組織の打ちだしを聞いてやるだけでは受け身ですね。自分の中からあふれる心こそが新しい時代を作る本当のエネルギーです。今は、そういうエネルギーが、会員から噴出していくことが、学会にとって大事な事だと思います。

これからの時代に必要なのは「開拓者」たる先駆の人です。惰性の中で安閑としている人はきっと取り残されていくように思います。その惰性を破り、新しい時代を切り開くのは、内から湧きあがる「熱い心」をもった人、地域にあって広布のために必死で戦おうという人達に違いありません。

その一人となるためにがんばりたいと思います。

いろいろあるでしょうけど、信じた道を勇気をもって進んでいかれますように。

2015年04月21日(Tue) 10:29
No title
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うるとらまんさん信心は頑張っているとか頑張っていないとかと言う次元ではないと思います。先生との師弟で、一人立つ精神が大事だと思います。それが男子部員の大成長につながったんですね、私の地区の壮年部の方も先生の人間主義を学ぶ事によって境涯が広がってきました。信心即人生そのものです。日々の日常の中に信心があると思います。具体的には悩み苦しんでいる人々を励まし幸福にしていく事です。その振る舞い行動が、王者の剣さんの言われる「仏の生命」であり、我々が目指す不動の仏の境涯だと確信しています。組織は放っていくと、官僚主義、組織悪が蔓延ってきます。既に蔓延っていますが、会社と同じでトップによって決まると思います。学会の組織も縦社会で、一般の会社と同じように上に行けばいくほど、大事な社員、会員を忘れ、組織の目標に追われ、「なんのため」という大事な何かを失っていると思います。
2015年04月21日(Tue) 22:06
学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ批判
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今月10日に、ちよさんとこのブログに書いた
先生の言葉2編ですが、こちらの記事にも
当てはまるものと思えますので、転載です。

<1>
『一日、三千遍のお題目をしっかりあげなさい。
 勤行は信心の一番の基本です。
(中略)
 本当に勤行をし、実践した人は、学会を築いて来た人達の
 悩みと苦しみは自然に分かってくるものだ。
 題目をあげ、勤行をし、学会の悩みを知って行こうという
 気持ちがなければ批判になってしまう。
 毎日三千遍の題目をあげて行こう、その一日三千遍の題目が
 あがると生命の回転が始まって来るのだ。生命がきれいに
 なって来るのだ。
 三千遍の題目があがると、学会のリズムになって来る。
 常に三千遍あげれば、それだけ生命力が豊かになり、
 それ自体が行力になって来る』

<2>
『祈り――それは、あきらめない勇気だ。

自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。
“現状は必ず変えられる!必ず!”
確信を命の底に刻み込む作業だ。

祈り――それは、恐怖の破壊なのだ。
悲哀の追放なのだ。希望の点火なのだ。
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。

自らを信じよ!卑下するなかれ!
卑下は仏法への違背だ。胸中の仏界への冒涜だからだ。

祈り――それは、我が生命のギアを大宇宙の回転に
噛み合わせる挑戦だ。
宇宙に包み込まれていた自分が、宇宙を包み返し、
全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める
逆転のドラマなのだ。』

(2004年10月10日 『我がふるさとは世界』より)


「祈り――それは、・・・・・・・・
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。 」

なんだか、「ソクゾク」しますよね。
このご指導に、私見は挟まない方がいいでしょうから、
ご紹介のみ。
2015年04月22日(Wed) 13:43
Re: 学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ批判
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福島の壮年さんへ

>『祈り――それは、あきらめない勇気だ。

自分には無理だと、うなだれる惰弱さを叩き出す戦いだ。
“現状は必ず変えられる!必ず!”
確信を命の底に刻み込む作業だ。

祈り――それは、恐怖の破壊なのだ。
悲哀の追放なのだ。希望の点火なのだ。
運命のシナリオを書きかえる革命なのだ。

自らを信じよ!卑下するなかれ!
卑下は仏法への違背だ。胸中の仏界への冒涜だからだ。

祈り――それは、我が生命のギアを大宇宙の回転に
噛み合わせる挑戦だ。
宇宙に包み込まれていた自分が、宇宙を包み返し、
全宇宙を味方にして、幸福へ幸福へと回転し始める
逆転のドラマなのだ。』


