2015
07.13

私の信心6か条

Category: 信心

 皆さんの地域では台風の被害はいかがでしょうか?こちら(関西方面)は今のところ大きな被害はありませんでしたが、相変わらず、重くどんよりとした梅雨の空が続いています。梅雨を吹き飛ばすような、明るい南の太陽のような心でいきましょう。


 先日も地域の同志の方と信心の話となりました。この方とは地区は離れていますが同年代。最近、奥さんを亡くされてから訪問させてもらうことが多くなりました。その方との話で、祈りが叶うにはどうすればいいかということになり、普段、自分が思うところをお話しましたら、大変喜んでいただきました。実は全部、先生の指導や先輩方の指導にあることばかりなので、いまさらと思う方もおられるでしょうけど、これまでの指導や体験を私はまとめて『信心6か条』として心にいつも置いています。(私の決めた6か条ですのでそのつもりでお願いします。)


1.明確な目標
2.強い決意
3.絶対の確信
4.強情な祈り
5.価値的行動
6.勢い


 たしかに全部、学会指導ですね。(笑)だから受け売りですが、うまくいかない時は、実はこの中のどれかが欠けていることに気が付くのです。

1.明確な目標
・・・病気の人は病気を治すことが目標、仕事の人は自分がこうなりたいという姿があると思います。大きなことだけでなく、小さなことでも、しっかりとした目標を持たないと、自分が何をしたいか、的がぼやけてしまいます。

 自分は京都へ行きたいのか、東京に行きたいのか・・京都に向かっていたのに、人に誘われ、気が付くと北陸に向かっていたりしては、迷走ですよね。(笑)目標も持たずに信心すればそれは惰性です。

2.決意・・・必ずこうなる、こうしてみせるという強い一念。それがしっかりしないと、何か障害が出るとすぐに折れてしまいます。決めた道をやり遂げる強い意志(心の固き)に、諸天も動くのではと思います。

3、確信・・・御本尊の力をもってすれば絶対うまくいく、成功するという確信です。「うまくいくかな?いや無理かもしれない・・」これでは半信半疑、疑いが半分ですので、叶うわけがありません。これは私もよくあります。(笑)病気の人は「いかなる病さわりをなすべきや」と仰せですので、「絶対に治るに決まっている」という強い確信を持って祈らないといけないと思います。

4.強情な祈り・・・これはもう学会員の本領です。特に婦人部の方なんか、唱題の鬼です。(笑)目標に向かって、まっすぐな心で祈り抜いていくことですよね。

5.努力、行動・・・題目も学会活動も行動です。また仕事なら研究や精進、営業努力や訓練など、ご飯を仕掛けたら、スイッチを入れないと炊けません。

6.勢い・・・目的に向かうには敵を上回る勢いが大事です。病気の時は病気に負けない心の勢いも必要です。勢いが出れば歓喜と感謝も湧いてきます。池田先生も「戦いは勢いのある方が勝つ」と常々言われています。

 祈りがあっても目標があいまいでは駄目。目標を立てても行動、努力がなくては駄目。決意ができても確信がなければこれまた駄目です。(笑)6つのうちのどれかが欠けても、がんばっているのに空転したり、迷走したり、行き詰まることが多いので実に不思議です。その空転に魔が喜んで付け入ります。それで出てくるのは愚痴と不信です。これが一番怖いですね。

 もちろん根底は「広宣流布のために」ということが前提です。池田先生はよく「何のため」ということを私達に問われます。「人間革命」「広宣流布」という大目的を見失うと、そこからすべてが狂っていくものです。それは自身の「信心の一念」に納まっています。その「一念」や「姿勢」は案外、自分で見えないことが多いので、信頼できる先輩や同志に指摘してもらうこともいいと思います。

 この6か条は折伏にも、生活にもすべてに当てはまるので、私はどこかおかしいと思う時は、いつも一つづつ確かめるようにしています。

「広宣流布」という明確な目標をしっかりと持って さあ、朝の、配達、勤行から今日も出発です。





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コメント
こんにちは!

いつも、欠かさず読ませて頂いています。今月はゼッ不調が続いていましたが、やっとコメントがかけるようになりました。また宜しくお願い致します。
hide優 dot 2015.07.13 18:59 | 編集
hide優さん

コメントは無理なさらずに身体を大事にしてくださいね。
きっとまた晴れわたる日が来ますように祈っていきます。

私も停滞した時期も長かったですよ。でも変毒為薬できました。
「蛟龍が淵に潜まんは伸びんがため」そう思って耐えてました。(笑)


王者の剣dot 2015.07.13 23:15 | 編集
去年の11月8日付けの聖教新聞 に記載された記事で原田稔会長が新たに会則を決めたのですが学会員さんよくこの記事を読んで下さい。この記事の中で原田稔会長は

「会則の教義条頁にいう「御本尊」とは創価学会が受持の対象として認定した御本尊であり大法謗の地にある弘安二年の御本尊は受持の対象にはいたしません。世界広布新時代の時を迎えた今、将来のためにこのことを明確にしておきた いと思います。」

