2017
09.29

帝釈変じて鬼神となる

Category: 信心

 一般的に、人間関係の苦しみというのは、「相手が悪い、自分は悪くはない」という考えから起こることが多いのかもしれない。特に双方が互いにそう思う間は、溝は埋まらないばかりか、ますます仲が険悪になる場合もあるだろう。自分にも非があると思える時は、まだいいのかもしれないが、人はなかなかそうは思わないものである。

 私の地区の会員に非常に傲慢な方がおられ、その方がいなければ、どんなにかいいだろうと思った事がある。周囲の人もその人の振る舞いや態度に、私同様の思いをしていたこともあり、私も一方的に「相手が悪いのだから」と、思って見ていた。

 その人を訪ねたり、電話連絡をするたびに、嫌悪感が先に出て、相手とすぐに諍(いさか)いになりそうになる。相手も私への怨嫉が出るのか、水と油のように話がかみ合わない・・・世間でいうところの犬猿の仲であり、大げさに言えば「不倶戴天」の人である。

 命というのは、鈍感なようであって敏感なもので、こちらが相手を嫌えば、どんなに取り繕っても、相手にはこちらの本心が伝わってしまう。相手の仏性を信じ、尊敬しなければいけないというのは、頭でわかっていても、理性は往々にして本心に勝てないものだ。

 その怨嫉や憎しみを相手のせいにすることは簡単だが、それでその苦から逃れられるかというとそうはいかない。怨嫉は自分の生命の中にあり、相手というのは、縁にすぎない。その縁に触れるたび、私の命の中から怨嫉が噴出するのであって、ひとえにこれは自分の中の悪と言える。

 いつまでも変わらない状況に困りつつ、どう打開するか・・・自分の宿業としてとらえる他ないと、重い腰をあげたのは、かなりの年月が経ってからであった。

  以前、どなたかが、「相手が悪くても怨嫉した方に罰が出る」と記事に書かれていた。そうであるなら、私にも罪は十分ある。地域でその方は副支部長職ももっておられ、「同志誹謗」と言われてもやむをえない。

 私も前の記事で、人を嫌う「怨嫉」が「変毒為薬」して、人を愛せるようになったと書いた。そう書いたのには、実はこの人のことも含まれている。結果として、私はその人への怨嫉を宿命転換して、相手の幸せを深く祈れるようになったのである。

 御書には「雪山童子」(松野殿御返事)の物語がある。その人への怨嫉があらかた消えてみると、まさにその人は鬼神となって、私の信心を試したのだと思える。私の中の「怨憎会苦」(うらみ憎む者に会わなければならない苦しみ)や「怨嫉」の宿業をあぶり出し取り除くために、また私を真の「不軽菩薩」へと育てんがために、その人は私の前に現われたのだと、理解できるのである。

 もちろん私は雪山童子ほど素直ではなかったし、命を投げ出したわけでもない。しかし、喘ぎながらもそこから逃げずに、双方の怨嫉を我が宿業ととらえ、信心で乗り越えようとした。そして今、私は自分の怨嫉という悪に、勝ったのだと感じている。

 どなたにも人間関係において、「この人さえいなければ」「この人だけは憎い」と思う人がいるかもしれない。そんな時、相手を責めてみても何も変わらない。しかし、自分の業としてとらえ、信心に励めば、必ずその宿命を転換することができる。そして「この人がいてくれて、本当に良かった」と思える時がくるのである。

 病にしろ、経済苦にしろ、自分に襲い掛かってきた宿命は、信心の眼があれば、帝釈が鬼神となって信心を試し、その人を幸福になさしめんとする働きに見えるものだ。そこに気がついた時から、自身の生命の変革は大きく進むに違いない。

 そうであるなら、すべての出来事に感謝し、前を向いて生きるべきであり、決して何があっても悲観してはいけない。信心が楽観主義との意味もそこにあると思う。

 結局、我々凡夫は、悪しき宿命や煩悩などといった、持てる不幸を使い、「一生成仏」へと向かうのだ。断じて我が身の不幸を嘆くことはない。不幸の大きい人こそ、永遠の幸福を獲得できる条件を備えた、有り難き人と思いたい。

