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2017
12.03

「仏様の心で信心するんだよ」

Category: 信心

 貧乏だった人がお金持ちになるのも人間革命ならば、病の人が健康になるのも人間革命だと思う。さらに悩み多き凡夫がその凡身を払って発迹顕本し、仏となって仏法を広めゆくことは最高の「人間革命」の姿なのだと思う。

 長年信心して「あなたにとって人間革命とは?」と聞かれ、言葉が詰まるようでは心もとない。私も信心をして20年ぐらいは、さほど自分が変わったという感覚があまりなく、「人間革命なんて簡単ものじゃない」と、ため息をついていた。

 ところが、私なりに苦しい時を耐え、学会に対し出来ることはなんでもやっていこう・・・と転じたあたりから、様々に変化が起こってきた。そして今「あなたにとって人間革命とは?」と聞かれたら、「自分のことしか考えられなかった人間が、人の幸福を思い、国土や世界の平和を祈り、信心をすることが何よりの歓びとなりました。」と、そんなふうに言えると思う。



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 お世話になった先輩の話をよく出して恐縮だが、先輩がある時、自分の悩みに汲々(きゅうきゅう)としている私に「仏様の心で信心するんだよ」と仰ったことがある。「仏様の心って??」とその時は初信だったこともあり、訝(いぶか)しく思ったものだ。

 ところがある頃から、その言葉がよみがえり、事あるごとに心に浮かんでくる。「仏様の心は一体どんなものだろう」と私なりに自問自答するのである。

 そして今では朝晩、仏前に座って拝み始める時、仏様は、もう一切衆生を幸福にしたくてたまらないお気持ちなんだと、感じるようになった。世界の何処かで理不尽な殺戮(さつりく)が行われている・・・そのことが悲しくてならない。世界中で宿命に泣く人々がいる・・・早く妙法をたもたせてあげたい。一切衆生のために妙法を世界の隅々まで行き渡らせたい。「誰か、忍難弘通の人はいないか!」・・・と呼びかけておられる、それが仏様のお心だと。思えば池田先生は戸田先生の弟子になられた時から、その仏様の心に深く感応され、不惜身命で広宣流布一筋に生きてこられたのだ。

 長年、私など自分の悩みのことばかり祈ってきた。いい暮らしが出来るように、何とかもう少し立派になりたいと・・・そんな自分中心の祈りから、仏様の心と同じ祈りへと、信心とともに変化していかねばならない。仏の崇高な祈りと、私の祈りが一致していく時、やがて私も凡夫から仏へと境涯が高まっていくのだと思う。

 その道をゆくなら、人を幸福にしたいという私の願いは、仏の願いと一致して叶い、また私自身も仏の力を備え、所願は満足していくだろう。

 今日も御本尊様が、私の勤行をじっとみておられる。明けても暮れても余念雑念ばかりで、自分の事ばかり祈っていては、さぞかし仏様もがっかりなされる。「もう少し、大きな心になりなさい」・・・そう思っておられることだろう。ならば今日よりは心を入れ替え、仏様のお心である広宣流布を祈り、「あの人を邪宗から救わせてください。この人を謗法から救います。世界を平和にします!」と、仏様の心を実現しゆく大きな祈りの人となって立とうではないか!

 「汝 須(すべから)く一身の安堵(あんど)を思わば 先ず(まず)四表の静謐(せいひつ)を祷(いの)らん者か」(立正安国論P31)との御聖訓は、きっと凡夫が人として正しく、また無上道を生きていく上での祈りの基本を教えておられると思う。日々、御本尊を拝し、仏様の心と感応しゆく時、その御金言を命に染め抜け!と、いよいよ自分に言い聞かせ、また新たな挑戦を開始していきたい。





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コメント
こんばんは。
一年はすぐ終わりますね。12月になりました。

今年は、時間革命をすることで、色んなことに挑戦していきました。
『祈り』についても、日々葛藤もあったり、時間だけにとらわれてないか?相手のことを一念込めて祈れているか?ブレてないか?と…悩んだこともあります。
最近は、苦しい時も、悲しいときも、怒りたくなることも、嬉しいことも、楽しいことも素直な気持ちで語るように祈っています。

