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2019
09.14

広宣流布という的に向かって

Category: 信心

 今回の台風では関東の方に大きな被害が出ました。私の姉も千葉におり、昨日ようやく電気が復旧したと連絡がありました。全被災地域の一日も早い復旧をお祈りいたします。

 今朝、聖教配達時に空を見上げますと、秋の雲と夏の雲が空で遊んでいました。朝晩は風もひんやりして暑さもようやく和らいできた感があります。



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 世の中の多くの人を見るたびに、この信心をしていることをありがたく感じることがあります。私の周りにも仕事で成功し、高級車に乗り、ゴルフや釣り、美食に興じている人もいます。しかし、この信心で心の財を積んでいく道を知るならば、それらの楽しみもどこかはかない幻のように見えるものです。

 遅かれ早かれどなたもこの世を去っていかねばなりません。その時に持っていけるのはこの命だけということになります。まさかベンツに乗ってあの世へ行くわけには行きますまい。笑) そしていったい、何を頼りに冥途へと旅立っていくのか・・・因果を知らず、三世を知らず・・・それを思うと何とか仏法を教えてあげたいと思うのは、信心する凡夫の慈悲心というものかもしれません。

 飢えた人にご飯をあげればひと時は救えます。しかし食べてお腹がすけばまた苦しみます。ですからご飯をあげることは小善です。この仏法を人に施せば、その人はどんな時も信心で生命力を豊かにし、福運と智慧を増し乗り越えていけます。そして自然と仏界に至り、三世永遠の幸福境涯に到達できるのです。ですから折伏こそが大善です。

 人生の目的は幸福であり、幸福とは「一生成仏」と説かれます。その仏法を世界に広め衆生を救うこと、すなわち広宣流布こそが仏様の願いです。その仏様の心と同意して広宣流布を目的に生きていく、そうすれば凡夫にも仏の命が開きます。「私の人生の目的は広宣流布です」その信念で生きる人に、仏力法力が現れゆくことは百発百中ではありませんか。

 広宣流布のために仕事に励みお金を儲けることと、単にお金儲けを目的にやっているのとでは、一見、同じように見えて天地雲泥の差があるものです。それは目的感がまったく違うからです。凡夫であっても仏の誓願に生きるならば心は仏界に住し、濁世にあって蓮華の華の如く清らかに咲くことができる。そこに人が想像もつかない境涯革命、人間革命の世界が開けていくことを確信します。

 世の中の多くの人がそんな信心の財を容易に信じようとはしないかもしれません。しかし生命に宿る心の財、仏の世界というものは絶対にあります。それは信じることによってしか見ることができない。不信こそがその世界を閉ざし人を迷いの世界にひきずりこむ無明という大悪です。その無明を打ち砕くのも自身の信力以外にありません。

  的のないところに向かい矢を放っても虚しいものですね。信心をする以上、己の名聞名利を退け、ただひとえに「広宣流布」という的に心を定めて、弓を引き絞りたいものです。その一念の矢は必ず仏様に届くと確信します。届いたときには心の闇は晴れ、生命には歓喜が生活には充実がみなぎっていくのです。

 一年のうちでは秋が一番私の好きな季節です。さあ、いつまでも悶々としてないでさわやかな秋晴れのごとくに生きてまいりましょう!「昨日の悲しみにさようなら、歓喜の私よこんにちは」です。(笑) そのためにも地域の先頭に立って広宣流布の活動を、一層、明るくにぎやかにやっていきたいと思います。


 

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