 怖い形相をして現れた鬼神に、「君は本当は帝釈だね。僕の宿命転換のために、わざわざ鬼神となって出てきてくれてありがとう。」そう元気に、声の一つもかけていこう。きっと帝釈も「善き哉、善き哉、あなたは真の菩薩。負けずにこの試練を勝ち越えて見なさい・・・」 そう微笑み返すだろう。

 そんなことを思いながら、私は今日も、自身の厚い宿業に挑戦している。






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コメント
こんばんは。

組織も社会も縁に触れて、自分の中の嫌な生命が出たりしますね。
「なぜあんな言い方をするのだろう?」と思ったりします。相手との対話が出来てない時は悩みもしますが、祈っていく中で、自分を見つめ直し、私を人間革命をさせてくれる人なのだと思うようになると、いつの間にか悩みは消えています。

職場のことですが、ながく働いていてた人でしたが、自分は仕事はしないで、私達に仕事を振るのでとても嫌いな人でした。
思い通りにならないと、修羅の生命が出る人でした。
あなたの手足ではない!と心底思ってました。
結局、辞めさせられましたが、「私はこんなんだから」と言って、自分を変えない人でした。
色々とありましたが、ひとつ乗り越えて来たので、同じような人と縁があっても、不軽菩薩にさせて頂いてるのだと、職場も人間革命の場と捉えていけるようになりました。

さてさて、法戦は魔が競いますが、どんなことにも動じないで、堂々とやり切っていきましょう!

プリッツdot 2017.09.29 23:16 | 編集
ランさんへ

コメントの方は教えて頂きありがとうございました。

公明議員も情けないことですね。
婦人部の怒りはすごいことでしょう。

酒と異性は、一番、過ちの元ですね。
一般人ならまだしも、国会議員ですので、やめるのが当たり前です。

野党も足並みが乱れています。
国民が賢明な判断をすればいいですが・・・
風が吹くのがこわいですね。

気を引き締めてやってまいりましょう!


王者の剣dot 2017.09.30 15:06 | 編集
プリッツさんへ

こんにちは。

記事に書いた人は、その人の振舞等にだいぶ問題がある人です。
でも同じ地区の人で、やはり地区全体の問題として、私はなんとか変革したいと思いました。
そのためにも自分の中の、怨嫉の命を打破する必要がありました。

これからは、少しづつ雰囲気も変えていけるだろうと思っています。
自分が変われば、周りが変わる・・・です。

いよいよ法戦突入ですね。
実はこちらはすでに地方選の戦いをやっていまして、私も週末には
隣市の公明党の市会議員や、地元出身の熱心な会員の方と連絡を取り、共に動いています。
明日は候補と共に、私の知人友人を訪ねて回る予定です。

国政は短期決戦ですね。
関西は兵庫大阪で6名の小選挙区候補ということで、特に兵庫2区は熾烈な情勢です。

短期決戦ですので、基礎票をがっちりと固めていくことに、専念していきたいと思います。
地域の皆さんが楽しく戦えるように、私も溌剌とやっていきます。

最初、隣にあったランさんからのコメントと勘違いしておりました。
いつもそそっかしい私で、大変失礼しました。
お詫び申し上げます。

それではお互い、悔いのないように戦い切って、勝利の報告を池田先生にお届けしましょう。
御健闘お祈りいたします。

王者の剣dot 2017.09.30 15:12 | 編集
「comment」をクリックすると、ブログ村のランキングに飛んでしまいます。つまり、どんなコメントがあるのかを見ようと「commment」をクリックするだけで、INポイントを貴殿に与えることになってしまいます。争いの種になりかねませんので、commentに埋め込まれたリンクを修正されたほうがいいと思います。
通りすがりですがdot 2017.10.01 06:20 | 編集
コメントのリンク場所がランキングになっています。 直してください。
通りすがりdot 2017.10.01 10:00 | 編集
通りすがり様