素晴らしい指導をありがとうございます。
今、まさに私、この戦いをしています。

ある意味、発迹顕本する思いで、湿れる木より火を出ださんがごとき思いでやっています。
魔との攻防は一進一退・・・しかし、必ず強き祈りで勝つ決意です。

御指導、しっかと命に刻ませていただきます。
まさに私のためにあるようなご指導です。

「ゾクゾク」「ワクワク」「カッカッ」としてこないと信心ではありませんよね。
妙の一字に眼をとどめて、題目をあげぬいていきたいと思います。
2015年04月22日(Wed) 15:08
No title
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ポラリスさんへは、アンナさんブログで一度直接コメントさせて
いただいたことがありますが、ご記憶いただいておりますでしょうか、
もっとも、それはどうでもいいのですが、

それにしても、良かったですね、
ポラリスさんの思いを、理解し包み込んでくださる王者の剣さんとの出会いですね。
やはり、ひとりでは孤独になりますから、
自分の思いを理解してくれる方との出会いは、貴重ですね。

その上で、組織では、
というよりも、広く人間関係全般では
「悩んでいる側が、革命する、変える」意外に、解決は不可能ということですね。

組織のことは、組織上の「長」だけが、長の一念に該当するわけではありません。
なんとか、この地区を人間主義の精神あふれる地区にしたいと悩み実践する人の
「一念」で、良き変革ができるのです、それを「事の一念三千」というのだそうです。先生の指導は、すべて、感じた人が、悩んだ人が
良く変えていこうね・・ということですね。

同じ地区内でも、ポラリスさんの感じているような「感じ方」をしない方は
違う悩み苦悩があるものです。

お邪魔しました。
2015年04月22日(Wed) 22:08
No title
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>学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ批判
この学会の悩みとは何でしょうか、その悩みを知らなければ批判になるとはどういう意味でしょうか、どなたか教えて頂けないでしょうか宜しくお願いします。
2015年04月22日(Wed) 22:35
No title
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みんなに仏界がある。
仏界を湧現させるために題目をあげる。
「おねだり題目じゃ、ダメよダメダメ!」。
仏には恐怖もない、悩みもない、病気もない、貧乏でもない。
完全完璧だ。
思考や恐怖は幻想。
逃げれば逃げるほど肥大し追いかけてくる。
ならば、ド真ん中に行き、真っ向勝負だ!
仏法は勝負だ!
仏が勝つに決まっている!

いつも自分は、このように言っている。
「俺の仏界、出てこいやーっ!!」てね。






2015年04月23日(Thu) 15:44
Re: No title
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大河さんへ

組織が一時、楽しく感じられない時、その原因の一つが、やはり自分の受け身にあることを感じました。打ちだしがあって、やらされているという感覚 が好きではなかったのです。しかしそこで腐らないで、それなら自分がそれを上回る能動性、主体性でやってみようと思えたのは、私にとっていいことでした。 そうすると充実感も出て、同志の方も喜んでくださり、自信もつきました。

関西という地域性もありますが、こちらではそういうやる気のある人、個性的な人を歓迎する風潮があります。もちろん仏法と社会常 識から逸脱しなければという条件付きですが。、会員から積極性、主体性、歓喜がなくなることが一番怖いですね。学会の主役はあくまで庶民であり、その人達の歓喜と感謝で成り立つ世界だと思います。

個人であれ、組織であれ、悩みがない方がおかしいですので、悩みは尽きないものだと思います。むしろそれをバネに成長できるのですから、悲観的ではなく、前向きにとらえていきたいですね。楽観主義というのは信仰者にとって非常に大事な要素だと思います。

学会の悩みとは衆生を幸福にするための悩みであり、広宣流布に悩んでいくということに尽きると思いますが、 いろんな意味で今は一つの転換期だと思います。池田先生の弟子を自覚する人達で新時代を作りゆかねばなりません。信心と池田先生が、心底好きな人間臭い(笑)人達が、歓喜の波動をおこして、世界各地で広布の舞台に躍り出ることが、今まで以上に重要な時代が来ていると思います。
2015年04月23日(Thu) 17:26
Re: No title
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ポラリス様

学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ批判・・・福島の壮年さんの言葉ですので、私の方からは申し上げにくいですので、また何かコメントがあるまでお待ち願います。
2015年04月23日(Thu) 17:30
Re: ご参考まで
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非公開様

FC2ブログに関するご教示ありがとうございました。
2015年04月23日(Thu) 17:59
Re: No title
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ライオン丸様

コメントありがとうございます。

強い気持ちで信心しておられるのですね。

>仏には恐怖もない、悩みもない、病気もない、貧乏でもない。

果してそうでしょうか?「小病小脳」とも説かれます。また「生老病死」の生命であることに変わりはありません。何より広宣流布に一番悩みつくされるのが仏ではないでしょうか?十界互具一念三千です。仏にも地獄界が備わるというのが正しい生命論ではありませんか?