今日は家庭訪問へ行きました。
部員さんに励まされていることに、感謝の思いです。
地区総会や、1・2慶祝へ向けての90万遍目標、新聞のこともありますが、活動できることは福運なのだと思います。
そして、自分のありのままでいいんだなと思いました。
信心で磨かれていく、ありのままの姿ですね。

新聞啓蒙をして断られた人に「あなたは、柔和な顔をしている。信仰を持って人のために動くことはよいことだと思うわ」
地域の中で、同志の皆さんが頑張っていますから、新聞は断られましたが、学会理解をしてくれていることは、嬉しいことです。

王者の剣さん、体調だけは崩されませんようにお過ごし下さい。

いつも素敵なお写真、そして励ましや勇気をありがとうございます。




プリッツdot 2017.12.03 22:19 | 編集
プリッツさんへ

コメントをありがとうございます。
いつも地道に地域で活動されている様子、素晴らしいと思います。

プリッツさんからは現場の匂いがしてきます。(笑)
どこまでも主戦場は、地域であり現場です。
相手の顔を見て、膝を交え、互いの生命を感じながらの対話こそ
大聖人様も大事だと仰せです。

>あなたは、柔和な顔をしている。

そう言われることが折伏になっていると思います。いくら正しいと叫んでも
怒っているのでは、誰も魅力を感じません。

池田先生は、髪も服装も乱して、必死に戦っている婦人の方に
「周囲はあなたを見て頑張っているとは思うけど、あなたのようになりたいとは思わないものです。」
と指導されています。これは私達が考えなければならない大事な指導ですね。

私も周囲から「あなたのようになりたい」と言われる人に、ならなくてはいけないと思っています。

プリッツさんにとっても大変な一年だったと思いますが、必ず陰徳に陽報があらわれるものと思います。
様々な出来事にはすべて深い意味があるものと思います。

この一年をステップに、来年は大きく飛躍していかれますようお祈りいたします。
年末に向かい慌ただしい日々とは思いますが、どうか風邪などひかれないように、元気でお過ごしください。

師子吼の題目を堂々唱えながら、明年へと疾走してまいりましょう!


王者の剣dot 2017.12.04 13:06 | 編集
こんばんは

去年夏スマホにしてからネット見ました。

私がどこの誰かわからないから安心して本音吐けます。

私は脳が混乱する病気です。
でも自分が頭おかしいと自覚してるから正気かな。
祖父も叔父も父もアル中が原因で同じ病気だった。
叔父も精神病院の生活が長かったし

眠り薬を飲めば衝動的に自殺しなくて済むらしい
でもその場合職場の主任どころか一生療養所に生活する事になる

私は眠り薬など飲まない、自殺もしない、職場で主任をする
朝起きてから夜寝るまで心の中で、出来るときは仏壇で題目あげる

一生誰にも言わないつもりだった。
XJapanの歌手hideとか言う人が無意識に自殺してたらしいけど

王者の剣さんと一生コメントのやり取りができますように
miudot 2017.12.04 17:17 | 編集
miuさんへ

こんにちは。
お元気ですか?

法華誹謗の重罪は誰しもが持っているものですね。私も業病人です。
過去のことはわかりませんが、神経や脳に出る病は、業病であり、大聖人様も「業の起こる故に病む」(太田入道殿御返事)と仰せです。また「治し難きを能く治す所以に妙と称す」(同)と妙楽大師の言葉を引かれています。

またその病があるから道心は起こります。病の重さは決して恥ずべきものではありません。
仏様は病の重い子ほど可愛がられ、直してあげたいと思われるのです。
その代わり、治し難きが治るのですから、ちゃんと信心していかねばなりません。

御本尊様に一生懸命、お詫びして、学会で池田先生の指導を学び、信心するしかありません。
病気も医者の言うとおりに薬を飲む事が大事なように、池田先生や真面目な学会員の人と交わり、その教え通りに、地道に実践することだと思います。

また創価を誹謗する悪知識の人と交わらないことが大事です。気安くそういう人に近づいて、与同罪を受けないことです。これ以上、病をひどくすることだけは避けなければいけません。

そして地域の学会員さんと切磋琢磨していくことが一番大事だと思います。そういう信頼できる同志の方を見つけることです。もしいないなら、そういう人に会わせてくださいとよく祈ることです。

