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誠実の光

 
 私も仕事などを通じて、いろんな方とお会いしますが、最もいい人だと思う人は、信心のあるなしに関わらず、清潔感や誠実さ、それに人としての重厚感が感じられる人です。自分もそういう人になりたいと思いますが、汚れた垢が人並みはずれて多いこともまた事実です。(笑) やはり池田先生が一番のお手本ということになりますね。

 そんな私でも信心をずっとやってきますと、以前に比べ、自分がいくらかそういう方向に向かっている・・・と感じる時があります。言葉でいえば「常楽我浄」の世界です。「さっぱりと、さわやかに、嘘のない誠実な人になろう」と思う時があります。それこそが人としての宝ではないかと思えるのです。

 こちらも誠実さがにじみ出ているような人とお話しするのは、それだけで気持ちのいいものです。欲や苦しさがにじみ出ている人もいれば、慈悲や思いやりがにじみ出ている人もいる、人間は実に様々です。また時によって同じ人間でも変化します。うわべの言葉の奥に隠された、その人の本性からにじみ出るものはやがて、事あるごとにあぶりだされてくるものです。

 悪でいえば、日顕しかり、山友しかり、また多くの会員もそれにならってあぶりだされ、ふるいにかけられ落ちて行きました。そうした人間性を鋭く見破る、たぶらかされない、慧眼けいがんを養うことも、良き人生を送るためにはとても必要なことだと言えます。

 仏法ではそれらを見通す五眼を説きますので、信心を強くして、法眼、仏眼が開くように精進したいものです。


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 「誠実」と聞いて、私が連想しますのは画家の東山魁夷かいいさんの作品です。(『新・人間革命)のカバー表紙装画は氏の『郷愁』という諏訪地方を描いた作品です。)私は時たま、何気なく画集を開いたりします。

 もちろんその淡い色使いや、シンボリックな馬や月の構図など、技術的な素晴らしさもすごいと思いますが、なんといっても見たものの精神を昇華する力、美がもたらす心の清らかさ、誠実感というものは、私の知る限り、画家としては第一の方ではないかと個人的に思っています。

 その根本はやはり魁夷氏の人間性からにじみ出る力ではないかと思うのです。精進の力、清らかで誠実な心が作品の隅々に凝結していく。「画竜点睛がりょうてんせい」という言葉がありますが、最後は人間性が勝負を決める「点」ではないかと思います。氏の作品は見るものを善き心へと引き上げてくれる・・・絵と私の生命が共鳴してあたかも美しい音楽を奏でる・・・その清らかな世界が氏の作品の持つ魅力だと思っています。

 世の中、人を蹴落としても自分が生き残る・・・文化や芸術よりもお金優先、というのが大方の風潮かもしれません。
兄弟抄には「此の世界は第六天の魔王の所領なり一切衆生は無始已来彼の魔王の眷属なり」とご教示されています。その汚れた世界にあって、創価の人間は一輪の蓮の花のように、汚泥に染まらない、けなげに咲き誇る清らかな花であらねばなりません。その花には自然と福運も人間性も備わっていくというのが法華経の心です。

 「爾前にぜんの経経の心は心のすむは月のごとし・心のきよきは花のごとし、法華経はしからず・月こそ心よ・花こそ心よと申す法門なり」(白米一俵御書)とあります。 花のような、ではなく、一人一人が桜梅桃李それぞれの花であれ、というのが法華経だと教えておられます。

 どんな花であれ、花として咲くことができれば、そこに所願満足、ほしいものは求めなくてもすべて備わっていると教えているのです。そしてそれが永遠に続いていく素晴らしい世界です。それが「人間革命」「一生成仏」ということだと思います。
スマップの「世界に一つだけの花」ではありませんが、人ではない、自分が咲くことに一生懸命であればいいということに共通していますね。

 世の中の多くの人は創価学会の信心を避けて生きようとします。しかし、そこにしかに三世永遠の幸福を開く鍵はありません。
 幸いにも私もこの御本尊を信じる身に生まれました。その姿は人にあざけられようとも、しばし苦闘の日々を強いられようとも、これほどの大善の人生に出会えたことに感謝でいっぱいです。それゆえ何があっても愚痴はもったいない、まさに愚人の痴と知るべきです。