>思考や恐怖は幻想

恐怖や不安は幻想かもしれませんが、仏法を得ていくために私は思考や思索は大事なことだと思います。
池田先生は「昼は太陽と共に働き、夜は月光の下で思索しゆく人に」と仰っています。
人間は本来、動物と違い、思考を重ねる生き物だとも言えますし、そこに人間の輝きもあると思います。
仏法について考えていく・・・素晴らしいことではありませんか?

悩みがあるゆえに、煩悩即菩提ですので、悩むことは幸福になるためにとても大事なことだと私は思います。
悩みや疑問があれば唱題に挑戦し、教学に学び、自らも思考する。それがまた広宣流布の力にもなると思います。

私は仏様に「出てこいやーっ!!」とは申し上げませんが、いつも『どうかこの身にお出ましください」と申し上げています。
2015年04月23日(Thu) 18:09
No title
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ポラリスさん

>学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ批判
この学会の悩みとは何でしょうか、その悩みを知らなければ批判になるとはどういう意味でしょうか、どなたか教えて頂けないでしょうか宜しくお願いします。

--------------------------------
福島の壮年さんは、指導を紹介だけで、一切ご自分の解釈は
しないと、仰っておりますから、その通りなんだと思いますよ。

私は、こういうニュアンスの指導は、
むしろ、悩んでいる方が、自ら出会うというのが望ましかったと
思うのですよね。
悩んでいる方に、「ホイ、先生の指導だホラ」では
その指導を紹介した方が、悩んでいる方を、事実上批判的な
眼差しでみているのだと感じます。
「お前は結局批判しているだけじゃないか」と言っているのも同義かと
感じます。
ポラリスさんは、批判というよりも本当に苦悩しているんだと
思いますよ。

「学会の悩みとは・・広宣流布のあらゆる苦労、苦悩」だと
思いますよ。
先生のふるまいをみれば、その苦労がどれほどのものか
小説人間革命であったり、新人間革命であったり
責任感の眼で読めば、どれほど、先生が困難を切り開いてきて
くださったか、僅かでもわかるわけです。

広宣流布への地涌の菩薩の誓願を立てた会員は(統監があっても
その誓願にまで至らない、会員もたくさんおりますし、そういう
会員に誓願にたてるように、その方向へ行動するのが
役職者であり先輩ですからね)

先生なら、どうされるだろうと、常に祈りながら
広宣流布は「わが責任」と、捉えていくことが
大事なんだと思いますよ。
役職は、責任職ですが
その地域の広宣流布、よりよき組織に変革をと
これは、その志のある人間がやる意外にないんですよ。

ポラリスさんが、ポラリスさんの理想とする「人間主義」の組織に
変革できるのですよ、それが、御本尊への「信の一字」ですよね。

2015年04月23日(Thu) 18:41
ひどい
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上から目線で、言葉尻取って、揚げ足取るし。
もう、ここに来るのやめます。落ち込みました。私は壮年部ですが、こんな経験初めてです。もっとも、私は教学はありませんが。
今、大きな悩みがあって、100万遍の題目に挑戦していますが、意気消沈です。あなた様は本当にお偉い方なのでしょうね。
本当にショックです。
たとえ教学・役職はなくても成仏はできますよね?
さようなら

故辻副会長の指導を聞いてみてください。(私が男子部時代の昭和57年頃)https://www.youtube.com/watch?v=yk5w52-vDqc
2015年04月23日(Thu) 20:33
No title
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ライオン丸さん

