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師弟の道

 私は創価学会に入った(昭和57年)ものの、当初はあまり学会と言う団体が良くわからず、様々に戸惑いを感じながら、信心していました。日蓮大聖人様を信仰していくのに、どうして創価学会と言う団体が必要なのかも実はよくわからず、日蓮正宗の信者になっただけで十分なのではないかと思うところもありました。

 日蓮大聖人様は、主師親の三徳をお備えになった御本仏です。それには師匠の義がありますので、池田先生を師匠と仰いで信心していくと言われた時、師匠がお二人になって、私の命の中ですんなりと納まりが付かなかったのです。
 学会も当時はまだ宗門を外護し、大石寺への登山も活発に行われていました。私自身、入会時は日顕の御本尊をいただきましたし、東京世田谷の小さなアパートでの生活でしたので、唱題も思うようにできなくて、近くの正宗寺院に行って唱題することもよくありました。入信間もない私は、寺も学会もよくわからずに信心していたのです。

 そういう意味では、一般の学会員よりは寺への出入りも多かったかも知れません。しかし、平成に入り、第二次宗門問題が起こった時、私の心には学会が正しいという点において、いささかの迷いも起きなかったのです。これはほんとに不思議なことでした。それと言うのも私の友人の大半は、学会を去って法華講に行ってしまったからです。中には今もって反学会の先頭に立って、暴れている輩もいます。池田先生と言う存在自体は、私にとって依然、おぼろげな存在だったわけですが、「学会が正しい、先生が正しい」というそのことについては何の疑いも起きなかったのです。

  実際、その問題によって宗門の実態を知り、日顕の悪人たるを知ったわけですので、その事件は私を正道に導いてくれる出来事になりました。その事件によって私はついていくべき、師匠としての池田先生にようやく目覚めることができたように思います。法華経には長者窮子(ちょうじゃぐうじ)という説話がありますが、まさに私自身、師匠を見失って放浪する愚かな放蕩息子であったのです。


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 池田先生という方が、日蓮大聖人様から御遺命を受けて、昭和、平成の世に出てこられた仏意仏勅の方であることを私は確信しています。日蓮大聖人様と池田先生は師弟不二ですし、牧口、戸田先生も不二であることに何の不思議もありません。もちろん、大聖人様は御本仏ですし、池田先生は戸田先生と並んで一番のお弟子さんです。けれど法華経という大海の中では一体不二であり、異体同心です。また純粋に信心していく私達も、その師弟不二の道に連なることができる、日蓮大聖人、池田先生の生命と不二の生命に必ずなれるのです。

 今、私は、日蓮大聖人様を主師親三徳具備の末法の御本仏として仰ぎ、また池田先生を広宣流布の総大将と仰ぎつつ、お二人が不二の関係となって、私の生命の中でおられることに、とても自然な納まりを感じています。以前、感じていた違和感が、霧が晴れるように払拭されてきたのです。

 入会当初から池田先生一筋できた人から見れば、「なんだ、そんなことか」というお話でしょうが、自分は創価学会から遠い存在だと思っていましたので、随分、道草は喰いましたが、こういう道筋もあるのだなあという不思議な感じがするのです。

 その師弟一体の世界に流入し、法華の大海の一滴として生きて行ける。一滴と言えど、それは大海と等しい。その世界から日常の九界の世界に立ち返り、弘教していく・・・そういう心になってきたことが、私が今一番、ありがたいと感じている功徳です。

 師匠の義と同じく、法華経には親の義があります。今、池田先生を父と思い生きて行ける。池田先生を別の世界の方と思っていたのが、先生を大好きな父と思い、師匠であると言える自分になれたことが、素直にうれしいのです。

 これからの学会を思う時、池田先生の弟子であることを自覚した人々が立ち上がってやっていく以外に広宣流布の道はありません。その自覚なき人は、所詮、本物の人材にはなりえない人です。必ず信心は篩(ふるい)にかけられます。そして本物と偽物は厳しく峻別されていくのです。

 先生の命ともいえる創価学会を、私たちの手で断じて守っていく、決して魔に食い破られないよう、魔を打ち砕き、攻めたてていく・・それが弟子の勤めです。

 池田先生は、そうした後継の者たちの自覚と力量を、今、しっかりと見定めようとされているのではないでしょうか?今後、必ず学会に大きな難が襲ってくると思います。その時、本物の門下が顕われ、大聖人様の正義を守りゆく・・・それがこれまでの法華経の歴史でありましたし、再び私たちが篩にかけられる大難の時が来ると思います。

 私自身、年を重ねても、邪悪に対し先陣をきって戦いゆく、若武者のごとき自分でありたいと思っています。後継の一人として、日蓮仏法と学会正義を宣揚し、地域の広布に一つの歴史を作りゆく決意で、精進してまいります。
 
アニメ長者窮子


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Comment

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昭和57年に入信され世田谷に住んでいたのですね。私はその頃立川にいました。折伏で都心によく行きました。終電に間に合わず、お金がないので朝まで電話ボックスで題目をあげていたことあります。今考えると非常識極まる活動でした。でも、それがあったから信心の確信を掴むことができました。
今一度、あの頃の戦いをと思いました。
2013年10月06日(Sun) 17:38
はじめまして
編集
やまさんと申します。

数ヶ月前にブログの存在を知り、読ませて頂いていました。
王者の剣様の記事を拝見していると、共感を覚えることが多いので、更新を楽しみにしています。
自分は、現在41歳で求職活動中で無職です。
学会活動からも15年近く離れてしまっています。
両親の信心によって護られています。
御本尊様は御安置していませんが、朝の勤行と少額ではありますが財務だけは続けてきております。
最近は池田先生の御書の本、法華経の智慧などを読んでいます。
大聖人の御所の一節一節を心に刻みながら、求職活動と今後の人生の方向性を考えています。
創価学会から離れてはいけない事だけは分かっています。

ブログの更新を今後も楽しみにしています。
2013年10月06日(Sun) 18:35
うるとらまんさんへ
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立川から青梅線に乗り、牛浜という駅の近くに私に信心を教えてくださった方がすんでおられ、よく週末など通いました。懐かしい思い出です。その方との出会いが私の信心の原点です。私も飛び込みや、深夜に折伏いったり、正月の朝から10時間の題目をあげたり、今思うと無茶やってました。私もウルトラマンさんもその時代の信心が今の支えになっているのかも知れませんね。信心だけは悔いのないようにやりたいものです。
2013年10月07日(Mon) 10:45
やまさんへ
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コメントありがとうございます。人には様々道筋がありますので、組織に出ていなくても、やまさんの今の信心は素晴らしいと思います。ご両親への感謝もあって、私も見習いたいです。「法華経の智慧」を読まれているなんて本当に最高です。信心が深まれば、おのずと自分の使命に向かっていくと思います。組織が苦手だった私でも、先生とともに生きたいという人間に変わり、組織もまた違って見えてくるようになりました。無理は良くないので、自分の正直な心で生きて行くのが一番だと思います。組織に出たいと思われたならそれが時です。それまで今のままでいいのではと思います。お仕事が決まればいいですね。陰ながらご祈念申し上げます。
2013年10月07日(Mon) 11:18












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