広布の大河に君ありて tori

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「池田人間大学」正門前



 師走に入り寒くなってきました。唱題する時にもつい暖房がほしくなる季節です。本幹同中放映にもありました牧口戸田先生の獄中生活を思えば、なんと恵まれたところで信心できるものか・・・ありがたいことです。

11月29日の日曜版には美しい干し柿の写真とともに先生の詩が掲載されました。

仏法は「心」である。
「心」で決まる。
真剣に真面目にやった分だけ、
必ず得をする。
ごまかしたり要領を使った分は、
あとで必ず苦しんだり、損をする。
その点、仏法は厳しい。
厳しいゆえに、結局、
真面目な人が最後に勝利する。  (光の言葉 幸福の曲)


心に沁みる言葉です。「真面目な人が最後に勝利する」・・・・それで決まると仰せです。「愚直の人に栄光あれ!」そう思わずにいられません。


 仏法を求め行く時、その根幹に据えるべきものは何か?それはやはり「師弟」ということに尽きると思います。仏法における本義の師匠は日蓮大聖人ですが、化儀の広宣流布の総大将である池田先生は正しい日蓮仏法と人としての生き方を教えてくださる最高の師匠であります。その先生の精神と不二となって戦いゆく道におのずと仏法を得ていける・・・そう確信します。

 池田先生はかつて外部の方とのインタビューで「私は宗教、信仰から創価学会に入ったのではなく、戸田先生という人についてこの道に入りました。」(趣意)と述べられました。仏法を求め、のちに池田先生に師事する人もいれば、池田先生から学会に入り、日蓮仏法を実践する人もおられると思います。それは結果として同じであり、「広宣流布」「一生成仏」の世界に入ることだと言えます。





IMG_0581b.jpg
                  川辺の風景も秋の陽に憩う・・・





 その「不二の世界」を信じられない人は、学会を「池田教」と揶揄(やゆ)し、あたかも日蓮大聖人よりも池田を信じさせていると読み間違ったりするのでしょう。先生ほど民衆を大聖人様の元へ案内された方はいません。誰よりも御書を正しく説き、折伏をされ、同志を励ましてこられた人です。その先生を誹謗しゆく人はやはり仏法上、重い罪を得る人だと言えます。

 また先生と創価学会は一体の生命というべきであり、先生の御構想もすべて今の学会に結実していると思います。今日も変わらず学会員を称賛し励ましゆかれる姿、また本幹等への万感こもる暖かなメッセージは、今の学会の在り方を信頼し肯定されている何よりの証です。そうした隙に乗じて同志を迷わしゆく人は、「異体同心」を破壊する「破和合僧」の人と言わざるをえません。

 宗門問題でもそうでしたが、そうした縁により、その人の学会不信、増上慢の悪しき生命があぶりだされ、篩(ふるい)にかけられていく・・・いつの時代も同じ方程式ですね。そうした人の性根を見抜くことが大事だと思います。地元の地域・組織で信頼されているかどうか・・・そこにその人が映し出されます。


 私も入信してから長らく池田先生の存在が、命の中でしっくり納まらない時がありました。ようやく謗法の酔いも少し醒めてきたのか、池田先生をこれまで以上に命のど真ん中に据えて生きていこうと思います。

 「在在諸仏土常与師俱生」・・・30余年かかってそのことがやっと少し身で読めたわけですが、それは「池田人間大学」の正門前にたどり着いたような気持ちであります。それは同時に「法華経本門」の入り口なのでしょうか?高校を卒業して心機一転、大学に入るような晴れがましい心です。これから一生懸命学び鍛え、生命哲学を究めていきたいものです。新入生ですのでどうか皆さんよろしくお願いします。(笑)





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Comment

No title
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沖縄も少し寒くなりました。寒くなったとはいえ、半袖でコメントしています。皆さんの寒さを考えると恥ずかしいです。
特に無冠の友の皆様に最敬礼です。
そんな私ですが功徳をいくつかゲットしました。
やはり題目と活動しつづけるとが大事だと実感しています。
いくつかの功徳の中で一つは、今は大したことないように思えて、今後の私の信心と努力で大きく開花できる空前絶後の瞬間風速80メートル級の功徳です。
信心が楽しくなりました。
2015年12月04日(Fri) 23:06
Re: No title
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うるとらまんさんへ

