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2019
10.23

自分に始まり自分に帰る信心

Category: 信心


 今回の台風でも70近い河川で越流や堤防決壊によって多くの方が犠牲になられ、また数十年かけて築き上げた生活が一瞬にして破壊されるという大災害となりました。犠牲になられた方のご冥福と、被災された方の一日も早い復旧を心よりお祈り申し上げます。

 今までの防災観念では対応できない自然の猛威に、日本はさらされ続けています。莫大なお金も必要になりますが、専門家も交えて危険レベルの高いところから順次、防災対策に全力を挙げてほしいものです。

 今回、政府では国土交通大臣に公明党の赤羽一嘉さんが任命されました。赤羽さんは災害関連のスペシャリストといってもいい方です。兵庫選出で阪神淡路大震災ではご自宅も倒壊の被害にあわれ、その経験から被災者支援の法案作りにも関わられました。国会での質疑でも災害関連に多くの時間を割いておられます。赤羽一嘉HPこの職には最適任者の方だと思いますので、就任早々大変ですが、使命の道で是非とも頑張っていただきたいものです。



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 「祈り」ということについて、ある時期まで私は外にある御本尊にお願いするような拝み方をしていたように思います。「病気がよくなりますように」「生活がよくなりますように」と・・・ところがそれではどうも仏様任せの感がぬぐいきれない。それが自分の生命が仏であるということを学び、またこの身で感じるようになって、それから祈り方が変化してきました。

 それは他力ではなくすべてを自力で解決するという信仰観の変換点となりました。他力ではなく自力、人任せではなく自分だと・・・その自力が、「南無妙法蓮華経」であり、「自行化他」の信心です。自身の生命に元々ある御本尊を強く涌現すれば、乗り越えられない苦難はない、また祈りとして叶わないことはない・・・その決意と成就への強き一念が「祈り」であると理解するようになりました。

 そうしますと祈りが叶うか叶わないかはこちらの信心の問題であり、御本尊様のせいということは何もありません。それで私はすっきりとし、あとは目標を立てて自分が信心を頑張ればいいだけだと思うようになりました。

  「病気が治るように」「お金持ちになるように」と思うだけで、それをなし遂げるという決意・行動がなければ、それは祈りではなく「願い」ということです。そこから一歩前進して「広宣流布のために病魔に勝つのだ!」「この職場で勝利するのだ!」と決意をし、その一念を貫いて信仰に励むところに祈りが成就していく・・・それが信心する人の祈りではないでしょうか。

 「大地はささばはづるるとも虚空(おおぞら)をつなぐ者はありとも潮のみ(満)ちひ(干)ぬ事はありとも日は西より出づるとも・法華経の行者の祈りのか(叶)なはぬ事はあるべからず」(祈祷抄1351p)

 この御文では法華経の行者の祈りはすべて叶うと御断言なされておられます。初心のころにこの御文を拝した時、申し訳ないことですが、「本当にどんな祈りも叶うものだろうか?」と思ったものです。それでもそのお言葉に嘘は絶対にないとすれば信じるしかありません。そして今になって「決意」「一念」の大切さを知り、また法華経の祈りが叶う道理が少しづつ分かるようになってきました。

 「必ずこうする、こうして見せるのだ」と決意した一念には、「必ずそうなる」という結果が伴います。それが「因果倶時」だと言えます。その意味で決意があるところ必ず結果がついてくる。ゆえに自分がどうしたいのか、どうなりたいのか心を明確に持つことが大事だと言えます。弓矢を放つときに的が曖昧では、いくらお題目をあげていても一体どこに向かっているのか、またどこに力を与えていいものやら、仏様もさぞかしお困りになると思うのです。

 ちょうど今月は「可延常業書」の御書講義がありました。(大白蓮華10月号)その中の指導で池田先生は次のように述べられています。
 生命には「生き抜く力」があります。「治す力」がある。それを引き出す最高の「大良薬」が妙法です。治すのは「自分自身」であり、治すと決めるのは自分の「信心」です。(60p)

 治すと決めるのも、また治すのも自分だと言われています。病を治すとまず決める、そして信心によって御本尊の功力を涌現して病を治す・・・すべては自分から始まり自分に帰結する。それが信心だと思います。

 「日本一の幸せ者になろう」「誰よりも仏法を語れる人になろう」と私も決意しています。どんな決意をするも自由です。仏様のお心に背いたり、道理から外れなければ大きな夢を持つのもいいと思います。「必ずあの人を救うのだ」「妙法を受持させるのだ」と、そう決めて前進です。

 功徳聚(功徳のかたまり)と言われる御本尊に迷いのない一念でぶつかり、ともに思うがままの大きな功徳を得ようではありませんか?自分の決意と信心でどんな祈りも叶うと信じれば、生きる道に安心丈夫の心が湧いてきます。大船に乗った心意気で堂々と、娑婆世界という濁世の舞台に立ち、祈りの実証で勝負していきたいものです。

 




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