さきほどは、忙しくポラリスさんにコメントしましたが
ライオン丸さんにもコメントするつもりでおりました。


>みんなに仏界がある。

その通りですね。

>仏界を湧現させるために題目をあげる。

はい、その通りですね。

>「おねだり題目じゃ、ダメよダメダメ!」。

まったくもって、その通りですね。


>仏には恐怖もない、悩みもない、病気もない、貧乏でもない。
完全完璧だ。

本当に仏の生命・わが胸中の仏界の生命を開けば
なにものも恐れない勇気が湧いてきて、悩みはもっぱら人を幸福にするにはどうしたらと悩み、いかなる病もさわりなく、貧乏さえ悠々と楽しめて必要なお金は不思議と間に合い、
まったくその通りですね。


>思考や恐怖は幻想。

「信の一字」に徹するということですね。
考えても妙法は解らない、妙法は不可思議ですから、「信」しかありませんね。
恐怖は、我が生命が「元品の無明」に覆われていることに因がありますから
元品の法性を開けば、恐怖が幻想であったと速やかに悟れますね。


>逃げれば逃げるほど肥大し追いかけてくる。

転換しなくてはいけない宿命は、逃げてもさらに悪循環になりますね。

>ならば、ド真ん中に行き、真っ向勝負だ!
>仏法は勝負だ!
>仏が勝つに決まっている!

仏界の生命だけが、あらゆる困難を乗り越えていけますね。
多くの創価学会員が体験していますね。

>いつも自分は、このように言っている。
>「俺の仏界、出てこいやーっ!!」てね。

そうですね、せっかく御本尊に唱題するのですから
仏界を涌現できる真剣な唱題でないと、唱題した意味がありませんね。


-----------------------
忙しく書いたので、荒削りですが、よろしくお願いします。

2015年04月23日(Thu) 21:47
Re: ひどい
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Re: ひどい

ライオン丸様

どうかお気を悪くされないでください。また少し冷静に考えてください。
一つにはライオン丸さんが教学があるのか、役職がどうとか私にはまったくわからないことです。

その上でお考えに対して「こうではないですか?」と真面目にお答えしたつもりです。お互いの考えや理解に違いがあるのは誰しも同じことです。そうだからといって決してライオン丸さんのことを下に見たとかはありませんよ。同志の方であるがゆえに私も思う所を真剣に、また率直に書いています。もし下に見たなら、もっといい加減に相手したでしょう。

「思考を幻想」と言われたのでそれは違うのではと思いました。私など大いに悩んで考えて生きていますし、ライオン丸さんも悩んで思考しておられると思いますよ。それはとても大事なことで、尊いことです。

もちろん教学も役職も関係なく、法を求める上でみんな立場も同じです、上下はありませんよね。物事の基準が仏法であるということだけです。むしろ、このカテゴリに集う人の中でも私なんか教学はないほうです。

今回の件で腹を立てられたことは、大変残念に思いますが、どうか気持ちを直されて、これからも創価の友としてまたお寄りください。
2015年04月23日(Thu) 23:07
Re: No title
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大河さん、ライオン丸さん

ライオン丸さんへのメッセージありがとうございます。そう書いていただくと私の返答がいかに悪かったのかよくわかります。ライオン丸さん、少し、否定的に書きすぎましたね。申し訳ありません。


>「学会の悩みとは・・広宣流布のあらゆる苦労、苦悩」だと
思いますよ。
先生のふるまいをみれば、その苦労がどれほどのものか
小説人間革命であったり、新人間革命であったり
責任感の眼で読めば、どれほど、先生が困難を切り開いてきて
くださったか、僅かでもわかるわけです。

「仏とは悩む人の異名」池田先生を見ていますとそう思えてきます。会員の幸福を思う一念の深さ、真剣さが「人間革命」の行間からにじみ出てきます。学会歌一つ見ても、これほどまでにとの思いの連続です。広宣流布が魔との激闘であることを先生だけが御存知で、私達はあまりにもその掌の平の上でのんびりしていたように思います。