ご指摘の件は、どこが原因かわかりませんでしたが、先程、ブログ村への「創価学会バナー」が
原因かもしれないと思い、そのHTML末尾の
<a href="http://philosophy.blogmura.com/sokagakkai/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村</
を外しましたら、一応、正常に戻ったようにあります。

前回のテンプレートから、そのまま、創価学会バナーのHTMLを今のテンプレートにコピペし使っていますが、どうしてこういう現象が起きたのか、私にはよくはわかりません。前回のテンプレートでは、こういうことはなかったように思います。

その上、学会バナーのHTMLがテンプレートの「commennt」の文字になぜ影響するのか、その辺のところもわかりません。
詳しい方からすれば、あたりまえのことかもしれませんが。
もちろん、意図的ではありませんので、ご理解願います。

すべての記事を修正するのは大変ですので、とりあえず、ここ暫くの記事については、明日にでも修正し、
様子をみてみます。

それが元で、私のポイントが増えるということにも、思いが至りませんでしたが、
そうであるなら、多少なりともほかのブロガーの皆様にもご迷惑をおかけしました。
ここにお詫び申し上げます。

今後ともよろしくお願いいたします。
王者の剣dot 2017.10.01 21:57 | 編集
いつも 読ませていただいて自身の信心の糧にしています
怖い形相をして現れた鬼神に、「君は本当は帝釈だね。僕の宿命転換のために、わざわざ鬼神となって出てきてくれてありがとう。」そう元気に、声の一つもかけていこう。
職場の鬼神には 色々凹まされますが
最近では 何か言われると
「そうくるだろうと思ったよ あははは」と
心の中でジョークの一つとして気にならなくなってきました
剣さんの ブログを見て
なんだか うちの鬼神が 可愛く思えてきましたよ
彼女達は鬼神の格好をしている帝釈なんですね
ありがたい事です
いつも 勇気をありがとうございます
チャコdot 2017.10.03 11:28 | 編集
Re: こんにちは

チャコさんへ

ハーイ、お元気ですか。
訪問&コメントありがとうございます。

不幸を笑えるようになれば、勝利ですね。
鬼神がその時、また帝釈に戻ってニッコリ笑います。
でもそれまではやっぱり苦しい・・・凡夫ですもの、仕方がありません。

思うようにいかない・・・でも夜、布団に入ってぐるぐると考えてみると、やっぱり全部自分の
宿業だとわかる。(笑)本当にひどいことばかりやってきた命なんでしょうね。

愚痴をこぼしたり、御本尊に文句も言いたくなりますが、そこをぐっとこらえて
今日も明日も「南無妙法蓮華経」・・・

その繰り返しに命も強くなって、不幸を笑い飛ばせるような、たくましい生命力になっていく。
その間はお互いに励まし合って、苦しい坂道をわいわいがやがや、やっていくのです。

愚痴らず、嘆かず、腐らずに、御本尊様だけを求めてやっていきましょう!
王者の剣dot 2017.10.03 17:01 | 編集
こんにちは、初めてコメントさせて頂いています。
私は婦人部で活動していますが、地区組織でのあるいくつかの出来事がきっかけ
でうつ状態になり、それまで頑張っていた活動が全く出来なくなってしまい
ました。
お題目はもちろん勤行すら出来ない状態がかれこれ一ヶ月近くになります。
この短期法戦も今までのように頑張ることが出来ず、不完全燃焼感がいっぱい
です。

信心に疑いはありませんが、ここの地域組織の体質というか色というのか、
そういうものに疑問を感じる事が多々あり、とうとう自身の頑張りにも限界が
来てしまった感じです。

私は20代前半に入会しましたが、なかなか組織に馴染めず長い間活動から
遠ざかっていました。
でも若い頃からの夢の実現(童話、絵本を描く)をかけて十年ほど前から活動を
再開し今は50代ですが、少しずつ宿命転換もされつつ夢を諦めず頑張って
いました。
そんな時、ある地区婦人部幹部の言動に何となく組織への疑問を感じるように
なって、そういう組織で活動する事が嫌になり、目標にしていた夢の実現さえ
どうでもよくなってしまい、全てのやる気が失われてしまいました。
信心をする意味や生きる意味さえ分からなくなってしまうほどでした。

