広布の大河に君ありて tori

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難こそ誉れ・・・

 日蓮大聖人様は立宗宣言以後、法華経ゆえの大難の人生を貫き通され、万年救護の大御本尊をご図顕あそばされました。また法華経の正しい信心のお姿を身を持ってお示しくださいました。創価学会の三代の師弟も法華経ゆえの大難を受け、日蓮大聖人様のご遺命である広宣流布のために戦いぬいてこられました。もったいなくもこの方々のおかげで、今日、学会員は御本尊を受持し、一生成仏のための信心を意気揚々と歩むことができます。

 今なら、官憲に囚われ牢屋に入れられても、退転しないで頑張る人も多いのではないかと思いますが、それは、牧口先生や戸田先生が初めに難を受けられ、池田先生の力をもって勝利した今日の学会の姿を見たからではないかと思うのです。

 末法の初めに熱原の三烈士の立場にいきなり立たされたら、きっとたいていの人は逃げ出すように思います。
牧口先生、戸田先生が逮捕、投獄された後にほとんどの人が退転していったように、私もその立場に初信のころに行きあったら、どうしていたか自信はありません。ぶるぶる震えて逃げ出したかもしれません。そう思うと、これらの難に最初に遭遇して、たじろがなかった人々は本当にすごい人達だと思うのです。

 これはある意味、本当の法華経の功徳の意味を知っていないとできるものではないし、そうでなければ純真に日蓮大聖人様を信じ抜いていないいとできないことです。現世利益だけを思っている人にはとても耐えられない話です。今の私なら、そうした難があれば受けて立つように思いますが、5年や10年の信心ではとても私はそこまで行けなかったように思います。

 そういう偉大な精神の持ち主がおられたがゆえに、今の私たちの信心があると思いますし、いついかなる時も、先人のそうした行動への感謝を忘れてはならないと思います。



夏野菜



 当初、御書を学び始めて大聖人様がいたるところで「難がある、難がある・・」と何度も説かれることが不思議で仕方ありませんでした。すぐに功徳が出るものと思い入信したものの、こんなに難があるなんて話が違うよ・・・と内心思ったものです。実はそれが妙法の良薬たる所以だと後々わかったのですが・・・妙法の力で私たちの生命に潜む第六天の魔王をあぶり出し、難を起こさせ、信者を悩ませ、その毒を持って毒を制し、一生成仏の大功徳に変えて差し上げますと言われているのです。そうしてみると難はすべて仏さまの慈悲の計らいととらえて勇んで戦っていくことが肝要です。

 今の時代は非常識な行動でない限り、いくら折伏しても逮捕されて牢屋に入れられることはありません。せいぜい悪口を言われるか、仲間外れか村八分にされる程度のことです。ですからとても信心はやり良い時代だと言えます。大いに仏法対話に汗を流さなければ、このままでは私も報恩の道を歩んでるとはとても言えないぞと自省する日々です。

 御聖訓には「和党共二陣三陣つづきて、迦葉・阿難にも勝れ、天台・伝教にもこえよかし。 わずかの小島の主等が威嚇さんを恐じては 閻魔王の責めをばいかんがすべき。 仏の御使となのりながら、 臆せんは無下の人々なりと申しふくめぬ。」(種々御振舞御書962P) 

 また「真実の法華経の如説修行の行者の師弟檀那とならんには三類の敵人決定せり、されば此の経を聴聞し始めん日より思い定むべし況滅度後の大難の三類甚しかるべしと、然るに我が弟子等の中にも兼て聴聞せしかども大小の難来る時は今始めて驚き肝をけして信心を破りぬ」(如説修行抄501P)等々、難を覚悟するよう仏様の大確信のお言葉を持って促されています。

 暑い夏も間もなく終わり、活動には絶好の季節の到来です。多くの同志の方々と共に、ともに励まし、「一歩前進、日々前進」の心意気で我が人間革命の仏道修行に邁進したいと思います。



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残暑お見舞い申し上げます

 いつも拙い記事をお読みいただきありがとうございます。
今年の夏はことのほか暑く感じます。
私も先週は家族でキャンプに出たり、友人のお子さんが甲子園に出られたので
その応援と、とてもハードで暑い夏を満喫?してきました。
まだ体がへなへなとしていますが、今夜は同志の方の友人葬があり、参列してきます。

皆様もどうかお身体を大切に、夏の疲れを癒しながら御精進されますようお祈り申し上げます。

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