 思うに任せない日々であろうとも、決して人をうらやむこともなく、人として他者を尊重し、小欲で事足りる人間でありたいと思います。そうして自分の与えられた条件、環境の中で、けなげに咲く花として、また新たな心で信心に励み、今世を、まっとうしたいと念願するものです。






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Comment

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誠実さがにじみ出ているような人とお話しするのは、それだけで気持ちのいいものです。を読んでバンドメンバーの舞ちゃん思い浮かべました。
彼女は小児麻痺で手足が不自由で車椅子生活です。
でもとても明るく前向きな女性です。
障害のため3年間、三線教室の入門を断れましたが今では多くの賞を頂いています。去年養護学校を卒業し就労支援施設で働いていますが就労は難しいのが現実です。
しかし、彼女は民謡歌手になりたいとの夢があります。
彼女の誠実さ、一生懸命さに10年かけてプロにさせようと思います。
私だけでなくサポーターのメンバーも同じ考えです。
健常者でも音楽で生きていけるのはほんのひと握りです。
それでもプロにさせたいと思う人に出会えたこと、彼女をサポートしたい仲間と出会えたことは幸せなことだと思います。数年後には民音に呼ばれるぐらい力をつけようと練習しています。
2014年05月22日(Thu) 05:54
Re: タイトルなし
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うるとらまんさんへ どの世界でも一流になるには、絶対に一流になるという本人の強い意志と、年月をかけた精進がないと駄目ですね。舞ちゃんは周りの人をも本気にさせる本人の強い意志があるのだと思います。「あなたがそこまでの気持ちなら、こっちもひと肌脱ごうじゃないか」そう意気に感じる世界がありますね。私も浪花節タイプですので、うるさんの気持ちが伝わってきます。話は変わりますが、奥さんもいい方ですね。芯がある感じがして、素敵ではないですか?どうか仲良くお暮しください。
2014年05月22日(Thu) 12:06
Re: タイトルなし
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名無し様 みんな苦労して生きるようになっていますね。でもあきらめずにやっていれば、またきっと開けることもありますよ。
2014年05月23日(Fri) 17:05
Re: タイトルなし
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A様 手に負えない難しいことは置いといて、「困った・・・南無妙法蓮華経」といってれば何とかなるものです。頭の良い悪いはこの信心、関係ありません。信の強弱で決まりますよ。
2014年05月23日(Fri) 17:09
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>「さっぱりと、さわやかに、嘘のない誠実な人になろう」と思う時があります。それこそが人としての宝ではないかと思えるのです。
なぜでしょうか。
ここで、どうしても涙がこぼれてしまいます。
え?
わたしは、嘘つきではないですよ(*^▽^*)
あ!
でもでも、嘘つきなのかも・・・(´・ω・`)
無意識のうちに嘘をついてる気がする・・・
きっと、わたしのことだ、自身のことを守るためにちゃっかり嘘をこしらえているのかも( '艸`*)
2014年05月25日(Sun) 06:49
Re: タイトルなし
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ハピネスさんあまり自分を責めないで(笑)嘘は誰でも付きますよ。僕なんかいっぱい・・・だからいい人間になりたいと思う。泥の中にいると自分が泥だらけでも気がつかないですが、題目が染みていくと、自分のいい加減さや嘘つきなところが、たまらなく嫌になってくる。そこから人間革命。「誠実に生きろ!」そう自分を叱っています。こんな時、昔だったらごまかしたり、嘘ついていたのに、今は嘘つかなくてもいいようになった・・・そうなれるとうれしくてさわやかになるんですよ。人はごまかせても自分の心に嘘は通りませんね。
2014年05月25日(Sun) 08:24
青春だなあ
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KNTさん コメントありがとうございます。いいですね、心が輝いていますよ。若いがゆえにいろいろ悩みも尽きないと思いますが、池田先生の指導を学んで、信心に励んでください。理想はあると思いますが、現実が厳しいのも世の中です。私なんか入信が20代後半でしたので、その年で信心やれるのは素晴らしいですね。それが福運ですよ。
2014年05月25日(Sun) 22:28












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