半袖とはいいですね。こちらは今朝は大変寒く、霜が降り凍てついた朝となりました。
明けやらぬ暗き中を先生のお使いとして、元気に配達してまいりました。

>瞬間風速80メートル級の功徳です。

素晴らしいです。80mではすべて吹っ飛んで行ってしまいますよ。(笑)
日頃の献身的な生き方の結晶ですね。私にはないものをたくさんお持ちなので尊敬しています。
功徳の大輪がきっとうるとらまんさんに咲くことと思います。

私も生命に大きな花の蕾(つぼみ)が開花しはじめました。その花こそ「師弟」という花です。
これさえあれば大丈夫という信心の花が根付きました。

先生と学会、そして自分の三つが一つとなって唱えゆく題目に功徳は無量です。
厳しき冬を乗り越えて栄えゆくこと間違いなしです。そしてそれが正道ですね。

反創価は結局、邪道です。最後は敗残者となる運命です。それが生命の軌道であり厳しき因果です。

共々に創価の丈夫・「黄金の壮年柱」として婦人部に笑われないよう、同志を励まし戦っていきましょう。


2015年12月05日(Sat) 08:02
Re: No title
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非公開様

コメントをありがとうございます。

これは地区の幹部さん、正配さんなどと相談されるのが一番いいと思いますよ。
その地域の状況や非公開様の人柄、生活というのがありますので・・・

一つ言えるのは「無冠の友」だけでなく、信心の活動は苦しみながらやるものではないと思います。
どうせやるなら楽しいように自分を持っていくしかありません。

しんどいのはみんなしんどいのです。(笑)でも「うれしい」という気持ちを出していく・・・
楽しくなくてもニコニコ笑って生きるようなものです。(笑)

仕事が大変で代配が嫌だというのでは、「やめさせてください」というしかありませんよね。
「それでも負けないでやりきろう」と思う人もいます。その差がどこにあるか考えて見てください。

「はい喜んでします」という気持ちがないと、義務感や悲壮感で、続かないし疲れるだけですよね。

実は私にも今、代配がいません。ほとんど休むことはできませんが、「よしやり切ろう、喜んでさせていただきます」と
思って挑戦しています。そう思うと体も心も軽くなります。功徳が出ますよ。疲れるどころか歓喜が湧いてくるのです。
信心の活動は全部そうなんですよ。義務ではなくて「前向き、能動」です。

代配の仕事をあなたが信心で「ありがたい、うれしい」「させてください」と前向きに受け止めていけるか・・・そういうことだと思います。

お役に立てればうれしいのですが、心身の健康こともあるようですので、無理はなさらないで判断されますように。












2015年12月06日(Sun) 16:56
Re: No title
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非公開様

婦人部の方で代配希望者の方はおられるのですが、車の免許もないとできない地域なんです。
高齢者の方にお願いするのも運転が危ないですしね。

夏に家族で一泊などという時には、購読者の方にお願いしてお許しをいただくようにしています。(笑)
活動は前向きにやっていますので、「ありがたくてしょうがない」状態でやっていますよ。
2015年12月07日(Mon) 15:38
Re: No title
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こんにちはさんへ

私も似たような気持ちのところにいましたので多少はわかります。
協力者も誰もいなくて、「自分一人でやるしかない」という
悲壮感にあふれた(笑)信心になっていたのです。
田舎ですのでほとんど人材がいないこともありました。

でもそれを逆転できることができたのはやはり「広宣流布」と「師弟の道」にあったと思います。

今は苦しいほど燃えるM男になりました。(笑)(冗談です。)
辛い中をやっていると、いつかスカッと晴れた場所へ出ることもあります。
すっきりとした結論が出ますように・・・

(返信はいいですよ。)
2015年12月08日(Tue) 11:06












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