2013
11.07

私の入信

Category: 未分類
 私は27歳の時に創価学会に入りました。19の時に田舎を出て東京に出ましたが、入会前には生命力も枯れ尽き、これから人生どう生きたものかと、当てのない生き方に内心途方にくれておりました。馬鹿なこともいっぱいやりましたし、親不孝者でもありました。何をやってもうまくいかず、最後は生きる目的も見失って、どこか投げやりな、そして虚無的な心で毎日を暮らすようになっていました。

 そんな折、今から31年前の11月の初め(ちょうど今時分でしょうか?それにしても昔だなあ)夜遅く、友人のU君が私の部屋を訪ねてきました、U君はミュージシャンを目指して広島から上京していましたが、彼も思うようにいかず、私に先立つこと2か月前に御本尊を受けていたのです。

 何故か二人はウマが合い、よく遊びもしましたが、その日は夜遅く私の部屋を訪ねてきました。ところが来るやいなや膝詰めで「君の生き方では幸せにはなれない・・それでいいのか?」と唐突に切り出したのです。私は一瞬、とまどいました。何か自分の一番嫌なところに踏み込んできたという感じだったのです。彼は私より年下でしたが、いつも陽気な彼が思いつめたように、またその時はなぜか有無を言わせないという雰囲気だったように思います。

 折伏といっても仏法の話は多くありませんでした。彼も入会して間もない時でしたので、教学の話もなく、私の記憶では「今のままでは駄目になる」と言ってくれたことを覚えています。やがてしばらく沈黙がありました。一瞬、いろんな思いが交錯したかもしれませんが、「いいよ、わかった、やるよ・・・」と答えたのです。

 実はその時、不思議なことにまったく信心に反対する気が起きなかったのです。それまで創価学会に対して、また信仰というものに対していいイメージがなかったのに・・・変な感覚でした。むしろ何かとてもいい話を聞いたような新鮮な感情が起こりました。南無妙法蓮華経という言葉に、これかも知れないといった、懐かしい響きを感じたのです。

 もちろんそれは一瞬の出来事でした。あとで聞くと「それはすごい順縁やなあ」と言われましたが、ほかの人の折伏であれば、反対していたかもしれません。それほど私は彼が好きだったのです。(あっちの方の愛情ではありませんよ、念のため)

 彼は私の親友でした。ですから彼の話を好意的に、また素直に受け入れたのかもしれません。それまで折伏を受けたこともなく、入会して見たら周りに学会員はいたのですが、「お前だけは信心しないだろう」とみんな思っていたそうです。

 折伏を受けたその晩、彼が帰った後、私はノートに鉛筆で「南無妙法蓮華経」と何度か書きました。そして新しい紙を一枚切り取り、もう一度「南無妙法蓮華経」と大きく書いて部屋の壁の柱に貼りました。そしてその紙に向かい正座をして題目を唱えたのです。もちろん、御本尊様を見たことはありませんし、唱題も知らなかったわけですが、なぜそんなことをしたのか・・折伏を受けたその夜に、南無妙法蓮華経と自分でしたため、拝むような人は余りいないと思いますが、それほど私自身は自分も知らない生命の奥で御本尊様を求めていたのかもしれません。


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 御書には『過去の宿縁追い来たって今度日蓮が弟子となり給うか」(生死一大事血脈抄)とあります。それからすると私は入るべくしてこの信心に入ったと言えるかも知れませんが、自分の力だけではどうにもできない運命というものがあることを痛感しました。

 自分の入信を振り返っても、決して理屈で入ったわけではない・・・拝みたい、拝まずにはいられない・・・そういう時に来ていたのです。まるで水に飢えて砂漠を旅する者のような心境だったのかもしれません。

 世田谷のアパートで受けたあの折伏の夜を、私は忘れることはありません。特に入信記念日が近づく今頃になると、懐かしく思い出します。感謝の思いが湧きますし、あの時、御本尊様を渇仰した自分の心がいささかも変わりなく、今日も「南無妙法蓮華経」と唱えゆく自分であることをありがたく思います。