しかし、そこにいる一人一人が主体者となって、まったく新しくやる気で地区も支部も作り上げていく以外にない。私達が地域の責任者となって広布を担わなければ、他に誰もいない・・・いつもでも先生頼みだけではいけない。その時が来たことを感じます。そのためには命をかけてやらないとできないでしょう。・・・「君はその戦いをやるか?」とそう先生は今、会員一人一人に問いかけておられるのではないでしょうか?
2015年04月23日(Thu) 23:10
No title
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大河さんその節は良きアドバイス有り難うございました。
少なくともこの「広布の大河に君ありて」にコメントされる方は今の地区なり組織に大きな危機感を感じている方々だと思います。それは今の地区、組織に先生の人間主義を語り、指導できる幹部がいないと言う事です。先生の指導を自分自身の体験や経験をとうして、また咀嚼して自分の言葉で語れないのです。なぜそうなったかと言えば、自分で考える事を止めたからです。常に上からの打ち出しをやる事が信心だと教えられたからです。私は学生部の頃から先生の書籍は読破してきました。先生の究極の目的は普遍的な人間主義を世界に広める事だと思います。それはもう既存の宗教を超えています
大御本尊は我が胸中にあり、我が振る舞い行動で、悩み苦しんでいる人々と共に同苦し、励まし合いながら生きて行く事が人間主義で、それを広める事が広宣流布だと確信しています。それに気づいた弟子が立ち上がるしかないと思います。皆さん羊千匹より獅子一匹で頑張ろう!
2015年04月24日(Fri) 00:10
何を基本に 何のために
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随分とにコメ欄が賑わいましたね。

さて、私が引用させて頂いた先生のご指導に、その具体像を
知りたいという方がおられるようで、それに対して、私が『私見』を
挟むのをご遠慮申し上げていたら、その心情を勝手に解釈されて
コメントをされた方もおられます。

私が最初から「私見」を述べなかったのは、お一人お一人が深く、
「お題目を根本に」考えて頂きたかったからであり、組織の問題と
言っても、各地で共通するものと、地域性に根ざすものとがあり、
一括りで論ずることが難しい面もあったからです。
自由に議論するのは必要なことだし、大いにやって然るべきですが、
「全てが公開される」ことを考慮しなければいけません。

私が先に挙げた先生のご指導を、『本当に勤行をし、実践した人は』の
一つ前の部分から、もう一度掲げてみましょう。

『(前略)
 学会の組織についていろいろ問題があるというけれども
 根本の一切の原因は勤行そのものである。
 本当に勤行をし、実践した人は、学会を築いて来た人達の悩みと苦しみを
 自然にわかってくるものだ。
 題目をあげ、勤行をし、学会の悩みを知って行こうという気持ちがなければ
 批判になってしまう
 (後略)』

ご指導の全ての意味が、この一文に凝縮されてはいないでしょうか。
『根本の一切の原因は勤行そのものである』
このお言葉には、二義があると私は考えています。

1)「組織上の問題」を起こしている人の勤行に真剣さが足りない。
  或いは、その祈りに地域組織の発展や地域同志の成長が
  含まれておらず、また、広布誓願への強き一念が込めめられて
  いない、独り善がりな祈りと唱題になってしまっている。

2)「組織上の問題」を感じている人が、その問題の根がどこにあり、
  それを自分の立場として「どう受け止め」「どうしていくべきか」を
  真剣に考え、その解決を自身の狭い境涯や了見に頼らずに、
  御本尊にぶつけ、 「仏智」を取り出だすべく、
  「強い祈りのこもった」日々の勤行・唱題から始めていない。

批判する側、される側、いずれにも
『根本の一切の原因は勤行そのものである』
という、信仰者として最も大事な視点・観点から眼を逸らしていないか。
先ずは、それをしっかりと見直し、その地域組織に所属する会員の
皆様が、自分の宿業と向き合い、乗り越えていけるよう、最大の
激励とアドバイスができるように、常に考えてこそ、先生の真の弟子で
あると言えるのではないでしょうか。

そういう「信心の基本的な姿勢」を踏まえた上で、『組織について
いろいろ問題がある』ということに関しては、「組織」である以上、
皆さんが勤めている会社や所属している団体などの全ての「組織」
には、人間(凡夫)が運営をしている以上、多かれ少なかれ、
様々な問題は、日常的に潜んでいるものです。

私が、国内でも有数の大会社に勤めてから、現在の職場である
小さな地場産業に転職してから感じた、「仕事文化の違い」による
カルチャーショックというものが少なからずありました。

大会社では、現場で起きた様々な問題は、まずは課長職の上司に
相談し、課長の判断で対処できるものは、課内で動き、課長では
扱いかねる問題は、部長の決裁を受けるということで、そういう
現場の問題が、担当者や主任クラスから直接、本部長や事業部長
(ましてや社長)に上げられることは、極めて稀です。