それで毎日人知れず落ち込み、藁をもつかむ思いでこのサイトに辿り着きました。

命に響きました。
私が一番、知りたかったこと、かけて欲しかった言葉をたくさん頂きました。

愚痴らず、嘆かず、腐らずに、御本尊様だけを求めてやっていきます。
また、今日より、頑張ります!

有難うございました!
また、よらせて頂きます。


ゆじゅりんdot 2017.10.25 16:27 | 編集
ゆじゅりんさんへ

こんばんは

はじめまして。またコメントをありがとうございます。

絵本とか童話とか素晴らしいですね。
詩もそうですが、心がピュアーでないといいものは、書けないものです。

それを志されたという時点で、あなたは心のきれいな方だと思います。

人間はどなたも仏の生命です。
組織に出ても出なくても、仏の生命に変わりはありません。
だから出ないことをあまり悩まないでいいと思います。
うつが出たということならなおさら、無理なさらないほうがいいと思います。

学会は「頑張れ頑張れ」の世界ですから、私だってしんどいこともありますよ。(笑)
でもある時から、人に振り回されないで、自分の信念でやれるようになりました。
人が何か言っても私はマイペースで、その代わりやるときはやります。
そこへいくまで20年ぐらいかかったかもしれません。

人によって学会のペースについていけない人がいても、それは組織や幹部が理解し抱擁するべきです。
そこをはき違えて、誰でも組織の価値観で動かそうと思うからおかしくなります。
人間は本来、みんなデリケートで繊細な生き物ですよね。
だから芸術も文化も生まれるのだと思います。


学会の組織の根本は幹部とか人ではなく、池田先生です。
「自分対御本尊」「自分対池田先生」それだけでいいではありませんか。
それが腹に入っていれば、私はそれでいいと思います。
正直、ほかはあまり当てにしないほうがいいですよ。(笑)

信心は能動が基本ですので、義務やシブシブではやっても駄目だと思います。
やるなら喜んでやる。幹部さんに怒られたら、言い返せる自分になればいい。(笑)
幹部でも間違ったところはあるし、「こりゃ全然ダメだ」という人だっているでしょう。
時には大嫌いな人もいれば、数字をノルマに感じて嫌なこともあります。

そういうことは人間ですので、あって当たり前です。
むしろなんでも従順な人を見てると、「この人、大丈夫かな?」と思います。(笑)

ご自身の感性を大事にする・・・これはとても大事なことです。
まして芸術系でいかれるなら、思い切り個性を伸ばすことって大事ですよね。
人と同じものを書いても売れません。(笑)
明るくても暗くても構わない・・・あなたにしかない世界を思い切り描くほうが、私は素敵だと思います。

誰かの価値観ではなく、自分の価値観、世界を見つける。それを磨いていく。
信心は本当の自分を見つける戦いです。そして自分を信じる旅ですね。

誰かと同じようになるのではなく、オンリーワンでいきましょう。
思い切り人と違っていても全然いい・・・それが人間主義ではないでしょうか。

御本尊に唱題し、池田先生との不二の世界を求めていけば、今以上に本当のあなたが必ず開くと思います。
「自分を教えてください」と一生懸命祈ることだと思います。そして御本尊様を好きになることだと思います。

そしていつか命から本当に書きたいこと、描きたいものが出てきたら、それがあなたです。
私だったらそういうあなたの絵や作品をぜひ見たいです。

童話や絵本は夢を育む素晴らしいお仕事だと思います。私も憧れます。
これまで苦しまれた分、きっといいものが出てくると思います。
どうかどこまでもあなたらしく、マイペースで、楽しく歩んでいかれますように・・・


