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男は走れ!

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「男は走れるだけ走るんだ。” 俺は走り抜いた ”と思えた時に『勝利』がある。私もそうしてきたんだよ」

 過日、聖教新聞に載っていました池田先生の言葉です。

 「ああだこうだ言う前に、それだけの戦いをしてごらん、幸せは後からついてくるよ・・・」
先生がそう言われているように私には感じられます。

 信心は頭で考えるより、むしろ体を使うことの方が大切です。自分の智慧はいらない・・何の兵法より法華経の兵法です。お前の智慧はいらないといってくださるのですから、私などにとってはありがたいことです。まさしく以信代慧です。
お題目も御本尊様しかない、妙法しかないという心で拝む・・・
仏法対話も勇気を奮い、相手を訪問し、心を尽くして語る・・・日々、その繰り返しが信心です。

 その人にふさわしい方法で、妙法のために体を駆使して走りぬく・・・そんな信心をすれば何より爽快だろうなと思います。まして仏様のお使いです。まだ功徳をいただいていないという人は「俺は走りぬいた」という戦いをしていないといっているのと同じです。 正しい因果の法則ですから、限界まで戦えばどんな悩みも解決するのです。


 これから秋まで地元の市会の地方選を含めて、わが地域では法戦が続きます。戦いの場は用意されています。これをわが決戦の場とするかどうかは個々の決意、一念の問題です。幹部さんが言うからしぶしぶ腰を上げるなんてことは私は嫌いです。いっそ幹部さんが目を白黒するぐらいやってやろうではありませんか?「この勝負、先陣をきる!」と決意して立ち上がれば、また勝利の扉が開きます。

 もともと選挙の戦いは好きでなかった私ですが、最近は生命力が付いたのか、一皮むけたのか、まったく苦にならなくなりました。「ああ、また戦わせていただける、ありがたいなあ・・・」と思うようになりました。選挙を前にしてそれこそ、ああだこうだと言っていましたが、もうそんなことは言っておれません。前向きにやればどんな戦いも楽しいのです。選挙の戦いが嫌いだという人で、題目闘争、折伏闘争をガンガンやっている人がいるかというと、私の知る限り、そんな人はいません・・・

” 俺は走り抜いた ”と思えた時に『勝利』がありました。そんな体験発表をしたいものです。その先に何が開けるか、どうせ学会員と定まった運命、楽しく舞いながらやろうと決意しています。

 




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