ところが、地方の地場の会社では、全てが社長決済で、細かい
ことでも相談すべき「決裁権を持った役職者」が定かでなかったり
するものです。

それから、現在、「ブラック企業」などとして取上げられ、話題にも
なっている「残業」や「有給休暇の消化」の問題。
これも、大会社では、「体調維持は自己管理」の原則で、心身に
悪影響が出る前に、しっかりと休暇を取りなさいという前提があり、
「有給休暇」の取得に、理由はいりません。
自分の仕事に影響がないように配慮し、事前届出が原則という
だけです。(但し、不測の事態に速やかに連絡が取れるよう、
なるべく休暇中の所在を上司には知らせておく必要はある)

残業についても、私が大企業で教わったのは、
「連日残業をしなければいけないのは、仕事の段取りや
進め方に問題があるからだ。早く帰れ」と。
ノー残業デーが週に一日設けられいる会社も少なくありません。
「社員は経営者目線での原価意識を持たなければいけない」
とも言われます。
会社の経費で最も大きな割合を占めるのは、「人件費」です。
人件費を抑制するためには、極力、残業や休日出勤を抑える
のが最も効果的です。
それでも経営状況が悪化し、更に経費を削減しなければいけなく
なると、「人員削減」=「リストラ」を断行せざるを得なくなります。

ところが、小さな会社では、「残業が当たり前」で、連日定時退社
しようものなら、白い眼で見られたりしてしまうところもあります。
賃金体系の中に、「皆勤手当」のようなものがあり、「有給休暇」を
取らずに勤めている社員が「よく頑張っている」と評価されたり
しています。
また、様々な経済要因で会社全体の仕事量が増えてもなかなか
新規採用に踏み切らず、その分、現有社員の仕事量が増え、
一人ひとりが仕事をこなすために、「残業せざるを得ない」状況が
あることも事実です。
新規採用を行わないのは、単に人件費の抑制だけが理由では
なく、景気循環の繰り返しの中で、必ず、会社や業界全体の
需要=仕事量が減ってしまう時期というものはやってくるもので、
その時になって、長年、その会社で働き、会社を支えてきた
社員を解雇しなくても済むように、余剰人員を極力持たない
という、経営判断によるものです。

話がそれましたが、「理不尽」に思えるようなことや、自分の
働きが「報われない」と思われるようなことは、どのような組織にも
存在するということです。
また、学会においても活動の基本は全て変わりませんが、
地域性による組織運営の仕方は、独自のものもあります。
(会社の文化が異なるように)

学会活動に頑張っても、金銭的な見返りがあるわけではないし、
組織悪を糾すために奮闘しても、誰に褒められるわけでも
ないでしょう。
しかし、しっかりと「祈り、満々たるお題目を上げ、戦った」分だけ、
すべては「福運」として返って来るし、その「福運」は三世永遠に
我が身、我が命にしっかりと刻まれ、成仏への確かな種となり、
実を結んでいくことは、間違いがありません。
そして全ての基本は「自分が変わろう」です。

全てが、「深き祈り」と「すっきりと朗々とした勤行・題目」を
根本にし、全てを「会員さんが団結して動きやすくなるように」
自分が担い立とうとする気概と、そこから発する思考と行動にしか
ないないのだと、先生は教えて下さっているのではないか。
私は、そう拝しました。
2015年04月24日(Fri) 10:04
良かったです
編集
ポラリスさん、良かったです。
ともかく、前進しようとのご決意 本当に良かったです
王者の剣さんという懐の深いブログ主さんの場であったからこそ
良き方向へ、良き方向へと、前進できたのだと思います。

それから、王者の剣さんは、ライオン丸さんへ誠意は尽くしたので
ひとまずよろしいのではないかと思います。

あ、それと、ライオン丸さん
「縁」に触れて、修羅界の生命が出てしまいましたね。
修羅界が必ずしも悪いということではないのですよ。
仏界所具の修羅界というのは、広宣流布を阻む悪への怒りですしね。
今回の修羅界は、自分を否定されたと感じてしまったのですよね。
自分の尊極なる仏界の生命への「大確信」があれば
他者からの、はたらきかけで、ご自分の価値が変動するわけではありませんよね。良い経験になりましたね。