と、言ってますよ?あなたの家には日寛上人様の御本尊様がありますか?その日寛上人様がお書きになられた書物である『勧心本尊抄文段』には

「就中弘安二年の本門戒壇の御本尊は究竟中の究竟、本懐の中の本懐なり。 既に是れ三大秘法の随一なり、況や一閻浮提総体の本尊なる故なり。」(197 頁)

と書かれていますよ。

それでいて弘安二年の御本尊すなわち本門戒壇の大御本尊様を否定するのは日寛上人様のお心に真っ向から背く事になります。…まぁもともと否定しているようなも のかな…だって脱会をしないで本山に行こうとしないところが既に否定的ですよ…本家本元を拒否していて日寛上人様の御本尊を拝んでいるなんて何してるんですか?本末転倒してませんか?もう降参して早く安全確実の法華講へ入りなさい。学会員が配ってる御本尊はニセ本尊であり拝んでいたら地獄へ堕ちますよ。早く学会を辞めて近くの日蓮正宗の寺へ行き入信しなさい。
市原美登利dot 2015.07.14 16:32 | 編集
市原様

コメントならびにご教訓ありがとうございます。
あなたのような方に説教されたら、また私の過去世の罪も一つ消えるものと喜んでおります。

宗門に破門されて以来、弘安二年の御本尊は実質、学会として受持してこなかったわけで、今さらのお話です。
その間、創価学会は大発展しました。まさに「大悪起これば大善来る」・・・大聖人様の法脈が、仏意仏勅の創価学会に流れている証左です。学会でいただく御本尊で十二分に功徳が出ます。その素晴らしい信心環境を捨てて、わざわざあなたのお仲間になるほど、私はぼけてはおりません。(笑)

私など、入会時は日顕の御本尊でしたけど、あんなニセ法主の、暴力、放蕩三昧の悪僧書写の本尊を拝むことの気分の悪さの方が、それだけで成仏の妨げになると言うものです。また日寛上人書写の御本尊をニセ物呼ばわりすれば、そちらこそ上人否定ではありませんか?

学会は弘安二年の御本尊を否定したわけでなく、受持しないと言っているわけです。それは身延にも御真筆が存在するでしょうけど、謗法の身延に参拝しないのと同じことです。もっとも日顕宗の坊主などは正邪などどうでもいいのか、身延に参詣したそうですね。

お山にある御本尊は正しくても、その場、戒壇が、広宣流布破壊の大謗法の大石寺ではないですか?三大秘法が破たんしています。そんな伏魔殿によく参詣されるものだと、ほとほと呆れてしまいます。大変、お気の毒なことであり、そちらこそ改心されますことを進言させていただきます。

王者の剣dot 2015.07.15 11:22 | 編集
市原美登利さんとかいう方のコメント、
別の方のブログに書き込まれたものと
全く同じ文面ですね。

組織的なスパムみたいなもんですね、
こうなると。
ここまで長文のコメを学会員と思われる
ブログに、軒並みつけて回る気かな?

お疲れなことですね。

結構丁寧な言い回しなのに、最後は、
『寺へ行き入信しなさい』
て、偉そうなのはなぜ(笑
福島の壮年dot 2015.07.15 16:54 | 編集
壮年様

名前からして嘘くさいので、私も今回のみの対応で、次回からはスルーの予定でした。
他の方のブログにもあるだろうなとは思いましたが、探す時間はないというか、もうこの話はいいので・・・(笑)



王者の剣dot 2015.07.15 17:35 | 編集
いつも拝見しておりますm(_ _)m

今回も素晴らしい記事ありがとうございますm(_ _)m

とても勉強になります(*^^*)

以前、御記事の紹介をさせていただきたい旨をお願いしていながらなかなか実行できておらず申し訳ありませんm(_ _)m
白ユリdot 2015.07.16 08:47 | 編集
白ユリ様

ありがとうございます。信心をがんばっておられる様子でうれしく思います。
白ユリのお名前は白百合長さんからですか?

私の家内は堂々題目三唱派ですが、(笑)白百合長です。
結婚の時の約束が「信心を強制しない」でしたので、今もそれを守っております。
当時、未入会でしたけど、嫌いだというわりにすんなり入ってくれました。
それだけで感謝しております。

お互い、邪宗から一族代表しての入会ということで、同類のよしみでエールを贈らせていただきます。
自身の信心で先祖七代の宿命転換・一生成仏を果たしていきたいと思っています。

素敵な御主人と二人三脚で広宣流布に前進していってください。
王者の剣dot 2015.07.16 12:48 | 編集
しばらくです。
最近、功徳もらえる信心をっていうのが多いような気がするのですが、どうも違和感があります。
功徳の功は悪を滅することであり、徳は善を生じることなのであるから、功徳とは悪を滅し、善を生じる行動を起こすことだと思うのです。
功徳もらうっていうことになると、なんとなくおすがり信仰みたいで、どうもやぱり違和感が・・・・
自身の仏界を開くには、功徳という行動を起こすことだと思います。
marimodot 2015.07.18 12:05 | 編集
marimoさんへ