 なぜ、創価学会だったのか、なぜあの状況だったのか?理屈では説明のつかない不思議なことが人生にはあるものです。

 家出するように田舎から都会に出て、人生の落伍者となり果てドツボにはまったのも、すべて御本尊様に出会うためだったのです。夢は破れましたが、御本尊様を首にぶら下げてもらうことができました。そして故郷に帰していただきました。仏様は私のことをよく御存知で、私の東京に出たい心を利用して、信心を持たせようとされたのだと今ではよくわかります。仏様の方便というのは本当にすごいものです。信心に出会うために東京に向かって旅に出たも同然になりました。(笑)

 2世3世の方で入会の動機がないと言われる方もおられます。私などはそういう福運に恵まれた生命が時にうらやましくも思いますが、ドツボに堕ちてから這い上がるように入会に至ったことは、それはそれでありがたいことだと思っています。

 折伏から数日後には彼に「早くその御本尊様というのをくれよ」とせがんでおりました。(笑)
そしてめでたく昭和57年12月14日、風変わりな創価学会員が世の中に一人誕生したという次第です。

 みなさんの入会はいかがですか?時々思い出すことによって初信の気持ちに帰ってみるのも意味があります。

 今朝の新聞には、大法弘通慈折広宣流布の学会常住の御本尊様が総本部にご安置されたとありました。私もその御本尊様を心に思い浮かべ、「池田先生、おめでとうございます。またありがとうございます」と感謝を述べながら、あの夜折伏してくれたU君の幸福も合わせてご祈念して、お題目をあげさせていただきました。(今でも上京するたびにU君に会いに行きます)

 皆さんと一緒に、総本部完成を祝い、さらに精進を重ね、地域の広布のために前進してまいります。



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コメント
昭和57年に世田谷にいて信心はじめられたのですね。
ちょうど、その頃、明治大学の友人を折伏で世田谷によく行きました。
ものすごく懐かしいです。
私達の世代までは内地の人へのコンプレックスありました。その当時は失業率、平均収入、学力、体力、犯罪率、すべてワースト1でした。
「ナイチャーカンマケリャンケヨ」(内地のの人間に負けるなよ)が沖縄からきた同志の合言葉でした。折伏やりまくりましたよ。
あの当時は折伏楽しかったな。
終電逃して喫茶店で朝まで友人と広布のロマンを語り、そのまま、バイトに出かけたり、いつ寝ているのか起きているかわからない時期ありました。
今は、残念ながら、そのパワーないな。淡々とした信心です。
王者の剣さんのおかげで、すこし、学生時代を思い出して、やったろうかとの気持ちになりました。
うるとらまんdot 2013.11.08 15:21 | 編集
うるとらまんさんへ
若き日のパワフルなうるとらまんさんの雄姿が目に浮かぶようです。しかし人生の風雪に耐えた今のうるとらまんさんもいい味出てますよ。私も夜な夜な都心を徘徊しては折伏に出かけてました。確かに怖いもの知らずの時の方が勢いがありましたね。私もこれからふるさとで折伏道に邁進する決意です。常識をちゃんと守ってね・・50.60鼻垂れ小僧、まだまだこれからです。うるとらまんさんも悔いのないようにいっちょがんばってください。
王者の剣dot 2013.11.08 17:01 | 編集
いつも貴重なお話を読むことが出来て感謝しています。
生命の奥で御本尊様を求めていたのかもしれない、との一文に共感を覚えました。
自身は二世なので、いわゆる入信動機というものはありません。
でも、両親が信心していてくれたお陰で、御本尊様に出会う時が少しでも早かったことが、現在の自分にとっては救いとなっているような気がします。