日蓮大聖人も釈尊も天台、伝教も、創価三代の会長も、日顕も、
そして、私たち創価学会員も、法華講員も、その他キリスト教であるとか
他宗教の方も、無宗教の方も、全部、ぜんーーぶ、の人が
等しく、十界の生命を備えております。

「縁」にふれて、どの生命がどーーンと出てしまうのかが肝心ですから

私たちの学会活動は、菩薩行ですよね。

仏の生命といっても、菩薩行をする、生身の人間の行動にしかないわけですよね。

又、ご縁がありましたら、それでは・・・・







2015年04月24日(Fri) 10:04
気付けよ!我が身に備わる全(まった)き力に
編集
度々、失礼致します。

「どんなにつらい状況であっても」
「信心が強ければ」
「すべては何の過不足もなく、我が身にある」
「べきものだとわかります」

いいですね。
いい響きですね。

特に、
「すべては何の過不足もなく、我が身にある」

<何の過不足もなく、全てが我が身に備わっている>
過ぎたるもなければ、不足もない。

うーむ、深い!


何の過不足もなく、全き力、我が身にあるにも拘らず、凡夫は気付けない。

二乗の(自分だけ良ければそれでいいという)心が出来すれば
たちまち忘恩の輩と堕し、全ての徳と力を失う。

一瞬であったとしても(我より他者の苦を除かんとする)
菩薩の心に立脚した祈りに我が命が染まれば、
それは、師の恩を報ずべき姿と転じて、
全ての諸仏菩薩の功徳を受け、守護される。

『師は亦邪道を閉じ正道に趣かしむる等の恩是深し
 仏恩は言うに及ばず是くの如く無量の恩分之有り、
 而るに二乗は此等の報恩皆欠けたり
 故に一念も二乗の心を起すは十悪五逆に過ぎたり
 一念も菩薩の心を起すは一切諸仏の後心の功徳を起せるなり』
(十法界明因果抄)
2015年04月24日(Fri) 13:26
Re: No title
編集
ポラリスさん

広宣流布に対して、使命感と責任感がない人に真剣になれと言ってもそれは難しい話です。以前の私がそうでした。今は少し変わってきましたが。幹部の名札をぶら下げていても、後継の師子として先生の正義に続こうという決定した自覚に立たなければ、地域をどうするのかということに本気になれないと思います。本気になれば悩みますし、壁にも突き当たります。広宣流布を自分に課せられた命題として取り組んでいきます。

そして壁を打破していくのは真剣な祈り・唱題に尽きると思います。広宣流布の大願のために真剣に題目を唱え抜く以外、地区を変えていく方法はないでしょう。変わらないのは私の真剣な題目がまだ足りないからだと思っています。

「羊千匹より師子一匹」と言われましたが、そういう人間が各地域で踊り出ていかなければならないですね。広宣流布を真剣に祈らない人や地域に、折伏が実ったり、あらたな青年、人材が出てくる御仏智は働かない・・・これは私の経験談です。
2015年04月24日(Fri) 13:26
Re: 気付けよ!我が身に備わる全(まった)き力に
編集
福島の壮年さんへ

重ね重ねありがとうございます。

信心ではこの身をあらためることなく仏になると説かれます。金ぴかの仏像やスーパーマンに変身するわけではないですね。多少、変身できたらとは思いますが(笑)凡夫の身のまま、五欲も煩悩も捨てることなく仏になるといわれます。苦悩を持ったままそこから離れることなく、その煩悩の中で仏の生命を開いて行くことができる・・・そこがこの信心の奥の深いところだと思います。



2015年04月24日(Fri) 16:41
No title
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創価のブログに初めてコメントしたら、ナリスマシと決めつけられ、アンチにコメントしたら、MCされていると言われ、やっと普通の感覚を持っている同志のブログに来る事ができました。大事なのは、特別な事ではなく、人としての想い、振る舞い、行動に尽きると思います。御本尊、題目も当然大事ですが、心こそ大切なれです。その心を磨く為に題目があるのです。婦人部にありがちですが、あげる事が目的になっているのです。常に問題意識を持って、普通の感覚で常識豊かな、信仰していない方にも感銘されるのが、先生の人間主義であると思います。先生は言われています「学会も会長が上、会員が下になったら邪教である」と。折伏、啓蒙、選挙、その他の活動に人間主義がなければ、それはもう単なる組織活動でしかないでしょう。
今のノルマ、成果主義的な活動には非常に違和感があります。人間、違和感がある事は出来ません。違和感があると言う事はそこに問題があると言う事です。違和感がありながらやると言う事は、宗教のドグマです。オームと何ら変わりません。学会がなぜ他の宗教団体と違うのは、ただ一つ、師弟に貫く人間主義だと思います。これが無くなれば、学会も邪教でしょう。
2015年04月24日(Fri) 22:41
Re: No title
編集
ポラリス様

