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題目だけが私の兵法




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 20日には任用試験が全国の会場で行われました。今回、私も内外3名の壮年、一人の婦人部の方のお世話をし、大白蓮華を元に日蓮仏法を研鑽いたしました。夜に2時間の勉強会を2度持ちましたが、皆さん、忙しい中、仕事でお疲れの中を我が家まできてくださいました。

 3名の壮年のうち、お二人の壮年は会友の方です。二人とも同じ村の出身の同級生、中学までは同じだったのですが、その後は別々の人生となり、数十年ぶりに任用試験の学習の場で顔を合わすという不思議なめぐり合わせとなりました。

 どんな地であれ、人に仏法を語れることほど喜びはありません。受験者とは日頃のお付き合いでその境遇を知っていますので、その機根に合わせて、宿命転換の大切さ、妙法の功力なりをお話いたしました。御本尊をたもって生きていかれるよう、これからも粘り強く対話していく決意です。

 当日、会場までの送迎も担当しました。一時間の試験の間、他所の婦人部の方と別室で題目をあげて待ったのですが、みんなの息も揃って、大変、気持ちの良い唱題会となりました。私は黒1点でしたが、婦人部の皆さんと心ゆくまで題目をあげさせてもらいました。

 ここにきて、題目だけが私の兵法となりました。題目一つですべてを切り開いていこうと決意しています。自身の幸福はもちろんの事、後継の人材を呼び出だすのも、地区の人々の幸せを祈るのも、すべては題目しかないとの思いです。
その心境で難事に挑みゆく人こそが、不可能を可能にし、一滴の露の姿のままで、法華の大海へと入ることを許されるのだと思います。

 昔は頭が重くて、題目をあげること自体が、とても苦しかった私ですが、それを思えば「六根清浄」の功徳を感じます。題目が30分、1時間と軽快に上がること自体、私にとっては素晴らしい「変毒為薬」であり、「人間革命」なのです。

 世の中で創価を批判する人はガンジスの砂の数ほどいるやもしれません。それに比べ、大功徳を得る人は爪上の土なのでしょう。学会員として功徳もつかめず退転していった人は功徳を知らないがゆえに、不信と批判とに終始するほかないのです。「知らないこと」と「無いこと」は決して同義ではありません。真面目に励む陰徳に功徳は厳然と出ます。

 学会で信心に励み、その功徳に浴す人はなんと幸福者でしょうか。苦難に耐えて、やがて妙法の軌道とがっちりギアが合えばどなたでも大功徳が待っています。多くの方をその幸福の軌道に導くために、私自身、題目を唱え、生命を磨き、その偉大さを体現したいものだと思います。

 題目一つでどんな未来が開けるか、いよいよ勝負と心得、暗き生命にも御前8時の太陽を昇らせながら、大歓喜で前進していきたいと思います。






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Comment

おはようございます
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任用試験、研鑽から送迎まで、本当にお疲れ様でした。
その人それぞれの機根に合わせて、仏法を説かれる姿、そのお話に自身は客体を思ってと考えつつも自分のことばかりを考え話していたように思いハッと致しました。
これは気付いたからと言ってもとても簡単な事ではありませんが、いつかは王者の剣様のような振舞いが出来ればと思います。
それに今回のお話は全て「六根清浄」を持って読みました・・・という表現で正しいのか分かりませんが。
全く次元の違う話で恐縮なのですが僕も「知らないこと」と「分からないこと」は同義ではないと最近、強く感じましたが、僕にとっては知らないこと=無から無であり、分からないことは有から発するという考えが根幹にありました。だから「無い」ことが同義ではないとの言葉にも、仏法に即した考え方とは、こうも違うものかと気付きをいただきました。
本当にありがとうございます。
2016年11月23日(Wed) 10:31
Re: おはようございます
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ケイ様

コメントをありがとうございます。

リアルでは相手の方の人生や境遇、性格や命の癖など細かな部分を察知できます。
自分が相手の命になって考えてみると、いろんなことが感じられますね。
相手の悩みや行き詰り、また求めているものを感じると、自然と折伏に通じていきます。
大変ですが、要は少しでも相手をわかってあげることではないでしょうか?

