2016
01.10

我ら逞(たくま)しき凡夫仏

Category: 未分類


 人は誰しも大なり小なり苦しみを抱えながら生きています。たとえば30キロしか荷を背負えないような人に、50キロの重さの悩みが襲い掛かったとしたらこれは苦しいものです。人生は過酷でさらに100キロ、200キロの悩みに襲われることもあるかもしれません。

 その時に人は重い悩みを何とか軽くしたいと願い、またその重さを悲観して逃避する人もいるでしょう。

 学会員として信心していましても、様々な事情から深い悩みと向き合います。悩みこそその人にとって「人間革命」のチャンスの時ですが、魔の試練ということもあり苦しいものです。我々の信心はその苦しさから逃げ出さず、信心で乗り越えることで境涯を勝ち開くものです。

 聖教新聞の体験でも最近、草創の方(特にご婦人)の体験談が出ていますが、本当によくぞこれだけの宿命に負けずに勝ち越えてこられたものだと感動するお話が多いですね。

 学会員は「宿命転換」という言葉をよく使いますが、これは信心することによって30キロの悩みが徐々に軽くなっていくということでしょうか?そして最後には消えてなくなるということなのでしょうか?

 よく癌の体験談ではある時の検査で腫瘍が消えていたという話を聞きます。また貧乏だった人が信心で裕福な生活になった、というのも「貧乏」という業が消えてなくなったように思います。

 しかし、宿命転換にはそうでない姿もあります。それは信心することによって、30キロしか持てなかった人が50キロを堂々と持ち上げることができるようになった・・・すなわち自力が増し、逞しい人間に成長した・・・そういう「宿命転換」があると思います。

 私の知人に若い時の事故で、障がい者になられた方がおられます。信心されていても体がもとに戻ることはありません。ではその人にとって宿命転換した姿とはどういうものなのか・・・

 その方は障がいがあってもそれを感じさせないくらい強く生きておられます。きっと本人にしかわからない苦労がいっぱいあり、何度も涙されたこともあるでしょう。しかし、重い宿命を背負い、坂道を登るがごとき辛苦の道を勝ち越えてその方は生きてこられました。私もその方から生きる力や勇気をいただいた一人です。「宿命から逃げない」「立ち向かっていく」・・・その心の積み重ねが「宿命転換」そのものだと思います。


 何かあった時、御本尊におすがりして悩みを軽くしてほしいというような姿勢を、私もいつしか嫌うようになりました。「自分を強くすることで乗り越えてみせる」それができる御本尊であり、その力は我らの生命に内在しています。他力ではなく、どこまでも自力を出すための信心でありたいですね。そこに本当の歓喜もあるはずです。

 私達は凡夫でありとくに立派ではありません。立派ではないけれど御本尊をたもった一人一人が、ありのままの姿で自己の宿命に挑戦し、他者の幸福にまで心を砕いていく。その姿こそが「凡夫仏」とも言える偉大な姿であり、それゆえ一途な生きざまは人の心を打つものです。

 皆様はどんな重さの悩みを背負っていますか?たとえ押しつぶされそうに重くても、信心を根本に立ち上がれば必ず乗り越えていける、負けないと指導にあります。人でも環境でもない・・・「どこまでも自分を強くするのだ」・・・それが「人間革命」の真髄であり、その腹が据(す)わった時に、「信心即功徳」と開いて行くのだと思います。



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コメント
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
悩みの重さ、自分の体重より重いですかね。笑
でも悩みと格闘して、お題目あげ、活動し、『信・行・学』していると悩みの重さよりも、日蓮大聖人の苦難に比べれば、自分の悩みの小さいことを実感し、
悩み➖ 悩み = 幸 ➕ 絶対の確信
絶対の確信= 悩みの数✖️100二乗
になっています。悩みの数以上に確信がものすごい確率になって出てきます。
なので、信心を真面目にやっているとやめられなくなります。
でもやらないと出てきません。頑張っていると特に出てきます。更に更につよくなっていきます。
◯◯家も一家和楽になるように頑張っていきますね。わたしの名前を出せないもんですから。笑
それから、凡夫といいますが、この意味があまりわかりません。さらっとはわかりますが、凡夫といっても、ピンからきりまであるからです。その中で自分がどのくらいなのかわかりません。
糸吉dot 2016.01.11 00:14 | 編集
糸吉さんへ