会員の方々も、それぞれ一生懸命やっておられます。打ちだしを目標にいきいきと取り組んでおられる方もあります。また厳然とした信仰体験をお持ちの方は強いですね。そういう方はやらされるのではなく、自分から信心に励まれますので、体から歓喜が出ています。

活動が組織の押し付けだけになってはいけませんし、会員の方も言われたことだけをこなすという姿勢では駄目だと思います。組織、会員両方がマッチして勢いよく連動していくように、特に支部、地区部長、B長さんなどの身近な幹部さんの役割が大きいと思います。末端の会員と日々、接しているのはその人達です。

組織も生き物、会員も生き物・・・日々変わりますので、一人の一念で波動はおこしていけると思います。
その上で自分が変わりゆくことが求められますので、私も人間革命にがんばります。(笑)

お互い、時には意見の相違などもあるかと思います。私も未熟ですので、当然、満足なお答えはできませんが、ポラリスさんの思いを理解、共有していくだけでも大事なことだと思います。

お互い、人間主義を求めて前進していきましょう。
2015年04月25日(Sat) 16:51
No title
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王者の剣さんご理解有難うございます。天下のパナソニックが低迷したのは、トツプの判断ミスだと言われています。また遠くは日本軍が三万人も犠牲を払ったインパール作戦では馬鹿な幹部が天皇誕生日までにインパールを攻略するという自己の名誉の為に行った無謀な作戦でした。その幹部は罰せられるどころか、帰国後、陸軍学校の校長に治まったとか、なぜ罰せられなかったのか、それは天皇が作戦を認めたからでしょう。組織とはそういうものです。自分と御本尊、自分と先生は直結でなければならないと思います。それが師弟だと確信しています。それから思うと身近な幹部クラスはそれが感じられませんし、上からの活動を下に流すのが幹部の役割に感じられます。どうも自分の考えを言えば、我見に思われるのを恐れているように思います。学会の組織には老若男女あらゆる方々がいて、いろんな意見があるはずですよね、桜梅桃李のはすが、上からの指導に従うのが信心だと刷り込まれているのが問題だと思います。もっと楽しく、自由な発言が言える地区にしたいと思います。その為にも先生の人間主義を学び展開しなければならないと決意しています。
2015年04月26日(Sun) 22:16
No title
編集
福島の壮年様

4月24日10:04のコメントをどうも承認できていなかったようです。お詫びします。私のブログにしては、いつになくコメントが多くてつい承認漏れになっていました。
すいません。
2015年04月27日(Mon) 14:44
失礼しました
編集
王者の剣さん

お気になさらないで下さい。
(と言っても、過去に「表示されなかった」と、
文句を言ったことがありましたね(笑)
その節は、大変に失礼いたしました)

つけたコメントに誤字を見つけていましたが、
態々、訂正コメントを入れるのも面倒だし、
文脈で読み手の方は判断されるだろうと
思っていましたところ、HNの右側に「編集」の
文字を発見。
どういいう風に反映されるのだろう?
即時反映なのか?
承認制だから、それはないか。
でも、そうなると、他のコメントとの時系列順は?

とか、試してみたいという欲求が抑えきれずに、
つい・・・。

却ってお手を煩わせることになってしまい、
申し訳ありませんでした。
消えてしまっても何て事のない内容でしたから、
そえRは、かまいません。
2015年04月28日(Tue) 08:20
Re: No title
編集
Sさんへ

コメントありがとうございます。女子部、男子部で頑張っておられる方は、これからの学会を背負う方々ですね。
拙い記事ですので、あくまで個人の体験、感想と心得てお読み願います。

これからは一人一人、やる気のある人が、創価学会の代表であり、役職に関係なく、大切な人材です。
私も後継の人を見出し、育てていきたいと思います。

これからもよろしくお願いいたします。
2015年05月20日(Wed) 13:22












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