先日、面接を受けた会社がありました。
自分としては、受かったら嬉しいと思える会社でした。
求職活動も長期化すると、多少自分の意に沿わないような会社でも、ついつい応募してしまうものです・・・。
残念ながら選考には落ちてしまいました。
普段なら、求人票などはすぐに破棄してしまうのですが、なぜだか縁があるような気がして保存していました。
すると、昨日お電話を頂き、もう一度来社願いたいとのことでした。
本日再度、今度は社長様との面接になり、先ほど採用の連絡を頂きました。
働いてみない事には分からないことも多いのですが、少しばかりの安堵とやるぞ!という気持ちが湧いてきています。
御本尊様への感謝の気持ちも、心より感じることが出来ます。

王者の剣様のブログを拝見して、納得のいくことも多かったですし救いにもなりました。
これからも更新を楽しみにしています。
やまさんdot 2013.11.08 17:07 | 編集
やまさんへ
私の未熟な信心のブログをいつもお読みいただきありがとうございます。(汗)
たとえ少しでもやまさんのお力になれたらうれしく思います。
何があっても強気で行ってください。仕事は思うような職場でなくても
まずは挑戦することも大事だと思います。私も一番自分には合わないと思った
仕事で頑張ってきました。先駆者はみんな荒れた大地を開墾して生きておられます。
困難な場所に飛び込む勇気が大事です。そして失敗を恐れないことです。
広布の道であっても人生の道であっても、最初から条件の整った人生なんてつまらないものです。
自分の手で汗して耕して切り開いていくから楽しいし、実りがあるのだと思います。
これからもともにがんばりましょう!今日も前を向いて一歩ずつ(笑)・・・
王者の剣dot 2013.11.09 07:18 | 編集
素晴らしいご入信エピソードですね。もしかして今は、広島ですか?
私も広島です。福子ですが、うつ病、離婚、再婚、流産と激動の人生です。
でも、御本尊様を疑ったことは、一度もありません。
7日に妊娠5カ月で、最愛の我が子を流産してしまいました。流産の前は苦しみながら、お守り御本尊様を握りしめながら、お題目を唱えていました。しかし、ダメでした。今は、辛いですが、意味があることだとは思っています。お互い前進有るのみですね!
とまとまdot 2013.11.09 12:43 | 編集
とまとま様
コメントありがとうございます。お子様を失われた悲しみは大変なことと思います。
陰ながらとまとまさんとお子様にお題目を送らせていただきます。
悲しみに負けないで頑張ろうとされている姿に感動しています。
その心は勝利者の心ですね。きっときっと深い意味があり、変毒為薬していかれることと思います。
信心していなくても幸せに見える人は多いです。でもこの御本尊をたもったことは
三世永遠の崩れざる幸福のためです。試練に負けないでお子様のためにも強く生きて行ってくださいね。

P.S
折伏してくれた友人が福山出身で私は関西です。


王者の剣dot 2013.11.09 13:37 | 編集
厳しくも暖かい激励を頂きました。
ありがとうございます。
自分の人生を開拓していきます。
そして組織にもついて、広宣流布のお手伝いもしていけるように、しっかり足場を固めたいと思います。

またコメント入れさせて頂きますね。
寒くなってきましたので、体調を崩されませんように。
やまさんdot 2013.11.09 20:12 | 編集
やまさんへ
「自分の人生を開拓していきます。
そして組織にもついて、広宣流布のお手伝いもしていけるように、しっかり足場を固めたいと思います。」
素晴らしい決意ですね。ほんとに嬉しい言葉です。。
やまさんの心に明るい灯がともったようで、自分のことのようにうれしく思います。こちらこそいつも生意気なこと言ってすいません。やまさんに言っているようで実は駄目な自分に言い聞かせているのです。「負けるなよ、絶対勝てよ」って・・・お題目を送ります。これからも信心根本に一緒に歩いて行きましょう!

王者の剣dot 2013.11.10 00:22 | 編集
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