広布の大河に君ありて tori

TOP徒然の記 ≫ F君、負けるな!

F君、負けるな!

 数年前、私の折伏で入信した同じ年のF君が、今、苦難に直面しています。入信当時、お金に困っていたこともあり、「福運には時間がかかるけど、長い目で見ると守られていくよ」と、信心を勧めました。

 F君は50代後半ですが、ずっと独身でお母さんと二人で、糸関係の小さな工場を持って頑張ってきました。彼も一風変わった男で、周りからもそう言われるようなタイプです。けれど仕事が終われば、80を越えたお母さんを軽トラの横に乗せて、近くのスーパーなどで買い物している親思いの優しい男です。

 入会前、お題目だけを教えてしばらく様子を見ていたのですが、とても続けていないと思って尋ねたら、お母さんが「この子、題目あげとるで」と言われたので実はこちらがびっくりしました。
「それなら学会に入るか?」と聞いたところ、「いいよ」ということになりました。入ってからなかなか学会の活動になじまなかったのですが、最近は座談会で活躍してくれたり、とても明るく、信心も少し軌道に乗ってきたという感じでした。

 ところが先日、私の友人から、「Fの家、競売に出てるで」と聞かされたのです。「競売?まさか・・・」と耳を疑いました。大変だとは言っていましたが、とにかくいつ行っても仕事をしていましたので「まあ、冗談かな・・・」ぐらいに思っていたのです。ところが実際はここ一年、仕事の量や賃金が減って、設備投資の返済もあり、いい時の半分まで収入が落ち込んでいたそうです。急逝したお父さんが残した家のローンを、毎月12、3万支払っていたのですが、それが3か月以上、滞ってやむなく競売にかかったのでした。

 競売ですので、場合によっては住まいと工場が人手に渡り、親子で出ていかなければなりません。外部の友人から聞きましたので、すでにその話も地域で広まっているようでした。日頃、仏法対話をしていましたその友人からも「学会で信心してもあかんもんはあかんなあ・・・」と上から目線で言われる始末です。

 私も家に帰り、競売について調べたり、どうしてもっと早く話してくれなかったのかなとも思いましたが、とにかくいまさら、どうこうするわけにも行きません。

 今、彼はさぞかし落ち込んでいるのではないだろうか?世間なら夜逃げもあるし、自殺だってある、自己破産しか方法はないかもしれない・・・などあらぬ心配が私の脳裏をよぎりました。今こそ訪ねて信心を励ますしかない・・・そう気持ちを固めて、翌日、土砂降りの雨の中でしたが、彼の家を訪問しました。

「家の方はどうなんや?」と話の途中で手探りで切り出しましたら、あにはからんや、彼はあっけらかんとした調子で、洗いざらい話をしてくれました。彼にしてみれば半年も前からこうなることは予想しており、任意売却やローン会社との交渉などもあたったそうですがうまくいかず、「家は半ば覚悟してる・・・」と動揺の色もなく答えるのでした。確かに彼の声はいつもの明るい彼の声であり、私の予想を裏切るその調子に、心配するこちらが沈んで見えるほどでした。

 そして「以前に入ってた霊法会や、このあたりの天理教なら、ここまで動揺もなくいられることはなかったと思う。自分でも不思議なくらい落ち着いてるんや。それがすごいことや・・・そう思わんか?」と言うのです。さらに「もう少ししたら体験発表するいうたやろ。もうちょっと待ってな」とも言うのです。

  これまで何度か彼に体験談を頼んだりしていたのですが、そのたびに彼は「もうちょっと待って・・」と先伸ばししていたのです。彼にはこの難事を乗り切って、いつか体験発表をしたいとの考えがあったのです。


ハナ




「こういうことで学会をやめていく人がいることもわかった。でも俺は御本尊を離さない・・・」と力強く言うのです。

 周りの人に話をしても「金を無心することになるから」と黙っていた彼・・「諸天が働いて誰かが借金を一時、肩代わりする人がいてくれるといいな」と言うと「そんなこと期待したりしてないよ」と言った彼・・・・

 普段、一緒に勤行もしたがらないし、活動にも仕事を理由に余り出てこない・・・そんな彼の信心をいぶかしく見ていたこともある私ですが、やはり命には妙法が根を下ろしているのだ・・・とまた一つ、御本尊様のすごさを彼から教えられたのでした。

「難来るを持って安楽と意得よ」「大悪起これば大善来る」との御聖訓を彼に託し、なにがあっても信心で乗り切ろうと励まして彼の家を出ました。しかし、私の訪問が杞憂であるぐらい、彼はしっかりしていたのです。

