広布の大河に君ありて tori

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地獄にあって呵呵大笑




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何が起こっても、
それを楽しんでいく。
前向きの方向へと受け止めていく。
それが楽観主義であり、
その究極が信仰である。
楽観主義の人は強い。
いい方向へ、いい方向へと
自分でとらえ、
自分で「そうなる」
「そうなって見せる」と決めることである。
        池田SGI会長「四季の励まし」聖教新聞2016.1.17


 いい方向へいい方向へと自分は向かっていくのだ・・・「そうなる」「そうなって見せる」と決めきって生きて行けと言われています。それが妙法の軌道です。逆に「駄目かもしれない」は不信であり、魔の軌道です。どちらで信心しているか・・・仏様はそこを見ておられるに違いありません。

戸田先生は
「私は、かりに地獄に堕ちたとしても平気だよ。
 その時は、地獄の衆生を折伏して寂光土とするんだ。
 男が臆(おく)せば男ではない。どんな苦労も仏の力に変えられる。三障四魔が強いのは、むしろ信心で、必ず勝てるという証しなんだ。人生は強気でいけ!」と・・・(大白蓮華3月号巻頭言)

 胸のすくような力強い言葉です。一念と確信ですね。絶体絶命ともいえる苦境になると私などおろおろして、青くなって力を無くしていたものです。そこを楽観主義と強気で行けと言われるのですから、これは相当の胆力(たんりき)がいります。

 その胆力も信心から生まれます。そんなド根性が自分にあるかなと思っていましたが、崖っぷちに立って御本尊を拝めば、それは出るものです。だからこそピンチはチャンス、そこから痛快な逆転劇の始まりです。一度も崖っぷちに行かないような信心は逆につまらないものです。絶体絶命のところに行く人・・・その人こそ信心を体得できる条件を備えた「選ばれし勇者」ではないでしょうか?

 私の先輩は「何があろうと人は腹から笑えていれば大丈夫だ。」と言っておられました。私も信心のバロメーターとして、腹の底から笑えてる自分か、いつも確かめてやっています。

 御本尊の力を確信すること、そして学会と共に広宣流布のために戦うこと・・・この腹を決めきれば、そこから妙法の軌道に入れます。妙としか言いようのない不思議な力、安心、歓喜が顕われます。「地獄にあって呵呵大笑」できるのもまさに御本尊の偉大な力が出るからだと思います。

 しっかり信心しているなら、時には魔を睨みつけて「早く善神となって、妙法受持の者を守護しないか!サボってると仏に言いつけるぞ!」と叱り飛ばすぐらいの勢いを出していきたいですね。たくさん題目をあげていて諸天が動かないなんて、気の弱い題目をあげている証拠だと、私は自分に言い聞かせています。

「地獄や餓鬼の人々を救うために、俺は地獄にやってきたのだ。どんな地獄も仏界に転じて見せようじゃないか!」・・・そのぐらいの気構えで、地獄を楽しい寂光土に変えていく、大確信に満ちた男らしい信心をやりたいと思います。




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Comment

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どこを読んでも頼もしい。そんな感じです。
崖っぷちにたったこと?あります、あります。
医療センターの無菌室の個人部屋で、うなされたとき、あの時朦朧とした頭の中で、自分は試されてるんだ、負けるわけにはいかないと生へまっしぐらに向かってお題目を唱えてました。
その時は必死だったからなのか、今思うとあれがわたしの崖っぷちだったのだと思いました。
王者さんの頼もしい文章に惚れ惚れしながら、また頑張れます。
2016年03月13日(Sun) 01:05
Re: タイトルなし
編集
糸吉さん

いつもありがとうございます。

そうそう、いろんな崖っぷちがありますね。
崖っぷちを乗り越えるたびに、自分自身が強く堅固になって行く・・・

面の皮も厚く(笑)、大胆で図太くなっていく。
ちょっとやそっとのことでは動じない自分になればOKです。

すべてのことは自分を強くしてくれる試練と心得て
勇気凛々、創価の王道をいきましょう。



2016年03月13日(Sun) 09:44












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