学会では「自分が話す以上に人の話を聞くことが大事」と言いますね。
話を聞くことで相手を理解し、同苦し、気持ちを和らげ信頼が生まれる・・・
その上で妙法を説けば、より相手の命に伝わるのだと思います。


今の科学が知らないことでも、実在する真理は無限にあると思います。
仏界を知らなかった人類に、仏は世に出てその存在を教えました。
仏だけが知っている秘密であり、科学の力では現わせない、見つけられない実在だと思います。

私も入会して「仏界」ということを知りましたが、入会前の私に仏界はなかったかと言うと、
そんなことはありません。
仏界が隠れているか現われているかだけの違いで、仏界そのものは三世に常住していますね。

その仏界をどの人にも出せるように「信」の一字で可能にしてくださいました。
「あなたにも仏界がある」と言われても、凡夫にはわからないので、
仰せの通り、「信」を立てて実践で体得しようとがんばっています。

私も初心にかえって、日々新たな気持ちで、仏界を顕す戦いに挑戦し続けていきたいと思います。
2016年11月23日(Wed) 13:26
No title
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タイムリーなタイトルですね。昨日は題目6時間上げました。年内は過去最高空前絶後の題目を上げまくります。
2016年11月24日(Thu) 10:06
Re: No title
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うるとらまんさんへ

「あげまくる」と言う表現がいいですね。
わき目もふらず、題目で突進しましょう。

結局、理屈ではない、題目しかない・・・それで私もやっています。
諸天の加護がなかろうと、功徳の出っぷりが悪かろうと、自分はやり抜くのみ・・・その心意気でやっています。
題目を唱え抜いた人が、最後は勝ちます。
退転しない人が勝利者です。

題目が大好きだ!・・・その思いで報恩感謝の唱題行をやりましょう!
2016年11月24日(Thu) 10:36
題目だけが私の兵法
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いつもいつも、素晴らしいご指導本当にありがとうございます。たくさんのパワーをいただいております。2013年の初版から今日まで全てファイルしております。お陰さまで私も題目を1時間2時間と軽快にあげられるようになりました。最近、仏界の生命だけは、経験したことがありません。絶対的幸福境涯、何をしてても楽しい、仏界の生命とはどんな生命なのっしょうか?自らの信の弱さなのでしょうか?がんばります。
2016年11月24日(Thu) 18:58
Re: 題目だけが私の兵法
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白馬様

コメントをありがとうございます。
またいつも読んでいただき、恐縮です。

>今日まですべてファイルしております。

それは困りました。(汗)
気ままに書いております。読み流していただければ十分ですよ。
私も自分の記事の保存をしようと思いつつ、いまだしておりません。(笑)

題目が良くあがるとのこと・・・ほんとうに素晴らしいですね。
その生命自体がもはや仏界に違いありません。
私もそうですが、その命をどこまでも強めて、「金剛不壊」まで固め行かねばなりません。。

生きている間に、絶対的幸福の境涯までいけるのがこの信心です。
その人には難も、煩悩も、魔も競うに違いありません。
大善には大悪がついてくるのは道理です。
しかし、決して怯むことなく、唱題と折伏をやり抜けば、
その境涯に生きて達することは間違いない・・・それがこの信心の真髄だと思います。

「ついに願うべきは仏国土なり」です。
三世永遠の幸福を求めて絶対にともどもに勝ちましょう!
そして必ず「生も歓喜 死も歓喜」の世界に行きましょう!

今世こそ、そのチャンスの時です。
この時を逃すのは、あまりにももったいないことです。
そう心得て、唱題に徹する以外にありません。

白馬さんに「一生成仏」の栄冠が輝きわたりますよう、心よりご祈念申し上げます。

2016年11月25日(Fri) 01:17












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