広布の大河に君ありて tori

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我が地域は寂光土

  今、私の自宅はひなびた農村地帯にあります。私自身も米つくりから野菜つくりといろいろとやっています。自家消費が主ですけど、土と生きる生活はしんどいことが多いですが、収穫の際などまた格別の歓びがあります。奥さんが街育ちなので、農業はどうかなと思いましたが、今では私以上にはまって、季節柄、夏野菜の種や苗を育てて楽しそうにやっています。都会の生活を味わえない分、ここの生活をエンジョイしてくれるならそれはとてもいいことです。


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 私も最近、わが故郷を一段と好きになりました。若いとき、都会で入会しましたので、ユーターンしたときは、親や周囲の反対、神社や寺の付き合いなどもあり、学会員としてはやりにくいと思ったこともありました。でも自分の殻を破って、いろんな会に参加したり、コミュニケーションの場に出ることによって、今ではたいていの人が「○○さんとこは創価学会やもんね」と認知されましたので、どこででもこちらから学会宣言してやっています。それだけ私も学会の信心に自信がつきました。

 田舎は結構、コミュニケーションの場がたくさんあります。隣に住んでいる人がどんな人かわからない・・といったことは絶対にありません。筍をいただいたり、野菜が余ればわけあったり、野良着でのお付き合いですから、飾ることもないし、楽しくやれます。
 これもつまるところ学会の信心の力だと思います。神社はもちろん参拝はしませんが、お祭りなどの参加は気にせずにやります。私の周りにはキリスト教系の方がおられますが、地域とのお付き合いで悩まれてここを出て行かれた方もおられます。

 年齢的にも各団体や地元の役員も回ってきますし、子供会の役職だったり、自治会の係りだったり、そこでの飲み会やお付き合いもできるだけ親睦を図るために活用するようにしています。そういうことによって、選挙の支援や、署名、本幹同中や座談会への参加などしてくれる友人も少しずつ出てきました。信心は別にして、同じ地域に生きる人たちはかけがえのない仲間です。
「学会なのでもっと難しい人かと思ってたけど、つきあったらけっこうおもろいなあ・・・」などと言われます。私も逆に彼らがいい人たちだなあと出会えたことに感謝しています。

  御書には「今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱え奉る者の住処は山谷曠野皆寂光土なり」(御書 七八一頁)とあります。
信心さえしっかりしていけば何処で暮らそうと、そこが宝土に、また寂光土に変えていけるとのご指南と拝せます。

  私にとってこの地域こそが、宝土であり、広布の主戦場です。この地に骨を埋める覚悟で信心をしています。これからももっと地域のために役に立つ人材に、また友好対話ができるように、一層、成長していくことを決意しています。





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