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親不孝者の信心


 私の友人は大変、お母さん思いなのですが、長年、彼を見て、私も親孝行ということを考えさせられてきました。彼も還暦を超えており、結婚の縁に恵まれず、20年ほど前に父親を亡くしてから、ずっとお母さんと二人暮らしです。

 50才になったころ、彼は私の縁で入会したのですが、いきなりお母さんの病気や、弟さんの病気が出たもので、信心に不信が起こり、組織につかず離れずで今日まで来てしまいました。

 それでも時折、お母さんと二人で、同中や座談会に仲良く参加もしていました。2年ほど前からB長職を彼にお願いしていたのですが、先日、ようやく受けてもらうことができ、これからなんとしても信心の確信をつかませてあげたい・・・そう願うばかりです。

 そんな彼のお母さんは86歳ですが、この夏ごろから痴呆が出て、彼が自宅で世話をしています。「ヘルパーさんに来てもらわんのか?」と聞いたら、母親が絶対にいやだというそうで、それで下(しも)の世話まで彼一人でやっているということでした。

 痴呆が出てからは夜も一緒の部屋で寝てあげているようで、どこまでも親を大事にするなあと感心させられます。母子(ははこ)一体の生命を生きていると、私には思えてなりません。

 仏法では四恩が説かれますね。その一つに「父母の恩」があげられます。父母の恩を報じることは、人として生きる上で、最も基本のことなのでしょう。またそれが報じがたいのも人の世の習いです。





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                            <瀬戸内海の夕陽>





 池田先生も未来部に向かって「お父さんお母さんを大事に、親孝行するのだよ」といつも指導されます。親不孝の人間はやはり仏にも諸天にも嫌われるに違いない・・・親を大事にできるかどうか?単純ですが、案外、そこにその人の人間性も見えるような気がします。

 恩を知る自分になること・・・それが「人間革命」しゆく人の姿だと思います。その人はきっと「怨嫉」や「修羅」の世界から引っ越して、「ありがとうの世界」「報恩の世界」に生命の住所を持つことでしょう。それこそ「心の財」に違いありません。そういえば四恩には「一切衆生の恩」も含まれます。善人、悪人問わず「一切衆生」に恩を感じる・・・その人が、不軽菩薩のあとを継ぐ人と言えるのでしょう。

 かくいう私も若い時から親に反抗し、親を泣かせてきた人間です。まさに人間の皮をかぶった畜生だったかもしれません。
御書にもあるように、酔って、父母を打ったような者が、今、ようやく法華経で目が覚めたのか、親を慈しみ、少しでも大事にしたいと思う自分になりました。

 世間では「親孝行したい時に親はなし」などと言いますが、仏法は死んだ親にも、瞬時に題目を送ることができます。それこそ「最高の孝養」です。私のような親不孝者にも最高の孝養の道を与えてくださり、その上、親不孝の宿命まで転換してくださるのですから、仏様はまさに「一切衆生の親」ともいうべき人ですね。

 信心することなく早逝した父も、私の生命で生きており、日々対話することができる、日夜朝暮に親不孝を償うことができるのですから、親不孝者にとっては法華経の信心ほど、ありがたいものはないとつくづく感じています。






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Comment

Re: No title
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非公開00:53様

素晴らしいお話をありがとうございました。
私も落伍せぬように精進したいと思います。

大福運の人生になることをお祈り申し上げます。
2015年09月13日(Sun) 06:46
親孝行かなぁ?自分は。
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私も母親にはいっぱいありがとうを言いたいですが、今はいません。
昔から口ではぼうげんばかりはいていた娘です。
実家の近くに団地住まいしてましたが、母は毎日私のところで孫を一緒に見てくれてました。夜は私の家で風呂に入り帰る。ずーっとそういう暮らしをしてきました。
勿論働いていましたが、私な出産を機にやめました。
お酒の好きな母のためにつまみらしくないおかずを作り、母はゆっくりと時間をかけて飲んでいました。
その頃が一番落ち着いてたような気がします。
その後、第1級の難病拡張型心筋症になりました。3年は家で私がみてましたが、最後の二年間は施設でした。いっぱい後悔があります。
その後悔を朝晩の回向で、かあちゃん、ごめんねと言ってます。
王者のけんさんは、後悔しないでくださいね。
写真は惹きつけられます。私もこんな風に写真撮りたい。いつも見ると思います。
2015年09月13日(Sun) 19:18
No title
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こんばんわ。
暖かいご意見ですね。

親孝行されているB長さんに、尊敬申し上げるとお伝えください。
御書、学会指導にある如く実践されておられます。
多少、私もその渦中にありますので理解できます。

池田先生が『お父さんお母さんを大事に、親孝行するのだよ』は誠に深い指導であると思っています。
親だからと言って、たやすく出来ることではありませんね。


戸田先生が青年訓で『第三は、衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人が愛せようか。その無 慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境涯を会得する、人間革命の戦いである。』と仰せです。

親孝行する人は、信用できますね。
その逆は、冷酷なところがあり、あまり信用できません。
我欲の人であるのでしょう。

経験上も人間を見る物差しになります。

B長さん、常勝長さんかな、行政の力を借りることは、
後ろめたい事ではなく、互いの生活に必要なことでもあります。

幸い、剣さんが傍にいらしゃるので安心ですね。






2015年09月13日(Sun) 20:53
Re: 親孝行かなぁ?自分は。
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糸吉さんへ

