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2019
10.30

不惜の誓いに生きる(1)

Category: 信心



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 このブログを通じてお知り合いになったある方から、先日、池田先生の「不惜身命と現代」という指導を紹介していただきました。「御書と師弟Ⅰ」(聖教新聞社)という本の中に収められているものですが、それを読んで思ったことを少し書こうと思います。

 この章の冒頭に戸田先生の言葉を紹介されています。「人間の業というか、社会は複雑で、すべてが矛盾だらけである。どこにも、万人の幸福への根本的な道はない。その中で、大聖人の仏法だけは、人間の根本的な宿命転換の方途を示されている。常楽我浄と、永遠の所願満足への軌道を教えてくださっている。これ以上の究極の人生の道はない。だから信心だけは命をかけてやって悔いがないのだ」

 この言葉通りに戸田先生との師弟の道を全うされたのが池田先生です。先生ほど広宣流布に身命を捧げられた人はいない。先生は「私を超える人材に・・・」と常々、青年部に呼びかけておられますが、今後、立派な弟子の方が出現されたとしても、先生を超えるような人材が出ることはないでしょう。「あなたもその一人になってください」という池田先生の言葉は、後継の人への魂からのメッセージだと思えてなりません。

 世間のことにしろ、命を賭けないものに本物はないというのは真実でしょう。その意味で自分が命を賭けるものに出会えるかどうか・・・まずそのことからして至難のことだと言えます。多くの人が命を賭けるものに出会うことなく人生が終わる、また出会えたとしても世間の浅きことや、偏狭な思想に捕らわれて終わることも多いものです。戸田先生が「これ以上の究極の人生の道はない。だから信心だけは命をかけてやって悔いがないのだ」と言われた仏法に、私たちは出会えました。あとは自分がどこまでやるか・・・自分との戦いですべては決まることでしょう。

 池田先生は「一滴の水は、そのままではいずれ消え失せてしまう。しかし大海に融け込むならば、永遠性の命を得ることができる」と言われています。己一滴の小我を捨て御本尊という大海に、また広宣流布という仏の誓願に命を賭けて戦いゆく時、凡夫の生命が御本仏の大生命と一致し、大宇宙の仏界の大生命と一体化していくのだと教えておられます。

 しかし凡夫がその道を行こうとするなら、容赦ない魔との戦いを覚悟しなければなりません。私も落ちることのないように、毎日発心して前進する日々です。それでも自分が命を賭けてやってみようと思えるこの仏法に出会えたのですから、信心だけは中途半端ではいけない、魔王に堂々、宣戦布告して雄々しくやろうと思っています。

 昨年 法華講から学会へと生還された壮年の方から、今日も相談をいただきました。「友人がいまだ法華講にいるのですが、どうしても自分一人では話が切り出せない、力を貸してもらえませんか?」というものでした。私は二つ返事でOKして、次週の相手の休みの日に一緒に訪問することにいたしました。

 信心のことにはすぐに行動を起こす。善良なる同志の力にいつでもなりたい・・・と、喜び勇んで動く自分でありたいものです。こんな私も今では、学会活動が一番楽しい自分となりました。

 戸田先生はこう言われています。「私は二年間の獄中闘争に勝った。それは己を捨てたからだよ。牧口先生にお供して、広布にわが身をなげうつことを決めたから勝ったのだ。そう決めた時から、何の迷いも恐れもなくなった」

 私たちもその心の万分の一でも命に刻み、この信心に己を捨てる決意で臨みたいものです。それが師弟不二の道であり、何より自身の三世の幸福のためです。それは特別なことではなく、今の姿のまま、今いる場所で、一人御本尊様に誓って行動できます。自分はこう生きようと決めたらあとは前進あるのみです。今の境遇を嘆くこともなく、「ここから反転攻勢の戦いをやってやろうじゃないか!」との闘魂が湧いてきます。

 迷いも恐れも悲観もない・・・そんな不惜の心に立って、今日も明るく元気に前進、前進、また前進です。





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