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2019
06.20

頭は妙・・・足は経。

Category: 未分類

 御義口伝には「妙法蓮華経」の五字を
 人間の身体に即して説かれている。
 「経」とは「足」にあたる。
 いわば広布のために行動してこそ、真の妙法の実践となるのだ。
 学会活動は、動けば動くほど、身も軽くなる。心も晴れやかになる。
 功徳もある。仏になれる。
(6月9日付聖教新聞・四季の励まし)

 
 このご指導通りです。座して思索をするよりは行動です。この体を大地に投げ打って活動に歩く実践ほど、楽しく生命力が湧くことはない。もし信心が停滞したり行き詰っているというなら、自分が活動し、行動しているかを問えばいい。逆に言うなら、行動によって必ず行き詰まりは打開できます。歓喜と生命力が湧いて解決しない悩みなどはありません。

 法戦の最中ということもあり、私も連日、対話に励んでいます。折伏なら相手をしっかり決めての対話になりますが、公明支援ならそれほどハードルは高くありません。日ごろ、顔みしりの方であれば、どんどん語っていけます。また顔見知りでなくても、気軽に話かけることも私はよくします。語った分だけ生命力が湧いてくるのですから、足で歩き、口で語ることが仏法だということがわかってきます。

 時には自分の対話力、外交力の未熟さも感じます。素直にこちらの候補に賛同してくだされば対話は楽ですが、そうでない場合の対応力、振る舞いも求められます。中には辛らつに公明批判を返してくる人もいるでしょう。

 それでも相手の意見を聞き、学ぶことも大事です。「公明党のどこが悪いですか?意見を聞かせてください。」「地元の議員に伝えますので、お困りのことがあれば教えてください。」等々・・・相手にしゃべってもらい意見を主張してもらうことで、話が一方通行から相互通行になり、心が通い合います。そこにお互いを理解しあう道が生まれます。

 主義主張は違えど、「あの人は信念があるな」「さわやかだな」という印象を相手に残すことも大事だと思います。公明党支援者=創価学会員と世間は承知しているのですから、最後はこちらの人間性で、相手が学会を理解することもあるわけです。その意味では、支援と言っても折伏です。学会の看板を背負って活動に歩くわけですから、非常識だったり、何かと口論するような振る舞いでは、相手は学会とはそういうものだと思うことでしょう。


 人の見ていないところで、表面に出ないところで
 100%頑張れる人が、偉大な人である。
 だれが見ていなくとも戦った足跡は、我が生命に厳然と残る。
 御本尊が全てお見通しなのである。

 世界広布は決して遠くにあるのではない。
 自分の足元にあるのだ。
 ゆえに今、ここで勝つ事が勝利だ。
(同)


 妙法蓮華経は人の身体に即しています。頭は妙、喉は法、胸は蓮、腹は華、そして足は経・・・ならばこの体を仏法のために捧げるなら、凡夫の身が妙法蓮華経となることでしょう。汚泥にまみれたこの身が妙法蓮華経となるのですから、そうなればほかに何がいるでしょうか?妙法を信じ、足で行動し、口で仏法を語る。それで仏になるのですから、勇気さえあればできることです。
 
 さあ、重い腰をあげて(笑) 心を入れ替えて軽い足取りに変えましょう。そして自分らしく、自分の足で広宣流布の戦いに打って出ようではありませんか!今までにやったことのない戦いをやろうと私も決意しています。愚癡を吹き飛ばし、福運あふれる人生をともに切り開いていこうではありませんか!



 

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