 今、朝晩の勤行で「諸天よ、彼を守り給え」と私は強盛に祈っています。そして彼がこの難を乗り切って、学会の信心に強い確信をつかむことを願わずにいられません。

 F君が幸福になるために、ここは通らなければならない道・・・そう思い、折伏した時以上に、彼に同苦し、寄り添って応援していこう! そう決意しています。

 「F君、がんばれ、僕らがついてる・・絶対負けるなよ・・・」



にほんブログ村 哲学・思想ブログ 創価学会へ
にほんブログ村

Comment

編集
是非乗り越えて欲しいです。私は人に騙され信用財産仕事すべてを失ったことがあります。
正直、信心真面目にがんばってきたのになぜと思いました。
題目をあげようとしても、もうだめだと泣き崩れ、また、正座をして題目を唱えようとしては泣き崩れてを繰り返しているうちに題目を一遍唱えることができ、それが2篇3篇と増えてきました。開目抄の一節が浮かんできました。「我並びに~まことの時に~」まことの時とはいつなんだと自問自答しました。それが今なんだとわかったと立ち向かう勇気が湧いてきました。それから、結婚、長男が生まれ、先生との誓いの人生を歩む幸せを噛み締めています。
もし、あの時、開目抄の一節が浮かんでこなければ、私は自殺していたか、世捨て人になっていたことは100%間違いありません。
2013年07月16日(Tue) 19:39
編集
うるとらまんさん、体験談を心して読ませていただきました。すべては自身の宿業ですが、魔王の試練に負けないで今、信心をたもち生きておられること自体、勝利者の証だと思います。必ず、深い意味があるはずです。うるとらまんさんの大悪はすでに大善に変わり、未来に向かう命に花開いていることを確信します。一番苦しんだ人が一番幸福になる・・・それが日蓮仏法ですよね。私も彼をなんとしても守っていきます。開目抄の一説を二人で拝読したいと思います。ご教示ありがとうございました。
2013年07月17日(Wed) 13:03
宿命
編集
うるとらまんさんのコメントを見て、今の私とだぶりました。もう既にしあわせとなっているみたいですが、私は戦いかけたばかりです。
とにかくこのブログを知って広布の大河さんを今読み進めています。
題目を必死であげて命の底からあげ顔が歪む位の(池田先生の指導より)迫力であげています。
また雪山童子は興味深く御書を何十年か振りに出してきました。なんとS49年に購入したものです。
私は御年58才です。この年で宿命転換をこれから戦います。息子二人に必ず信心で幸せになってもらうには私も年は若くないです。三年前に白血病を患いました。広布さんのように体に無理はききません。でも去年の暮れから宿命転換のために、なんとしても負けられないおもいで頑張ります。会社の健康診断でレントゲンにのう胞の影があるかもと、書かれていて私の身になにかあったらと思うと冷静ではいられません。しかし、真の時にこの信心で強気にならなければ、魔に負けます。さらに自分をパワーアップさせるべく、そしてこのブログで勇気をもらいながら、頑張ります。
長文にて失礼しました。
本日も感謝しています。ありがとうございます。
2014年01月25日(Sat) 22:20
Re: 宿命
編集
糸吉様
 必死の迫力のある題目があがること自体すごいことです。私も40代で腎臓がんを体験しました。病の不安は大変なものであることを私なりに知りました。最後は御本尊様に「この身を差し上げます。使命があるなら更に寿命を賜れ(更賜寿命)」とお願いして、手術台に上がりました。御本尊様にこの身を任せて一生懸命信心をすればそれ以上の方法も智慧もありません。「尼ごぜん又法華経の行者なり。御信心は月のまさるがごとく、しをのみつがごとし。いかでか病も失せ、寿ものびざるべきと強盛にをぼしめし、身を持し、心に物をなげかざれ」(富木尼御前御書)と励まされておられます。横になって題目をあげても大丈夫なのですから、体に余り無理のないようにしてください。御書と池田先生の指導は勇気と強き心の源泉です。丈夫の心で一歩づつ前進してください。
2014年01月26日(Sun) 17:43
お礼
編集
強気お言葉頂戴しまして心からありがとうと申し上げます。
広布さんのブログで私は御書を大好きになりました。
感謝しています。
2014年01月27日(Mon) 13:00
Re: お礼
編集
糸吉様
本当に苦しい時は御書が灯火となりますよ。私も法門の難しいところは苦手ですが、信心の糧、支えになるところだけでもと思い拝読しています。苦しい時にふっと心に浮かんで慰めにもなったり、勇気を奮いおこしたり・・・人の言葉にはいつわりがあっても、大聖人様のお言葉だけは真実の中の真実ですからね。大聖人様、池田先生を遠い人だと思わないで自分のお父さんと思って行けばいいのです。それにしては子供の私たちは出来が悪いですけどね(笑)
2014年01月27日(Mon) 16:21
迷い
編集
そうですね。大聖人と池田先生をお父さんと思えばいいのですよね。昨日の夜中問題が勃発して、丁度題目を終えるところでした。身体中が震えて題目を必死で唱えました。今日外来診察日でしたので、病気の時に友達になった方とお会いすることになってました。私はこよ友人に私が創価学会であること、そして新聞啓蒙しますと、お約束しました。勇気を出して今日話をしました。新聞啓蒙は出来ませんでしたが、学会のことは折に触れ話をしていくのが、私達の広宣流布だと思いました。私の宿命を広布さんからのお言葉を胸に頑張れます。御書の中には本当にすごい日妙尼さんとかのすごい信心が書いてあり、勇気を振り絞ります。
2014年01月28日(Tue) 16:22
日妙聖人
編集
糸吉様

毎日一歩でも1㎜でも信心を深めていく、求道の道を行く・・そうした努力に頭が下がります。日妙尼さんも夫と離別し、幼き乙御前を抱えて苦労なされたことでしょう。けれどひたぶるに大聖人様を信じ、鎌倉から佐渡まで女人の身でお訪ねされたとあります。大聖人様もそんな一婦人を聖人の称号を持って讃えておられます。私達もその心を我が身に移し、今日もまた朗らかに明るく求道の道を歩いて行きたいものです。
2014年01月29日(Wed) 10:14
編集
糸吉様
もし、あの時、開目抄の一節が浮かんでこなければ、私は自殺していたか、世捨て人になっていたことは100%間違いありません。
その体験があるから人生の岐路に立たされたとき、題目から出発できました。
人生は苦闘の連続ですね。
私は1月5日から毎日3時間題目を続けています。
3週間3時間題目を続けたことはありません。
この信心は難をこないようにお願いする信心ではなく人生の荒波を楽しく乗り越えるための信心であることを実感しています。
共に頑張りましょう。
2014年01月30日(Thu) 21:11












非公開コメントにする
Trackback

Trackback URL

04
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
16
17
18
19
20
21
22
23
24
25
26
27
28
29
30