広布の大河に君ありて tori

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太陽の心の人



 以前、池田先生が本幹のスピーチで、詩人の北原白秋のことを話されました。(言葉、内容について、記憶をたどって書きますので、正確でないことをお許し願います。)
 それは北原白秋の詩作が、少し変化したことを、ある記者が「先生の詩は最近少し変わられましたね?」と聞いたそうです。それに対して白秋は「みなさんは少しだけ変わったように思うかもしれないが、その少しの変化のために、私はここ何年も身をすり減らし、苦しみ、精進したのだよ」と言う意味の返事をされたそうです。池田先生はそのお話を通して、人間革命の精進もそうなんだと教えてくださったのだと私は思いました。

 日々の精進を「薄皮を剥ぐように」と表現することがあります。確かに薄皮では毎日わからないかもしれませんが、何年かいくと一皮むけたように感じることがあります。信力行力が強いほど、そのスピードは速いに違いありません。

  私達は往々にして目先の功徳を求めがちです。目に見える結果がすぐほしい。特に病気や直近のお金の悩みは早く結果がほしいですね。待ってられません。(笑)50年とか100年とかあるいは三世とか永遠とか・・・そんな眼で物事を考えている人は、少ないかもしれません。しかし、仏法は「顕益」より「冥益」が表と言われます。池田先生の御指導にあるように、長年かけて、何ものにも崩されることのない、富士山のように堂々とした人間になるというのが、「一生成仏」だとも言えると思います。

 私も来世にはこういう風に生きていたいとか、そんなことを時々思います。そのためには、今世によくよく信心して、その因を確かなものにしておきたいと思います。




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 今朝の新聞の一面には婦人部総会が今週から始まることが出ています。その脇の見出しには「皆が希望と幸福の太陽に」とあります。信心をするとやがて、自分の生命に太陽が昇ります。暗かった人が明るく、枯れた人がいきいきと、そうなることは胸中に太陽が昇るからであり、それは仏界が湧現していくことだとも言えます。その力が顔の相から言葉、行動、生活までよくしていくようになります。そして自分が「太陽の心」になって人を照らせば、どの人も「太陽の人」だとわかるのです。

 ただ、黒い雲が横たわっていたり、雨が降っていたりして、御本人も「自分なんか駄目だ」と、自信を失って、元気がなかったりします。そんな時でも太陽の心の人がその人を見れば 「大丈夫、悩み深いあなたにもまぶしい太陽が隠れています。私にはわかります。お題目でそれを呼び出しましょう」といってあげられます。だから「太陽の人」は希望の灯を人にともしてあげることができます。

 信心をしていくうちに、私も人が愛せたり、好きになってきました。怨嫉や、憎しみが変毒為薬するのです。これは私の冥益です。薄皮を剥ぐように、気が付くと「人を愛せる自分」へと変わってきました。本当にありがたい功徳です。人を愛する。それから「人間主義」が始まるのだと思います。「好きだからよくしてあげたい。一緒に幸せになりたい。」と、思いやりの心で折伏へと気持ちが広がっていきます。

 その意味では、人を愛せないことが不幸だとも言えます。私なんか随分不幸な人間でした。(笑)今、少しよくなってきましたよ。生きていることがうれしいというのは「人間が大好き」と同意語なんですね。

 人を愛せるようになれば、やがて自分も人から愛されるということは道理かもしれません。「福運」というのも、人から愛されるということですよね。戸田先生は「福運は少し時間がかかります」と教えてくださいました。私なんか、その点、大変毒気がありますので、そのお言葉の通り、大変時間がかかっています。(笑)「人間が好き」の生命が出てきましたので、やがて人にも愛せられ、生活も上向くものと楽観主義でいきます。

 「北風と太陽」というイソップ寓話があります。青年のコートを脱がすために、北風をぴゅーぴゅー吹き付けても、人は余計にかたくなにコートを脱ぐまいとします。一方、ポカポカと春の陽気で温めてあげれば、自然とコートを脱ぎます。それと同じように「太陽の心の人」が、一番、人を幸福に導ける人だと言えます。そこに人ではなく、まず自分が太陽の人へと変革する「人間革命」が大事であることを、仏法は主張しているのだと思います。





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Comment

No title
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こんにちは!