親の素晴らしさとか、親のありがたさというのは、若い時には見えないものなのでしょうか?
私も父親に対して、死後、年がたって、愛情や尊敬の気持ちが出てきます。

糸吉さんと同じように、親に対しては「ごめんな」と思っていますね。
でも生きてるときは口に出しては言えない・・・もどかしいものです。

自分より、やはり親の方が立派だと今頃、気が付いています。

糸吉さんのお母様に私も追善させていただきますね。

それから写真、撮ってくださいね。今はデジカメですので、誰でもフィルム代を気にせずに撮れます。
いいなと思ったら、その感動が消えないうちに、シャッターを切る。
「そこの風景はそこにいる人しか写せない」という名言があります。

糸吉さんだけが見ることのできる風景・・・それが写ればいいですね。


2015年09月13日(Sun) 23:01
Re: No title
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コスモさんへ

>『第三は、衆生を愛さなくてはならぬ戦いである。しかるに、青年は、親をも愛さぬような者も多いのに、どうして他人が愛せようか。その無慈悲の自分を乗り越えて、仏の慈悲の境涯を会得する、人間革命の戦いである。』

 この指導は私も昔に読んで、強く心に刺さっています。
戸田先生は講演で「ここには親孝行な者などおりません」と会員の方に言っておられました。親を尊敬できなくて大事に思えない・・・その根性が末法の衆生かもしれませんね。その無慈悲を乗り越えていく・・・戸田先生は慈悲とは勇気だと教えてくださいました。

>親孝行する人は、信用できますね。
その逆は、冷酷なところがあり、あまり信用できません。
我欲の人であるのでしょう。

 親孝行の人には誠実の匂いがありますね。嘘がない・・・それが信用となり、人からも愛されるのかもしれません。
私は逆も良くやりましたが、法華経によって多少は変毒為薬できたと思います。

 母思いの友人には幸せになってもらいたいですね。入会には導きましたが、本当の意味での折伏はまだ終わっていません。彼が歓喜で、信心をし、独り立ちするまで、私の責任です。共に戦っていきます。彼に対するエールに感謝申し上げます。

 コスモさんも素晴らしい人格者の方だといつも感じています。きっと大きな使命がおありだと思います。
ブログもいつまでやれるかわかりませんが、今後ともよろしくお願いします。
2015年09月13日(Sun) 23:31
一眼レフ
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写真のことですが、1年前にプロの写真家さんと友達になりました。
私が一眼レフを購入しようとしてたら、なんとその人から使っていない一眼レフを頂きました。
願っていたので、これはもう功徳でした。
ただ重いのが難点です。
そして、王者さんみたいに夕日をとるのは、とても難しいです。
もらった人の写真は素晴らしいのに、自分は何一つ納得した写真はありません。
まだまだ修行ですな。(笑)
2015年09月14日(Mon) 02:53
Re: 一眼レフ
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糸吉さんへ

夕陽に向かって、夕陽と対話し、夕陽に心を染めながら、感動でシャッターを切る・・・それでいいのでは?

私は重い一眼レフカメラが好きですよ。(笑)逆にスマホやコンデジの軽さはあまり好きではありません。重いと気合が入ります。

ちなみに私は池田先生の写真に魅せられて、写真を撮るようになりました。先生の写真をじっと見つめて、「何を写そうとされたのか?」「どんな心境で写されたのか?」とか、いろいろ思索しながら、学んでいます。それだけ素晴らしい写真だということです。
先生を思いながらシャッターを切ります。するとその時、私の心に池田先生が出現されるのです。その眼で写すような感じですね。

失敗を恐れず、どんどん自由に感じたまま写しながら、自分で気がついたり、発見していくことが大事ではないでしょうか?あとは生命のレンズをお互い、しっかりと磨きましょう。(笑)
2015年09月14日(Mon) 10:11
素晴らしい写真ですね❤️
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お早うございます❤️素晴らしい写真ありがとうございます。
池田先生も自然と対話しながら、写真を撮っていらっしゃる。
心のシャッターですね❤️
この写真も先生を想って撮られたんですね(^ー^)ノ
フムフム。なるほど!!先生の匂いがしました❤️笑。
写真にも人柄がでますねぇ。
ブログいつも楽しみにしています❤️プレッシャーにならない程度に
どぅか、末永く宜しくお願い致します❤️❤️❤️
いつもありがとうございますm(_ _)m
2015年09月16日(Wed) 05:57
Re: 素晴らしい写真ですね❤️
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AKKOさんへ

コメントをありがとうございます。

いつも元気で信心にがんばっておられるようでうれしく思います。
けれんみのないストレートな感じが、AKKOさんの持ち味ですね。
その輝く生命で、必ずや人生に勝利されることと思います。

写真は昔、撮ったものも混ぜて出しています。今はカメラをもって撮影にいくということもありません。
いつもカメラを車に積んでいて、通りすがりに、「いいな」と思ったら写す程度です。ゆっくり撮りたいと思うこともありますが、やはり忙しくそんなゆとりがありません。

ブログはもうやめようかと思ったころに、こんな風に励ましのコメントをいただくものですから、「じゃあ、もう少し、がんばろうか?」(笑)と思い、今日に至っております。書くネタも尽きておりますので、どうなることやら・・・(笑)

信心根本に、生活の場で、また地域で躍動して生きていればそれで十分ですよね。
AKKOさんが現場のリーダーとして、広布のために、より一層、活躍されますようお祈りいたします。

2015年09月16日(Wed) 11:40












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