 お久しぶりです。コメントをありがとうございます。

 私なんか欲が深いのか大いに功徳がほしいですし、幸せになりたい欲があって信心を始めました。(笑)五欲と煩悩を捨てずして幸せを目指すことが法華経の素晴らしさだと思います。ところが自分の功徳のための信心とはいいつつ、「人のため、広宣流布のため」という生命も出てきました。人間革命ですので欲だって変化していきますね。

 功徳とはおっしゃるように「悪を滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり」とあります。
信心する(因)ことにより、自身の中の悪が滅し、善が生じる(果)と説かれます。
生命の深い次元でいえば、真の功徳は「六根清浄」ですし、何があっても崩れない広宣流布を使命とする「常楽我浄」の仏の生命を開くことですよね。

 またそれは現実の生活や社会の中で具体的な悩み(病気や貧乏を始め、ありとあらゆる煩悩、業、苦)の上に変毒為薬して顕現していくことも事実です。生命内面の功徳が生活上にも顕われるのですから、境涯に応じてその功徳を求めて信心していくことは間違っていないと思います。その仏の功徳を顕現するために、現実の悩みを方便として信心をしているのだと思います。

 私の娘が救急車で運ばれた時、私自身が病で手術台に乗った時も「御本尊、助けたまえ、守り給え」と必死に祈りました。それを「すがる」ということであれば私は大いに御本尊にすがりました。(笑)

 ところが信心が自分なりに進みますと「すがる」と言っても他力ではなく、信心は自力だということがわかってきます。自分の生命に御本尊があり、その力を出すことができればどんな悩みも乗り越えていける・・・とわかってきたのです。それをわきまえていれば、大いに御本尊を頼りに、信心を強くしていけばいいのではないでしょうか?

  その意味では「功徳をもらう」というよりは「結果を出す」「実証を示す」という方がよりいいと思います。

 marimoさんの言われるように、いわゆる「おすがり」ではなく、決意と確信をもって自分の生命から仏力法力を出だし、苦難に勝利していく・・そこに「我が生命は御本尊であり、何があっても大丈夫だ」という絶対の確信が確立していくのだと思います。
王者の剣dot 2015.07.19 10:04 | 編集
非公開K様

こんにちは

長文のコメントありがとうございます。

後、数年で壮年部・・・これからが信心の本当の戦いですね。私の周りでも男子部時代は幹部でありながら、壮年部に来て信心が弱くなる人が多くいます。それはなぜか?一人立つ信心の心、芯が弱いからです。男子部時代は周りの男子部に引っ張ってもらえますが、壮年になると本当に一人での戦いです。一人決意して一人祈り一人行動する・・・誰も頼りにできません。でもそこでやれてこそ本物になると思います。

結婚については池田先生の指導が多くあると思いますので探してご覧になればいいと思います。たとえば「結婚で幸福は決まらない。不幸な人も、いっぱいいる。結婚は年齢でもない。御本尊が見ていてくださっているのだから、広布のために胸を張って頑張りなさい。御本尊に幸福を祈っていきなさい」とあります。その結果、彼女と一緒になるならそれでよし、ならなくてもそれでよし・・・彼女に執着しないで御本尊に執着して、本当に広宣流布を祈るなら正しい結論に達すると思います。

彼女と結婚することも大事な目標だと思いますが、彼女が一緒になりたいと思うような自分になることがもっと大切ですよね。戸田先生は「恋愛は相手に媚びるな」と言われています。自分の生きざまや人間性を見てもらって、相手が惚れてついてくるぐらいの気持ちを持つ方がいいと思います。追いかけて一緒になるとたいていうまくいかないものです。(笑)私も若い時は追いかけましたが、そんな時に限りうまくいかないものです。今の奥さんは私を追いかけてきました。(笑)(どこが良かったのかわかりませんが・・・)

また結婚と信心を一緒に考えなくてもいいと思います。私の奥さんも彼女の両親も学会嫌いでした。信心を強制しないことが条件でしたのでそれは守りました。必ずいつか入会に導こうと決意はしていましたが・・・それでも一家和楽は作れます。一家和楽を作っていければ、自然と彼女も入会することになりました。彼女が信心していなくても私は尊敬できますし、同じ人間としていい面悪い面さらけ出しながら仲良くやっていけます。自分の信心で眷属は幸せにしてみせると決めていますので、今も彼女に信心を強制したりもありません。その代り私が二時間ほど拝んでいても彼女も何も言いません。

結婚は縁ですので無理は通らないです。自然に結婚に発展するのだと思います。一緒に一生を共に暮らす運命の人ですから、焦らなくても落ち着くところに落ち着きますよ。それがどちらの結果であれ、人生の勝負はまだまだいっぱいあります。それぐらいの大きな心でどんと構えていかれるのがいいと思います。結果がどうあれ、「自分は幸福になるのだ」そう思っていればいいのではないでしょうか?

もちろん彼女があなたを伴侶に選び、二人して共戦の人生を歩めればそれは素晴らしいことですね。御健闘をお祈りいたします。

王者の剣dot 2015.12.14 16:59 | 編集
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