明けましておめでとうございます。

元気に新年を出発されたようでうれしく思います。
今年は最高の一年になりますように・・・

凡夫とは悩み多き迷いの人とも言えます。私のことであり、糸吉さんのことです。(笑)
その迷いの人が悟りを求めて一生懸命信心する。
それが無上道の生き方です。今の糸吉さんの姿ですよ。

どんな悩みも御本尊様への大確信で乗り越えていきたいですね。

私は今年は折伏に体当たりしてやっていく決意です。
今日も親せき宅へ行き、久本雅美さんのモバイルを一緒に視聴。
(雅美さん、実に法華美人ですね!)
私の体験も話していい仏法対話ができました。

>信心を真面目にやっているとやめられなくなります。

そうなんですよ。なんだかんだ言ってやめられないとまらない・・・(笑)
そのうちに創価学会に根がしっかりはれば、やがて花も咲き実もなります。
心根のいい人はいろんなところを通りながら、結局、仏様に引っ張っていってもらっていくんですよ。

今年も糸吉さんの個性を発揮して、明るいパワーで一家の太陽となって、前進してください。
こちらこそこの一年、よろしくお願いいたします
王者の剣dot 2016.01.11 08:54 | 編集
非公開様

2年前??昔のものをよく見つけられましたね。(笑)

魔が襲ってきた時は、それを迎え撃つ強い心と行がいりますね。
いざという時、その心を出すために平時の信心があるのだと思います。
戦国時代の武将と同じです。(笑)

私も正月以降、魔が出来してきました。
「魔競わずば正法と知るべからず」・・・広宣流布に向かう信心には魔が競います。
魔が出てこないと成長はありませんので、それでいいのです。

法華経の剣は頼もしい剣です。その剣を抜いて信心を打ち固めていく。
魔が強ければ強いほどいよいよ境涯革命の時だと心得て、油断なく前進してまいりましょう。

寒さ厳しき折、お体を大切に。ありがとうございました。
王者の剣dot 2016.01.14 17:32 | 編集
今は宜野湾市市長選挙の真っ最中です。
安保に振り回され続けられる沖縄の宿命転換は
日々の学会活動と選挙の戦いの両輪が
必要に思います。
公明党の頑張りで基地返還跡地にリゾート、商業施設が建設され
先生が叫ばれた東洋のハワイ沖縄は観光客数ではハワイと並びました。
基地返還跡地にディズニーランド関連施設誘致、北部にユニバーサル誘致と
夢あふれる沖縄となりました。
今年の選挙の戦い勝利し、夢あふれる沖縄を現実にしたいと思います。
うるとらまんdot 2016.01.16 20:33 | 編集
うるとらまんさん

遅ればせながら明けましておめでとうですね。

沖縄は絶えず基地の問題で悩まなければなりませんね。
それでも仰せのように、政治と信仰が一体となって沖縄が日本でもっとも輝かしい地域へと
変貌していくことを願っています。

沖縄らしい・・・どこにいても沖縄が感じられる観光地であってほしいですね。
テーマパークやDLが本当に沖縄にふさわしいか?東京や大阪にいるのと変わらないような観光地では
私は魅力は感じませんが、若い人達は喜ぶのかもしれません。

沖縄には行ったことがない私ですが、できれば沖縄の文化や伝統、芸能などを大切に守っていってほしいですね。
それはきれいな自然も同じです。私もいつか家族で沖縄に行くのを楽しみにしています。
王者の剣dot 2016.01.16 23:21 | 編集
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