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2019
06.06

法戦について思うこと

Category: 未分類


 6月に入りました。今年もすでに夏日のような暑い日もあり、猛暑の夏の気配がします。近年は地震や豪雨・台風などの大きな災害も起こっており、朝夕のご祈念で災害のないことを強く祈っていきたいと思います。

 今、参院選に向かい、自身の宿命転換を賭けて戦っておられる多くの同志がおられます。私もその一人ですが、戦える場所があるということは本当にありがたいことです。中には選挙戦が憂鬱だという方もおられると思いますが、やらされるよりはやる方がずっと楽しいものです。自分で「さあ、やろう!」と決めて私も挑戦しています。

 私は昔は法戦は好きではなかったのですが、積極的にやってみますと功徳が大きいことを知りました。これはある意味、新鮮な驚きでした。ですから言葉は悪いですが、今では法戦を利用して大いに功徳をいただこうという気持ちでやっています。また何故、法戦を戦うのか?その意味も自分なりに学び、少しは理解できるようになってきました。

 とはいえ、信心するために学会へ入ったのにどうして公明党の支援をするのかというのは、多くの方が一度は持たれる疑問ではないでしょうか?

 一言で説明することは難しいかもしれませんが、よくそのことを説明するのに「王仏冥合」という言葉が出てきます。池田先生は「人間革命」の中で次のように述べられています。

「王仏冥合とは、政治の根本理念として、大仏法の思想を置くことである。豊かな土壌には、沢山の作物が実り、草木が繁茂する。痩せた土地には、発育不全の貧弱な作物しか取れない。政治でも、経済でも、芸術でも、大切なのは、その基調となる思想である。思想には、高低・浅深が必ずある。」

 「冥合」とありますので、根底・源を同じくすると言う意味なのかと思います。政治や文化、芸術・・・あらゆる人間の営みの根底に仏法の精神、すなわち一切衆生を幸福にするという慈悲をもっている。それが創価学会のあらゆる運動だと思います。文化と仏法も冥合し、経済と仏法も冥合します。それにより世の中が有意義な価値であふれ、人々が大いに幸福を感じる。公明党も政治の分野において、仏法と冥合して存在し、大衆の幸福のために活躍してもらわねばなりません。

 思想哲学と言っても高低浅深があり、どんな思想をもつかによって政治のありかたも違ってきます。日蓮大聖人の生命哲学を根本に持つならば、それは大衆の福祉を目的とするでしょうし、制度や法案によって光の当たらない弱者を救うことを目的とした政党となるでしょう。現に、そうした声に耳を傾けて、公明党は活動してきたと言っていいと思います。

 そうであるなら政治家の活動は本来、菩薩行です。公明党の議員が信仰をたもち、菩薩の心、慈悲の心で政治の世界で働き、仏法を世の中に還元しゆくならば、その存在は「立正安国」と「広宣流布」に直接、貢献していくものになるに違いありません。

 優れた宗教を実践しているからこそ、正しい人生観、人間観を体得でき、その人たちが世の中を良い方向へと導くことができる。その意味で仏法を実践する信仰者が政治に関わっていくことは、国益になっていくものと確信します。逆に何の正しい思想、目的観を持たない人達が政治を行えば、世の中が混乱し、大衆が不利益を蒙ることは、これまでの歴史が証明しているところです。

 よく世間では学会をすぐに「政教一致」という風に決めつけますが、決して学会は政治と宗教を混同したり、国家=宗教(創価学会)などにするというものではありません。あくまでも仏法をたもった人々が政治に参画していくということであり、それは信仰を持った人たちの人権という意味でも保障されなければならないと思います。当然、学会以外の人たちの信仰の自由も保障されるべきです。

 池田先生は「創価学会イコール公明党といったような、そんな狭量な考えであってはならない。政治だけが学会の活動分野ではない。社会のすべての面を革新しきっていく決意がなかったならば、最高の正法を根底にした文化国家は建設できない。」と言われています。

 池田先生の目的は「正法を根底にした文化国家の建設」にあると言われています。法戦だけが戦いでもありませんし、政治も世の中の一分野です。もちろん選挙屋なんかになる必要もない。社会のあらゆる分野で、また自分の今いる場所で、一人一人が地道に人間革命に挑戦する姿こそ学会員の本来あるべき姿です。

 そして、あの地でもこの地でも、桜梅桃李の個性豊かな花を咲かせゆく・・・それが総体革命となり、幸福社会が出現する。それなくしては文化国家の建設も絵空事です。そこにどこまでも個人と社会の平和・幸福を願い創造しゆく、仏法の目的があると思います。

 この度の法戦も、私たちの同志から立派な議員を輩出して、民衆に貢献してもらうのだ・・・そのことを祈りながらの支援でありたいと思います。また議員も常に「民衆」という原点を忘れず、戦い続ける人であってほしいと思います。

 個人の戦いも、公明党の選挙の戦いも、その目的は「立正安国」と「広宣流布」です。そこを忘れれば、何のための支援か、何のための信心か見えなくなってしまいます。日蓮大聖人の民衆救済の御心をわが心に感じて、広宣流布のためにこの身を燃焼させていきたいと思います。




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