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2019
07.09

土佐は高知の善き婦人

Category: 未分類

 今回、兵庫の法戦は厳しい戦いとなっていますが、そのこともあり全国から多くの方が支援に入ってきてくださっています。地元出身の方であったり、かつてこちらで働いていた方など、私の田舎にも遠く、九州や関東から縁故を訪ねてきてくださいました。

 そんな中、先日も高知から電車やバスを乗り継ぎ、外部の友人の方の案内で、私の地元にこられた3人の婦人がおられます。案内された友人の方とともに、昔、この田舎で一緒に働いた仕事仲間だそうです。その案内役の方と私が知り合いだったもので、「ここも学会さんやで」と私の家へと案内され連れてこられました。



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 突然の来訪で、私も草刈り作業で外にいたもので、その場で立ち話するのが精一杯でした。地元の学会員に出会ってうれしかったのか、皆さん饒舌で大いに話が弾みました。3人ともご高齢ですが大変お元気で、ある婦人からは、「私は信心60年です。高知に来て私の名前を言ってくださればすぐにわかります。○○国会議員ともお茶を飲む間柄です。高知に来たらぜひ訪ねてください。」と熱く言われました。

 見知らぬ学会員同士であっても、生命の奥底で結ばれているものです。出会った瞬間に妙法の縁が薫発し、そこに忽然と道が現れるがごとく、心と心が通い合います。私もその時は、長靴に野良着、麦わら帽子といういで立ちでしたが、(笑) 何の衒(てら)いもなくすぐさま意気投合しました。時間があれば、信心60年の山あり谷ありの歩みを聞かせていただきたいと思ったほどです。これはいつか高知へと車を走らせなければなりませんね。(笑)

 妙法では「異体同心」と説かれます。同心であればすぐに心は溶け合います。距離も時間も地位も年齢も関係ない・・・家族のように相手のことを思いあえます。同じ学会で広宣流布を目指し、師弟の道で「妙法」を唱えている連帯というのは、世間の付き合いよりも深く純粋であり、仏界という不思議な世界で往来できるのです。

 仏法のそうした世界を知らない世間の人たちは、やれ学会は衰退しているだの、内部で分裂しているだのと評論家のように好き勝手をいうものです。しかし、私はそうは思いません。数は少なかろうと、一人二人とこの異体同心の紐帯をつなぎ合う限り、学会は消滅することなく続いていくことを信じます。その清らかな世界に住すれば、世間の見立てなど、肝心のところを何もわかっていない浅はかなものだということがよくわかるのです。

 「師弟」の世界も同じです。師弟に生きるということを知らない人はそんな世界などないと思うものです。しかし、その世界を知り、そこに住する人にとっては、厳然とその世界があることがわかるはずです。同様に妙法に説かれる仏界もまた同じでしょう。目に見えないそうした不思議な世界に住し、汲めども尽きない功徳を味わいながら生きていける・・・それこそが信心する者の特権です。

 妙法は生命の法則であり、人々が最後にどうしても希求せざるを得ない生命哲学です。それはこの宇宙や人間の生命の本質までを正しく説き明かした哲学だからです。人を不幸へと貶める魔を打ち破っていく力、生きとし生けるものが幸福と平和を創造しながら生きていく力・・・妙法がその力の本源であるならば、それはどなたも欲してやまないもののはずです。

 その意味で、私は学会が途絶えるなどということはない、求道の人がいる限り仏はこの世に現れるのであり、仏法と言ってもどこか虚空の彼方にあるのではない、信心する人の生命にその姿を現すに違いありません。

 日曜日の先生の詩には、「戦い続ける人が青年」とありました。「もうこれで良い」などというゴールはありません。人間である限り、戦って戦って生きぬいていく。永遠に地涌の菩薩として戦い抜く生命であることを覚悟する。高齢であっても戦うことをやめない土佐の高知の婦人達のように・・・そうした強き心の人となって、私も地域に一人立ち、創価の大道を邁進していきたいと思います。


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