王者の剣dot 2017.10.25 19:22 | 編集
こんにちは、
お忙しい中このような長文のメッセージを頂戴し、本当に感謝いたします。
このメッセージに込められた一つ一つの言葉が本当に深く深く命に沁み入り、また再び歩き出す大きな原動力となりました。
ふつふつと命の底から勇気と希望が涌いて来て、昨日久しぶりに勤行唱題に挑戦し、ご本尊様に信心の再起動を誓いました。

絵と物語を描く楽しみも取り戻し、少しですが描き掛けの絵と物語に加筆してみました。(笑)

王者の剣さんからのメッセージは、まるで昔から私の事をご存知なのかと思えるほど的を射ており、これは功徳なんだと、ご本尊様がまたひとつ道を開いて下さったんだとしみじみ実感しています。

私は子供の頃、物語の世界観が大好きでよく童話を読みました。
それに私の親はとても厳しく、怒った父に怒鳴られたり暴力をふるわれたり、罰を与えられて辛い思いをした時、童話の世界のような楽しい空想をしながらその時をやり過ごしていた経験があり、その頃の私にたくさんの夢を与えてくれた童話作家の方々に感謝するとともに、今現在も人知れず辛い思いをしている子供たちがいるであろう、そういう子供たちに夢を失わないでいて欲しいと言う思いで、この道を使命と決めてやって来ました。

こう言うとなんだか聞こえは良いのですが、実のところは魔も強くなかなか遅々として進まないのが現状でして、果たして今世で成し遂げられるのかと、そこが闘いなんですが。

でも正直私は年齢こそ50代の後半になりますが、心は10代のままで、あの頃から心が止まったままなんですね(笑)
なので同年代の女性との会話について行けず、逆に私の話にも興味を持ってもらえず(笑)

年相応になれないこんな自分にずっと悩み続けていました。
しっかりと現実社会について行く事が出来ず、いつまでも見果てぬ夢を追いかけているなんて、少なくとも私の周辺にはそんな人や婦人部はいませんので、なかなか理解も得られない感じでした。

でも王者の剣さんの
「誰かと同じようになるのではなく、オンリーワンでいきましょう。
思い切り人と違っていても全然いい・・・それが人間主義ではないでしょうか」
と言う言葉に、「私これで良いんだ!」と勇気と自信を持つ事が出来ました。

コツコツと絶え間なく日々挑戦し、未来の自分のために今再び、“自分を見つける旅”を開始します!

王者の剣さん、これからも素晴らしいメッセージを世界中に贈り続けて下さい。
お気に入りに入れさせて頂いたので、またちょこちょこ来させて下さいね!
有難うございました。
ゆじゅりんdot 2017.10.26 15:58 | 編集
ゆじゅりんさんへ

こんにちは。

コメントに元気が出て、勤行唱題もされたということ、嬉しく思います。

私にも10年以上、追いかけている夢があります。
だからその大変さも少しはわかります。

「夢を実現するのは死闘、諦めるのは一瞬」ですね。

夢に挑戦し続けるためには、心に希望と確信、そして勇気が必要だと思います。
挫折してもそれらがあれば、何度でもまた立ち上がれます。

その原動力は信心です。
自分を信じること、諦めないこと、挑戦し続けること・・・みんな妙法に入っていると思います。

有名な御書に
「鎌倉より京へは十二日の道なり、それを十一日余り歩をはこびて今一日に成りて歩をさしをきては何として都の月をば詠め候べき」(新池御書)とあります。

決意して歩き出した以上、自分が納得するところに辿りつくまでは、
何があろうと歩みを止めてはいけないと思います。
その強い心がないと何をやってもものにはなりません。
実はこれは心の弱い自分に、いつも言い聞かせていることです。(笑)

20代の入会ということで、私と同じですね。
せっかく妙法に縁したんですから、自分の本心からの夢に生きてください。
あなたの命を題目で磨いて、できないことはない・・・そう信じていくのが妙法だと思います。

ともどもに前進してまいりましょう!


王者の剣dot 2017.10.27 15:12 | 編集
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