私も多くの同志の中で信心するから、道からはぐれないで守られています。
それが非を防ぎ、悪を止める、一番確かな方法であり、功徳を受ける近道だと思いますよ。

少しでも病が良くなりますように、私も祈らせてもらいます。

寒い日が続きますので、どうかお体を大切にお過ごしください。




王者の剣dot 2017.12.05 14:24 | 編集
Y様

こんにちは

座談会での御書講義、大変ご苦労様です。
私も毎回しっかりとした研鑽と準備をしていても、思うようにできなこともよくあり、講義の難しさを味わっています。

お問合わせの件は、私が指導するというよりは、ともに学び考えていくということでいいと思います。仏法は奥が深いですので、簡単に1+1は2というわけにもいきません。「なぜだろう?」「これはどういう意味だろう?」と、どこまでも悩み、思索しゆくことで、少しづつ理解していくものだと思います。

信心がしっかりとできていても、私達の身の上には、様々な悩みや難が起こってきます。信心という体がまっすぐなのに影が斜めに思えることもあります。逆に邪宗をやっていても、生活が豊かで、一見影がまっすぐに見える人もいるかと思います。

我々、学会員が信心していて起こる難には様々な意味があると思います。一つには宿命転換のために、自身の悪業が出てきます。過去の謗法などの罪を償うために、また生命を浄化するために、命の濁りが、様々な出来事として出ることもあると思います。それらの苦難について「転重軽受」「願兼於業」といった深い法理も説かれています。

また魔がその人の信心を悩まし、退転させるために、様々に難を起こしてくることもあります。正しく信心すれば魔が競うということは避けられない・・・これは「兄弟抄」などにお示しです。

生活上の出来事にどういう意味があるか、一概に断定はできませんが、信心が強盛であれば、全部、自身の人間革命のために必要なものだと理解できます。またそうした苦難が起きたときこそ、大きな功徳を受けるチャンスの時であり、「宿命転換」「変毒為薬」「人間革命」を成し遂げる時が到来したのだといえます。ですからそういう苦難に会うことは決して、敗北を意味するものではありません。むしろ、それをバネに信心に励んで行けば、思っても見なかった「境涯革命」を果たすことが出来るのが妙法の偉大な力です。

御書を拝しますと・・・

「大事には小瑞なし、大悪をこれば大善きたる、すでに大謗法・国にあり大正法必ずひろまるべし、各各なにをかなげかせ給うべき」(大悪大善御書1300p)

「今日蓮等の類いの修行は妙法蓮華経を修行するに難来るを以て安楽と意得可きなり」(御義口伝巻上750P)

「しをのひると・みつと月の出づると・いると・夏と秋と冬と春とのさかひには必ず相違する事あり凡夫の仏になる又かくのごとし、必ず三障四魔と申す障いできたれば賢者はよろこび愚者は退くこれなり」(兵衛志殿ご返事1091P)

等々、難についてはたくさんの大事なご教示があります。回りの同志の人も、その時に本人が疑いを起こさず、より強い信心に立てるように、御書や学会指導、体験談などを通して励ましてあげることが大事になりますね。

信心途上で起きる難には深い意味があり、それが起こったからと言って、影が斜めだとは言いきれません。むしろ、難や魔が競うのは必定であり、時には正しく仏法を行じているからこそ起こるのだとも言えます。そして各人がその難を乗り越えることによって、生命に崩れぬ幸福な境涯を確立していくのです。

倒産したり、病気になったり、どの人もそういう苦難に会います。しかし、それに負けないで、難を乗り越えていくところに、本当の「仏法即社会」、「信心即生活」があるのであり、この仏法が正しいことが証明できるのです。苦難が出たところからが本当の信心であり勝負なのだと思います。

「信心しきったものが最後は勝つ」と池田先生は仰せになりました。凡夫は信心途中には実に様々、不幸の姿を現じるものです。その不幸がないと幸福も証明できません。「倒産して借金まみれのあの人が、立派に蘇生した」そうなるから、この信心は正しいと胸を張って言えます。