薄紙をはぐように・・・。
昔からよくいわれる例えですね。苦悩の最中は、逆に悪くなっているのじゃないか、本当によくなるのか、と、どうしても眼に見えない不安で、押し潰されそうになります。

最近、大聖人の御書のお言葉を、そのまま大聖人のお考えだと思ってはいけないと、ある方から教わりました。(開目抄を例にとって)

日蓮大聖人はいつも既成の仏教の固定観念を打破されているのが御書ですよと。
例えば、宿業。元々、大聖人のお立場は先業を否定されている。故に、今おきている悩みや苦しみは、過去世の宿業とかでなく、正しいことをしているから起こる難なのだ、という見解です。

大聖人は、簡単にいうと、過去に作った業なんて、そんなもんわしゃしるか。と書かれているそうです(笑)。(ホンマカイナと思いましたけど)

宿命転換しかり、元々、釈尊滅後、仏教がバラモンの教えを取り入れた考え方だと。私もこれには少々カルチャーショックでしたが、なるほどと心が軽くなった想いでした。

会社でこんな立場になった、病気がなおった、こんなに金が儲かった、仏法は勝負や、勝った勝った、功徳や功徳や、という今までの組織の指導性にも少し問題提起をされながら。

王者の剣さんの仰るとおり、大聖人の功徳は冥益がメインなのですね。でも、今の私はどうしてもまだ、顕益を願って苦しんでおります。(笑)


そして、昨日は、数ヶ月ぶりに家に来た組織の方がおられます。(私より大分と幹部です)

最近まったく連絡くれないナ、私がこんなに苦しんでるのに、と思っていたのですが、その方も家族の事で相当悩んで折られたようで、毎日、1~2時間、題目をあげられているようです。

普通はそういう個人的な家庭の事情は私などの未活には、あまり言わない立場の方ですが、私も少しビックリ。私も唱題中、何故かその方の事が浮かんでいたのですが、向こうも同じことを言っていました。私の顔が浮かんでいたそうです。(組織の事を連絡せず申し訳ないといいつつ)

前と違った人間の素に触れたようで、嬉しく感じました。私も、組織には出ていませんが、その方を含め、座談会や地域の会員さんの一切無事故と健康と幸福を祈れるようにもなって来ています。

後は、失った仕事を手繰り寄せることができれば、もっと心に元気が出てくると思うのですが、この顕益がまだ先のようで・・・。

泣きながら題目をあげるのも常ですが、諦めず持続していこうと思っています。王者の剣さん、いつも素晴らしいブログありがとうございました。

また、コメントおくらせて頂きます。ありがとうございました。

2015年06月08日(Mon) 17:39
Re: No title
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hide優さんへ

お元気でうれしいです。
教学の様々なことは、少し話が極端にも感じますが、私も詳しくないので、また勉強しますね。(笑)
宿業は皆さんそれぞれあると思いますが、それにかかわらず、仏の力は信心の強さで出せると私は理解しています。
確かに、過去遠遠劫、繰り返してきた生死でどれだけの悪業を積んだか、わかったら発狂するのではないでしょうか?(笑)

それよりも毎日が真っ白のキャンパスだと思って、お題目を積んでいく方が明るくていいですね。毎日が元旦の気持ちでいきましょう。

組織の中にはきっと心が通う人がいるものです。私も誰かの力になりたいと思い、祈ることも多いですよ。今日、訪問した壮年の方(長年、出てきてない方です)から、今月の座談会に出るとの返事をいただきました。教授補の講座も受講されるそうです。少し、祈りが通じました。

hideさんもいいペースで信心されているように思います。人のせいにしなければ全部解決しますよ。人のせいにしているうちは、不思議と解決しないのがこの信心です。すべてを自分のことととらえて祈ることがコツですね。

私も陰ながら、応援していますので、うれし涙で拝めるように一緒にがんばりましょう。
2015年06月08日(Mon) 21:54
薄紙を剥ぐ
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こんばんは
薄紙を剥ぐように、幸せになる。本当にそうですよね。
私も人や環境のせいにしてましたが、この前の婦人部総会で、幹部のひとに、環境のせいにしてはいけない、自分がどうするかだよと、先生はおっしゃってると!
それからは会社でも気持よく仕事してます。
やはり心一つで何事もきまりますね。
これからも頑張ってください
2015年06月11日(Thu) 22:48
Re: 薄紙を剥ぐ
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糸吉さん

こんにちは。
お元気そうで何よりです。

信心を長くやってきますと、冥益をいただきますので、こちらが本当の功徳なんだとわかります。
その冥益は今世だけでなく来世にも持っていけるものです。命が変わるのですから、
その命で来世に行きます。お金や地位は今世限り、もってはいけません。

創価の同志は「先生」と「広宣流布」で結ばれています。離れていても、見知らぬ人でも、
その心が一つであれば、いつでもだれとでもわかりあえ、溶け合えるものです。

糸吉さんも立派に頑張っておられますね。派手じゃなくても、やがて自分らしく花開いていかれることと思います。
「あと一歩、もう一歩」の心で、陰徳を重ねていけば、やがてしっかりとした大樹へと育つと思います。

目先のことにとらわれず、「信心は冥益なんだ」と決めて、強く生き抜いていきたいものです。
2015年06月12日(Fri) 11:30












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