それを証明する一人ひとりになることが、「信心即生活」であり、仏法を広めゆく、広宣流布の原動力になっていくのだと思います。

Y様の御書講義の参考になれば幸いです。
ともに確信ある御書講義で、皆さんを励ましてまいりましょう!
王者の剣dot 2017.12.06 12:04 | 編集
Y様

重ねてのコメントありがとうございます。

同じ兵庫壮年部、しかも入会34年ということで私もほぼ同じです。
年は私のほうがだいぶ上でしょうけど。

どちらの方面かわかりませんが、「兵池」などの会合でご一緒しているかもしれませんね。

ご両親を折伏されたとのこと・・素晴らしいですね。
そして今、信心に目覚めて、池田先生を求めて生きておられる・・・本当に立派です。

悩みは誰しもあります。境涯が変わっても悩みの質が変わるだけで、池田先生にも大いなる広宣流布の悩みがお有りだと思います。まして凡夫の私達ですから、人間関係、仕事、家庭、お金、健康と、次から次へと悩ましいことです。

今は、お子さんがいないご夫婦も多いですね。私の回りでも本当に多いです。そんな中で未来部を担当されていることも、素晴らしいと思います。今は離婚も多い時代ですし、中にはお子さんを亡くされている方もおられます。池田先生のご子息も病気で亡くなっておられますね。

誰しもそういう胸中の悲哀を抱え、生きていくことになります。それでも信心があれば、それらを宿命転換していくことができます。またその深い意味もやがてわかる時が来ます。信心がなければ、また来世も同じことで苦しまねばなりません。

悩みはいろいろあれど、信心が強ければ、それをバネに歓喜の人生を生きていけます。私自身はそのことを学びました。
悩みがあることが不幸なのではなく、悩みに負けることが不幸なのだと。
その悩みを乗り越えた時に、思ってもみなかった境涯が開いていきます。

7日の「名字の言」に義足の少女の話が出ていましたね。劣等感の塊で、足を隠していた彼女が、演劇への出演から諦めない生き方を見出します。そして彼女は言います。「私は、私の足で生きていく」と・・・

悩みに勝つ生き方を悟った彼女を、私は素晴らしい人だと思いました。

力強い題目がいいですよ、題目は師子吼ですから。誓願勤行会の池田先生の題目すごいですよね。自分の悲哀や不幸を撃ち抜くような、信のこもった強き題目で、壁を破っていきましょう。

Y様の今後のご活躍をお祈りいたします。

(鍵付きコメントですのでメルアド付記いただければ、そちらに返信も可能です。よろしくお願いします。)

王者の剣dot 2017.12.08 16:33 | 編集
非公開様

ご質問ですが、それぞれの状況で違いがありますので、私には的確なアドバイスはできません。
「自分を折伏しなさい」と言われた指導も、あなた様の状況をご存知の上でのものだと思います。
あなたの様のことを何も知らない私に、それがどういう意味なのかはよくわかりません。

癌で悩まれている友人の同級生を、あなた様も一緒に救っていく心があるなら、
「御本尊をたもって、一緒に信心をしていきましょう」とすすめるのは自然な行為だと思います。

それがなぜ言えないのか・・・私にはわかりませんが、一般的に言えば勇気がない、無慈悲ということではないでしょうか?
策も方法もいりませんが、凡夫は勇気が慈悲だと、戸田先生は言われています。

腹を決めて、勇気を出して挑戦してください。
まして地区部長をやられているなら、地区の人たちの先頭に立って、勇気の戦いを開始していきましょう!


王者の剣dot 2017.12.31 17:02 | 編集
非公開TY様

返信ありがとうございました。

あとで思いましたが、「自分を折伏する」というのは
「自分の殻を破る、脱皮する」ということだと言えそうですね。

「今一歩のところで負けていた自分の限界を超える」
「言いたくていつも言えないで終わる弱い自分の心の殻を破る」等々・・・

と、そういうことなのかもしれませんね。

その「殻を破る」ということは誰もがいつも抱えながら戦って行くものです。
私も自分の殻を破らなければなりません。

共に強い心で向かっていきましょう!

どうか勇気の行動で折伏が実り、先生に勝利の報告ができますように!

(このコメントへの返信は不要です)
王者の剣dot 2018.01.04 15:09 | 編集
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